3 / 4
反撃
しおりを挟む
瑞樹は咲良の鼓動を感じて目を見開いた。
「咲良?」
左手は残された咲良の腕ごと布で巻き固めてある。
「瑞樹様、大丈夫ですか?」
笹彦が念を押すようにこちらを覗き込んでくる。
「……何でもない」
瑞樹は右手の剣を握り直した。
二人は山の上から、かつて青生王家の里だった場所を見下ろしていた。竪穴式住居から人々が出てくるのが見える。
その中に籠を持った娘がいた。この前傷の手当てをしてくれた娘だ。
彼らは今日も石蕗王の奴隷として、山で木の実を採り、獣を狩り、乾田に米を育てに行くのだ。
「こちらの手筈は整いました。瑞樹様、号令を」
笹彦に促され、瑞樹は頷いた。
周囲には散り散りになった仲間たちが集まっていた。以前より人数が膨れ上がっている。瑞樹が挙兵すると聞いて、身を潜めていた青生の民たちも集まってきたのだ。
彼らはいよいよ瑞樹の成人の儀が行われると思っているのだろう。
瑞樹はまだ決められないでいた。
成人の儀とは、双子が手を離すということ。
そして、別たれた双子はもう二度と会うことはできない。
左手に鼓動を感じる。
咲良はまだ生きている。
咲良の言うとおり、自分たちは別れる定めなのかもしれない。
けれど。
笹彦がもの言いたげにこちらを見ている。
どちらにせよ、囚われた咲良を救出するには、この方法しかない。
瑞樹は大きく息を吸い込んだ。
「これより里を奪還する! 石蕗王の手より我らが青生の地を取り戻せ!」
「おおおおおお!」
森の中に青生の兵たちの怒号が轟いた。
それは山自体が唸っているようにも聞こえた。瑞樹たちは雪崩のように斜面を駆け降りていく。
石蕗王の配下たちが慌てふためいて住居から出てくる。
一方、奴隷である青生の民たちは機敏だった。女たちは家屋に火を放ちながら逃げ始めた。男たちは隠し持っていた武器を手にとり、石蕗王の配下たちに襲いかかった。
これは何年も前から決まっていたこと。やがて青生王家の双子が成人し、この里を取り戻しにくる。青生の民たちはずっとこの日を待っていたのだ。
すぐに里は大混乱に陥った。
「顔を青く塗った者は仲間だ! 傷つけるな!」
笹彦に援護されながら、瑞樹は里の奥を目指した。
青生王家の神殿を焼き払った跡に、石蕗王が建設した館。きっと石蕗王と咲良はそこにいる。
館の目前に迫ったときだった。
相手は自らやってきた。
老齢ながらも、相手を飲み込むような威圧感を持つ石蕗王。
瑞樹は剣を構えたまま彼と対峙した。
笹彦が後ろに控えている。
石蕗王が手を振り払った。
「剣を降ろせ! こいつはまだ生きている!」
石蕗王の前に、赤い物体がひきずり出された。
最初、それが人間であることに瑞樹は気付けなかった。
「咲、良……?」
瑞樹の手から剣が滑り落ちる。
咲良の姿はもはや原型をとどめていなかった。
髪はむしられ、耳と鼻は削がれ、目は抉られ、爪は剥がされ、手足はあらぬ方向へ砕かれていた。
衣は海藻のようにぼろぼろになって、かろうじて体にまとわりついているだけだ。
その合間からも、むごい暴行の痕が露出している。
刃物による裂傷、赤黒い大きな痣、ただれて膿をながす火傷の痕。
生きているのが不思議ともいえるほどのその真っ赤な肉の塊を、石蕗王は地面に叩きつけた。
「なんて、こと、を……」
呆然とする瑞樹に、石蕗王は剣を向けた。
「瑞樹様!」
笹彦が助けに入ろうとするが間に合わない。瑞樹の首には石蕗王の剣がぴたりと突き当てられる。
「その真逆の装束にすっかり騙されたわ! 巫女姫は咲良ではなく、瑞樹の方だったのだな!」
石蕗王の剣が瑞樹の衣を切り裂いた。瑞樹の胸元から膨らみかけた乳房が覗き、髪結いの紐が解けて、長く豊かな黒髪が覆いかぶさった。
それはまさしく、男装した少女の姿だった。
「無礼な!」
笹彦が激昂するが、石蕗王が瑞樹の首に剣を当てているため、近づくことが出来ない。
瑞樹は震える手で咲良の体に触れようとした。
しかし双子の片割れはあまりにも傷だらけで、どこに触れたらいいかさえわからなかった。
「瑞、樹……?」
赤い頭がかすかに動く。
青生王家の秘密を話させるためか、舌と歯は抜かれずに残っていた。崩れた顔の中で、そこだけ無事なのがひどく滑稽だった。
「ごめんなさい、瑞樹……。巫女姫を護るのが……兄であるわたしの役目だったのに……。剣もろくに扱えず、いつも足手まといで……」
血を吐きながら、ひび割れた唇で咲良は微笑もうとする。
「もういい、もういいんだ、咲良」
瑞樹にもわかっていた。
これだけの傷を負わされて、咲良はもう助からない。
「瑞樹、お願い、成人の儀を。わたしたちは、もう手を離さなければ」
瑞樹は泣きながら左手の布を解いた。
咲良の右手を握りしめたままの、二人のつながったままの手。
「咲良……ごめんね……」
「瑞樹、わたしはずっと一緒にいるから。勾玉となって……」
瑞樹は涙をこぼしながら宣言した。
「別天つ神、神代七代、四方神に告ぐ! 吾、葦原の中つ国にあらゆる現しき青人草の子として、今ここに青生の力を示さん!」
瑞樹の左手がゆっくりと開き、咲良の右手と離れていく。
二つの手が完全に別れたとき、咲良の体は青い光となって霧散した。
その最期の一瞬、淡い微笑みだけを残して。
「咲良?」
左手は残された咲良の腕ごと布で巻き固めてある。
「瑞樹様、大丈夫ですか?」
笹彦が念を押すようにこちらを覗き込んでくる。
「……何でもない」
瑞樹は右手の剣を握り直した。
二人は山の上から、かつて青生王家の里だった場所を見下ろしていた。竪穴式住居から人々が出てくるのが見える。
その中に籠を持った娘がいた。この前傷の手当てをしてくれた娘だ。
彼らは今日も石蕗王の奴隷として、山で木の実を採り、獣を狩り、乾田に米を育てに行くのだ。
「こちらの手筈は整いました。瑞樹様、号令を」
笹彦に促され、瑞樹は頷いた。
周囲には散り散りになった仲間たちが集まっていた。以前より人数が膨れ上がっている。瑞樹が挙兵すると聞いて、身を潜めていた青生の民たちも集まってきたのだ。
彼らはいよいよ瑞樹の成人の儀が行われると思っているのだろう。
瑞樹はまだ決められないでいた。
成人の儀とは、双子が手を離すということ。
そして、別たれた双子はもう二度と会うことはできない。
左手に鼓動を感じる。
咲良はまだ生きている。
咲良の言うとおり、自分たちは別れる定めなのかもしれない。
けれど。
笹彦がもの言いたげにこちらを見ている。
どちらにせよ、囚われた咲良を救出するには、この方法しかない。
瑞樹は大きく息を吸い込んだ。
「これより里を奪還する! 石蕗王の手より我らが青生の地を取り戻せ!」
「おおおおおお!」
森の中に青生の兵たちの怒号が轟いた。
それは山自体が唸っているようにも聞こえた。瑞樹たちは雪崩のように斜面を駆け降りていく。
石蕗王の配下たちが慌てふためいて住居から出てくる。
一方、奴隷である青生の民たちは機敏だった。女たちは家屋に火を放ちながら逃げ始めた。男たちは隠し持っていた武器を手にとり、石蕗王の配下たちに襲いかかった。
これは何年も前から決まっていたこと。やがて青生王家の双子が成人し、この里を取り戻しにくる。青生の民たちはずっとこの日を待っていたのだ。
すぐに里は大混乱に陥った。
「顔を青く塗った者は仲間だ! 傷つけるな!」
笹彦に援護されながら、瑞樹は里の奥を目指した。
青生王家の神殿を焼き払った跡に、石蕗王が建設した館。きっと石蕗王と咲良はそこにいる。
館の目前に迫ったときだった。
