社畜モブの俺、異世界転移したら「Sub」っていわれたんだけど。え、「Sub」って何ですか?

鉾田 ほこ

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1章

2 記憶喪失……

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 記憶喪失──。
 柴田健介は記憶喪失などではない。生まれてからこの方の記憶は幼少期のみんなが忘れてしまう程度の忘却を除いて、健在だった。だが、ここでは記憶喪失ということにしている。
 それというのも、健介にはあるべき知識がかけているのだ。ここは健介が生まれてから何十年間暮らした世界ではなかった。

 そう。異世界──。

 それまでの健介の人生は平凡も平凡で、極めて一般的なものだった。両親がいない天涯孤独でもなければ、酷い虐待を受けた訳でも、とんでもない借金にまみれて貧乏に身を窶している訳でもなく、大学を出て、就職をして……その就職先がちょっと、だいぶ、いや相当なブラックだったくらいで、普通の極々一般的な日本人が歩む人生を三十年間生きてきた……はずだった。

 そう、就職先を除いては。
 その日は期末の追い込みもあって十連勤の三徹明けのことだった。
 健介は工学系の大学を卒業した後、就職した先は大手のシステム会社の子会社。そこでSE、システムエンジニアとして働く社会人だった。良く言えば人が良い、悪く言えば断れない、思ったことを口に出せない、そんな性格ゆえに仕事の中でも面倒で手間のかかる厄介な案件がよく回ってきた。
 嫌な顔が出来ずに自分の考えを曖昧にしていたところ、いつの間にかあれよあれよと、健介のデスクの上には処理をするべき案件が積み上がっていった。
 徹夜も休日勤務も常態化しており、いつものように休日を返上した連続勤務……かつ激務をこなした帰り道。活動を開始する時間には早過ぎて、終電を逃したのか、夜通し遊んでいたのか、という人も疎らな電車に乗っていた。白みゆく車窓を眺めて、久しぶりの日曜に何をしようか……積んでいる小説を読むか、はたまた起きたら夕方か、などと考える間に眠り込んでしまった。
 そして、頬にジャリッとした感触がして目を覚ました。寝過ごしたかと驚きで一気に覚醒すると、自分は森の中の地面、まさしく土の上に横たわっていたのだった。

 訳がわからなかった。
 まず思ったのは「あぁ、冬じゃなくて良かった」である。九月の下旬なら、少し明け方に肌寒い日があっても、大方の日はまだまだ暖かく、外で寝ていたところで問題ない。地面に横たわっていたことに対する健介の思考はそんなことが真っ先に浮かぶのだ。呑気なものである。
 慌てて身体を起こして辺りを見回すが、本当に森の中だった。街灯一つ、電柱一本すらも見当たらないそこは、まるで分け入った山道という風景……久しく山登りなどしていないが。

 何が起こったのか。
 頭上の太陽はさんさんと真上から照りつけている。その陽の高さだけで、自分がよほど寝こけていたのだとわかった。
 ほぼ始発の電車に乗ったことを考えるなら、五、六時間、もしくはそれ以上経っているものだと思われた。
 だが、腕につけた時計を見ると、短い針は七を指しており、陽の高さとは明らかに異なる。何かがあって壊れてしまったのかもしれなかった。ならば、ここはどこかと鞄に入れたスマートフォンを探そうとしたが、そもそも自分の近くに鞄はなかった。

 昨今の電車はどれも複雑に路線が入り混じり、乗る電車によっては、都下……ならいざ知らず、その先は二県を越えることもある。ご多聞にもれず、健介の会社から自宅に帰る路線も都中心から伸びるそのような路線へと繋がっていた。
 今まで寝過ごしたか先が山奥だったことは幸いにも無かっただけで、まったくありえない話ではなかった。三十を超えた弊害か、最近は連勤も徹夜も本当に辛い。
 あまりの疲労に目を覚まさずにそのような場所まで行き着き、朦朧とした意識のまま電車を降りて、帰宅しようとしたのかもしれない。
 というのも、万年睡眠不足の健介は、早朝に起きて車内で居眠りをし、半分目が覚めないままに電車を降りて、ふらふらと無意識に出社出来る社畜でもあった。その逆、帰宅中にそれを行っていた可能性もある。まあ、降りるべき駅ではないところだったようだが……。
 いずれにせよ、スマートフォンも無ければ、現在地もわからない。鞄も無ければ、財布もない。
 詰んだ。
 健介はそう思った。
 幸いなことに休み。どうにかして家に帰り着ければそれで良かった。

 そんなふうに思っていた時もありました。

 歩けども歩けども、一向に駅には着かない。人家にたどり着くこともなければ、人気もない。
 いくら山の中のように見えても、電車を降りて自分で歩いたのだから、同じように歩けば、また駅に着けると思っていた。それにいくら田舎とはいえ、日本ならこんなに人に会わないことなど、あり得ない。そう思った。

「森……草ぁ……」
 永遠に続くような同じ景色に思わず独りごつ。
 まだ寝ているのだろうか……。
 明晰夢。
 もしくは白昼夢。

 だんだん恐ろしくなってきた。
 森は切れ目なく続いていて、歩けば駅に辿り着くというレベルではないことに今さらながら気づいた。自分はいま、スーツ姿で遭難しているのである。
 なぜ自分はこんなところに?

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