9 / 41
3-1
しおりを挟む
「やっぱり一緒に育てるのは難しい……っていうの?」
「そうでは……、いや、そうだな。難しいのだと思う」
父と母の言い争うような声が聞こえる。声を抑えているようだったが、冷静な父に対して母の声は激高しているようだった。
ここはどこだろう──。
両親の声と鼻の奥につんと香る消毒液の匂い。ベッドは少しだけ固い気がするが気のせいかな……、亜季はそんな事を考えて眠りに落ちた。
再び目覚めた亜季の目に映ったのは、白い天井と無機質な蛍光灯の明かりだった。
(ここは……)
自室ではない。
首だけで辺りを見回すと、こじゃれたデザインのサイドチェストと小さなソファとローテーブルの応接セットが見える。そこだけ見るとまるでホテルの一室のようだった。
だが、そこがホテルの部屋ではないことは、亜季の腕に繋がれた点滴と、異質に白く光る蛍光灯が物語っている。
(病院?)
起き上がろうとして、体に全く力が入らないことに気づく。
ここが病院なら、ナースコール設備があるのではと考え、ベッドの周りを首だけで探してみるが、見つからない。
(どうして……病院に……)
亜季は何があったのか思い出そうとしたその時、ノックの音がして扉が開かれる。
「あ、亜季坊ちゃま! 目を覚まされましたか」
「はい」と答えようとしたが、喉ががさがさで声が出ない。
「よかった……」
安堵を見せるいつもの家政婦に、表情で疑問を投げかける。一体なんで病院に……。
父と母の声を聴いた気がしたが、いないのだろうか。
そもそもいまは何時だろう。
「三日……三日も寝ていらしたのですよ」
亜季は家政婦が言っていることが理解できなかった。なぜ自分が病院で三日も寝込むことになったのか。
そう考えると、そういえば風邪を引いたのか熱があった。こじらせて肺炎にでもなったのだろう。
だが、暖かな寝具にくるまれて、空調もしっかりした部屋にいて肺炎になどなるものだろうか──。
そこで亜季は三日前になにがあったのか、委細を思い出した。
自分が発情期になったことを。
「あ、あ、いやだ……いやだああ!!」
「坊ちゃま! あ、落ち着いてくださいまし」
「いや、いや!」
家政婦は亜季をなだめようと一歩踏み込んでたたらを踏んで、医者を呼びに外へと駆け出していく。
初めての発情期は十分すぎるほど、亜季にトラウマを植え付けた。
自分は誰彼かまわずに誘惑し、性交を行う「汚らわしいオメガ」なのだと──。
それからまた数日を病院で過ごした。亜季の誕生日はそうしているうちに過ぎてしまった。晴臣から贈られていた「プレゼントは?」というメッセージを思い出す。
その晴臣にもあの日の亜季の痴態を見られていたことを考えれば、誕生日プレゼントどころではない。
病院に入院している間、あんなに自分を愛してくれていた家族は一度も見舞いに来ることはなかった。
亜季もそれはそうだと思う。
兄弟であんな行為に耽ってしまったのだ。誰がそんな「汚らわしいオメガ」を家族だと思えるというのだろう。
実際のところはわからない。院内にいることもあり、携帯電話はなかった。だが、メールや電話が入っているとも思えなかった。亜季が自分の携帯を持っていないことは家族だって知っている。そこにわざわざメールや着信を残す人はいない。
それでも会いに来ないということが答え合わせだと思った。
このまま回復しても家に帰って、どのような顔をして家族と会えばいいのか亜季にはわからない。両親を、兄弟を恋しく思うことはあったが、会ったときにどのような表情を浮かべられるかを想像するだけで恐ろしかった。
だが、亜季の悩みは無駄な心配となる。
退院する日、家族は誰一人として迎えに来てはくれなかった。
それどころか……。
「亜季坊ちゃま、参りましょう」
その日はいつもの家政婦が退院の諸手続きに、と訪れていた。
乾燥した秋晴れの抜けるような青い空、陽の光はぽかぽかと温かいが亜季の心は吹き付ける冬を感じさせる風のような冷たい。
乗せられたタクシーの中で告げられた言葉に、亜季は絶望する。
「このまま、学校の寮へと参りますね」
迎えに来なかっただけでなく、全寮制のオメガだけの学校に転校させられていた。
必要なものは全て家から学校に送ってあると。ただ、寮に持ち込めるものは限りがあるので、服や生活に必要なもののみとのことだった。
一度も家に帰ることも、家族に会うこともなく、遠い山奥の隔離されたオメガ専用の学校に入れられた。
完全に厄介払いだった。
「旦那様も奥様も亜季坊ちゃまを大変心配されて……」
心配などしているのか、本当に。
「最善の道を探されて苦渋のご選択をなさったのですよ」
