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ー5ー 詩さん家の子供食堂
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次の日の土曜日、ぼくは早朝から家をでた。約束していた、子供食堂のクリスマス会に行くためだ。
「………」
冬の朝のキーンとした冷たさは嫌いじゃない。幸せな思い出がたくさんあるからね。
あれは小学生になってすぐ、景君が毎朝走ってるのを知って、無理やりついて行ってたんだ。うん、ぼくって迷惑なガキンチョだったんだよ。
蓮と光も最初は走るって言ってたんだけど、その内に起きてこなくなったから、ふたりで走ってた。ぼくのペースに合わせちゃってただろうし、悪いことをしてたのに、ぼくにはその自覚がなかった。なんて、空気が読めないぼくなんだーー……。
だけど、景君は小学校の6年間、マラソン大会では1位、リレーは必ずアンカーで、それは中学でも変わらなかった。なんであんなになんでもできるんだろ?ぼくなんか毎朝走ってたのに、ちっとも速くならなかったけどね……。
でも、すごくいいことがあったんだーー。景君が中学生になったときに、毎朝途中の自販機でジュースを買ってくれるようになったんだ。それをベンチに座って飲む時間が本当に好きで、あの時間のために走ってるようなものだった……。
一度、間違えて熱いココアのボタンを押してしまったことがあって、飲み終わるのに時間がかかるのに、文句も言わずにニコニコ待っててくれた……。
「一口ちょうだい」、って言われたあのとき、ぼく大丈夫だったかな……?ーー残念なことに、記憶がとんでるんだよ。
「実律?」
不意に名前を呼ばれて、心臓がドキッとした。
「ーーあっ、景君……」
「早いんだな」
家から少し歩いたところに、景君の借りてる車庫がある。家は武さんと恵さんが停めてるから、空きがないんだ。蓮達もどうしようって言ってたけど、駐車場って家の近くにないと不便だよね。
「どこに行くんだ?」
景君こそシャッターが開いてるけど、これから出かけるの?
「うん。詩さんのところ」
「あーー、子供食堂か……」
「今日は、クリスマス会なんだよ」
ぼくの言葉に、景君が困ったような表情になる。
「そうか……。俺が頼んだことなのに悪いなーー」
一瞬、彼の視線が左手につけた銀色の時計にいく。きっといま景君は、頭の中で時間の計算をしてるんだ。ぼくを詩さん家まで送る時間がとれないか、考えてるんだろうね。
「ううん。とっても楽しいよ。勉強にもなってるしーー」
話しながらもぼくの心は落ち込んでくる。だって、ーーだって、景君の服装がキマってるんだもん。こんなの、どう考えても……デートでしょ?
ホワイトのアウターと細身のシルエットの黒のパンツなんて、まさにカジュアルデートコーデの王道ーー。もう、朝から気持ちが悪くなってきたよ……。
「詩の家まで送って行こうかーー」
「あっ!寄るとこあった!じゃ、じゃあね!」
「みーー………」
振り返らずにダッシュした。
気持ち悪さを振り切るように走る。空気が冷たいーー、耳が痛いーー。胸の痛みが振り切れそうにないーー……、どこかに飛んでいってよ、こんな情けない感情………。
あ……、マフラー忘れてきちゃったな……。そうだ、あの自販機でココアでも買って耳にあてよう…。
きっと、温かいよ、あのときみたいにねーーー………。
「ーーおはようございます……」
「あら!来てくれたの!?」
ゆっくり引き戸を開けると、三和土を掃いていた詩さんが、満面の笑みで迎えてくれた。昔はものすごいイケメンだった詩さんは、いまはものすごい……、え、えっと、女性みたいにきれいなひとになっているんだ……。
「もう、泉水ったら、無理そうだって言うから」
「あー、きちんと連絡をいれずにすみません……」
「そんな、いいのよ。はい、お手伝いお願いできる?」
「もちろんです」
さっとエプロンを手渡されたんだけど、詩さんとお揃いの白のフリルがついたものだったから、喜んで辞退した。でも、服が汚れるからって、泉水君に無理やりつけられたよ。自分は黒のカフェ用のエプロンをしてるくせに~~~。
「似合ってるぜ」
「うれしくないよ、泉水君のと交換してよ」
「ーー瀬戸は可愛い顔をしているから、なんでも似合う」
「嘘だぁ」
泉水君でも冗談を言うんだね。どこはがかわいいんだかーー。
「そうか?おれのまわりのダチも、おまえならありかもって言ってたぜ」
「え?泉水君、女の子の友達いたんだーー」
あっ、失礼なこと言っちゃった……。
「男のダチだ」
「………」
それを聞いて慌てたぼくは、並べられていた机に足を引っかけてしまった。
ゴンッ!
「いたっ」
机に手をついて、痛みに耐える。ーーでも、机の上にあったものは死守したよ。
「悪い、嫌な話をしたな」
花瓶を落とさなくてよかったーー、それにしてもなんでそんな話、泉水君はするんだろ?冗談をいうタイプじゃないのに……。
「………」
冬の朝のキーンとした冷たさは嫌いじゃない。幸せな思い出がたくさんあるからね。
あれは小学生になってすぐ、景君が毎朝走ってるのを知って、無理やりついて行ってたんだ。うん、ぼくって迷惑なガキンチョだったんだよ。
蓮と光も最初は走るって言ってたんだけど、その内に起きてこなくなったから、ふたりで走ってた。ぼくのペースに合わせちゃってただろうし、悪いことをしてたのに、ぼくにはその自覚がなかった。なんて、空気が読めないぼくなんだーー……。
だけど、景君は小学校の6年間、マラソン大会では1位、リレーは必ずアンカーで、それは中学でも変わらなかった。なんであんなになんでもできるんだろ?ぼくなんか毎朝走ってたのに、ちっとも速くならなかったけどね……。
でも、すごくいいことがあったんだーー。景君が中学生になったときに、毎朝途中の自販機でジュースを買ってくれるようになったんだ。それをベンチに座って飲む時間が本当に好きで、あの時間のために走ってるようなものだった……。
一度、間違えて熱いココアのボタンを押してしまったことがあって、飲み終わるのに時間がかかるのに、文句も言わずにニコニコ待っててくれた……。
「一口ちょうだい」、って言われたあのとき、ぼく大丈夫だったかな……?ーー残念なことに、記憶がとんでるんだよ。
「実律?」
不意に名前を呼ばれて、心臓がドキッとした。
「ーーあっ、景君……」
「早いんだな」
家から少し歩いたところに、景君の借りてる車庫がある。家は武さんと恵さんが停めてるから、空きがないんだ。蓮達もどうしようって言ってたけど、駐車場って家の近くにないと不便だよね。
「どこに行くんだ?」
景君こそシャッターが開いてるけど、これから出かけるの?
「うん。詩さんのところ」
「あーー、子供食堂か……」
「今日は、クリスマス会なんだよ」
ぼくの言葉に、景君が困ったような表情になる。
「そうか……。俺が頼んだことなのに悪いなーー」
一瞬、彼の視線が左手につけた銀色の時計にいく。きっといま景君は、頭の中で時間の計算をしてるんだ。ぼくを詩さん家まで送る時間がとれないか、考えてるんだろうね。
「ううん。とっても楽しいよ。勉強にもなってるしーー」
話しながらもぼくの心は落ち込んでくる。だって、ーーだって、景君の服装がキマってるんだもん。こんなの、どう考えても……デートでしょ?
ホワイトのアウターと細身のシルエットの黒のパンツなんて、まさにカジュアルデートコーデの王道ーー。もう、朝から気持ちが悪くなってきたよ……。
「詩の家まで送って行こうかーー」
「あっ!寄るとこあった!じゃ、じゃあね!」
「みーー………」
振り返らずにダッシュした。
気持ち悪さを振り切るように走る。空気が冷たいーー、耳が痛いーー。胸の痛みが振り切れそうにないーー……、どこかに飛んでいってよ、こんな情けない感情………。
あ……、マフラー忘れてきちゃったな……。そうだ、あの自販機でココアでも買って耳にあてよう…。
きっと、温かいよ、あのときみたいにねーーー………。
「ーーおはようございます……」
「あら!来てくれたの!?」
ゆっくり引き戸を開けると、三和土を掃いていた詩さんが、満面の笑みで迎えてくれた。昔はものすごいイケメンだった詩さんは、いまはものすごい……、え、えっと、女性みたいにきれいなひとになっているんだ……。
「もう、泉水ったら、無理そうだって言うから」
「あー、きちんと連絡をいれずにすみません……」
「そんな、いいのよ。はい、お手伝いお願いできる?」
「もちろんです」
さっとエプロンを手渡されたんだけど、詩さんとお揃いの白のフリルがついたものだったから、喜んで辞退した。でも、服が汚れるからって、泉水君に無理やりつけられたよ。自分は黒のカフェ用のエプロンをしてるくせに~~~。
「似合ってるぜ」
「うれしくないよ、泉水君のと交換してよ」
「ーー瀬戸は可愛い顔をしているから、なんでも似合う」
「嘘だぁ」
泉水君でも冗談を言うんだね。どこはがかわいいんだかーー。
「そうか?おれのまわりのダチも、おまえならありかもって言ってたぜ」
「え?泉水君、女の子の友達いたんだーー」
あっ、失礼なこと言っちゃった……。
「男のダチだ」
「………」
それを聞いて慌てたぼくは、並べられていた机に足を引っかけてしまった。
ゴンッ!
「いたっ」
机に手をついて、痛みに耐える。ーーでも、机の上にあったものは死守したよ。
「悪い、嫌な話をしたな」
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