スキしかいらない

みやび

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呼び出された理由

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「…で、なぜ私なんでしょうか?」
「適任だと思ったから?」
「質問を疑問形で返さないでください…」

桜の目の前に置かれた書類を見つめながらも牧田との攻防を繰り広げていた。

***

~遡る事二時間前…~

この日はあの食事会以降の休み明け月曜日だった。九時半ごろにフロントの電話が鳴り受話器をあげれば安心する声がする。

「お電話ありがとうございます。グラッドホテル、御門が承ります」
『…・・お疲れ様です、牧田です』
「お疲れ様です、どうされましたか?」
『あと一時間位でそっちに着くんだけど、話があるから。』
「…私ですか?」
『そう。だから着いたら声かけるから来て?』
「でしたら着いてからでもよかったのでは?」
『それまでにあらかた仕事終わらせておく必要があるだろう?』
「…まぁ…それはそうですが…」
『じゃぁ、あとで』

そういって切れた電話。この日は横井ではなく、別のスタッフと二人の日だった。

「電話誰でした?」
「あ、会長ですよ?」
「何ですって?」
「いや、あと一時間位でこっち着くらしいです」
「…それだけ?」
「はい。なんか話があるからと」
「おっけーです」

軽いノリのこのスタッフは瀬戸せと ゆいだった。もちろん先日の食事会にも出席していた人物だった。仕事はほとんどしないでネットサーフィン大好きな女性だ。

「今日は皆さん早いですよね!」
「そうですね、でもあとに十分ちょっとでチェックアウトだからそうズバッと早い訳でもないですが…」
「でもあと一部屋ですよ?」
「たしかにね。」

そう話していれば、最後の一部屋のお客様がチェックアウトしにフロントにやって来る。無事に終わり、清掃だ…という時だ。チェックアウトしたばかりのお客様が慌てた様子でフロントに戻ってくる。

「た、大変だ!人が倒れてる!」

その声に反応したのは桜だった。急いでフロントを後にし、こっち!と手招きしている方に視線をやればリネン交換の業者だった。

「…ちょっと待ってください?教えてくださりありがとうございます!」
「いえ、でもこの人大丈夫でしょうか…」
「どうでしょうか…」

フロントを出てくる時にスマホを持って出て来ていたため、そのまま桜はホテルのフロントに電話をする。

『お電話ありがとうございます。グラッドホテルです』
「御門です、鋏持ってきてもらってもいいですか?」
『はさみ、ですか?』
「そう、急ぎで!」

そう伝えると通話を切る。せき込み、吐血を始めた業者。顔を横にしてあまり動かさないようにしつつも冷たい地面に寝かせるよりはと膝に頭を乗せる。鋏を持ってきた瀬戸に、業者が持ってきたタオルを纏めてあるタフロープを切り、二、三枚出す様にいう。

「でも切っていいんでしょうか…」
「いいから切って!」
「許可とか…」
「後で報告する。」

そう言い無理やり切らせた桜。タオルで頭を保護しながらも、感染がある場合を考えて膝から下ろす。様子を見ながら桜はそのまま救急車に電話をした。質問に答え、場所を伝えるとすぐに向かうと言ってくれる救急隊。電話を切ってからも声をかけ続ける桜。瀬戸はいつの間にかフロントに戻っていた。

「おはよう、…あれ?御門さんは?入金?」
「入金もまだいけてないんですよ。」
「え、じゃぁどこ?」
「外で業者の方が血吐いて倒れてるってので付き添ってます。」

そう、いつの間にか牧田がやってきていた。あっけらかんと答えてのける瀬戸に『…解った』と一言告げれば、牧田は玄関ドアから出て、様子を見に伺った。時期に救急車の音がする。その相手に手をあげて大きく振り、知らせる桜。

「…お願いします。」
「どの位吐血されてますか?」
「はっきりは解りませんが、五百ミリリットルほどは無いと思いますが…」
「解りました。意識はありますか?聞こえますか?!」

その救急隊の呼びかけに小さくわずかに頷く業者の姿にほっとした桜だった。引き渡しも無事に終わり、ほっとし、立ち上がると『お願いします』と見送った桜はそのまま後ろに振り返った。

「…ひゃ!え、いつから…居たんですか?」
「人を化け物みたいに言うな。」
「すみません」
「落ち着いたか?」
「あ、待って下さい?お話って少し待っていただくことは出来ますか?」
「…解った。」

そうして二人でホテルの中に入っていくとリネン業者に連絡をする。そうして瀬戸とホテル内のクリーンスタッフにも連絡を入れた。そしてようやく牧田の元に向かって行く桜だった。

「…失礼します、遅くなってすみません…」
「大丈夫。で?全部終わった?」
「はい。あとは業者さんが車の引き取りと荷降ろしを待つだけで…」
「解った。それで、どうしてああなった?」
「いえ、それが解らず…ただ、最後にチェックアウトされたお客様が出ていったと思った時に血相変えて戻って来たと思ったら人が倒れていると言われて…」
「なるほど。」
「それが確か九時四十三~五分の間だったと思います。」
「正確な時間は…?」
「チェックアウト履歴を見ればわかるかと…」
「解った。あのタオルは?」
「すみません。私が持ってきてくれて搬入予定だったものをほどいて使用しました。」
「解った。ありがとう。」
「……へ?」
「いや、だから、助かった、」
「……勝手に使った事の報告書等は…?」
「人命最優先だろう?」
「それは…そうですが…」
「ならいいじゃないか。」

そう話す牧田の言葉に一気に肩の力が抜けた桜。

「良かった…」
「それは始末書が無くてよかったという意味か?」
「いえ、それが必要ならいくらでも書きますけど…」
「ほう?」
「あの時に事後報告で怒られてもいいって思いながらも切らせて使ったのは私だけど…それでもよかったのか…ってどっかで思ってたんだと思います…」
「なるほどね。気にしてない」

漸く笑みがこぼれた最中、牧田はすっと椅子を引いた。

「こっち、座って?」
「あ、すみません。お話…ですよね」
「あぁ」
「あの、私…なにかしましたか?」
「心当たりでも?」
「いえ、無いんですが…」
「そう?なら大丈夫じゃない?」
「…そうは言っても…」
「はい、これ」

そう言って牧田は二枚の書類を桜の前に出した。

「…これって…?読んでいいですか?」
「あぁ。」
「……って…へ?」

そこに出されたのは正社員雇用契約書だった。

「…で、なぜ私なんでしょうか?」
「適任だと思ったから?」
「質問を疑問形で返さないでください…」
「悪いが給与面であっても申し分ないと思う。時給換算で今より三百は増えているはず。」
「…ち、ちょっと…上げ過ぎじゃないですか?」
「もしくは俺と一緒に本社に来るか」
「これで…大丈夫です…」
「俺のとこに来るのは嫌か?」
「嫌とかじゃなくて…交通が不便すぎます。」
「…それが理由か?」
「それ以外に何かありますか?」
「あると思った。ならこれでいいな?」
「サインと、印鑑って…シャチハタじゃまずいですよね?」
「まぁ、うん」
「明日…用意して持ってきます。」
「明日休みだろ?」
「はい」
「明後日でいい。確認できえるのは早くて明後日だから」
「そうですか…」
「それとも明日ここに来たら会えると思った?」
「ふざけてますか?」
「ふざけてない。」
「そういうの、他の人に言うとセクハラって取られかねませんよ?」
「大丈夫。他には言わないから」

そう言って書類を渡し、パソコンを開いた牧田。

「えと、これで終わりですか?」
「まだ話したい?」
「…仕事…戻ります」

そう言うとぺこりと頭を下げて部屋を後にした桜を見送ればギッと背もたれに凭れて牧田は天上を仰いだ。

「…焦りすぎた、か…」

そう呟きながらもざわつく心に少し焦っている事に気付くのが遅れた牧田。珍しい事もあるもんだ…と呟けば時期にいつも通りの顔に戻り、仕事を始めるのだった。
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