2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー

31040

文字の大きさ
50 / 98
Chapter9 サマー・エクスプロージョン!

#49 ハヤト教と理解者

しおりを挟む
「蒼君、この人にピント合わせるのは無理?」

「この人って、どれですか?」

 スマホの小さな画面では、指さした先にみっつよっつ頭がある。蒼君は静止した動画をピンチアウトで拡大したが、ピンボケ状態で顔の判別は難しそうだった。

「この、キャップかぶってる背の高い人」

「知ってる人ですか?」

「知ってるっていうか、知り合いに背格好が似てる気がするんだけど……」

 蒼君は「ちょっと待ってください」と、動画をひとコマずつ送って確認していく。手前に大映しになった三橋の影から現れ、予言信者に紛れるまでほんの数秒。目深にかぶったキャップで顔はほとんど映っておらず、自分でも無茶を言ってるとわかる。

「やっぱり無理よね」

「人物を特定するのは難しいです。画質の問題じゃなく、顔自体がほとんど隠れてるし、手がかりになりそうなものが映ってないですから。でも、解像度上げるくらいはできるので、家に帰ったらやってみます」

 そう言ったあと、蒼君はためらうように口を開いて閉じる。

「何か気づいたことでもある?」

「いえ、そうじゃなくて。この人、僕も知ってる人ですか?」

「え……っと、たぶん、会ったことはないと思う」

 聡い蒼君のことだから、私が匠真を疑っていると気づいたのかと思ったが、彼は安堵したようにフウと息を吐いた。

「蒼君、誰だと思ったの?」

「誰ってわけじゃなくて、DRI職員じゃないならいいです。ライブ配信は僕らが砂川さんと別れた直後だし、あのとき写真撮られたような気がしたから、知り合いじゃなければいいと思って……」

 どことなく歯切れ悪く喋る蒼君の様子を見ていて、ふと彼の懸念を察した。

「もしかして一希君だと思った? 最近ちょっと変だって言ってたし、一希君、たしか今日休みだよね」

 蒼君はバツが悪そうにスッと視線をそらす。

「本気で疑ったわけじゃないから、新田さんには言わないでください。あの人はもっとなで肩だし、髪の毛はこれより明るめで長いから」

 蒼君の言葉で、いっそう匠真への疑念が膨らんだ。ピントはまったく合っていないけれど、がっしりした肩、短く切り揃えた真っ黒な髪。そして、キャップもTシャツも匠真が好んで着る黒。

 ――でも、そんな人はたくさんいる。

 似たような背格好の人がライブ会場にいるというだけで、証拠らしい証拠は何もない。匠真がハヤト君を目の敵にしているというだけで、目についたものを安易に匠真と結びつけてしまっているだけだ。

「動画進めてみてくれる? またどこかに映ってるかもしれないし」

「もう数十秒しか残ってないですけど」

 そう言いつつも、蒼君は再生マークをタップする。配信者の三橋が『怪しまれてるし、一旦止めて場所移すか』と言い、カメラは横にスライドして彼を正面にとらえ、画面から予言信者が消えた。動画はそのまま終了。

「手がかりなしですね。Pitterの反応見てみましょう」

 蒼君が『#Japan突劇隊!』で検索すると、Pitterには動画からキャプチャーされたルミの画像が投稿されていた。

『ハヤト教爆誕「ハヤトからのメッセージを受け取り解散を阻止するのがDeeeeeepファンの使命なの!」』
『Deeeeep女子やべえ』
『予言にあるハヤトの不祥事は新興宗教の教祖説』

 こうしてハヤト君がターゲットにされているのを見ると、否応なく匠真の顔が浮かんでくる。何度振り払おうとしても、背の高い、黒いキャップの男の姿が脳裏に舞い戻ってくる。

「蒼君、新文部の方はどうなってる?」

「特に大きな動きはないです。オフ会参加者が集合したなら直接話せば済む話ですから、しばらく投稿はないかもしれませんね。フードエリアあたりに行ってみますか? もしかしたらいるかもしれません」

 蒼君の提案でスカイアリーナ正面広場に戻った。

 午前中はパステルカラーのファッションが目立っていたが、今はその割合はかなり減って、Tシャツにハーフパンツのようなラフな格好の人もいれば、よそ行きの小綺麗な服装の集まりもある。広場から見える巨大サイネージでは、Deeeeep以外の前座3組のステージが一部中継されるという話だったから、それ目当ての人が多いようだ。

