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人間界・其の弍
「王子、襲来」
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海沿いのガタついた道路を、年季の入ったピックアップトラックが突っ切って行く。
「セン兄。ぼく達もセン兄みたく、誰かを好きになってもムダに傷つくだけなんかなぁ~」運転席のセンジを、ラズベリーは横目でチラ見した。
「あ? そうゆうのフツー、俺本人にきくか?」助手席のラズベリーを、センジも横目でチラ見した。
修理品の納入を終えた帰り道。ヒマだからと同行したラズベリーは車内で憂鬱げな面持ちだ。
「だって経験者にきくのが一番じゃん。人間を好きになっても意味ないんなら、ぼくも恋愛なんかしないからさ。そおでなくても友達みんな次から次に老けちゃっていい加減うんざりしてんだからさっ」
年頃の中期少女に成長したラズベリーは、センジと円の恋の結末がけっこう胸に刺さっているようだ。
「ロンくんが言ってた。平井のじいちゃんちのひ孫が最近老人施設に入ったんだって。ロンくんがじいちゃんちの古時計直しに行ったの、ついこないだみたいな気がするのになぁ。もおとっくにじいちゃんは死んじゃってて、子供だったひ孫が老人になってるなんてさ……」
八十年も経てば、この人間界では周囲の顔ぶれがガラリと変わる。哀しい別れを幾度となく繰り返す。ラズベリーも成長する過程で体験してきた事だが、そうそう慣れるものではない。人間の老いの早さと、その先にある彼らの死を目の当たりにする哀傷には――
「ラズ。人間はみんな短え一生を、いや、人間にとったら長え人生、懸命に生きてんだ。だから『ムダ』とか『うんざり』とか、そんな言い方するなよ」センジはサラリとラズベリーをたしなめた。
「……悪気はなかったんだ。ごめん」元気印のラズベリーが珍しくしょんぼりしている。
年齢的に、ラズベリーはちょうど今頃が人間との寿命の差を実感して苦悩する時期だ。センジ達も越えてきた山だった。
「まあ、気持ちは分かるぜ。友達や知り合いが次々いなくなっちまうのはつらいよな。俺とアニキだって、いつの間にか客以外の人間とは付き合わなくなっちまったもんな」
「セン兄。ここんとこお客さんとの付き合いも減ってない? 仕事量も減ってるよおな……」
「ああ、それはあれだ。吸血貴族の遺種がいよいよラスト一個になったからだよ。魔界へ戻る日も近えし、新規の依頼はもう受けねえってアニキがそう決めたんだ」
「そっか…… そっか、じゃあ…… もおちょっとガマンすればぼくも魔界へ行けるんだねっ」ラズベリーの声のトーンが上がった。
「魔界ってどんなとこだろ。魔界人て目や髪の色がいろいろたくさんあるんだろっ? すっごくカラフルなんだろっ? ピンク色とかもあるっ??」
「そりゃもちろん。ピンクといえば……」
「いいなぁ~ 女の子ならピンクの髪だとモテモテなんじゃね? 可愛いもんなぁ~ ぼくはこんな色だけどさ……」
ラズベリーの目と髪は、紫がかった濃い赤色だ。屋内では地味っぽい色だが、外へ出ると日光に当てられやや明るめの熟したラズベリー色になる。
センジはわりと好きなのだが、ラズベリー本人は気に入らないらしくよく不満をもらし、重い印象を軽やかにするためレイヤー入りのショートヘアにしていた。
「ラズ…… ちょっくら気晴らしして帰るかっ」
センジは車を止め、何かと気分に波があり、どちらかというと沈みがちなラズベリーを浜辺に連れ出した。
シューズもくつ下も脱ぎ捨て、ラズベリーは大喜びで波打ち際をはだしで駆けて行く。
人間で言えば十代半ばの少女だというのにまるで洒落っ気がなく、ブルーデニムのオーバーオールで活発に走り回るラズベリーを眺め、センジは目を細めた。
「やんちゃでどうしようもねえけど、髪色がどうとか、ラズもなんだかんだ女の子なんだな。なんか、あいつに似てるわ」センジは、魔界のある少女を思い出していた。
ブルーサファイアの目と、ピンクサファイアの髪が愛くるしかった、幼なじみの少女を――
† † † † † † † † †
センジとラズベリーが帰宅すると、エバイも帰って来たところだった。
エバイは北欧シセド国の、ペネブイクへ出かけていたのだ。
シルクを我が家へ迎えた直後は、エバイとセンジ交代で時々ペネブイクまで調査に行ったものだ。だが、地元の人々はシルクの事を誰も知らず、シルクが倒れていた館についても「家主とはいっさい交流がなかった」の一点張りだった。
「久々どうなってたよ? あの館」
「とっくに取り壊されて公園になってたわ」
「当時からおかしかったよな。ご近所さんがみんな、なんも知らねえなんて異常だもんな」
「案外そんなもんだろ。俺たちだって例外じゃねえ。魔界へ戻った後、この家や俺たち家族のこと『知らねえ』って奴の方が多いかもしれないぜ? 客ですらな」
エバイの言葉はあまりに深く、あまりに正論で、センジはある意味ゾッとした。この家を建ててこの家で暮らし、商売までしていた百年近くを「知らない」のたった四文字で片づけられてしまうかもしれないとは……
夜の八時を過ぎた頃。
二階には、食欲をそそるおいしそうな香りが充満していた。
ラズベリーはほっくり炊き上がったごはんを茶碗に乱雑によそい、シルクは湯気のたつ皿をダイニングテーブルに丁寧に並べている。二人の性格は対照的だ。
対照的といえば、センジはふと、長く沈黙している「ソラ」の存在が気になった。
「そういやソラの奴、いっこうに出て来ねえな」
口をついて出たその名前に反応し、家族全員の視線がセンジに集まった。八十年前に一度会ったきりの、シルクの別人格の少女の名前だからだ。
「ソラちゃんて、自分は会ってないけど、確か、シルクちゃんの……?」
「今さらなんだよ?」
ロンヤは首をかしげ、エバイはセンジをジロリと睥睨した。
「あ…… ヘヘッ、ソラってのは…… 空だよ、空っっ。今夜は満月だぜ!?」
気まずくなったセンジは壁一面の窓の外へと目をやり、ヘラヘラしてごまかした。
当の本人、シルクはクスッと笑っている。
「ぼくも会ったことないけど、ソラちゃんなんて子はきっともお居ないよ。それよか夕飯食べちゃお。おなかすいちゃったよ!」
茶碗によそったホカホカごはんを運び、ラズベリーは真っ先に席に着いた。
他の三人も食卓に着く中、センジだけは外の風景にどこか不自然さを感じて立ち尽くしていた。
「センジさん?」シルクが訝しげに声をかけた。
「変だ…… 雲がねえのに……」
センジが空を指さすと、兄妹らはいっせいに席を立って窓へ近づき、夜空に目を凝らした。
「満月で雲も出てねえのに、なんであんなに暗いんだ?」
「ホントだ。あれって……」ロンヤが言いかけた時だった。
「ジオードだべっ!! 港の空地にジオードがおいでなすっただよっ!!」
外出していたバットチッカが三階のバルコニーからバタバタ飛膜を羽ばたかせ、慌てふためき知らせに飛んで来た。
「マジか!? アニキ、もしかしたらラス一の遺種になるかもしれねえ!!」センジは高揚した。
長年待ち続けた日がとうとうやってきたのだと、心臓が踊り出しそうだった。
「落ち着け、センジ。残念だが、あれは吸血魔族でも荒くれ魔族でもなさそうだ」エバイはやけに真剣な顔つきで空を見続けている。
得体の知れない何かを見定めているようで、それが妙に空恐ろしい。
「アニキ……?」
「え、じゃあ…… じゃあ、誰の、ジオード?」ロンヤはソワソワと動揺している。
「とりあえず確認してくるわ。お前らは飯食って待ってろ」エバイは真顔を崩さぬまま、一人スタスタと玄関へ向かった。
「く、食ってられっかよ! ざけんなよ、アニキ!!」
「エバイさん……!?」
センジとロンヤはエバイに呼びかけた。が、エバイはますます足を早めている。センジたち二人はエバイを追おうとした。
「バッカも行くだよっ!!」センジの肩に、バットチッカがとまった。
「バットチッカ、お前は残れ! 残ってシルクとラズを頼む!」
「センジ、あのな。バッカは、バッカはよ……」舌がもつれ、バットチッカは何やらモゾモゾしている。
「どうした? バットチッカ」バットチッカの挙動に違和感があり、センジはバットチッカをつかもうとした。
「センジさん、急がないと……!」
「あ、ああ。ロンヤに言われたらおしまいだな。けどよ……」
「セン兄、こっちはいいから早く行きなって!!」バットチッカを気にかけるセンジの手を、ラズベリーが払いのけた。
「ほらっ、バッカくんもジャマしちゃダメだって!!」ラズベリーは両手で挟むようにしてバットチッカをつかみ取り、センジの肩から引き離した。
「ん、んだ……」
「くれぐれも気を付けてくださいね……」シルクは気をきかせ、ソファに掛けてあった上衣を持って来た。
「シルク、ラズ、ありがとな。そいじゃちょっくら行って来るわ。バットチッカ、なんかあんなら帰ってから聞くからよっ!」上衣を羽織り、センジはロンヤと共にエバイの後を追った。
ラズベリーの手の中で自分を見送るバットチッカの目に、いつになく言いようのない不安の翳りがある事を見抜き、後ろ髪を引かれながら……
* * * * * * *
薄黒い月光の下、エバイとセンジ、ロンヤは、工場裏の空地へとひた走る。
ロンヤの快速ぶりは日常生活からは想像もつかない。しゃべりも行動もスロー過ぎるロンヤだが、いざという時には一変して動作が速くなる。
「センジ、ロンヤ。油断するなよ」先頭のエバイは二人に注意を促し、工場前で立ち止まった。
空にどす黒い渦と大きな空洞が停滞している。やはりジオードだった。
