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1章
11 魔法のある世界でも
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「どうかした?」
一瞬明後日の方向に思考が飛んでいたのを戻して、自分がリアンの手を止めた理由を説明する。
「あの、俺、汚いです。あまり、その……触らないほうがいい……と、思い、ます」
「あぁ」
そんなことかと気にする様子もなく、そのままひざ下に腕をいれて、健介を抱き上げる。
「わっわっ」
お姫様のように抱き上げられ、恥ずかしさといたたまれなさに狼狽していると、リアンが「クリーン」とひとこと口にした。
その瞬間、健介の身体をつま先から頭のてっぺんまでさぁっと風が撫でるように通り過ぎる。
(うわっ生活魔法!)
見ると自分の着てる服はほつれ破けているのはそのままに、まるで漂白剤につけたかのように綺麗に汚れが取れていた。恐る恐る顔の前に持ってきた手も、爪の間に入り込んで落ちずに定着してしまった黒い汚れも綺麗さっぱりなくなっている。
この世界には異世界の常套ともいうべき、「魔法」が存在していた。生きとし生けるものは大小の差はあれ、必ず魔力を持っている。多くの場合は亜人や獣人たちは魔力が豊富で、人間の中で豊富な魔力を持つのは通常、貴族階級だけだ。平民も魔力を持ってはいるが、その量は多くない。だが、生活魔法程度ならだいたいの人が使える。便利でうらやましい限りだ。
そう、うらやましい限りなのだ。
ハウスに身を寄せてから、不思議に思ったことがあった。客も働いているみんなも基本的に風呂に入らないのだ。娼館(ではなかったわけだが……)なのに、風呂がプレイルームについていないのはどうしてだと。部屋の掃除が楽なので、文句はなかったが、純粋に疑問に感じたのだ。
住み込みの寮部分にしても、小さな浴室が一か所共同であるのみで、各部屋にはもちろん風呂場などない。まあ、日本だって寮には各部屋に風呂がついていないことだってあるにはある。だが、その収容人数に見合うだけの大浴場が備え付けられているものだ。だが、とても全員が使うにはあまりにも小さいものだった。その風呂掃除も健介の仕事で、数日に一度風呂掃除の際に掃除と一緒に自分も洗っていた。だが、数日に一度しか掃除をしていないにもかかわらず、あまり汚れていなかったのだ。みんながいい人たちで、使い方がきれいだから、というだけでは説明がつかなかった。
たまたま、健介が掃除をしたすぐあとに風呂を使いに来た年若い男娼にすれ違いざまに「毎日使ってますか」と尋ねたところ、「えぇ!? お風呂なんて毎日入らないよ」と宣言され、衝撃を受けた。
「身体を使う商売なのに、風呂に入らないのか」と相当驚いた表情をしていたのだろう健介に、若年の男娼であるシュナは「当たり前じゃん。水も石鹸も貴重でしょ? クリーン使えばいいじゃん」と当然のごとく説明してくれる。それでも不思議そうな顔をしている健介に「あぁ、ケンは記憶がないんだっけ……。魔法も覚えていないのか」と哀れみに満ちた瞳を向けられた。
何度も思うが、無いのは記憶ではなく魔法の知識なのだ。
そんなわけで、男娼の一人の親切心で、生活魔法を教えてもらうことになったのだが、どんなに頑張っても健介が魔法を使うことはできなかった。あまり魔力を使用しない、本当に小さな簡単な魔法ですら、健介は発動させることができず、親切心を無駄にさせてしまった。
だが、「生きとし生けるものはみな魔力を持っている」のだ。男娼は健介に「え、死んでる?」と半分冗談とも本気ともとれるような失礼な質問を投げかける。それぐらいにこの世界の常識からは不可思議なことだったのだ。
そんな実りのない練習を続けて数日後、シュナは健介が滅多に足を踏み入れない、男娼の待機部屋につれていった。そこで、「ねぇ、だれか『鑑定』できない?」ときらきらとした美しい男性たちばかりの中にぼろをまとった冴えないおっさんの腕を引いて、あまつさえ全員の注目を集めるように声高に尋ねた。
「神殿いけばどうだ?」
「えー面倒」
「酷いなぁ。鑑定するのだって、面倒じゃないか」
「鑑定って結構レア魔法じゃない?」
「え、鑑定ってスキルだろ?」
と、見た目も様々、年齢も様々な美丈夫たちが、口々に返していた。
「そもそも、なに鑑定するの?」
ぴょこんとシュナと健介の目の前に飛び出てきた、小柄な男が首を傾げながら尋ねる。
「あぁ、ケンの魔力を見たいんだけど」
「なんでなんで?」
好奇心いっぱいという表情でシュナと健介を交互に眺める。その後ろでめいめいソファーやラグの上で寛いでいた人々も健介を眺めてきた。こんなに多くの人の注目を集めるなんて……、いたたまれない。出来る限り、人から注目されずに生きていきたいのに、と思う。
「ケンにさ、簡単な魔法を教えたんだけど。どれも発動しないんだよ」
「そんなことある?」、「ねぇよなぁ」とまた勝手にわいわいと盛り上がっていた。
「で、いるの? いないの?」
しびれを切らしたシュナが声を張ると、「鑑定じゃなくても、いいよね。魔力の流れを見てあげるよ」と大柄で筋肉質な男性が座っていた一人用の籐のソファからたち上がり近づいてきた。
「バーニー、そんなことできるの?」
「あぁ、誰でもできるよ。訓練すれば」
「へぇー」
バーニーと呼ばれた男性は健介の目の前までくると、シュナが掴んでいる腕を離させ、反対の上の手を両手で握って額につけた。小さく何かと呟いてしばらく黙っている。
数秒ののち、バーニーは自分の額から手を外した。健介が見上げると、精悍な顔の太い眉が困惑にぎゅっと寄せられていた。
「魔力が……ない」
一瞬明後日の方向に思考が飛んでいたのを戻して、自分がリアンの手を止めた理由を説明する。
「あの、俺、汚いです。あまり、その……触らないほうがいい……と、思い、ます」
「あぁ」
そんなことかと気にする様子もなく、そのままひざ下に腕をいれて、健介を抱き上げる。
「わっわっ」
お姫様のように抱き上げられ、恥ずかしさといたたまれなさに狼狽していると、リアンが「クリーン」とひとこと口にした。
その瞬間、健介の身体をつま先から頭のてっぺんまでさぁっと風が撫でるように通り過ぎる。
(うわっ生活魔法!)
見ると自分の着てる服はほつれ破けているのはそのままに、まるで漂白剤につけたかのように綺麗に汚れが取れていた。恐る恐る顔の前に持ってきた手も、爪の間に入り込んで落ちずに定着してしまった黒い汚れも綺麗さっぱりなくなっている。
この世界には異世界の常套ともいうべき、「魔法」が存在していた。生きとし生けるものは大小の差はあれ、必ず魔力を持っている。多くの場合は亜人や獣人たちは魔力が豊富で、人間の中で豊富な魔力を持つのは通常、貴族階級だけだ。平民も魔力を持ってはいるが、その量は多くない。だが、生活魔法程度ならだいたいの人が使える。便利でうらやましい限りだ。
そう、うらやましい限りなのだ。
ハウスに身を寄せてから、不思議に思ったことがあった。客も働いているみんなも基本的に風呂に入らないのだ。娼館(ではなかったわけだが……)なのに、風呂がプレイルームについていないのはどうしてだと。部屋の掃除が楽なので、文句はなかったが、純粋に疑問に感じたのだ。
住み込みの寮部分にしても、小さな浴室が一か所共同であるのみで、各部屋にはもちろん風呂場などない。まあ、日本だって寮には各部屋に風呂がついていないことだってあるにはある。だが、その収容人数に見合うだけの大浴場が備え付けられているものだ。だが、とても全員が使うにはあまりにも小さいものだった。その風呂掃除も健介の仕事で、数日に一度風呂掃除の際に掃除と一緒に自分も洗っていた。だが、数日に一度しか掃除をしていないにもかかわらず、あまり汚れていなかったのだ。みんながいい人たちで、使い方がきれいだから、というだけでは説明がつかなかった。
たまたま、健介が掃除をしたすぐあとに風呂を使いに来た年若い男娼にすれ違いざまに「毎日使ってますか」と尋ねたところ、「えぇ!? お風呂なんて毎日入らないよ」と宣言され、衝撃を受けた。
「身体を使う商売なのに、風呂に入らないのか」と相当驚いた表情をしていたのだろう健介に、若年の男娼であるシュナは「当たり前じゃん。水も石鹸も貴重でしょ? クリーン使えばいいじゃん」と当然のごとく説明してくれる。それでも不思議そうな顔をしている健介に「あぁ、ケンは記憶がないんだっけ……。魔法も覚えていないのか」と哀れみに満ちた瞳を向けられた。
何度も思うが、無いのは記憶ではなく魔法の知識なのだ。
そんなわけで、男娼の一人の親切心で、生活魔法を教えてもらうことになったのだが、どんなに頑張っても健介が魔法を使うことはできなかった。あまり魔力を使用しない、本当に小さな簡単な魔法ですら、健介は発動させることができず、親切心を無駄にさせてしまった。
だが、「生きとし生けるものはみな魔力を持っている」のだ。男娼は健介に「え、死んでる?」と半分冗談とも本気ともとれるような失礼な質問を投げかける。それぐらいにこの世界の常識からは不可思議なことだったのだ。
そんな実りのない練習を続けて数日後、シュナは健介が滅多に足を踏み入れない、男娼の待機部屋につれていった。そこで、「ねぇ、だれか『鑑定』できない?」ときらきらとした美しい男性たちばかりの中にぼろをまとった冴えないおっさんの腕を引いて、あまつさえ全員の注目を集めるように声高に尋ねた。
「神殿いけばどうだ?」
「えー面倒」
「酷いなぁ。鑑定するのだって、面倒じゃないか」
「鑑定って結構レア魔法じゃない?」
「え、鑑定ってスキルだろ?」
と、見た目も様々、年齢も様々な美丈夫たちが、口々に返していた。
「そもそも、なに鑑定するの?」
ぴょこんとシュナと健介の目の前に飛び出てきた、小柄な男が首を傾げながら尋ねる。
「あぁ、ケンの魔力を見たいんだけど」
「なんでなんで?」
好奇心いっぱいという表情でシュナと健介を交互に眺める。その後ろでめいめいソファーやラグの上で寛いでいた人々も健介を眺めてきた。こんなに多くの人の注目を集めるなんて……、いたたまれない。出来る限り、人から注目されずに生きていきたいのに、と思う。
「ケンにさ、簡単な魔法を教えたんだけど。どれも発動しないんだよ」
「そんなことある?」、「ねぇよなぁ」とまた勝手にわいわいと盛り上がっていた。
「で、いるの? いないの?」
しびれを切らしたシュナが声を張ると、「鑑定じゃなくても、いいよね。魔力の流れを見てあげるよ」と大柄で筋肉質な男性が座っていた一人用の籐のソファからたち上がり近づいてきた。
「バーニー、そんなことできるの?」
「あぁ、誰でもできるよ。訓練すれば」
「へぇー」
バーニーと呼ばれた男性は健介の目の前までくると、シュナが掴んでいる腕を離させ、反対の上の手を両手で握って額につけた。小さく何かと呟いてしばらく黙っている。
数秒ののち、バーニーは自分の額から手を外した。健介が見上げると、精悍な顔の太い眉が困惑にぎゅっと寄せられていた。
「魔力が……ない」
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