星空に恋するハッピーゴースト

meishino

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103 雪の降る中で

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「ねえシードロヴァのことさ、そんなに考えてるのって、幼馴染みだからなの?」

 レイヴがダウンベストの中に防弾チョッキを着たり、ハンドガンをベルトに携えたり準備をしながら、イオリに聞いた。イオリも同じく装備を整えながら答えた。

「それもそうだが、厳密に言うと違う。深い事情があるんだ。」

「お前さ、もしかして、まだノアズへの気持ちが残ってんの?」

 イオリはレイヴを見た。レイヴは彼をじっと見つめ返している。ふと窓を見ると白く曇っていて、大粒のぼたん雪の影がほろほろと下へ落ちていっている。

「正直に言えよ。別にそうだとしても俺、バリーの為に兄ちゃんを撃ったりしねえから。」

「この距離で撃っても俺には当たらないんだろう?」

「うっせえな。」

 レイヴが軽くイオリの肩を叩いた。イオリは少し微笑んで、それから真剣な顔になって、レイヴを見つめた。

「俺はノアズには戻らない。戻れないと、前にも話しただろう?」

「ふーん……それならそれで納得してやるけどさ、お前、シードロヴァのことをよりもリアちゃんのことを考えてやれよ。彼女、あと一週間でいなくなるんだぞ?」

 私はギュッと口を閉じた。別に、もう何もイオリには期待していないよ。そりゃ愛してるは言われてみたかったけど、誰にも言われたことは無かったしね。

 でも言われたってあと一週間だもん。それにイオリに多大なる迷惑をかけたのは事実だし……もう、どっちでも良くなってる自分がいる。

 イオリは暫しの無言の後で、静かに言った。

「考えている。考えているさ。でも俺だって、何でもかんでも完璧に出来ることはない。」

「じゃあさー確かに色々迷惑かけただろうけど、礼は言えば?」

「ああ、そうだな。ありがとう、アリシア。」

「……いいえ。こっちこそありがとう、色々と。」

 なんか作業感のあるお礼の言い合いっこだった。するとレイヴが私の腕を掴んだ。

「ふーん、じゃあ俺がリアちゃんが消えるまで一緒にいるよ。だって俺の方が今でも純粋に好きだし、リアちゃんには消えるまでめいいっぱい楽しんで欲しいし、お前みたいな陰湿な奴と一緒にいたらリアちゃん可哀想。」

 イオリは我々に背を向けて、コートを羽織った。

「ああ、なんとでも言え。アリシアがレイヴと一緒に行きたいのなら、俺は反対しない。」

 なんか……その程度だったんだって思ってしまった。愛してるけど憎いってことなんだろうね。だから中間をとって好きぐらいに留まってるんだろうね。何これ。

「リアちゃん一緒に来る?」

 レイヴが優しく私に聞いた。私は頷いた。その時にぽろっと涙が溢れてしまって、私は慌てて鼻をすすった。その音でイオリがチラッと振り返った。

 レイヴは私の肩を抱いた。私はレイヴの胸に寄りかかり、目を開けたまま涙をポロポロ溢し続けた。

「連れてくけど、」レイヴらしくない低い声だった。「もう二度と、お前には渡さないからな。あと残り少ないんだ、俺だって別れるの嫌だよ、リアちゃんのこと好きだよ。」

「……俺よりも、お前といた方がアリシアも楽しいだろう。」

「何で?」

 レイヴの率直な問いにイオリが戸惑った。

「な、何故と言うのは……?」

「何で俺と一緒に居たらリアちゃん楽しいんだよ。リアちゃん本当に楽しいのはお前と一緒にいる時だろ?俺は知ってんだよ。でも俺たちはこれから一緒にいるの。この意味が分かんないの?」

「……。」

 するとレイヴが私をソファに優しく座らせた。なんだろうと思っていると、レイヴが急にイオリの胸ぐらを掴んだ。

「大体、ネガティブなことばっか考えて、自分ばっか被害者ヅラしてんじゃねえよ!レモン飴無かったらお前ミッション達成できなかったじゃねーか!GGは殆ど母ちゃんのおかげだったけど、あの後ノアズの追ってから逃れれらたのも、バリー派の幹部倒せたのもレモン飴のおかげだろうが!奴らが何で殺されたか、バリーだっていまだにわかってないんだ!それだってリアちゃんのおかげだ!」

「ああ、そうだな。」

「分かる、確かにここにきたきっかけはリアちゃんかもしれないけど、じゃあお前、あのままノアズにいて、エリートな人生のまま毎日を地味に暮らして、あのえげつないサラと結婚して、あの白い家にずっと住み続けて、それでよかったのかよ!?」

「そうだ。そうだったとしたら、俺はこんな仕事をせずとも、悲しい別れを経験せずとも、済んだ。」

「は!?でもこんなに楽しい日々送れてるじゃんか!まじで腹立つ!馬鹿じゃねえの!?お前なあ、今何言ったのか本当に分からないのかよ!お前なあ、もしそのまま生きてたら、俺と二度と会えなかったんだぞ!もしかしたら俺がシードロヴァに捕まってホルマリン漬けにされて、そんな形で再会してたかもしれないけど、こうして仲良く生活出来てるのはお前がここに来てくれたからだろ!リアちゃんだけじゃない、俺のこと、なんだと思っているんだ!」