相手は自らやってきた。
老齢ながらも、相手を飲み込むような威圧感を持つ石蕗王。
瑞樹は剣を構えたまま彼と対峙した。
笹彦が後ろに控えている。
石蕗王が手を振り払った。
「剣を降ろせ! こいつはまだ生きている!」
石蕗王の前に、赤い物体がひきずり出された。
最初、それが人間であることに瑞樹は気付けなかった。
「咲、良……?」
瑞樹の手から剣が滑り落ちる。
咲良の姿はもはや原型をとどめていなかった。
髪はむしられ、耳と鼻は削がれ、目は抉られ、爪は剥がされ、手足はあらぬ方向へ砕かれていた。
衣は海藻のようにぼろぼろになって、かろうじて体にまとわりついているだけだ。
その合間からも、むごい暴行の痕が露出している。
刃物による裂傷、赤黒い大きな痣、ただれて膿をながす火傷の痕。
生きているのが不思議ともいえるほどのその真っ赤な肉の塊を、石蕗王は地面に叩きつけた。
「なんて、こと、を……」
呆然とする瑞樹に、石蕗王は剣を向けた。
「瑞樹様!」
笹彦が助けに入ろうとするが間に合わない。瑞樹の首には石蕗王の剣がぴたりと突き当てられる。
「その真逆の装束にすっかり騙されたわ! 巫女姫は咲良ではなく、瑞樹の方だったのだな!」
石蕗王の剣が瑞樹の衣を切り裂いた。瑞樹の胸元から膨らみかけた乳房が覗き、髪結いの紐が解けて、長く豊かな黒髪が覆いかぶさった。
それはまさしく、男装した少女の姿だった。
「無礼な!」
笹彦が激昂するが、石蕗王が瑞樹の首に剣を当てているため、近づくことが出来ない。
瑞樹は震える手で咲良の体に触れようとした。
しかし双子の片割れはあまりにも傷だらけで、どこに触れたらいいかさえわからなかった。
「瑞、樹……?」
赤い頭がかすかに動く。
青生王家の秘密を話させるためか、舌と歯は抜かれずに残っていた。崩れた顔の中で、そこだけ無事なのがひどく滑稽だった。
「ごめんなさい、瑞樹……。巫女姫を護るのが……兄であるわたしの役目だったのに……。剣もろくに扱えず、いつも足手まといで……」
血を吐きながら、ひび割れた唇で咲良は微笑もうとする。
「もういい、もういいんだ、咲良」
瑞樹にもわかっていた。
これだけの傷を負わされて、咲良はもう助からない。
「瑞樹、お願い、成人の儀を。わたしたちは、もう手を離さなければ」
瑞樹は泣きながら左手の布を解いた。
咲良の右手を握りしめたままの、二人のつながったままの手。
「咲良……ごめんね……」
「瑞樹、わたしはずっと一緒にいるから。勾玉となって……」
瑞樹は涙をこぼしながら宣言した。
「別天つ神、神代七代、四方神に告ぐ! 吾、葦原の中つ国にあらゆる現しき青人草の子として、今ここに青生の力を示さん!」
瑞樹の左手がゆっくりと開き、咲良の右手と離れていく。
二つの手が完全に別れたとき、咲良の体は青い光となって霧散した。
その最期の一瞬、淡い微笑みだけを残して。
0
あなたにおすすめの小説
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
キモおじさんの正体は…
クラッベ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生し、ヒロインとなったナディア。
彼女はゲーム通りにいかない悪役令嬢のビビアンに濡れ衣を着せ、断罪イベントの発生を成功させる。
その後の悪役令嬢の末路は、ゲーム通りでは気持ち悪いおっさんに売られていくのを知っているナディアは、ざまぁみろと心の中で嘲笑っていた。
だけどこの時、この幸せが終わりを迎えることになるとは、ナディアは思っても見なかったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる