味噌汁と2人の日々

濃子

文字の大きさ
14 / 17

第14話 しめじと舞茸と大根とにんじん

しおりを挟む
「ここもくずれてきたね」
 屋敷の庭の奥には、杉の焼き板を張った小屋がある。昔ながらの粘土土で造った小屋だ。立夏の祖母の代からあるため、中は何もないが外側の損傷が激しい。
「壊すさ」
 立夏が言った。
「壊すの?」
「頼んである」
 それはそうか、立夏がやるわけないな、と明兎は頭をかいた。
「ここ、何にもなくなるんだ」
「不必要なものは整理しないとな」
 立夏が明兎を後ろから抱きしめた。
「掃除してるから……」
「ごまかすな。イタリアにはいつ住むんだ?」
 答えに窮する明兎は、眉を寄せながら立夏の顔を見た。
 立夏は大きく溜め息をついた。
「わかっている。母親を置いては離れられないのだろう?だが、父からは土地をもらった」
「え!?」
「アキトさえ返事をくれればすぐに家が建てられる」
 ここは程々の修繕でいい、と立夏が言った。
「あー、立夏」
「何だ?」
「うれしいんだよ、すごくうれしいけど……。僕なんかでいいのかな?」
 明兎の言葉に立夏の目尻が下がる。
「アキトでなければ嫌に決まっているだろう?」
 甘く囁やかれ、明兎の顔はさらに赤くなっていく。
 こんなカッコいい人がいい歳のおじさんにー、もったいないな、と明兎は思った。

 立夏のスマホが鳴った。通知を見て立夏は電話を取る。
「何だ?山上…」
『おい、立夏。また大学のほうに来てくれよ。いい義手ができそうなんだ!すごい精巧な動きだぞ!』
「おまえの研究は、ものはいいがコストが悪すぎる」
『いやいや、見てから言えよ!絶対来てくれ!昼前は授業がないぞ!』
「いまから来いと?」
『俺と立夏の中じゃないか!』
 電話を一方的に切られ、立夏は溜め息をついた。
「山上君?」
 大学のときから付き合いがあるロボット工学の准教授山上大翔は、立夏が公私とも仲良くしている人物だ。
「行くぞ。ついでに昼食に出よう」
 大学まで1時間かかるのにーー。立夏は車も好きだが運転も移動時間も好きなので、3時間ぐらい休憩なしで走ってしまう。
 頼むから帰ろう、と明兎がとめなければ、1日でも走ってしまう。1時間などたいした時間ではないのだろう。
「うん。洗濯物を取り込んでくるよ」
「ああ。他にやることは?」
「大丈夫…」
「じゃあ、先に車庫に行ってる」
 頬にキスをされる。

 彼の目にはおじさんが何に見えているのだろう?、と明兎は首を傾げる思いだ。



「ねえ、立夏!」
 目の前の景色が驚くほど早く変わる。
「何だ?」
 立夏はご機嫌でハンドルを握りながら、助手席に座る明兎に返事をした。
「飛ばし過ぎだよね!何キロ出てるの!」
「今日は道が空いている」
「そうじゃなくて!違反!違反だって!」
 まわりを伺いながら明兎は叫ぶ。
「ーー120ぐらいで……」
「減速!ブレーキ!おまわりさぁん!」
 速いスピードが怖い明兎は、車の中でわめき続けた。




 大学で立夏と山上が節電義手について話をする中、明兎はぼんやりと外の景色を見ていた。
「指いっぽん、これだけなめらかな動きができるんだよ。学習能力も高いし」 
 山上のプレゼンに耳を傾けながら、立夏は他に気になることなどを質問していた。

 同年代なのになー、明兎は気まずさからその場から離れたくなる。仕事を極めていく彼らを見て、自分の何もなさに落ち込まないわけがない。
「しょうもない自分……」
 ポツリと呟いた。

 山上に誘われ、昼食を大学の学食で食べる。
 懐かしい気持ちはあるが、通り過ぎたきらきらした時代を振り返りたくない気持ちもある。
「ーーカレーだな」
 立夏が感想を言った。
「美味しいだろ?俺はここでは絶対カレーなんだよ」
「カレーの味だ。カレーはすべてカレーの味になる」
 なんだよー、と山上は顔をしかめた。
「若い頃はそれでも食べられたんだがなー」
「おまえは、毎日アキトの弁当だったからな。よく作ってやってたよな、うちの嫁作ってくれないわ」
 山上は大きな声で笑った。繊細な仕事に似合わない豪快な男だ。
「おまえの身体は母親とアキトの飯でできてるんだろうな」
 研究者の顔で山上が言った。
「さ、最近は味噌汁しか作ってないよ」
 明兎が小さな声で言う。
「いやいや、それでも手作りをまったく取らないより、身体には良いことだ」

「立夏。今日の味噌汁はしめじと舞茸と大根とにんじんだよ」
「ーーあるものつっこんでないか?」
 そう言った立夏だが、具だくさんの味噌汁が美味しいことは知っている。
「あー、美味いな」
 ほっと、息をついた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

愛と猛毒(仮)

万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。 和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。 「……本当、バカだよな。お前も、俺も」 七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。 その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

幸せごはんの作り方

コッシー
BL
他界した姉の娘、雫ちゃんを引き取ることになった天野宗二朗。 しかし三十七年間独り身だった天野は、子供との接し方が分からず、料理も作れず、仕事ばかりの日々で、ずさんな育て方になっていた。 そんな天野を見かねた部下の水島彰がとった行動はーー。 仕事もプライベートも完璧優秀部下×仕事中心寡黙上司が、我が儘を知らない五歳の女の子と一緒に過ごすお話し。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

ずっと、貴方が欲しかったんだ

一ノ瀬麻紀
BL
高校時代の事故をきっかけに、地元を離れていた悠生。 10年ぶりに戻った街で、結婚を控えた彼の前に現れたのは、かつての幼馴染の弟だった。 ✤ 後天性オメガバース作品です。 ビッチング描写はありません。 ツイノベで書いたものを改稿しました。

処理中です...