 レイヴが泣いた。今にも泣きそうな顔をしているイオリに向かって、彼は続けた。

「母ちゃんだって新しい恋を見つけた。二人で失踪するって、そんなに誰かを好きになるって、すごい意外だけど良かったなって思えた!お前はそうは思わなかったのかよ!これだって全部、リアちゃんがお前をここに連れてきてくれたおかげなのに、何がノアズに居ればーだ、何を羨ましがってんだよ!リアちゃんがお前にどれだけのことしてくれた?起きちゃったこと全部、自分が悲しいからって簡単に彼女のせいにするのかよ!もしこうだったらとか起こりもしない未来を求めて、そんなの、夢見てるだけだ!お前は今のこの状況に感謝も出来ない小さい人間なんだよ!お前なんかもう知らねえよ!」

「……。」

 イオリはただ涙を流した。レイヴは彼の胸ぐらを掴むのをやめて、彼に怒鳴り続けた。

「シードロヴァが死んだのをリアちゃんのせいにするな!あいつは自分で死を選んだんだ!あいつはそうしたかっただけなんだよ!ノアズが心配?それは俺らが言うことじゃねえけど、イルザっていうのがいるだろ!そんなことよりも、お前は自分が悲しいのを認めたくないからリアちゃんに甘えてるだけだ!何が愛してるは言えないだ!馬鹿じゃねえの?お前……見るからにリアちゃんのこととっても愛してるじゃねえか!おい、本当はお前を殴りたかったよ。でも……もういいよ。話したいこと全部言ったから。いいか、この仕事終わったら二度と俺にツラ見せんなよ?一番辛い思いしてるのは誰なのか、一人で最後まで考えてろ……ベッドルームでな。暫くは俺もトレーラーで暮らすから、俺のいるソファの部屋には来んな。」

 レイヴが私の腕を引っ張って、私を立ち上がらせた。腕を引かれて、彼と一緒にトレーラーから出ようとすると、イオリが床に崩れ落ちたので、私は心配で彼を見つめた。

 イオリは背中を震わせて泣いていた。床に、ポタポタと彼の涙が落ちている。声を殺して、泣いている。

 そして、引き絞り出したような声で言った。

「……彼女が消える?そんなのは俺が一番理解している。アリシアの消滅に一番耐えられないのは、俺だ。そして俺が、この世で一番、彼女がもう既に死んでいると言うことを理解出来ていないんだ……彼女の、愛を求める。彼女の、温もりを求める。」

「それは、」レイヴが言った。「俺だってリアちゃんは生きてると思ってるよ。」

「いくら抱きしめても、アリシアは冷たい。その度に俺は、生き物ではない何かを抱いていると考えた。ならばその分、俺が温めてやると決めた。そうしたらいつか、何かの奇跡が起きて、生き返るかもしれないと、馬鹿げた考えを抱いたこともあった。もう既に、彼女は俺のかけがえのない存在だ。なのにあと、一週間で全てが消えてしまう!……二度と会えなくなる!とてもではないが、こんなに耐えられない思いは、生まれて初めてだ。エミリのようにもう二度と会えなくても、この世界のどこかで大切な誰かと過ごしていると思える方が、悲しみは薄い。そしてシードロヴァの死も重なった。これは、俺は耐えられない。アリシアに愛していると言えば、もっと耐えられなくなる。愛してると認めれば、もっと……!」

 私はイオリのそばでしゃがんで、彼の腕を掴んだ。彼は私を抱きしめた。きつく、今までで一番強く私を抱きしめた。

「全ての責任を押し付けてすまなかった。アリシア、俺は、アリシアとの別れが耐えられないんだ。最後まで、幸せにさせてあげたかった。なのにすまない、俺は思ったよりも、強く無かった。」

「いいよ、イオリ。ありがとう、話してくれて。今まで、私のこと楽しくさせてくれたように、今度は私が、楽しくさせてあげるから。」

 もうこんなにくっついているのに、彼はもっとくっつきたいのか、両手を更に指先まで硬く力を入れてきた。そして温かい。そうか、私ばかりが温かかったんだと今更気づいた。

「じゃあ結局一緒にいんのかよー。」

 レイヴの不満そうな声が聞こえた。二人で彼の方を同時に見ると、彼はムッとした顔でイオリを見ていた。

 イオリが言った。

「レイヴ、すまなかった。お前の言う通りだ。俺はここに来て、お前とまた仲良くなれて、本当に良かったと思っている。もう、悲しさの言い訳を考えるのはやめる。俺に鋭いことを言ってくれてありがとう。お前は俺の、たった一人の弟だ。まだ、兄で居させて欲しい。」

「あんま、」とレイヴが袖で涙を拭いながらイオリのそばに座って、彼にくっついた。「泣かせんなよーばーか。」

 イオリはレイヴも抱きしめた。するとふわりと何かが私の後ろにくっついて、その人の手がイオリとレイヴの背中に添えられた。

 振り返ると、謎の優しげな微笑みを見せるヤギさんがいた。我々は泣いたり笑ったり、謎のグループハグをすることになった。
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