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新たなる船出
「再出発」
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「ここで会ったが千年目とはこのことだ。てめえ、ぶち殺してやる……!」
センジをつかみ上げたのは、タワシみたいなヒゲを生やしたむさくるしい大男だった。千年前であるはずはないが、確かに、いつかどこかで会った事があるような気がする。
「誰だよ、アンタ」センジは男をねめつけた。
「人間界ではよくもコケにしてくれたなぁ。この妙な服装、忘れちゃいねえぞ。女に投げ飛ばされたてめえを苦労して追跡した甲斐があったってもんだ。クソガキがあ……!」
汗ばんだ手にいっそう力を込め、男はセンジを締め上げる。
(ゲッ、苦しっ。ヤベえなこれっ。今日はやたら馬鹿力に縁がありやがるぜ……!)
とんでもない握力だ。このままだと握りつぶされてしまう。さすがにたまらなくなり、センジは反撃に出ようとした。ところがその矢先、足元から突き上げるすさまじい突風が男を襲い、巨体はセンジもろとも空中に高く投げ出された。
「な、なんじゃこりゃあ~~っっ!?」
突風にあおられ男は宙を舞い、野太い声を轟かせ頭から真っ逆さまに落下した。巨体が墜落した衝撃で大地は激しく震動し、男の頭を型どって地面は深く穴をあけた。
「ぐぐぐっっ、ぐうっっっ!!」
深々とあいた穴に頭が埋まり、男は倒立状態であがきにあがいて暴れまくる。センジはその間にミットのごとき手の平から脱出した。
「借り一な、センジ」ヒロキが上から目線で言った。
さっきの突風はヒロキが起こした魔力だったのだ。
「余計なマネすんなよ、ヒロキ。俺は自力でどうにか出来たんだからよっ」
「強がるなって。今のお前、相当弱ってんだからさ」
「そんなヤワじゃねえわ!」
「どうだか…… おっと、いけねえ」
沸き立つ鍋の湯に目をやり、ヒロキはいったん鍋を持ち上げ薪ストーブから離した。
「てか、センジ。あの野郎、人間界での知り合いなのか?」
「さあな。人間界で戦った荒くれ魔族だろうが、大勢やっつけたからいちいち覚えちゃいねえよ。ひでえ逆恨みだよな。それにしても……」
頭部が埋没した巨体がジタバタもがく無様なありさまを前にして、センジは思わず失笑した。
「ぬおおおおおお――――!!!!」
腕の筋肉がはち切れんばかりの力で地面に両手を押し当て、男は死にものぐるいでどうにか頭を引き抜いた。這いつくばり、口の中に入った草や土をゲホゲホと吐き出している。
「ガアッ、ガアッ」むせ返りつつ、男は血まみれの顔を上げた。
「こ、小僧ぉぉ……!!」えらい剣幕で巨体を揺らし、男はセンジの元へ歩み寄って来た。
「た、ただではすまさねえ……!! これから死への恐怖をたっぷりと思い知らせてやるからなぁ!!」
したたり落ちる血をぬぐいベロリとなめながら、男はゆっさゆっさと距離を縮めて来る。
「ぶち殺してやる!!」
「そりゃもう聞いたからよ。やれるもんならさっさとやってみろよ」
センジが言い返すと、男はさらに逆上し、血眼になって怒りを爆発させた。どうやら堪忍袋の緒がブチギレたらしい。
「ブレンドのクソガキがぁ――っっ!!」
上気し煮えたぎった男の胸元から、彼の魂である種が出現した。多角形の種には粗っぽい光りが走っている。男は総身のパワーを握り拳の一点に集結させセンジに焦点をしぼるやいなや、突き出した拳から熱気を帯びた凄烈な暴風を放った。
が、センジはとっくに男の拳に照準を定めていた。センジには男の動きも攻撃もスローモーションに見える。
「ぐおおおお――っっ!!」
熱風の魔力を強め、男は咆哮した。もはや、血に狂った珍獣そのものだ。男の殺気は半端なく、常軌を逸している。
「ヒロキ、お前は下がってろよな」
対象を見据え両足を広げて踏んばり構えると、センジの胸元からもオレンジカルサイトのごとき鮮やかに輝く種が現れ出た。
センジの体内で戦闘力がぐんぐんみなぎっていく。オレンジ色の種が輝きを増していく。
「ブレンドをなめんじゃねえぞ――!!」
身体中にみなぎった力をセンジは男めがけて一気に放出した。二つの猛烈なエネルギーは激しくぶつかり合い、衝突した刹那センジはパワーをますます増大させ男の熱風をあっさりとはね返した。
「があああああっっ!!!!」
自ら放ち返された熱風の暴威とセンジのパワー、Wの直撃を受けた男は木靴が摩擦でぶっ壊れるほど猛スピードで後ろに押され続け、ブレーキがかかった時には足にも全身にも大ダメージを負い両膝をドシン! と地に落とした。
――勝敗は、すでに決まっていた。
「ク、クソッ…… 欠点種のガキに二度までも……!!」
男はかろうじて膝を上げ、裸足のまま足を引きずり蹌踉と退散する。そこへ、男の馬が駆け寄り、いたわろうとでもするように鼻先を主人の頬にくっつけた。大男にふさわしい頑丈な体躯の馬だ。
ガクガク震える手で男は馬の鼻筋をさすり、余力を振りしぼって馬上にまたがった。巨体は完全に前のめりで丸くなっている。
男と馬が去って行く姿を、センジはひたすら無言で見送った。彼を殺さず生かしておいて良かったと、心から思った。
「逃がしちまっていいのかよ」ヒロキがきいた。
「……ああ。なるべくなら殺したくはねえからな」答えながらセンジはふと、ある違和感を感じた。
問いかけた声がヒロキとは別人だと気づいたからだ。センジはとっさに振り返った。
「ア、アニキ!? ロンヤも!?」
別人の声は、なんとエバイだった。エバイの後ろでロンヤはテントの中をのぞき込んでいる。センジの脳内はこんがらがっていた。
「な、なんだって二人がここに!?」
「そいつはこっちのセリフだ。とりあえずヒロキ、ジャマするぜ」
驚くセンジをよそに、エバイはテント内へ入ると足を組んで床に座り込んだ。ロンヤは初めて目にする遊牧民のテントの部屋をもの珍しそうに見回しつつ、エバイの隣りに正座した。
「センジ、修行の旅に出たんじゃなかったのか?」
エバイにきかれ、センジは口を濁らせた。
「い、いろいろあってよ……」
「ようこそ、お二人さん! グッドタイミングだぜっ。鍋パーティーは人数多い方がうめえもんな。ちょっくら支度するから待っててくれよな。お前も座れっ」
ヒロキはセンジの両肩を下へ押さえつけて座らせると、収納カゴから板とナイフを抜き出し一人もくもくと調理に取りかかった。まずは干し肉を鍋にぶち込み、大ざっぱに野菜を切っていく。
「肉の出汁がきくんだよなぁ」
「突然押しかけて悪いな、ヒロキ。元気そうで安心したぜ」
「いやいや、エバイくんも元気でなによりだよ。で? そこのおっちらした奴が弟分のロンヤか? 俺はヒロキだ。ヨロシクなっ」
ロンヤがかもし出すのんびりした独特の雰囲気でヒロキはピンときたようだ。
「は、はい。こちらこそ、ヨロシクです」ロンヤはどこか照れくさく、嬉しそうだ。
「なんか、ヒロキさんとセンジさん、似てますね」
「ああ!? こんなんに似てるワケねえだろ!? 取り消せっ、ロンヤ!!」一言一句乱す事なく、センジとヒロキは同時に声を張り上げた。
「や、やっぱり、似てる……」ロンヤは遠慮がちにつぶやいた。
「俺はいいとして、アニキとロンヤがここへ来たのはなんか理由あんのかよ」
「特にはねえよ。ロンヤに馬の乗り方を教えていただけだ。まあまあ慣れてきたんで長距離の練習がてら、ヒロキとモモに会おうと思ってな。おやっさんに居場所を教えてもらってここまで来たんだが…… まさかお前も寄っていたとはな」
「練習がてらって…… つまり、ついでかよ」ヒロキは苦笑いした。
「馬はどうしたんだよ」
「じいさんの知人から無料同然で譲ってもらったんだ。魔馬じゃねえが、引退した元競走馬だからな。レースはムリでも並みにならまだまだ十分、なかなかの走りだぜ」
「うん…… 乗り心地もいいし、可愛いよ。ビルじいさんの知り合いの人は、引退した競走馬の面倒、みてるんだって。すごいね」
「すげえのはじいちゃんだよ。どんだけ『魔界人皆兄弟』なんだ」
ビル爺は気さくで世話好きな人柄から各地に幅広い人脈があり、おかげでエバイもセンジも恩恵を得て助けられてきた。
「でもさ、センジさんは、どうして、ヒロキさんの居場所、分かったの……?」ロンヤは首をかしげている。
「俺は偶然ヒロキに再会したんだよ」
「そうそう、ぶったまげたぜ。センジの奴、鉄鍋かぶってくぼみにはまってやがったんだからよ」ヒロキがあきれたように説明すると、ロンヤはますます首をかしげた。
「て、鉄鍋?? くぼみにはまってた……?? センジさんこそ、なにか理由、あったの??」
「…… ああ。鉄鍋で顔隠して探偵の男に仕事の依頼してる最中、子分みてえな女にいきなり振り飛ばされちまってよ」
「探偵に依頼だと? センジ、なんの依頼しようとしたんだ」
「そりゃもちろん、吸血魔族の……」センジはギョッとした。
そこまで言いかけたセンジを、エバイがものすごい目力でにらみつけている。
「センジ…… お前まさか公爵探しの件、話したんじゃねえだろうな」
「えっ? ま、まずかったか?」
「その男、本当に探偵だったのか? お前を振り飛ばすほど馬鹿力の女は何者だ。誰これかまわずベラベラ口外してんじゃねえぞ……!」
「く、詳しいことは、しゃべっちゃいねえけど……よ」
声調は一定だがエバイの圧は静かながらすさまじく、センジの脈は異常に早くなっていた。
(な、なんなんだ…… 俺が鉄鍋なら、アニキは圧力鍋だとでもいうのか―― そんなバカなっっ)
逃げられない、密閉された悪夢のテント。センジの頭はグラグラしていた。その傍らで、鍋の湯もグラグラしていた。
「そろそろいい頃合いだな。エバイくん、センジの尋問は後にして食っちまおうぜ」ただならぬ空気を読んだのか、ヒロキは器とフォークを配り始めた。
「ホントにそれ以上、話してねえんだろうな」エバイは厳しく念を押す。
「あ、ああっ。その前にぶん投げられたからさっ」
「お前は子供の頃からたやすく人を信じるところがあるからな。気を付けろ」
「ごめんごめん。注意が足りなかった。マジごめん!」センジは平謝りするよりほかなかった。
ヒロキはエバイの顔色をうかがっている。エバイに対しては、ヒロキも昔からどこか緊張感をもって接する事が多かった。
テントの上が夕焼け空から夜空に変わる頃、出かけていたモモタローがようやく帰って来た。
エバイとセンジ、ロンヤの三人は感激屋のモモタローから暑苦しいほど濃厚な歓迎を受け、それから五人でヒロキ自慢の鍋を囲み、これまでの出来事を語り合った。
センジにしてみれば家を出てから久々にとるまともな食事だ。談話もおろそかにがっつき過ぎて極度の空腹が一転、腹パンパンの満腹になり、うめき苦しみながらラグに寝転がった。
「それにしても、あの悪名高きガフェルズ王家の兄弟と人間界で対峙するとはな。にわかには信じられねえや」ヒロキは肘枕で横になり、楊枝をくわえた。
「王家のバースデーパーティーか…… 確かにチャンスかもしれないね。だけど、センジくん。客やその護衛一行に紛れるのは危険なんじゃないのかい? シェード達の警備はより厳重になるだろうからさ」モモタローは筋肉質な腕を組み、考えている。
「やっぱ紛れるのは難しいか…… けどよ、ドリンケルツ城は山々が連なってて、門だって死ぬほどあるんだろ? 客が通る正式な城門は厳重でも、他の門ならいつもよか警備が手薄になるかもしれないぜ? だとしたら、潜入するのも可能なんじゃねえの?」パンパンの腹をさすりつつ、センジも考え意見した。
そんなセンジを、エバイは冷視していた。
「ならず者を逃がした件といい探偵の件といい…… お前は甘えんだよ。第一王子は俺らがラス一の遺種を奪いに来ると警戒してるだろうからな。あなどれないぜ? つうか…… センジ、お前は余計なことに首突っ込まねえでさっさと鍛え直して来い。城の偵察は俺らに任せろ」
「そうだよ、センジさん。早く旅に出て、さらに強くなって、早く帰って来てよ。城に居る、バットチッカのことも、気になってるんだろうけど…… ズズッ」ロンヤは器の汁をすすった。
