スキしかいらない

みやび

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幸せな時間

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それからと言っても牧田が来る時間が増えた訳でもない。変わったとすれば、メールの回数が増えただけだった。それでも牧田が来た日の滞在時間は少しばかり長くなったのだろう。そんなある日だ。

「…あれ?」
「あ、お疲れ様です。」
「今日上がり早くないか?」
「うん、」
「用事ある?」
「無いですよ?」
「ならどうした?」
「ちょっと…その…」
「歯切れ悪いな。」
「か、いものに…」
「買い物?」
「はい…」
「なるほどね」

そう短く返事をすれば上着をごそっと手探り、そのまま立ち上がる牧田。

「…会長は?まだお仕事ですか?」
「少し後においで」
「…え?」
「車。」
「…ち、ちょっと…」
「何?」
「…あの…何をお考えで?」
「いいから、会長命令」

にっと笑い、頭をぽんっと撫でればそのまま牧田は先に出ていく。

「…もぉ…」

そう、桜はサプライズで何かプレゼントを…と思っていたのだ。それを買いに行こうかと算段していた。しかし、牧田に捕まったのであればサプライズでもなんでもなくなってしまう。そうは言ってもあまり待たせてもいけないと思い、桜は急いで牧田の待つであろう車に向かって行く。

「…あの」

中をのぞけば後部座席に座っている牧田が居た。

「…えと…」

手招きする牧田に誘われる様にして桜も中に入る。

「…あの…」
「買い物って、どこ行くの?」
「え?」
「送ってく」
「…あの、それは…」
「迷惑?」
「迷惑ではないです!ただ…会長仕事中だろうし…」
「…クス…」
「あの…」
「別に問題ない。二時間くらい離れた所で財布もある。だから何も問題はないけど?」
「財布があっても…」
「ん?」

余裕の表情を見せる牧田にはどうにも弱い桜だった。

「…あ、あの、会長?」
「何?」
「…その…なにか好きなものとかありますか?」
「…好きなもの?」
「食べ物とか…あ、でもお昼ご飯は食べないんですよね…」
「良く知ってるな…」
「…あ、うん…前言ってたから…」
「俺、御門さんに話したっけ?」
「いえ、他のスタッフと話してるの…盗み聞きしていたわけじゃないですよ?でも…」
「クス…別にいいよ。」
「…好きなって言うか…欲しい物とか…」
「欲しい、ねぇ」
「はい!何かありますか?」
「…今、かぁ」
「はい!」
「あるとすれば…」

そういうとふわりと腕の中に包み込まれた桜。

「…え…あ、の…ッッ」

今まで触れた事の無い距離に突然陥った桜。息が詰まる位の想いにいた。

「俺はずっとこうしたかったんだけど?」
「…か、いちょ…ぉ?」
「それと、せめてホテル出た後位は会長呼びそれ、辞めて欲しいかなって位かな」
「…それって…でも…」

ぐるぐると回る桜の思考。甘えていいのだろうか…でも…突然したらおかしくないだろうか…そう思っていた。

「…どうした?」
「…その…どちらかと言えば…私は会長程に恐らく…オトナではない…です」
「だから二、三しか違わないだろ?」
「三つは大きな差です」
「…そう?」
「はい…」
「で、こうしたかったのは俺だけ?」
「…それは…」

躊躇いがちにきゅっとシャツを握りしめる。

「…あの…」
「何?」
「ッッ…上着…は?」
「ん?」
「その…いつも着てる、じゃないですか…」
「車の中ではさすがに脱ぐよ。」
「…そ、うですよね…」
「ドキドキする?」
「…意地悪です…」

ゆっくりと肩を押し戻された桜。それでも俯いたままの桜だったものの、そっと牧田の手に自身の手を重ねた。

「…クス…どうした?」
「あの、もうちょっと…だけ…その…」
「ん?」
「触れててもいいですか?」
「…どうぞ?」

そう話しながらもコツっと肩に額を乗せて、躊躇いがちに手を握っている桜。その行動にふっと笑えば、牧田は小さく問いかけた。

「…下手くそなんだから…」
「会長だって…」
「ん?」
「『会長命令』とかは、もっと違うとこで使ってくださいよ…」
「フッ…くく…」
「何がおかしいんですか?」
「いや、今日はパワハラとかセクハラって言わないんだなって思って。」
「それって私がそう思えばそうなるって話ですよ?」
「確かにな?て言う事は嫌じゃないって言ってるみたいなものだけど?」

その言葉を聞いてもなお、桜は体を離そうとはしなかった。代わりに…と言わんばかりに手を離して腰に触れるだけとは言え、そっと距離を近づけた。

「…どうせならちゃんとおいで?」

ぐっと抱き寄せる牧田。先程とは比べ物にならない位に温もりと鼓動が近くなる。

「会長…」
「ん?」
「……好きです…」
「ん、知ってる。」

短すぎる会話の後も、少しばかり桜は牧田から離れる事無く巻き付いていた。

「で?買い物は良かったのか?」
「…実は…」

そういうと桜はゆっくりと離れれば俯いたまま話し出した。

「…会長に…そのサプライズで何か…と思って…」
「俺に?何で?」
「何で、と言われるとすごく言いにくいんですけど…」
「なるほどね。じゃぁ、代わりに俺の欲しいのをくれるって訳だ?」
「…そのつもりだったんですけど…」
「なら呼んでくれたらいい。」
「よぶ?」
「うん、名前で。じゃなくて。」
「…名前…ですか?」
「あれ?もしかして知らない?」
「そんな事はないですよ…知ってます。」
「ならいいね?」
「……牧田さん、じゃなくて?」
「…それ苗字でしょ。」
「……ッッ」
「ほら。」
「なら…」
「ん?」
「…なら先に会長が呼んでくれたら…その、考えます」
「考えるの?」
「はい…」

声も段々と小さくなっていく桜の後ろ首に手を回し、耳元でそっと囁く様に牧田は話しだした。

「考えるなんて言うなよ、桜」
「……ッッ?!」

腕にしがみつく様にして桜は巻き付いた。

「…ずるい…本当に…」
「ほら、言って?」
「…ッッ…き…」
「聞こえない」
「…ま、さき…」
「ん、何?」
「…別に…何もない…」
「そう?」
「…これで本当にいいの?」
「うん、十分」

そう言って気付けば視線がぶつかり合う。

「…どうした?」
「…別に…何もない…」
「それはさっき聞いたよ」
「もう…なんでそんなに余裕なの?会長…」
「クス…戻ってる」
「だって…あの一回でいいんでしょ?」
「ひどいな、その言い分…」

そういえば牧田は頭をぽんっと撫でるのだった。
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