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50.恋をする皇帝
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「はあい~、グラキエス~。邪魔するねーー。これね、すっごい複雑な魔法薬だよ~ん。こんなの低級魔法師が作れるわけがないねー」
その男は皇帝の寝室に出入りができる、数少ない人間だ。
「……そうか」
「ワァオ。キミって雪竜様の子孫なんだろ?それがこんなに疲れた顔をしてーー」
「うるさい……」
グラキエスは息を吐いて、ノロノロとベッドから身を起こした。隣りで寝ているツキリは、気絶したまま泥のように眠ってしまっている。
「楽しむどころじゃなさそうだね?」
にこりと楽しそうに男は笑う。黄色いふわふわのローブが、男の動きに合わせて踊るように揺れた。
「ーー楽しんではいない。愛し合っているだけだ」
「おやまあ、明日は雷が降るかーー」
ハデな金髪に鮮やかな紺色の目をした美青年が、窓の外に目を向ける。外は晴れているが雲が多い。フリーギドゥム帝国にはよく見られる冬の空だ。
「ノウスーー」
「気をつけなよ、グラキエス」
おどけた口調をがらりと変え、リンドウ公爵家の子息ノウスが言った。彼はグラキエスが生まれてすぐにご学友となり、将来を皇帝の補佐として生きることを決められた人間だ。
「……」
「魔法薬の中に、アルドール国の違法薬が入っている」
「………」
「キミから聞いた魔法師達に口を割らせてみたんだけど、彼らじゃ話にならないねーー。偶然手に入れたって、フザケた話しかしない」
「ーー調べたのか?」
口を割らせた手段が気にはなるがーー、とグラキエスは片目をつぶってごまかそうとする友を睨んだ。
「もちろん。ーー彼らは脳内をいじられてる。………キミのおじさんしつこいから、そろそろ何かやらかすかと思ってたけど、ーーこんなものが国に入ってきてるのが大問題だ……」
彼が手のひらを広げると、そこには自分が渡した小瓶が現れる。ノウスにはツキリから取り出した魔法薬の解析と解毒薬を頼んでいた。
宮廷魔導師の中でも一、二を争う実力をもったこの男なら、薬をつくることが可能だと思っていたのだが、他国の違法薬が使用されているとなると話は変わってくるーー……。
「そうそう、解毒薬はもうちょいまってね」
事も無げに友が言う。
「いけるか?」
神経の至る箇所に潜り込んでいる薬の解毒薬を、短期間でつくることができるとはーー、軽く目を見張りながらグラキエスはノウスを見る。
「ディールに必要な薬をもってくるように頼んだから」
「そうかーー。あいつはいまミスカントス国の砦にいるな」
「キミの視察代理で飛びまわってて、大変だよね」
カランコエ公爵家の子息ディールも、ノウスと同じ立場だ。ディールの場合、皇帝代理で属国の視察を任されており、自国にいないことが多い。
ーーディールが帰ってくるまで半月はかかる。それまではあの症状が続くのか……。だが、あんなものが王都にでまわっているのなら、もっと噂になっているはず……、いや、記憶に残らないのなら知らぬ間に広がっているーー?
「……帝国領内でアルドール国と隣接しているのはミスカントス国だけだね……。そこを経由しているのかもしれないーー」
「国交がなくとも、方法はある」
「う~ん。各国を跨いでも不審がられない存在なんて、それは兵士しか無理じゃない?」
「………叔父上の配下にいた者は、皆アルドール国に逃げたはずだがーー」
「カメリアが残ってる」
感情のない声で言われ、グラキエスは口を閉ざした。
「………」
「あんないわく付き、よく側に置いているよ……。彼女なら王都の魔力探知に引っかからない場所も知ってるはずだーーーああ、だから側に置いているのかーー」
追求するノウスの視線を、避けるように顔を横に向ける。
「あれはーー」
「ロディテだって、どれだけキミを傷つけたかわからない……」
「………」
「その彼女と似ているひとを好きになるとは、ーーキミも厄介な人間だ」
眠るツキリを忌々しそうな目で見たノウスが、べー、と舌をだした。
「だが、……ロディテはーー」
「はいはい。ーー彼は代わりなのかい?」
軽蔑の眼差しでこちらを見てくるノウスに、グラキエスは強い視線を返した。
「ーーいや、ツキリに会って、私はロディテを思い出さなくなった。その内に、言われるまで気づかないかもしれない」
「ふふっ、それは良いことだね。応援するよ」
「ああ」
「ーーキミが幸せなら、ボク達もうれしいからねーー」
実感をこめてノウスがつぶやき、その温かな声色に、グラキエスは目を細めた。
「………」
パタンッ。
陽気な男が去った部屋に、静寂が戻る。
グラキエスは眠るツキリの唇にキスをした。それまで、キスをしても戸惑う反応しかしなかった彼が、自分の口の動きに合わせて唇を動かす。深いキスを欲しがるように、舌が動くーー、無意識でだ。
ちゅっ、ちゅっ、と可愛らしい音から、ぴちゃぴちゃと唾液が絡まる水音が室内に高く響く。自分が教えたことだが、あの恥じらいに目を潤ませた初心な仕草を見られないのは、さみしくもあるーー……。
ーー贅沢な話だ。
「ーール、イリ……」
「ああ」
目を開けたツキリが自分の顔を見上げる。
「ーー俺、ーー倒れたのか?」
けだるそうな表情で見つめられると、自分の理性を抑えるのに必死だ。
「寝ていろ」
「ーーう、うん……。ルイリーー」
「どうした?」
「ーー起きても、…………いてくれる?」
「…………」
心臓を射抜かれるような衝撃を受けたグラキエスは、言葉を失いながらもなんとかその殺傷力に耐えた。
ーー何だ、この愛くるしい生き物は……。
冷気をまとう身体が火照ってきそうな胸の鼓動を抑え、息を整えながら言葉を発する。
「ーー必ずいよう」
「うん……。約束だよーー………」
そのままゆっくりと目が閉じられていき……、
「ゴホッ」
咳払いをして、皇帝は歩きだす。平静さを保つのなど容易いこと。それなのに、足の運びが乱れる……。
「………」
ちらりとツキリの寝顔を見て、目をそらし首を振る。政務に戻らなければ、解決を急ぐ問題が山積みなのだからーー。
だがーー、
「………」
ずっと見ていたい……、側にいたい……。
「ーー誰か……」
私室の扉を開けると、そこに立っていた近衛兵が驚きに目を見開いた。
「ーーーッ!へ、陛下!本日は、わたくしブラコアが御身をお守りさせていただいております!」
「ブラコア。カメリアに告げよ」
「は!」
跪き、彼は命を受ける姿勢をとる。
「ロウバイ宮殿にいる侍女クラメンを連れてこい、とーー」
「は?」
「公爵どもには、………明日からは朝議にでる、とー」
困惑する顔は一瞬で消え、胸に手を当てたブラコアが声を張った。
「畏まりました。賜りました勅命を、ただちに四公爵閣下に伝達して参ります!」
安堵を表情に滲ませた男は、行動も速く急ぎ走り去っていく。その後ろ姿を少しだけ眺め、グラキエスはため息をついた。
「ーーツキリ。お前はこの私に、こんなにも愚かな真似をさせるのか……」
冷酷と言われる皇帝が、愛しい少年を想い、微かにその口元を緩めた。そして踵を返し、即座に彼の側に戻る。
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