みんなが食事を終えてもまだのろのろ食べている。鍋はもう空っぽだが、最初に盛った具材が器には半分ほど残っている。
「お前は発言するな。とっとと食え」センジとヒロキがシンクロした。
「バットチッカなんか気にしてねえよ。それよりシルクとラズは…… あいつら二人はどうしてる?」
たった数日で、センジはホームシックっぽくなっていた。今までずっと独りきりで生活した事などなかっただけに、言いようのない寂しさがつのっていた。こうしてまたエバイ達と過ごしていると、決心がにぶり一緒に帰宅してしまいそうだ。
「センジくん。もしかして君は、家族の元へ戻りたくなったんじゃないのかい?」
マッチョな肉体にはそぐわない、モモタローのキュートでピュアなピーチ色の目で見つめられると、センジは思わず本音を吐露しそうになっていた。
「そうなのか? センジ」エバイもロンヤも、センジをまっすぐ見つめている。
興味なさそうなのはヒロキだけだ。楊枝で歯間をいじっている。
「ち、違えよっ。二人がちょっと心配になっただけだよっっ」気持ちを見透かされそうで、センジは慌ててはぐらかした。
「あいつらのことなら大丈夫だ。俺らが留守の時、なんかあったらおやっさんに連絡できるようテモ電持たせるつもりだからな」
「テモ電!? アニキ、マジかっっ」少々うらやましくあり、センジは起き上がった。
テモ電は魔界の携帯電話、「手元電話」の略称だ。
「おやっさんにも頭下げてあるからよ」
「父さんは頼りになるからね。僕たちも、いつでも力になるよ。なっ、兄さん!」モモタローに呼びかけられ、ヒロキは楊枝をくわえたままニコニコとうなずいた。
会った事もない女子たちに興味はなくどうでもいいだろうが、エバイの手前そうするしかなかったのかヒロキの笑顔はやや引きつっていた。
その夜は三人そろってテントに泊まり、翌朝、兄弟や仲間に送り出され、センジは再度、気持ち新たに出発した。
歩けども歩けども長く続く大草原は、サラサラとそよぐ野草が朝露をまとい、蒼くきらめいていた。
センジをつかみ上げたのは、タワシみたいなヒゲを生やしたむさくるしい大男だった。千年前であるはずはないが、確かに、いつかどこかで会った事があるような気がする。
「誰だよ、アンタ」センジは男をねめつけた。
「人間界ではよくもコケにしてくれたなぁ。この妙な服装、忘れちゃいねえぞ。女に投げ飛ばされたてめえを苦労して追跡した甲斐があったってもんだ。クソガキがあ……!」
汗ばんだ手にいっそう力を込め、男はセンジを締め上げる。
(ゲッ、苦しっ。ヤベえなこれっ。今日はやたら馬鹿力に縁がありやがるぜ……!)
とんでもない握力だ。このままだと握りつぶされてしまう。さすがにたまらなくなり、センジは反撃に出ようとした。ところがその矢先、足元から突き上げるすさまじい突風が男を襲い、巨体はセンジもろとも空中に高く投げ出された。
「な、なんじゃこりゃあ~~っっ!?」
突風にあおられ男は宙を舞い、野太い声を轟かせ頭から真っ逆さまに落下した。巨体が墜落した衝撃で大地は激しく震動し、男の頭を型どって地面は深く穴をあけた。
「ぐぐぐっっ、ぐうっっっ!!」
深々とあいた穴に頭が埋まり、男は倒立状態であがきにあがいて暴れまくる。センジはその間にミットのごとき手の平から脱出した。
「借り一な、センジ」ヒロキが上から目線で言った。
さっきの突風はヒロキが起こした魔力だったのだ。
「余計なマネすんなよ、ヒロキ。俺は自力でどうにか出来たんだからよっ」
「強がるなって。今のお前、相当弱ってんだからさ」
「そんなヤワじゃねえわ!」
「どうだか…… おっと、いけねえ」
沸き立つ鍋の湯に目をやり、ヒロキはいったん鍋を持ち上げ薪ストーブから離した。
「てか、センジ。あの野郎、人間界での知り合いなのか?」
「さあな。人間界で戦った荒くれ魔族だろうが、大勢やっつけたからいちいち覚えちゃいねえよ。ひでえ逆恨みだよな。それにしても……」