「新文部がいるの、ここじゃないかもしれませんね」

「でも、せっかく来たなら雰囲気楽しんだりするんじゃない?」

 2人組から4人組くらいがほとんどの中、私たちは新文部オフ会と思われる6~7人程度のグループを探した。どこもかしこも話題は「解散予言」。「Japan突劇隊!」の動画を輪になって見ている人たちもいる。しかし、「新文部」や「AI翻案」に関する会話はなかなか耳に入ってこない。

 10分ほど人の群れの中をうろついたあと、離れ小島のように点在する少人数グループに近づいて聞き耳を立てた。予想通りこちらは予言信者の集まりらしく「漆黒の夜」という言葉が聞こえてくるが、新文部の話は出てこない。

「リアルの知り合いとは、予言の話で意気投合することなんてないんでしょうね。初対面っぽいグループが多い感じでした」

 情報収集を中断し、離れた場所で広場をながめながら、蒼君が言った。

「そうね。ネット上で話すのと、顔をあわせて話すのはまた違うだろうし。すごく盛り上がってたよね」

「あの人たちにとって、お互い良き理解者なんでしょうけど」

 蒼君は語尾を濁して肩をすくめる。

 ――匠真の理解者は誰だろう?
 私の脳裏にそんな疑問が過った。勤務しているのは母校の西京大だから知り合いはそれなりにいる。出版社との関係も噂で聞く限りは問題なさそうだ。

 でも、200万人のファンを持つハヤト君への批判的な姿勢、メディア露出を極端に嫌う態度を見ていると、何かの拍子に出版社側から見切りをつけられてしまうのではないか――そんな考えが時おり頭を掠める。

「相手が本当の理解者かどうかって、リアルな関係の方がわかりにくいものかもね。理解してるフリも処世術っていうか」

「そうかもしれませんけど、ここに集まってるような、ネットで知り合った信者同士が本当に互いを理解してるかと言えば、そんなことないと思います。あの人たちの関係は、たぶん『相手は自分を理解してくれてる』という幻想の上に成り立ってる。
 ネットもリアルも同じですよ。『理解してほしい』が先に立つと目が曇る。大切なのは『理解しようとする姿勢』じゃないですか?」

 蒼君はまた喋り過ぎたと感じたのか、気恥ずかしそうに顔をそむけた。そして、ボソッとひと言付け加える。

「理久さんって、理解しようとする人でしょ?」

「えっ?」

『Deeeeepサマー・エクスプロージョン! 13時より期待の新人デュオ、SHY&RYUのステージが開催されます。開演まであと10分となりました――』

 会話を遮るようにアナウンスが流れた。第一駐車場の方から走ってきたDeeeeep女子ふたりが、「ギリ間に合った~」と期待に満ちた表情で入場ゲートへと向かっていく。広場にいたDeeeeep女子たちが、羨ましそうにその後ろ姿を見送った。

 ルミが言っていた、「ホント、みんな何もわかってないんだから」という言葉を思い出した。

 このライブを無事終えるために関係者が背負った苦労を、ファンはどれだけ理解しているのだろう。少しでも理解してくれたらと思うけど、それを感じさせないのがきっとプロだ。

「あ、オフ会メンバーがリプライで写真投稿しました」

 蒼君がCommuLinkの投稿を私に見せた。以前スカイアリーナに来た時、同じような景色を見た記憶がある。

「窓にモニュメント写ってるから、たぶん西側の2階か3階のエレベーターロビーだと思う。そこ、撮影禁止のはずだけど」

「Pitterだと公式セキュリティアカウントから注意喚起の投稿がついてるようですけど、CommuLinkはそういうのはなさそうです。それをわかってて投稿してるのか、悪気なくやってるのかはわかりませんが」

「この写真の撮影場所に行っても、新文部の人には会えないよね。せっかく関係者パスまで用意してもらったのに、何もできない気がしてきた」

「収穫はあったじゃないですか。元新文部の人たちに接触できたし、庄間由宇香っていうアカウントが怪しいこともわかりました。十分ですよ」

「そうね。そろそろスタジアム入ろうか。Deeeeepの出番までは会場を回って、その後はライブを満喫しよう」

 東ゲートから入場し、私たちはオフ会メンバーの投稿写真の撮影場所に向かった。そこにいたのはアイドルの話で盛り上がる人たちばかりで、「新文部の方ですか」と声をかけられる雰囲気ではなかった。

 アリーナにも行ってみたけれどオールスタンディングで大盛り上がりしていて、そのまま踵を返した。コミュニケーションラウンジに出入りして度々ネットをチェックするも、Deeeeepライブの開演15分前を告げるアナウンスがあるまで何の動きもなく、私たちは大人しく東スタンドの指定席に向かったのだった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...