そんなわけない。
最善だったのかもしれない。それは確かにそう思う。
また同じ屋根の下に暮らして、兄弟で何かあってはアルファの兄弟たちの経歴に傷がつく。
亜季の両親はそれぞれがそれぞれに起こした会社と代々家が経営している会社といくつかの事業を行っていた。両親は大変忙しく、長兄の晴臣は成人しておりその事業に携わっていた。次男の冬紀も大学生の身でありながら、インターンとしてすでに会社の業務を手伝っていた。
そんな兄弟たちと、兄弟間で何かがあったら、まあ既にあったのだが、それが世間に知られれば、事業にとっても家族にとっても大きな醜聞になることは間違いない。
亜季は家族の事情を考え、両親の決定を理解しようとしたし、理解は出来た。だが、それに心がついていくかは別の問題だった。
「厄介払い……か」
聞こえないほど小さい声でつぶやいたつもりだったが、すぐ隣に座っている家政婦には聞こえてしまったようで、「そんなことは!」と声をあげる。
「ないって言いきれる?」
「ございません!」
力強く言い切る家政婦を冷ややかな表情で横目で見る。
亜季はそんな社交辞令を素直に受け入れられるような心境ではなかった。
「そうでは……、いや、そうだな。難しいのだと思う」
父と母の言い争うような声が聞こえる。声を抑えているようだったが、冷静な父に対して母の声は激高しているようだった。
ここはどこだろう──。
両親の声と鼻の奥につんと香る消毒液の匂い。ベッドは少しだけ固い気がするが気のせいかな……、亜季はそんな事を考えて眠りに落ちた。
再び目覚めた亜季の目に映ったのは、白い天井と無機質な蛍光灯の明かりだった。
(ここは……)
自室ではない。
首だけで辺りを見回すと、こじゃれたデザインのサイドチェストと小さなソファとローテーブルの応接セットが見える。そこだけ見るとまるでホテルの一室のようだった。
だが、そこがホテルの部屋ではないことは、亜季の腕に繋がれた点滴と、異質に白く光る蛍光灯が物語っている。
(病院?)
起き上がろうとして、体に全く力が入らないことに気づく。
ここが病院なら、ナースコール設備があるのではと考え、ベッドの周りを首だけで探してみるが、見つからない。
(どうして……病院に……)
亜季は何があったのか思い出そうとしたその時、ノックの音がして扉が開かれる。
「あ、亜季坊ちゃま! 目を覚まされましたか」
「はい」と答えようとしたが、喉ががさがさで声が出ない。
「よかった……」
安堵を見せるいつもの家政婦に、表情で疑問を投げかける。一体なんで病院に……。
父と母の声を聴いた気がしたが、いないのだろうか。
そもそもいまは何時だろう。
「三日……三日も寝ていらしたのですよ」
亜季は家政婦が言っていることが理解できなかった。なぜ自分が病院で三日も寝込むことになったのか。
そう考えると、そういえば風邪を引いたのか熱があった。こじらせて肺炎にでもなったのだろう。
だが、暖かな寝具にくるまれて、空調もしっかりした部屋にいて肺炎になどなるものだろうか──。
そこで亜季は三日前になにがあったのか、委細を思い出した。
自分が発情期になったことを。
「あ、あ、いやだ……いやだああ!!」
「坊ちゃま! あ、落ち着いてくださいまし」
「いや、いや!」
家政婦は亜季をなだめようと一歩踏み込んでたたらを踏んで、医者を呼びに外へと駆け出していく。
初めての発情期は十分すぎるほど、亜季にトラウマを植え付けた。
自分は誰彼かまわずに誘惑し、性交を行う「汚らわしいオメガ」なのだと──。
それからまた数日を病院で過ごした。亜季の誕生日はそうしているうちに過ぎてしまった。晴臣から贈られていた「プレゼントは?」というメッセージを思い出す。
その晴臣にもあの日の亜季の痴態を見られていたことを考えれば、誕生日プレゼントどころではない。
病院に入院している間、あんなに自分を愛してくれていた家族は一度も見舞いに来ることはなかった。
亜季もそれはそうだと思う。
兄弟であんな行為に耽ってしまったのだ。誰がそんな「汚らわしいオメガ」を家族だと思えるというのだろう。
実際のところはわからない。院内にいることもあり、携帯電話はなかった。だが、メールや電話が入っているとも思えなかった。亜季が自分の携帯を持っていないことは家族だって知っている。そこにわざわざメールや着信を残す人はいない。
それでも会いに来ないということが答え合わせだと思った。
このまま回復しても家に帰って、どのような顔をして家族と会えばいいのか亜季にはわからない。両親を、兄弟を恋しく思うことはあったが、会ったときにどのような表情を浮かべられるかを想像するだけで恐ろしかった。
