ブレンド・ソウル

野鈴呼

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バットチッカの観察

「ドリンケルツ城のクセ者たち」

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 ドリンケルツ城、インリオだけ

 許可なく人間界へ出向いた王子二人が王に呼び出され、王城インリオ嶽は張りつめた空気に支配されていた。

 バットチッカはこっそり二人について行った。

 長い、長い、気も遠くなるような長い廊下を、二人の王子は足になまりを付けたように重々しい足どりで進んでいた。

 いつもなら長すぎてうんざりする廊下だが、こういう時は「永遠とわに続いてほしい」と彼らは心底願っているはずだ。

 実際そうだった。

「な、なんということだ! こんなにも早く悪夢の扉が鼻の前に!!」

「目の前でございます」

 重厚な大扉の前に着くやいなや、絶望するギリザンジェロとドラジャロシーを、王家の執事パンダが出迎えた。

 パンダは色白でひょろ長く、脆弱ぜいじゃくそうな細身の男だ。


「黙れパンダ。パンダのぶんざいで……  鼻の前でも間違いではなかろう。むしろ鼻先が一番扉に近いだろうがっ」

「兄上、今はパンダなどどうでもいいだろう。この扉の向こうに待つ俺たちの運命を思えば……」

「その通りでございます。さあ、ギリザンジェロさま、ドラジャロシーさま。よろしゅうございますか?」

 パンダは黒メガネのブリッジを上げ、白い指先で扉に触れた。

「お父上が、右側の前髪を長くしてお待ちでございます」

「それを言うなら『首』だろーがっっ!!」

 ギリザンジェロとドラジャロシーが突っ込みを入れた直後、ギギギイ~ッと鈍くきしむ耳ざわりな音をたて、パンダのしょぼい魔力によって扉が開いた。

 大広間の奥にある壇上の玉座ぎょくざには、ギリザンジェロたち兄弟にとって何にも増してけむたく頭の上がらない父王、ブルヴァオンレが座っている。

 パンダの言う通り、右だけダラリと伸びた左右非対称アシンメトリーな前髪だ。肘掛ひじかけほおづえをつき、片足をもう片方の膝上ひざうえに乗せた、えらそうで倦怠けんたいげな座り方である。

 壇の下では、王専属のシェードである二人の男女、ゼスタフェとフライトが玉座を挟み両側に仕えていた。

 通常よりいっそう高圧的なブルヴァオンレのオーラに、ギリザンジェロとドラジャロシーはたじたじになっている。


「どうだ、貴様ら。遠足は楽しかったか?」ブルヴァオンレの第一声は、容赦ない皮肉だった。

 息子二人と、目を合わせようともしない。

「え、えん……  そく?」

 “遠征”ではなく“遠足”だ。大広間に、居心地の悪い冷気がただよっていた。

 ギリザンジェロは、相当はらわたが煮え返っているのかギリギリと歯がみしていた。だが、たてつく事は断じて許されない。おのれの立場を守りつつ、うまくこの場を切り抜ける方法を考えているようだった。

「父上……  私はお忙しい父上と母上に代わり、ドラジャロシーの保護者として遠足に付き添った次第でございます。まさか弟が、人間界に侵略するつもりだったとは知りもせず……」

 家族思いの健気けなげな長男を演じ、ギリザンジェロはピンチをしのごうとしていた。当然、なすりつけられたドラジャロシーが黙っているはずもなく猛反論した。

「侵略などと、とんでもない! 父上、私はただ下々しもじもの者たちの、人間界での暴虎ぼうこ馮河ひょうがなる所業をいましめるために人間界へと出向いたのです! しかし、それを耳にした兄上が私の後を追って来られ、人間界を征服すると言い出されたのでございます!」

「ドラジャロシー! 貴様、またしても口から出まかせを! だいたい下々の者たちがどこで『毛根もうこん強化きょうか』しようと彼らの勝手ではないか! 貴様にそれを止める権利はないのだぞ!」

「『毛根強化』だぁ!? どうすりゃそう聞こえるんだ! 『暴虎馮河』と言ったんだ! とっとと部屋へ戻り耳かきでもしたらどうだ!」

「貴様とゆう奴は……  人間界まで出向いた理由が、必死な者たちの望みをつ活動のためだったとは……! 王家の恥さらしめ!!」

「聞き違いもたいがいにせいっ、クソ兄貴! そもそも俺が人間界へ行ったのは征服するのが目的だとおめえも知ってただろうが! 知ってたからこそ追いかけて来たんだろうが!!」

 大広間に、ドラジャロシーの声が隅々すみずみまで行き渡った。行き渡らなくていい父王の鼓膜にまで、きちんと行き渡っていた。

「し、しまった!!」

 とっさに両手で口をふさぐドラジャロシーを、ギリザンジェロは眼光がんこう炯々けいけいと勝ち誇ったようにねめつけた。

「語るに落ちたな、愚弟ぐていよ。この俺が、聞き違いなどするはずがないであろう。感情的になるあまり墓穴ぼけつを掘りおって。まだまだガキよのぉ」ギリザンジェロはささやいた。

 兄の計略にまんまとはめられたドラジャロシーは、冷や汗をかいていた。

「ドラジャロシーよ……」

 ろくに視線を合わせようとしなかったブルヴァオンレが、ドラジャロシーを睨視げいしする。

「いつまでも子供だと思っていたお前が、いつの間にか成長していたのだな……」深く暗い青色の目が、ドラジャロシーを射るようにひらめいた。

 すると、金縛かなしばりにかかったようにドラジャロシーの全身が固まった。ギリザンジェロもまた、身動きひとつとれない状態におちいっていた。

「なぬっ!? 俺さままでもが……!?」

 ブルヴァオンレの目は、獲物を視界にとらえ、冷静に見据えている鷹の目ホークスアイそのものだった。

「ドラジャロシー! こうなったのは墓穴を掘った貴様のせいだ! 俺まで巻き添えにしやがって!」

「ぼ、墓穴を掘らせたはお前だろーが! つうか、父上あいつは最初から全部お見通しなんだよ!」

 二人とも身体はビクともしないが、声は普通に出せている。

「その通り、貴様らの浅知恵などはなから見抜いておるわ」

 膝上に乗せていた片足を下ろしブーツの前底で床を強く打つと、ブルヴァオンレは手首をじわり、じわりと、前へ突き出した。

「ぬぬ……っっ!!」ギリザンジェロとドラジャロシーは、後ずさりすら出来ずにいた。

 ますますにじみ出る冷汗れいかん、こもる歯ぎしりの不快な音……

 突き出した手首をクイッと上げ、ブルヴァオンレが王子らに手の平を向けたそのとたん、ため込んだ水をノズルから一気に噴出したような激烈な気体が二人に襲いかかった。

「のぉぉぉぉぉ――――!!!!」

 ブルヴァオンレのすさまじい魔力を正面からはらに受けた衝撃で、ギリザンジェロとドラジャロシーの身体は『くの字』に折れ曲がりそのまま廊下へ押し出されると、先ほど足を引きずって来た長い廊下を一瞬にして通過し、突き当たりの岩窓から勢いよくおもてへと放り出された。

 それは、わずか2秒程の出来事だった。

 山の突起とっきした岩にコートのえりづりがかろうじて引っかかり、ギリザンジェロはブラ~ン、ブラ~ンと、風にあおられぶらさがっていた。隣りでドラジャロシーもブラブラと揺れていた。

 王家の使用人たちの間では、これは恒例行事のひとつ、「王子放流」として語りつがれている。


 そんな王子たちの悲惨な様子を、自室の露台ろだいから心配そうに観望する女が居た。ドリンガデス国の第一王妃、マーデリンだ。

 漆黒の髪に暗赤色あんせきしょくの目。背丈があり、銀色でふちどられた真っ黒なドレスに身を包む彼女の風格は、王に勝るとも劣らない貫禄がある。

 バットチッカは、マーデリンが立つ露台の岩陰にパタパタ移動した。


「あの子たち、いかがしたのであろう……」

 他の者は夫を含めどうでもいい彼女だが、我が子の事は何かと気がかりのようだ。

「これ、お前。王子たちが何ゆえ王の怒りに触れたのか、パンダにでも聞いてくるのじゃ。急げ」

「か、かしこまりました! 王妃さま!」

 侍女が慌てて駆けて行くと、マーデリンは室内に入りソファに腰を沈めた。

「王にも困ったものじゃ。謙虚で温厚、知性豊かで見栄えもする息子たちをねたまれ、事あるごとにあのような腹いせを……  情けないことよ」

 部屋のはしのイスに座っている枯れ枝みたいな老女に、マーデリンは小言こごとをもらした。王子たちの乳母、サアばあだ。

「おおせられる通り、お二方ふたかたの王子はお父上とご同様に完全無欠でございます。これほどまでに立派になられるとは、わたくしも微力ながら貢献できましたものと自負じふしております。微力ながらも……!!」

 マーデリンとサア婆の会話は微妙なズレが生じていた。これも恒例……  というか、よくある事だ。サア婆が分かりやすく自画自賛するのを、マーデリンは澄まし顔で聞き流している。

 サア婆は、ギリザンジェロとドラジャロシーだけではなく、王ブルヴァオンレの乳母けん教育係もつとめてきた賢女である。

 彼女の言うように、彼らが立派に育ったかどうかは大いなる疑問だが……


 それから数ヶ月。

 ドリンケルツ城での生活にバットチッカはすっかりなじんでいた。使用人と気軽にあいさつをかわし合ったりもする。

 ギリザンジェロがどこかに隠したであろうラスいち遺種いだねをあちこち飛び回り捜しながら、城内のあれやこれやを日々観察していた。

 城に来た当初は王族のエゴイスチックな振る舞いや、使用人たちのピリピリした雰囲気に困惑するばかりだったが、今では対人関係から彼らの職種や性格、習慣やクセ、どこに何があるかまでを注視し、インリオ嶽内に限ってはある程度いろいろと把握できていた。

 だが、広大無辺なドリンケルツ城の全域を把握するのは到底不可能で、ラス一の遺種を見つけるどころか、隠された場所の見当すらいまだついていなかった。

 それにしても、城には大勢の人が居る。要注意な者も決して少なくはない。バットチッカは、シェードを総括するゼスタフェに対しては特に注意を払っていた。

「あの男、思考が全くつかめねえだ。『目は口ほどに物を言う』っつっても、王さまは片目だけだがあいつは両目とも覆われちまってるしよ。サファはあいつのなにがいいんだべか……  まあ、シェードや王族だけじゃなく使用人たちにも信頼されてるみてえだけどよ」

 そしてもちろん、魔族最強とうたわれる王ブルヴァオンレも、第一王妃のマーデリンも油断ならない存在だ。

 執事のパンダは棒のように痩せていて魔力も体力もとぼしい軟弱者だが、国内一の蔵書量を誇るドリンケルツ城の特大図書室で夜な夜な本を読みあさっている読書家で、豊富な知識を持っている。加えて、彼には誰もが避けたがる秘技があった。

 バットチッカは経験した事はないが、パンダが放つは爆音をともない排出される超悪臭で、襲撃ならぬ「臭撃しゅうげき」とひそかに恐れられているとか。王の高い鼻をひん曲げたという噂もある程だ。

 
「なんせここはクセもんが多すぎるだよ。全部屋に忍び込んで徹底的に捜してえが、バッカの目的がバレちまったらこの短期間で苦労して積み重ねてきた信用がだいなしだもんな……」バットチッカはかなり慎重になっていた。


「こんばんは、バットチッカ」月を眺めるバットチッカに、若い娘が声をかけた。

 月光に消え入りそうな、か細い声だ。

 マーデリンの姪で、ガフェルズ王夫妻の養女として育てられた少女、キャヴァだった。
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