頭部が埋没した巨体がジタバタもがく無様なありさまを前にして、センジは思わず失笑した。
「ぬおおおおおお――――!!!!」
腕の筋肉がはち切れんばかりの力で地面に両手を押し当て、男は死にものぐるいでどうにか頭を引き抜いた。這いつくばり、口の中に入った草や土をゲホゲホと吐き出している。
「ガアッ、ガアッ」むせ返りつつ、男は血まみれの顔を上げた。
「こ、小僧ぉぉ……!!」えらい剣幕で巨体を揺らし、男はセンジの元へ歩み寄って来た。
「た、ただではすまさねえ……!! これから死への恐怖をたっぷりと思い知らせてやるからなぁ!!」
したたり落ちる血をぬぐいベロリとなめながら、男はゆっさゆっさと距離を縮めて来る。
「ぶち殺してやる!!」
「そりゃもう聞いたからよ。やれるもんならさっさとやってみろよ」
センジが言い返すと、男はさらに逆上し、血眼になって怒りを爆発させた。どうやら堪忍袋の緒がブチギレたらしい。
「ブレンドのクソガキがぁ――っっ!!」
上気し煮えたぎった男の胸元から、彼の魂である種が出現した。多角形の種には粗っぽい光りが走っている。男は総身のパワーを握り拳の一点に集結させセンジに焦点をしぼるやいなや、突き出した拳から熱気を帯びた凄烈な暴風を放った。
が、センジはとっくに男の拳に照準を定めていた。センジには男の動きも攻撃もスローモーションに見える。
「ぐおおおお――っっ!!」
熱風の魔力を強め、男は咆哮した。もはや、血に狂った珍獣そのものだ。男の殺気は半端なく、常軌を逸している。
「ヒロキ、お前は下がってろよな」
対象を見据え両足を広げて踏んばり構えると、センジの胸元からもオレンジカルサイトのごとき鮮やかに輝く種が現れ出た。
センジの体内で戦闘力がぐんぐんみなぎっていく。オレンジ色の種が輝きを増していく。
「ブレンドをなめんじゃねえぞ――!!」
身体中にみなぎった力をセンジは男めがけて一気に放出した。二つの猛烈なエネルギーは激しくぶつかり合い、衝突した刹那センジはパワーをますます増大させ男の熱風をあっさりとはね返した。
「があああああっっ!!!!」
自ら放ち返された熱風の暴威とセンジのパワー、Wの直撃を受けた男は木靴が摩擦でぶっ壊れるほど猛スピードで後ろに押され続け、ブレーキがかかった時には足にも全身にも大ダメージを負い両膝をドシン! と地に落とした。
――勝敗は、すでに決まっていた。
「ク、クソッ…… 欠点種のガキに二度までも……!!」
男はかろうじて膝を上げ、裸足のまま足を引きずり蹌踉と退散する。そこへ、男の馬が駆け寄り、いたわろうとでもするように鼻先を主人の頬にくっつけた。大男にふさわしい頑丈な体躯の馬だ。
ガクガク震える手で男は馬の鼻筋をさすり、余力を振りしぼって馬上にまたがった。巨体は完全に前のめりで丸くなっている。
男と馬が去って行く姿を、センジはひたすら無言で見送った。彼を殺さず生かしておいて良かったと、心から思った。
「逃がしちまっていいのかよ」ヒロキがきいた。
「……ああ。なるべくなら殺したくはねえからな」答えながらセンジはふと、ある違和感を感じた。
問いかけた声がヒロキとは別人だと気づいたからだ。センジはとっさに振り返った。
「ア、アニキ!? ロンヤも!?」
別人の声は、なんとエバイだった。エバイの後ろでロンヤはテントの中をのぞき込んでいる。センジの脳内はこんがらがっていた。
「な、なんだって二人がここに!?」
「そいつはこっちのセリフだ。とりあえずヒロキ、ジャマするぜ」
驚くセンジをよそに、エバイはテント内へ入ると足を組んで床に座り込んだ。ロンヤは初めて目にする遊牧民のテントの部屋をもの珍しそうに見回しつつ、エバイの隣りに正座した。
「センジ、修行の旅に出たんじゃなかったのか?」
エバイにきかれ、センジは口を濁らせた。
「い、いろいろあってよ……」
「ようこそ、お二人さん! グッドタイミングだぜっ。鍋パーティーは人数多い方がうめえもんな。ちょっくら支度するから待っててくれよな。お前も座れっ」
ヒロキはセンジの両肩を下へ押さえつけて座らせると、収納カゴから板とナイフを抜き出し一人もくもくと調理に取りかかった。まずは干し肉を鍋にぶち込み、大ざっぱに野菜を切っていく。
「肉の出汁がきくんだよなぁ」
「突然押しかけて悪いな、ヒロキ。元気そうで安心したぜ」
「いやいや、エバイくんも元気でなによりだよ。で? そこのおっちらした奴が弟分のロンヤか? 俺はヒロキだ。ヨロシクなっ」
ロンヤがかもし出すのんびりした独特の雰囲気でヒロキはピンときたようだ。
「は、はい。こちらこそ、ヨロシクです」ロンヤはどこか照れくさく、嬉しそうだ。
「なんか、ヒロキさんとセンジさん、似てますね」
「ああ!? こんなんに似てるワケねえだろ!? 取り消せっ、ロンヤ!!」一言一句乱す事なく、センジとヒロキは同時に声を張り上げた。
「や、やっぱり、似てる……」ロンヤは遠慮がちにつぶやいた。
「俺はいいとして、アニキとロンヤがここへ来たのはなんか理由あんのかよ」
「特にはねえよ。ロンヤに馬の乗り方を教えていただけだ。まあまあ慣れてきたんで長距離の練習がてら、ヒロキとモモに会おうと思ってな。おやっさんに居場所を教えてもらってここまで来たんだが…… まさかお前も寄っていたとはな」
「練習がてらって…… つまり、ついでかよ」ヒロキは苦笑いした。
「馬はどうしたんだよ」
「じいさんの知人から無料同然で譲ってもらったんだ。魔馬じゃねえが、引退した元競走馬だからな。レースはムリでも並みにならまだまだ十分、なかなかの走りだぜ」
「うん…… 乗り心地もいいし、可愛いよ。ビルじいさんの知り合いの人は、引退した競走馬の面倒、みてるんだって。すごいね」
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ビル爺は気さくで世話好きな人柄から各地に幅広い人脈があり、おかげでエバイもセンジも恩恵を得て助けられてきた。
「でもさ、センジさんは、どうして、ヒロキさんの居場所、分かったの……?」ロンヤは首をかしげている。
「俺は偶然ヒロキに再会したんだよ」
「そうそう、ぶったまげたぜ。センジの奴、鉄鍋かぶってくぼみにはまってやがったんだからよ」ヒロキがあきれたように説明すると、ロンヤはますます首をかしげた。
「て、鉄鍋?? くぼみにはまってた……?? センジさんこそ、なにか理由、あったの??」
「…… ああ。鉄鍋で顔隠して探偵の男に仕事の依頼してる最中、子分みてえな女にいきなり振り飛ばされちまってよ」
「探偵に依頼だと? センジ、なんの依頼しようとしたんだ」
「そりゃもちろん、吸血魔族の……」センジはギョッとした。
そこまで言いかけたセンジを、エバイがものすごい目力でにらみつけている。
「センジ…… お前まさか公爵探しの件、話したんじゃねえだろうな」
「えっ? ま、まずかったか?」
「その男、本当に探偵だったのか? お前を振り飛ばすほど馬鹿力の女は何者だ。誰これかまわずベラベラ口外してんじゃねえぞ……!」
「く、詳しいことは、しゃべっちゃいねえけど……よ」
声調は一定だがエバイの圧は静かながらすさまじく、センジの脈は異常に早くなっていた。
(な、なんなんだ…… 俺が鉄鍋なら、アニキは圧力鍋だとでもいうのか―― そんなバカなっっ)
逃げられない、密閉された悪夢のテント。センジの頭はグラグラしていた。その傍らで、鍋の湯もグラグラしていた。
「そろそろいい頃合いだな。エバイくん、センジの尋問は後にして食っちまおうぜ」ただならぬ空気を読んだのか、ヒロキは器とフォークを配り始めた。
「ホントにそれ以上、話してねえんだろうな」エバイは厳しく念を押す。
「あ、ああっ。その前にぶん投げられたからさっ」
「お前は子供の頃からたやすく人を信じるところがあるからな。気を付けろ」
「ごめんごめん。注意が足りなかった。マジごめん!」センジは平謝りするよりほかなかった。
ヒロキはエバイの顔色をうかがっている。エバイに対しては、ヒロキも昔からどこか緊張感をもって接する事が多かった。
テントの上が夕焼け空から夜空に変わる頃、出かけていたモモタローがようやく帰って来た。
エバイとセンジ、ロンヤの三人は感激屋のモモタローから暑苦しいほど濃厚な歓迎を受け、それから五人でヒロキ自慢の鍋を囲み、これまでの出来事を語り合った。
センジにしてみれば家を出てから久々にとるまともな食事だ。談話もおろそかにがっつき過ぎて極度の空腹が一転、腹パンパンの満腹になり、うめき苦しみながらラグに寝転がった。
「それにしても、あの悪名高きガフェルズ王家の兄弟と人間界で対峙するとはな。にわかには信じられねえや」ヒロキは肘枕で横になり、楊枝をくわえた。
「王家のバースデーパーティーか…… 確かにチャンスかもしれないね。だけど、センジくん。客やその護衛一行に紛れるのは危険なんじゃないのかい? シェード達の警備はより厳重になるだろうからさ」モモタローは筋肉質な腕を組み、考えている。
「やっぱ紛れるのは難しいか…… けどよ、ドリンケルツ城は山々が連なってて、門だって死ぬほどあるんだろ? 客が通る正式な城門は厳重でも、他の門ならいつもよか警備が手薄になるかもしれないぜ? だとしたら、潜入するのも可能なんじゃねえの?」パンパンの腹をさすりつつ、センジも考え意見した。
そんなセンジを、エバイは冷視していた。
「ならず者を逃がした件といい探偵の件といい…… お前は甘えんだよ。第一王子は俺らがラス一の遺種を奪いに来ると警戒してるだろうからな。あなどれないぜ? つうか…… センジ、お前は余計なことに首突っ込まねえでさっさと鍛え直して来い。城の偵察は俺らに任せろ」
「そうだよ、センジさん。早く旅に出て、さらに強くなって、早く帰って来てよ。城に居る、バットチッカのことも、気になってるんだろうけど…… ズズッ」ロンヤは器の汁をすすった。
みんなが食事を終えてもまだのろのろ食べている。鍋はもう空っぽだが、最初に盛った具材が器には半分ほど残っている。
「お前は発言するな。とっとと食え」センジとヒロキがシンクロした。
「バットチッカなんか気にしてねえよ。それよりシルクとラズは…… あいつら二人はどうしてる?」
たった数日で、センジはホームシックっぽくなっていた。今までずっと独りきりで生活した事などなかっただけに、言いようのない寂しさがつのっていた。こうしてまたエバイ達と過ごしていると、決心がにぶり一緒に帰宅してしまいそうだ。
「センジくん。もしかして君は、家族の元へ戻りたくなったんじゃないのかい?」
マッチョな肉体にはそぐわない、モモタローのキュートでピュアなピーチ色の目で見つめられると、センジは思わず本音を吐露しそうになっていた。
「そうなのか? センジ」エバイもロンヤも、センジをまっすぐ見つめている。
興味なさそうなのはヒロキだけだ。楊枝で歯間をいじっている。
「ち、違えよっ。二人がちょっと心配になっただけだよっっ」気持ちを見透かされそうで、センジは慌ててはぐらかした。
「あいつらのことなら大丈夫だ。俺らが留守の時、なんかあったらおやっさんに連絡できるようテモ電持たせるつもりだからな」
「テモ電!? アニキ、マジかっっ」少々うらやましくあり、センジは起き上がった。
テモ電は魔界の携帯電話、「手元電話」の略称だ。
「おやっさんにも頭下げてあるからよ」
「父さんは頼りになるからね。僕たちも、いつでも力になるよ。なっ、兄さん!」モモタローに呼びかけられ、ヒロキは楊枝をくわえたままニコニコとうなずいた。
会った事もない女子たちに興味はなくどうでもいいだろうが、エバイの手前そうするしかなかったのかヒロキの笑顔はやや引きつっていた。
その夜は三人そろってテントに泊まり、翌朝、兄弟や仲間に送り出され、センジは再度、気持ち新たに出発した。
歩けども歩けども長く続く大草原は、サラサラとそよぐ野草が朝露をまとい、蒼くきらめいていた。
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