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118 光環

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「アリシア、」イルザ様が私の前にしゃがんだ。「申し訳ございません。私は、作動を忘れていました。」

「何の?」

「今からでも間に合うでしょうか、実験を行います。」彼女は衛兵の方を見た。「皆の者、この場を私とレイヴ、アリシアのみにしてください。」

「はっ。」

 衛兵は一礼をしてから足早に倉庫内から去っていった。私はイオリの血の湖に浮かんだまま、目の前のイルザ様を見つめた。彼女はノアフォンのレンズをイオリに向けた。

「何してるの?死に顔を撮るの?趣味が……。」

 私の言葉に、イルザ様が反応した。

「兄の発明を作動させるのを忘れていたのです。それを今から作動させます。間に合うかどうか、」

「普通に間に合ってないと思うけど、それ……」とレイヴが呟いた。でもイルザ様は操作をし続けた。

 するとイオリの体の上に謎の画面が出現した。PCの画面だけをくり抜いたようなものが宙に浮かんでいる謎の技術に、私は目を丸くした。意外なことにイルザ様も同じ反応だった。彼女は空中に出現したキーボードに恐る恐る触って、何かのコードを入力し始めた。

「す、すげえ……SF映画みたい。」

 レイヴが近くに来て、目を見張った。確かにそれっぽかった。ノアズってこんなに技術力あったの?私は驚いた。

 すると何処かからシステムのアナウンスが聞こえた。

『未練の変更をどうぞ。』

 誰だろうか、謎の男性の声だった。ふわふわと優しいような、ちょっと掠れた声だ。芯がある、でも気の弱そうな感じの声だ。

 イルザ様は私を見た。何かを話せと言うような視線だった。えっえっ……未練の変更?えっ。

「え……私の?それだったら、もう遅いかもしれないけど、イオリと一緒にいたかったけど。」

『イオリ・アルバレス、との同期を開始。』

 名前のところだけは謎の女性アナウンスだった。何処かから引っ張り出してるのかな。

「何が起きてんの?」

 私もレイヴに同感だった。でもイルザ様はシーッと人差し指を立てて、答えてくれなかった。そしてシステムが発言した。

『同期完了。憑依対象を選択してください。』

 イルザ様が即答した。

「ユウリ・アルバレス。」

 急に名前を呼ばれたレイヴは戸惑った。

「え?何が?」

「あなたはおだまりなさい。」

「はい。」

 システムはジーっとノイズを出して、何やら画面いっぱいに謎のコードを高速で映し始めた。それをじっと見つめるイルザ様。何がなんだか分からなくて首を傾げたままのレイヴ。交互に彼女らを見つめる私。

『ユウリ・アルバレス、との寿命をリンクさせました。システムは自動で終了します。お疲れ様でした。アレクセイより。……これでいいの?もう僕アナウンスの声録音するの恥ずかしいから嫌なんだけど。早速約束のデータを僕に『静かにしなさい、まだ録音が』

 と、ここで画面がパチンと弾けて消えた。マジックみたいなひと時だったけど、今のは何?

「最後聞こえてきたのって、イルザ様のお兄ちゃんの声?」

 レイヴの質問に、彼女は真顔で頷いた。

「余程急いでいたのでしょうね。兄が変なミスを犯していました。さて、効果の程はどうでしょうか。もし成功したのなら、私は兄を更に尊敬せざるを得ませんが。」

 え?何が起きたの?

 私は辺りを見回した。でも何も変化はない。レイヴも辺りを見回してるけど、諦めて、首を傾げた。イルザ様は、じっと私を見つめている。

 何この状況。何待ち?

「あっ」とイルザ様が声を出した。レイヴも「ぎゃあ」と叫んだ。二人とも私の後ろを見ている。私は振り返った。

「わあああああ!」

 私は叫んだ。白い服を着た、変な男の幽霊が、宙にだらんと浮いていたからだ。でもすぐにその正体に気づくと、私は彼に抱きついた。

 冷たかった。でも、温かかった。変な気持ち。

「……ううううう。……うううう。」

 彼が唸っている。そうだ、私は彼を引っ張って、横たわっているイオリの体に近づけようとした。でもイルザ様が私の腕を掴んで、首を振った。そうか、それはもうだめか。

「……あ?……あ?あれ?何だ?……頭がぐらぐらするぞ。」

 明らかにイオリの声だった。それもそうだ、この白いローブのようなものを着て、宙に浮いているのは、イオリだった。私の時みたいに初期アバターの服を着ちゃって!

「イオリ!私だよ!」

「アリシア……あ?ああ?……俺は、なんだ!?」彼は足元を見た。「浮いている!?それに何だこの服は!誰が俺に着させた!?」

 私は答えた。

「それは自動で着るみたいだけど「自動で着る!?えっ……」

 彼は何かに気づいて、固まった。彼の視線の先にあるのは、彼の死体だった。彼はしゃがんで、ツンツンと自分の顔を突いた。

「……死んでいるな。でも俺は存在している。何が起きたんだ?」

 するとイルザ様が立ち上がり、真顔で答えた。

「三人に飲ませたパイン飴は、兄が貸金庫に残していった最後の発明品です。イオリとアリシアをレイヴにリンクさせました。アリシアが強力な幽体なので、そのパワーを利用した発明です。それを私が作動させるのを忘れていました。よって私は、ここに急いで参りました。ああ、成功しましたね。この実験のデータは貴重ですから、後ほどいただきます。それと、この一件について、詳しいことは誰にも口外しない事。三人とも、肝に銘じてください。さもないと、罰を与えます。」

「あ、ああ。」「うん。」「はい。」

 我々三人は答えた。そしてレイヴが何かに気づいて、イルザ様に聞いた。

「え!?じゃあ兄ちゃんとリアちゃんが俺に取り憑いてるって事なの?えーまじかよ!」

 イオリがため息をついた。

「俺だって嫌だが、仕方がない。でもまたアリシアに会えた事、レイヴやイルザ様にも会えた事、それは嬉しい。どうしてシードロヴァは、こんな発明を。彼は何をどうしたら、こんな発明をする気になったんだ。」

 するとイルザ様がイオリの前に移動した。彼をまっすぐに見つめて、こう言った。

「イオリ、今から話す内容について、何も答えずにただ受け止めてください。

「それは、無言で、ですか?」

「そうです。」

「承知しました。」

「……兄は幸せです。以上です。」

 私はつい、聞いてしまった。

「……?そ、それだけ?」

 イオリはふっと笑って、私の手を取り、微笑んだ。

「アリシア、俺は別にそれだけでも構わない。イルザ様、ありがとうございます。」

「はあ、ですからそう言うのは必要としていません。さあ私を本部へ送ってください。それとこの死体は、レイヴ、あなたが運びなさい。」

「ええええーまじかよ……。」

 レイヴは血塗れのイオリをお姫様抱っこした。イオリは呆然としながら彼らと一緒に歩き始めたが、途中で急に振り返って、私の目の前に来ると、キスしてくれた。

「冷たいね。ふふ。」

「ああ、二人でこれから熱くすればいい。」

 またキスをしようとしたけど、イルザ様が振り返り、「早く私を本部に運びなさい」とイオリに命じたので、急いでそっちへ行くことになった。
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