三つのジオードが、それぞれ異なる色でチカチカとまたたいている。これまで何度となく目にしてきた、魔族が現れた時の光景だ。違うのは、ジオードの大きさが三つとも半端ないという事と、荒くれ魔族のお粗末なジオードではないという事だ。
「三つで来やがったか。それにしても、でっけえな」
ジオードの真下は靄がかかっていて、靄の向こうには複数の人影が揺らめいている。
魔族が起こす渦とジオードは太陽や月の光りをさえぎりこそするが、光りそのものに影響を及ぼすものではない。だが、今夜の満月は完全に光りを衰退させていた。
「今宵は満月だというのに暗いではないか」
靄の中から、端正な顔だちの若い男が姿を現した。赤茶色の髪で、露出した上半身の肌に白いロングコートをまとい、コートの裏地にはドクロ柄が刺繍されている。
「それは、我々のジオードのせいではないでしょうか」
靄の中から続いて、少年が姿を現した。男の付き人だろうか。無気力っぽい仕草ではあるものの、後ろで付き従いかしこまっている。
「まだ宵の口であろうに、猫の子一匹おらぬではないか」
「それも、我々のジオードのせいではないでしょうか」
「おいっ。お前らいったい何者だ!?」センジは一歩、足を前に踏み出した。
「『お前』だと? この俺さまに向かって『お前』とは…… 礼儀を知らぬゲスの極みとは貴様のことだな」コートの男は嗤笑した。
「ゲ、ゲスだぁ!? ごあいさつじゃねえかっ。そうゆうお前はどこのどなたさまなんだよっっ」センジは腹を立て、声を荒げた。
「王子さまだ」
「お、王子!?」
間、髪をいれず返ってきたコート男のひと言に、エバイとセンジは時計の針が止まったように固まった。ロンヤはポカ~ンと口をあけている。
「今度はこちらから質問しよう。貴様ら、噂の混血だな?」コート男は、センジたち三人を蔑視した。
「へえ~、この段階でよく分かったな。俺たちがブレンドだってよ」
「夜光眼を使っていれば、魔族の血を引いていることは誰にでも分かる。そもそも俺は、貴様らブレンドの武勇伝とやらを伝え聞き、こうして人間界まで出向いてやったのだからな。しかし、貴様らが生息する場所をなかなか特定できず苦労したものよ」
「せ、生息だあ!?」さらに腹を立て、コート男に詰め寄ろうとするセンジの腕を、エバイが後ろからグイッと引き寄せた。
「いちいちムキになるな、センジ」
「アニキ…… ク、クソッ」センジは出しかけた足を引っ込め、なんとか怒りを押し殺した。
「で? 王子さまが噂の俺たちになんの用だ」とり澄ましたコート男に、エバイは問いかけた。
自分たちを蔑み、お高く気取っている男を前にしてもエバイはいたって泰然としている。
「フフッ。人間界もそれなりに広いものよ。この図本国とやらにたどり着くまでに、あらゆる国で貴様らの情報を耳にしたが…… 驚いたぞ。芒星のごろつきどもだけではなく吸血魔族をも退治していようとはな。目撃者の話だと、殺した後、貴様らは石のような物を持ち帰っていたそうではないか。おそらく遺種であろう? なんのためだ? なんのために吸血鬼らの遺種を……」
「アンタには関係ねえ」エバイは素気なく返した。
「フン、『お前』の次は『アンタ』か。まあいい。俺はあの非道なクソ野郎と違い寛大だからな」
「クソ野郎? 誰のことだ」
「それこそ貴様らには関係ない。が、教えてやってもよかろう。我が最悪なる兄、ギリザンジェロ=ガフェルズのことよ」
「ガフェルズだって?」ここへきて、エバイの表情がほんの少し変化した。
「ガフェルズ王家…… アンタ、ドリンガデスのドラジャロシー王子か」
「そうなんか!?」センジは目を見開いた。
という事は、コート男のドラジャロシーに付き従っている少年は“シェード”だ。
靄の中にはもうひとつ影が揺らめいている。次第に靄が薄まると、それが少女だと判明した。紫色の目と髪の、スタイル抜群なセクシー系の美少女だ。彼女もドラジャロシーのシェードなのだろう。
「貴様、人間界に住んでいながら魔界に詳しいようだな。その通り、この俺はドリンガデス国の第二王子、れきとした王位継承者よ。だが、次期王の座は第一王子が優位だと家臣どもは兄をかつぎ、兄もまた、先に生まれたというだけで自分が王位を享受すると決めつけ横行闊歩している。目つきも性格も頭も悪い、あのクソ意地の悪い気随気儘なクソ兄貴が……!!」
初対面の者たち相手に、ドラジャロシーは兄の悪口を連ね、積年の恨みのごとく一言一句に力を込めている。
するといきなり、空気が激変した。
自らの兄の事を口にするや、ドラジャロシーの中にふつふつと憤怒の感情がわき上がってきたようで、とてつもなく重たい気流がセンジたち三人を取り巻いた。
「センジ、ロンヤ。油断するなよ」ドラジャロシーの煮え返った“気”に包囲され、エバイは身構えた。
「さっきも聞いたぜ、アニキ」
「な、なんて気なんだろう……!」
センジとロンヤは、これ程までの猛烈なエネルギーを間近で体感するのは初めてだ。正直、まともに戦って勝てるとは思えなかった。
「フフフッ。貴様らには、まず手始めに吸血鬼どもの遺種について洗いざらい吐いてもらい、俺さまの人間界征服にもひと役買ってもらおうではないか……」ドラジャロシーの象牙色の目が、異様な輝きを見せる。
「そのために俺は、わざわざ人間界まで狩りに来たのだからなぁっっ!!」
両腕を突き出したドラジャロシーの、わき上がりため込んだ激しいパワーが全開すると、それは巨大な渦巻きとなり恐るべき速度でセンジたち三人に襲いかかってきた。
竜巻――
まさに竜巻のごとく脅威的な魔力が目前に迫っている。
「二人ともよけろっっ!!」
素早く飛びのいたエバイのかけ声でセンジとロンヤも高く跳躍し、ドラジャロシーの攻撃をギリギリのところでかわした。ところが、猛スピードで通過した竜巻は急角度で引き返しいっそう速度を上げ、あっという間に再び目の前まで押し寄せてきた。
「あ、あわ、わわ……!!」ロンヤは膝が折れ身動きがとれなくなっている。
「ロンヤ!!」センジはロンヤに飛びかかって覆いかぶさり竜巻を避け、二人は地面に転がった。
すぐさまセンジが上半身を起こして振り返ると、エバイが刀を出現させ、魔力で分厚く伸ばした刀身でいともたやすく円柱のような巨大竜巻を真っ二つに断ち切っていた。
「アニキ…… すげえ……」
竜巻が消滅し、巻き上がっていた砂塵が吹雪のごとく乱れ飛んでいる。
「に、二回目は、かわすことすら、出来なかった…… エバイさんとセンジさんが、居なかったら……」ロンヤは仰臥したまま、ガタガタと震えている。
センジも、ドラジャロシーのパワーのすさまじさをたった一撃で痛感していた。そしてもちろん、エバイの戦闘力のすさまじさ、自分との力の差も改めて思い知らされ、全身脱力してしまいロンヤと並んであお向けで寝転がった。
「我が攻撃を退けたばかりか滅するとは…… なるほど、評判通りだな。ブレンドとはいえ底辺の魔族よりはるかに出来るらしい」ドラジャロシーは本気ではなく、センジ達の動きを試しただけのようだ。
「王子、後はこのマキシリュにお預けください。下等生物相手に、王子がお手を汚すことはありません」マキシリュと名乗るシェードの少年がそう告げた。
表面は従順なシェードそのものだが、口調からして、どうやら彼はイラついている様子だ。
「いいえ、王子。グレースにお任せを。ブレンドごとき鎧袖一触で倒してみせます」もう一人のシェードであろう少女も、そう告げた。
彼女も、イラ立っている声付きだ。
「グレース、しゃしゃり出て来るなよ。ここは俺が」
「アンタこそ引っ込んでなよ、マキ。どうせ内心『面倒くせえ』とかぼやいてんでしょ? そのうえさっきの土ぼこりで服が汚れちゃって、お洗濯のことで頭がいっぱいなんじゃないの?」シェード二人は互いにイライラを隠せずもめている。
「双方静まれ。グレース、鎧袖一触は良いが決して殺すなよ? 遺種の件を聞き出すまではな」ドラジャロシーが念を押した。
「承知しております、王子」
「では、俺は高みの見物としゃれこうべしようではないか。フハハハッ」
「王子、それを言うなら『しゃれ込む』ではないでしょうか。髑髏は王子のコートの裏地柄でございます……!」マキシリュがキレ気味で突っ込んだ。
それにしても、言いたい放題で見下し感たっぷりの王子とシェード達の慢心ぶり。聞くに耐えない彼らの暴言には、センジもこれ以上怒りをおさえきれなくなっていた。
「生息だの下等生物だの害虫触覚だの……」空地に生えている草を、センジはつかんだ。
「てめえら、俺たちを虫ケラ扱いするのもたいがいに……!」つかんだ草を引き抜きながらセンジが起き上がった、その時だった。
雲のない夜空に、突として暗雲が垂れ込めた。
雲の流れは異常に早く、光りがおとろえ、薄黒くなっていた満月が純黒の衣をまとい完璧なまでの闇がつくられた。
「な、なん……だろう!?」ロンヤも起き上がり、あまりの暗さに狼狽している。
ロンヤだけではない。センジも、エバイも、ドラジャロシーたち三人の魔族さえもが深刻そうに「夜光眼」を極限にまで切り上げ、この奇奇怪怪な成りゆきに警戒を強めていた。
次の瞬間――
地上を突き刺すような赫然たる血色の稲光りが走り、その場が一瞬、鮮烈に照らし出された。
「も、もしや……!」ドラジャロシーがいち早く事態の根源を察知したように眉をひそめると、
「まさか……!」シェード二人もドラジャロシーと同じ結論を導き出したらしく、顔色を変えた。
鼓膜を裂くほどの雷鳴が鳴り響き、センジが首をそらしてまっすぐ見つめる上空に、黒い大渦とジオードが現れた。
二つの大きなジオードと、ひときわ大きなジオードがひとつ――
「や、やはりそうか……!!」