だが、亜季の悩みは無駄な心配となる。
退院する日、家族は誰一人として迎えに来てはくれなかった。
それどころか……。
「亜季坊ちゃま、参りましょう」
その日はいつもの家政婦が退院の諸手続きに、と訪れていた。
乾燥した秋晴れの抜けるような青い空、陽の光はぽかぽかと温かいが亜季の心は吹き付ける冬を感じさせる風のような冷たい。
乗せられたタクシーの中で告げられた言葉に、亜季は絶望する。
「このまま、学校の寮へと参りますね」
迎えに来なかっただけでなく、全寮制のオメガだけの学校に転校させられていた。
必要なものは全て家から学校に送ってあると。ただ、寮に持ち込めるものは限りがあるので、服や生活に必要なもののみとのことだった。
一度も家に帰ることも、家族に会うこともなく、遠い山奥の隔離されたオメガ専用の学校に入れられた。
完全に厄介払いだった。
「旦那様も奥様も亜季坊ちゃまを大変心配されて……」
心配などしているのか、本当に。
「最善の道を探されて苦渋のご選択をなさったのですよ」
そんなわけない。
最善だったのかもしれない。それは確かにそう思う。
また同じ屋根の下に暮らして、兄弟で何かあってはアルファの兄弟たちの経歴に傷がつく。
亜季の両親はそれぞれがそれぞれに起こした会社と代々家が経営している会社といくつかの事業を行っていた。両親は大変忙しく、長兄の晴臣は成人しておりその事業に携わっていた。次男の冬紀も大学生の身でありながら、インターンとしてすでに会社の業務を手伝っていた。
そんな兄弟たちと、兄弟間で何かがあったら、まあ既にあったのだが、それが世間に知られれば、事業にとっても家族にとっても大きな醜聞になることは間違いない。
亜季は家族の事情を考え、両親の決定を理解しようとしたし、理解は出来た。だが、それに心がついていくかは別の問題だった。
「厄介払い……か」
聞こえないほど小さい声でつぶやいたつもりだったが、すぐ隣に座っている家政婦には聞こえてしまったようで、「そんなことは!」と声をあげる。
「ないって言いきれる?」
「ございません!」
力強く言い切る家政婦を冷ややかな表情で横目で見る。
亜季はそんな社交辞令を素直に受け入れられるような心境ではなかった。
152
あなたにおすすめの小説
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました
水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。
その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。
整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。
オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。
だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。
死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。
それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。
「見つけた。俺の対になる存在を」
正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……?
孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。
星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
運命の番ですが、俺が決めます
ふき
BL
商家の息子ヴィルヘルムは、
“氷の侯爵”と呼ばれるルーファスと「運命の番」になってしまう。
運命であることは疑いようもなく、身体は正直に反応する。
だが、運命の番として向き合うルーファスに、
ヴィルヘルムはどうしても憤りを抑えられなかった。
「それは俺が望むからでなくて、運命とやらが望むからだ…」
運命も、本能も否定できない。
それでもヴィルヘルムは、そのまま流されることに踏み切れずにいる。
二人の関係の行き着く先は?
※独自オメガバース要素あり
※性描写は後日談
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる