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3章
35 遡ること──
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* * *
時は遡ること、六日──。
「え? ねぇ、バーニーちゃん。この部屋よね?」
「はい、そうですが? ……!」
シュナの目の前で中に入れないように立ちはだかっているバーニーはゾイの問いかけに扉の中を振り返った。
そして、何を目にしたのか、部屋の中が目に入った瞬間息を飲む。
シュナには体の大きなバーニーのせいで中がよく見えない。
すると、隣にいたウンシアがそのバーニーを押しのけて、部屋の中へと駆け入った。
「ウンシア!」
「誰も……いない?」
ウンシアの困惑した小さな呟きがシュナの耳に入る。
ウンシアが押しのけたおかげで、扉とバーニーの間にはシュナが通れるだけの隙間が出来ている。チャンスとばかりにするっと中に入って、シュナは部屋の中を見回す。
「誰もいないどころじゃない。部屋が……綺麗?」
「本当にここなのですか?」
ウンシアが疑問の声をあげるのももっともだ。ベッドも乱れていない。使用されたリネン類も落ちていない。これではまるで、清掃が入ったあと、プレイをする前の部屋のようだ。
バーニーは慌てたように扉の外に出て、部屋の番号を確認する。
プレイルームはどれも同じような作りで、内容も似たり寄ったりにしつらえられている。
それは、「知らない部屋に通された」とお客様が思わないようにという配慮からだが、確かに部屋の中を見るだけでは、この部屋が何番の部屋なのかはわからない。
「は、い……。確かにこの部屋です。部屋の前まで一緒に行ったわけではありませんが、この部屋番号をケンに伝えました」
「そう、よね……。私もこの部屋番号を伝えたわ」
シュナは心のなかで、「誰に?」と呟いた。
「え、うそぉ……。どうして。えぇ、もう……」
部屋の中ではゾイが今までに見たことがないほどに狼狽えている。シュナはハウスで働き始めてそれほど長くはない。だが、最古参とも言えるバーニーですら、慌てているゾイを見るのは初めてのようだった。
常にひょうひょうとして、冷静。物腰もやわらかく落ち着いている。
そんなゾイが──。
それもそうだ。ハウスで働くプレイヤーが拐かされるなんて事態はあってはならない。なにより、どんな事情があるのかはわからないが、無断でハウスからプレイヤーを連れだすのは重犯罪である。みすみすそれを逃してしまったのはハウスの責任問題だ。
いや、でもケンはプレイヤーじゃないから……。
普段のシュナなら、真っ先に「えぇ? なになに? どうしたの? なんで? なんで?」と根掘り葉掘りと事情を聞くところだが、いまはそんな場合ではないことは理解していた。
自分より慌てている人がいると、というか普段慌てることがないひとが焦っているのを見たら逆に冷静になれるというもので──。
「ゾイ、落ち着いて」
部屋の中をせわしなく見渡し、「なんでよ……。どうして……」とブツブツと呟いているゾイの腕にそっと手をかける。
「シュナ……」
シュナに声をかけられたことで、ゾイは自分を取り戻したようだった。シュナを見つめる視線は普段のゾイのものに戻っている。
まずはこれだけでも確認しなくては、とシュナはゾイに「ゾイ、ケンはプレイヤー?」と尋ねた。
「そう、よ。ケンはプレイヤーとして働くつもりはないって言っていたけど、ハウスにいるダイナミクス持ちだもの、念のためプレイヤーとして登録していたわ」
「そうか。なら……」
「そうよ。ありがとう、シュナ。少し冷静になれた。バーニー、コギーを読んでちょうだい」
そう言われたバーニーは小さくうなずくと、部屋から飛び出していった。
「二人とも、このことは他言無用よ」
「うん、わかった」
「でも!」
それまで事の成り行きを静観していたウンシアが抗議の声をあげる。
「ウンシア、大丈夫だから。そうでしょ、ゾイ?」
「えぇ」
「ケンさんはどこに?」
「いまは、言えないわ」
「なんでですか!?」
「ウンシア。ゾイに任せて。ぼくたちではなにもできないよ。」
ウンシアに出来ることは何もない。探しに行くこともできないという不甲斐なさゆえか、ずっと張り詰めたようにぴんと立ち上がっていたウンシアの耳がへにょりと伏せられる。
「ゾイ、あてはあるんでしょ?」
「もちろんよ」
「なら、ケンをちゃんと探してね」
「言われなくても、そのつもりよ。二人には申し訳ないけど、その間ケンのお仕事を代わりにやっておいてほしいのだけど」
「それはもちろんです!」
ウンシアの耳が元気に立ち上がり、しっぽがやる気にゆらゆらと揺れていた。
時は遡ること、六日──。
「え? ねぇ、バーニーちゃん。この部屋よね?」
「はい、そうですが? ……!」
シュナの目の前で中に入れないように立ちはだかっているバーニーはゾイの問いかけに扉の中を振り返った。
そして、何を目にしたのか、部屋の中が目に入った瞬間息を飲む。
シュナには体の大きなバーニーのせいで中がよく見えない。
すると、隣にいたウンシアがそのバーニーを押しのけて、部屋の中へと駆け入った。
「ウンシア!」
「誰も……いない?」
ウンシアの困惑した小さな呟きがシュナの耳に入る。
ウンシアが押しのけたおかげで、扉とバーニーの間にはシュナが通れるだけの隙間が出来ている。チャンスとばかりにするっと中に入って、シュナは部屋の中を見回す。
「誰もいないどころじゃない。部屋が……綺麗?」
「本当にここなのですか?」
ウンシアが疑問の声をあげるのももっともだ。ベッドも乱れていない。使用されたリネン類も落ちていない。これではまるで、清掃が入ったあと、プレイをする前の部屋のようだ。
バーニーは慌てたように扉の外に出て、部屋の番号を確認する。
プレイルームはどれも同じような作りで、内容も似たり寄ったりにしつらえられている。
それは、「知らない部屋に通された」とお客様が思わないようにという配慮からだが、確かに部屋の中を見るだけでは、この部屋が何番の部屋なのかはわからない。
「は、い……。確かにこの部屋です。部屋の前まで一緒に行ったわけではありませんが、この部屋番号をケンに伝えました」
「そう、よね……。私もこの部屋番号を伝えたわ」
シュナは心のなかで、「誰に?」と呟いた。
「え、うそぉ……。どうして。えぇ、もう……」
部屋の中ではゾイが今までに見たことがないほどに狼狽えている。シュナはハウスで働き始めてそれほど長くはない。だが、最古参とも言えるバーニーですら、慌てているゾイを見るのは初めてのようだった。
常にひょうひょうとして、冷静。物腰もやわらかく落ち着いている。
そんなゾイが──。
それもそうだ。ハウスで働くプレイヤーが拐かされるなんて事態はあってはならない。なにより、どんな事情があるのかはわからないが、無断でハウスからプレイヤーを連れだすのは重犯罪である。みすみすそれを逃してしまったのはハウスの責任問題だ。
いや、でもケンはプレイヤーじゃないから……。
普段のシュナなら、真っ先に「えぇ? なになに? どうしたの? なんで? なんで?」と根掘り葉掘りと事情を聞くところだが、いまはそんな場合ではないことは理解していた。
自分より慌てている人がいると、というか普段慌てることがないひとが焦っているのを見たら逆に冷静になれるというもので──。
「ゾイ、落ち着いて」
部屋の中をせわしなく見渡し、「なんでよ……。どうして……」とブツブツと呟いているゾイの腕にそっと手をかける。
「シュナ……」
シュナに声をかけられたことで、ゾイは自分を取り戻したようだった。シュナを見つめる視線は普段のゾイのものに戻っている。
まずはこれだけでも確認しなくては、とシュナはゾイに「ゾイ、ケンはプレイヤー?」と尋ねた。
「そう、よ。ケンはプレイヤーとして働くつもりはないって言っていたけど、ハウスにいるダイナミクス持ちだもの、念のためプレイヤーとして登録していたわ」
「そうか。なら……」
「そうよ。ありがとう、シュナ。少し冷静になれた。バーニー、コギーを読んでちょうだい」
そう言われたバーニーは小さくうなずくと、部屋から飛び出していった。
「二人とも、このことは他言無用よ」
「うん、わかった」
「でも!」
それまで事の成り行きを静観していたウンシアが抗議の声をあげる。
「ウンシア、大丈夫だから。そうでしょ、ゾイ?」
「えぇ」
「ケンさんはどこに?」
「いまは、言えないわ」
「なんでですか!?」
「ウンシア。ゾイに任せて。ぼくたちではなにもできないよ。」
ウンシアに出来ることは何もない。探しに行くこともできないという不甲斐なさゆえか、ずっと張り詰めたようにぴんと立ち上がっていたウンシアの耳がへにょりと伏せられる。
「ゾイ、あてはあるんでしょ?」
「もちろんよ」
「なら、ケンをちゃんと探してね」
「言われなくても、そのつもりよ。二人には申し訳ないけど、その間ケンのお仕事を代わりにやっておいてほしいのだけど」
「それはもちろんです!」
ウンシアの耳が元気に立ち上がり、しっぽがやる気にゆらゆらと揺れていた。
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