ドラジャロシーが声をしぼり出したのと同時に烈々たる落雷が生じ、ビリビリとした電流をともない新たに三人の男女が空地に登場した。
「セン兄。ぼく達もセン兄みたく、誰かを好きになってもムダに傷つくだけなんかなぁ~」運転席のセンジを、ラズベリーは横目でチラ見した。
「あ? そうゆうのフツー、俺本人にきくか?」助手席のラズベリーを、センジも横目でチラ見した。
修理品の納入を終えた帰り道。ヒマだからと同行したラズベリーは車内で憂鬱げな面持ちだ。
「だって経験者にきくのが一番じゃん。人間を好きになっても意味ないんなら、ぼくも恋愛なんかしないからさ。そおでなくても友達みんな次から次に老けちゃっていい加減うんざりしてんだからさっ」
年頃の中期少女に成長したラズベリーは、センジと円の恋の結末がけっこう胸に刺さっているようだ。
「ロンくんが言ってた。平井のじいちゃんちのひ孫が最近老人施設に入ったんだって。ロンくんがじいちゃんちの古時計直しに行ったの、ついこないだみたいな気がするのになぁ。もおとっくにじいちゃんは死んじゃってて、子供だったひ孫が老人になってるなんてさ……」
八十年も経てば、この人間界では周囲の顔ぶれがガラリと変わる。哀しい別れを幾度となく繰り返す。ラズベリーも成長する過程で体験してきた事だが、そうそう慣れるものではない。人間の老いの早さと、その先にある彼らの死を目の当たりにする哀傷には――
「ラズ。人間はみんな短え一生を、いや、人間にとったら長え人生、懸命に生きてんだ。だから『ムダ』とか『うんざり』とか、そんな言い方するなよ」センジはサラリとラズベリーをたしなめた。
「……悪気はなかったんだ。ごめん」元気印のラズベリーが珍しくしょんぼりしている。
年齢的に、ラズベリーはちょうど今頃が人間との寿命の差を実感して苦悩する時期だ。センジ達も越えてきた山だった。
「まあ、気持ちは分かるぜ。友達や知り合いが次々いなくなっちまうのはつらいよな。俺とアニキだって、いつの間にか客以外の人間とは付き合わなくなっちまったもんな」
「セン兄。ここんとこお客さんとの付き合いも減ってない? 仕事量も減ってるよおな……」
「ああ、それはあれだ。吸血貴族の遺種がいよいよラスト一個になったからだよ。魔界へ戻る日も近えし、新規の依頼はもう受けねえってアニキがそう決めたんだ」
「そっか…… そっか、じゃあ…… もおちょっとガマンすればぼくも魔界へ行けるんだねっ」ラズベリーの声のトーンが上がった。
「魔界ってどんなとこだろ。魔界人て目や髪の色がいろいろたくさんあるんだろっ? すっごくカラフルなんだろっ? ピンク色とかもあるっ??」
「そりゃもちろん。ピンクといえば……」
「いいなぁ~ 女の子ならピンクの髪だとモテモテなんじゃね? 可愛いもんなぁ~ ぼくはこんな色だけどさ……」
ラズベリーの目と髪は、紫がかった濃い赤色だ。屋内では地味っぽい色だが、外へ出ると日光に当てられやや明るめの熟したラズベリー色になる。
センジはわりと好きなのだが、ラズベリー本人は気に入らないらしくよく不満をもらし、重い印象を軽やかにするためレイヤー入りのショートヘアにしていた。
「ラズ…… ちょっくら気晴らしして帰るかっ」
センジは車を止め、何かと気分に波があり、どちらかというと沈みがちなラズベリーを浜辺に連れ出した。
シューズもくつ下も脱ぎ捨て、ラズベリーは大喜びで波打ち際をはだしで駆けて行く。
人間で言えば十代半ばの少女だというのにまるで洒落っ気がなく、ブルーデニムのオーバーオールで活発に走り回るラズベリーを眺め、センジは目を細めた。
「やんちゃでどうしようもねえけど、髪色がどうとか、ラズもなんだかんだ女の子なんだな。なんか、あいつに似てるわ」センジは、魔界のある少女を思い出していた。
ブルーサファイアの目と、ピンクサファイアの髪が愛くるしかった、幼なじみの少女を――
† † † † † † † † †
センジとラズベリーが帰宅すると、エバイも帰って来たところだった。
エバイは北欧シセド国の、ペネブイクへ出かけていたのだ。
シルクを我が家へ迎えた直後は、エバイとセンジ交代で時々ペネブイクまで調査に行ったものだ。だが、地元の人々はシルクの事を誰も知らず、シルクが倒れていた館についても「家主とはいっさい交流がなかった」の一点張りだった。
「久々どうなってたよ? あの館」
「とっくに取り壊されて公園になってたわ」
「当時からおかしかったよな。ご近所さんがみんな、なんも知らねえなんて異常だもんな」
「案外そんなもんだろ。俺たちだって例外じゃねえ。魔界へ戻った後、この家や俺たち家族のこと『知らねえ』って奴の方が多いかもしれないぜ? 客ですらな」
エバイの言葉はあまりに深く、あまりに正論で、センジはある意味ゾッとした。この家を建ててこの家で暮らし、商売までしていた百年近くを「知らない」のたった四文字で片づけられてしまうかもしれないとは……
夜の八時を過ぎた頃。
二階には、食欲をそそるおいしそうな香りが充満していた。
ラズベリーはほっくり炊き上がったごはんを茶碗に乱雑によそい、シルクは湯気のたつ皿をダイニングテーブルに丁寧に並べている。二人の性格は対照的だ。
対照的といえば、センジはふと、長く沈黙している「ソラ」の存在が気になった。
「そういやソラの奴、いっこうに出て来ねえな」
口をついて出たその名前に反応し、家族全員の視線がセンジに集まった。八十年前に一度会ったきりの、シルクの別人格の少女の名前だからだ。
「ソラちゃんて、自分は会ってないけど、確か、シルクちゃんの……?」
「今さらなんだよ?」
ロンヤは首をかしげ、エバイはセンジをジロリと睥睨した。
「あ…… ヘヘッ、ソラってのは…… 空だよ、空っっ。今夜は満月だぜ!?」
気まずくなったセンジは壁一面の窓の外へと目をやり、ヘラヘラしてごまかした。
当の本人、シルクはクスッと笑っている。
「ぼくも会ったことないけど、ソラちゃんなんて子はきっともお居ないよ。それよか夕飯食べちゃお。おなかすいちゃったよ!」
茶碗によそったホカホカごはんを運び、ラズベリーは真っ先に席に着いた。
他の三人も食卓に着く中、センジだけは外の風景にどこか不自然さを感じて立ち尽くしていた。
「センジさん?」シルクが訝しげに声をかけた。
「変だ…… 雲がねえのに……」
センジが空を指さすと、兄妹らはいっせいに席を立って窓へ近づき、夜空に目を凝らした。
「満月で雲も出てねえのに、なんであんなに暗いんだ?」
「ホントだ。あれって……」ロンヤが言いかけた時だった。
「ジオードだべっ!! 港の空地にジオードがおいでなすっただよっ!!」
外出していたバットチッカが三階のバルコニーからバタバタ飛膜を羽ばたかせ、慌てふためき知らせに飛んで来た。
「マジか!? アニキ、もしかしたらラス一の遺種になるかもしれねえ!!」センジは高揚した。
長年待ち続けた日がとうとうやってきたのだと、心臓が踊り出しそうだった。
「落ち着け、センジ。残念だが、あれは吸血魔族でも荒くれ魔族でもなさそうだ」エバイはやけに真剣な顔つきで空を見続けている。
得体の知れない何かを見定めているようで、それが妙に空恐ろしい。
「アニキ……?」
「え、じゃあ…… じゃあ、誰の、ジオード?」ロンヤはソワソワと動揺している。
「とりあえず確認してくるわ。お前らは飯食って待ってろ」エバイは真顔を崩さぬまま、一人スタスタと玄関へ向かった。
「く、食ってられっかよ! ざけんなよ、アニキ!!」
「エバイさん……!?」
センジとロンヤはエバイに呼びかけた。が、エバイはますます足を早めている。センジたち二人はエバイを追おうとした。
「バッカも行くだよっ!!」センジの肩に、バットチッカがとまった。
「バットチッカ、お前は残れ! 残ってシルクとラズを頼む!」
「センジ、あのな。バッカは、バッカはよ……」舌がもつれ、バットチッカは何やらモゾモゾしている。
「どうした? バットチッカ」バットチッカの挙動に違和感があり、センジはバットチッカをつかもうとした。
「センジさん、急がないと……!」
「あ、ああ。ロンヤに言われたらおしまいだな。けどよ……」
「セン兄、こっちはいいから早く行きなって!!」バットチッカを気にかけるセンジの手を、ラズベリーが払いのけた。
「ほらっ、バッカくんもジャマしちゃダメだって!!」ラズベリーは両手で挟むようにしてバットチッカをつかみ取り、センジの肩から引き離した。
「ん、んだ……」
「くれぐれも気を付けてくださいね……」シルクは気をきかせ、ソファに掛けてあった上衣を持って来た。
「シルク、ラズ、ありがとな。そいじゃちょっくら行って来るわ。バットチッカ、なんかあんなら帰ってから聞くからよっ!」上衣を羽織り、センジはロンヤと共にエバイの後を追った。
ラズベリーの手の中で自分を見送るバットチッカの目に、いつになく言いようのない不安の翳りがある事を見抜き、後ろ髪を引かれながら……
* * * * * * *
薄黒い月光の下、エバイとセンジ、ロンヤは、工場裏の空地へとひた走る。
ロンヤの快速ぶりは日常生活からは想像もつかない。しゃべりも行動もスロー過ぎるロンヤだが、いざという時には一変して動作が速くなる。
「センジ、ロンヤ。油断するなよ」先頭のエバイは二人に注意を促し、工場前で立ち止まった。
空にどす黒い渦と大きな空洞が停滞している。やはりジオードだった。
三つのジオードが、それぞれ異なる色でチカチカとまたたいている。これまで何度となく目にしてきた、魔族が現れた時の光景だ。違うのは、ジオードの大きさが三つとも半端ないという事と、荒くれ魔族のお粗末なジオードではないという事だ。
「三つで来やがったか。それにしても、でっけえな」
ジオードの真下は靄がかかっていて、靄の向こうには複数の人影が揺らめいている。
魔族が起こす渦とジオードは太陽や月の光りをさえぎりこそするが、光りそのものに影響を及ぼすものではない。だが、今夜の満月は完全に光りを衰退させていた。
「今宵は満月だというのに暗いではないか」
靄の中から、端正な顔だちの若い男が姿を現した。赤茶色の髪で、露出した上半身の肌に白いロングコートをまとい、コートの裏地にはドクロ柄が刺繍されている。
「それは、我々のジオードのせいではないでしょうか」
靄の中から続いて、少年が姿を現した。男の付き人だろうか。無気力っぽい仕草ではあるものの、後ろで付き従いかしこまっている。
「まだ宵の口であろうに、猫の子一匹おらぬではないか」
「それも、我々のジオードのせいではないでしょうか」
「おいっ。お前らいったい何者だ!?」センジは一歩、足を前に踏み出した。
「『お前』だと? この俺さまに向かって『お前』とは…… 礼儀を知らぬゲスの極みとは貴様のことだな」コートの男は嗤笑した。
「ゲ、ゲスだぁ!? ごあいさつじゃねえかっ。そうゆうお前はどこのどなたさまなんだよっっ」センジは腹を立て、声を荒げた。
「王子さまだ」
「お、王子!?」
間、髪をいれず返ってきたコート男のひと言に、エバイとセンジは時計の針が止まったように固まった。ロンヤはポカ~ンと口をあけている。
「今度はこちらから質問しよう。貴様ら、噂の混血だな?」コート男は、センジたち三人を蔑視した。
「へえ~、この段階でよく分かったな。俺たちがブレンドだってよ」
「夜光眼を使っていれば、魔族の血を引いていることは誰にでも分かる。そもそも俺は、貴様らブレンドの武勇伝とやらを伝え聞き、こうして人間界まで出向いてやったのだからな。しかし、貴様らが生息する場所をなかなか特定できず苦労したものよ」
「せ、生息だあ!?」さらに腹を立て、コート男に詰め寄ろうとするセンジの腕を、エバイが後ろからグイッと引き寄せた。
「いちいちムキになるな、センジ」
「アニキ…… ク、クソッ」センジは出しかけた足を引っ込め、なんとか怒りを押し殺した。
「で? 王子さまが噂の俺たちになんの用だ」とり澄ましたコート男に、エバイは問いかけた。
自分たちを蔑み、お高く気取っている男を前にしてもエバイはいたって泰然としている。
「フフッ。人間界もそれなりに広いものよ。この図本国とやらにたどり着くまでに、あらゆる国で貴様らの情報を耳にしたが…… 驚いたぞ。芒星のごろつきどもだけではなく吸血魔族をも退治していようとはな。目撃者の話だと、殺した後、貴様らは石のような物を持ち帰っていたそうではないか。おそらく遺種であろう? なんのためだ? なんのために吸血鬼らの遺種を……」
「アンタには関係ねえ」エバイは素気なく返した。
「フン、『お前』の次は『アンタ』か。まあいい。俺はあの非道なクソ野郎と違い寛大だからな」
「クソ野郎? 誰のことだ」
「それこそ貴様らには関係ない。が、教えてやってもよかろう。我が最悪なる兄、ギリザンジェロ=ガフェルズのことよ」
「ガフェルズだって?」ここへきて、エバイの表情がほんの少し変化した。
「ガフェルズ王家…… アンタ、ドリンガデスのドラジャロシー王子か」
「そうなんか!?」センジは目を見開いた。
という事は、コート男のドラジャロシーに付き従っている少年は“シェード”だ。
靄の中にはもうひとつ影が揺らめいている。次第に靄が薄まると、それが少女だと判明した。紫色の目と髪の、スタイル抜群なセクシー系の美少女だ。彼女もドラジャロシーのシェードなのだろう。
「貴様、人間界に住んでいながら魔界に詳しいようだな。その通り、この俺はドリンガデス国の第二王子、れきとした王位継承者よ。だが、次期王の座は第一王子が優位だと家臣どもは兄をかつぎ、兄もまた、先に生まれたというだけで自分が王位を享受すると決めつけ横行闊歩している。目つきも性格も頭も悪い、あのクソ意地の悪い気随気儘なクソ兄貴が……!!」
初対面の者たち相手に、ドラジャロシーは兄の悪口を連ね、積年の恨みのごとく一言一句に力を込めている。
するといきなり、空気が激変した。
自らの兄の事を口にするや、ドラジャロシーの中にふつふつと憤怒の感情がわき上がってきたようで、とてつもなく重たい気流がセンジたち三人を取り巻いた。
「センジ、ロンヤ。油断するなよ」ドラジャロシーの煮え返った“気”に包囲され、エバイは身構えた。
「さっきも聞いたぜ、アニキ」
「な、なんて気なんだろう……!」
センジとロンヤは、これ程までの猛烈なエネルギーを間近で体感するのは初めてだ。正直、まともに戦って勝てるとは思えなかった。
「フフフッ。貴様らには、まず手始めに吸血鬼どもの遺種について洗いざらい吐いてもらい、俺さまの人間界征服にもひと役買ってもらおうではないか……」ドラジャロシーの象牙色の目が、異様な輝きを見せる。
「そのために俺は、わざわざ人間界まで狩りに来たのだからなぁっっ!!」
両腕を突き出したドラジャロシーの、わき上がりため込んだ激しいパワーが全開すると、それは巨大な渦巻きとなり恐るべき速度でセンジたち三人に襲いかかってきた。
竜巻――
まさに竜巻のごとく脅威的な魔力が目前に迫っている。
「二人ともよけろっっ!!」
素早く飛びのいたエバイのかけ声でセンジとロンヤも高く跳躍し、ドラジャロシーの攻撃をギリギリのところでかわした。ところが、猛スピードで通過した竜巻は急角度で引き返しいっそう速度を上げ、あっという間に再び目の前まで押し寄せてきた。
「あ、あわ、わわ……!!」ロンヤは膝が折れ身動きがとれなくなっている。
「ロンヤ!!」センジはロンヤに飛びかかって覆いかぶさり竜巻を避け、二人は地面に転がった。
すぐさまセンジが上半身を起こして振り返ると、エバイが刀を出現させ、魔力で分厚く伸ばした刀身でいともたやすく円柱のような巨大竜巻を真っ二つに断ち切っていた。
「アニキ…… すげえ……」
竜巻が消滅し、巻き上がっていた砂塵が吹雪のごとく乱れ飛んでいる。
「に、二回目は、かわすことすら、出来なかった…… エバイさんとセンジさんが、居なかったら……」ロンヤは仰臥したまま、ガタガタと震えている。
センジも、ドラジャロシーのパワーのすさまじさをたった一撃で痛感していた。そしてもちろん、エバイの戦闘力のすさまじさ、自分との力の差も改めて思い知らされ、全身脱力してしまいロンヤと並んであお向けで寝転がった。
「我が攻撃を退けたばかりか滅するとは…… なるほど、評判通りだな。ブレンドとはいえ底辺の魔族よりはるかに出来るらしい」ドラジャロシーは本気ではなく、センジ達の動きを試しただけのようだ。
「王子、後はこのマキシリュにお預けください。下等生物相手に、王子がお手を汚すことはありません」マキシリュと名乗るシェードの少年がそう告げた。
表面は従順なシェードそのものだが、口調からして、どうやら彼はイラついている様子だ。
「いいえ、王子。グレースにお任せを。ブレンドごとき鎧袖一触で倒してみせます」もう一人のシェードであろう少女も、そう告げた。
彼女も、イラ立っている声付きだ。
「グレース、しゃしゃり出て来るなよ。ここは俺が」
「アンタこそ引っ込んでなよ、マキ。どうせ内心『面倒くせえ』とかぼやいてんでしょ? そのうえさっきの土ぼこりで服が汚れちゃって、お洗濯のことで頭がいっぱいなんじゃないの?」シェード二人は互いにイライラを隠せずもめている。
「双方静まれ。グレース、鎧袖一触は良いが決して殺すなよ? 遺種の件を聞き出すまではな」ドラジャロシーが念を押した。
「承知しております、王子」
「では、俺は高みの見物としゃれこうべしようではないか。フハハハッ」
「王子、それを言うなら『しゃれ込む』ではないでしょうか。髑髏は王子のコートの裏地柄でございます……!」マキシリュがキレ気味で突っ込んだ。
それにしても、言いたい放題で見下し感たっぷりの王子とシェード達の慢心ぶり。聞くに耐えない彼らの暴言には、センジもこれ以上怒りをおさえきれなくなっていた。
「生息だの下等生物だの害虫触覚だの……」空地に生えている草を、センジはつかんだ。
「てめえら、俺たちを虫ケラ扱いするのもたいがいに……!」つかんだ草を引き抜きながらセンジが起き上がった、その時だった。
雲のない夜空に、突として暗雲が垂れ込めた。
雲の流れは異常に早く、光りがおとろえ、薄黒くなっていた満月が純黒の衣をまとい完璧なまでの闇がつくられた。
「な、なん……だろう!?」ロンヤも起き上がり、あまりの暗さに狼狽している。
ロンヤだけではない。センジも、エバイも、ドラジャロシーたち三人の魔族さえもが深刻そうに「夜光眼」を極限にまで切り上げ、この奇奇怪怪な成りゆきに警戒を強めていた。
次の瞬間――
地上を突き刺すような赫然たる血色の稲光りが走り、その場が一瞬、鮮烈に照らし出された。
「も、もしや……!」ドラジャロシーがいち早く事態の根源を察知したように眉をひそめると、
「まさか……!」シェード二人もドラジャロシーと同じ結論を導き出したらしく、顔色を変えた。
鼓膜を裂くほどの雷鳴が鳴り響き、センジが首をそらしてまっすぐ見つめる上空に、黒い大渦とジオードが現れた。
二つの大きなジオードと、ひときわ大きなジオードがひとつ――
「や、やはりそうか……!!」
ドラジャロシーが声をしぼり出したのと同時に烈々たる落雷が生じ、ビリビリとした電流をともない新たに三人の男女が空地に登場した。
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