振り向いてください、シャノン王子。

夜のトラフグ

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chapter3 泥を踏む

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 降り立った敵国は、ゴミと濡れた埃の臭いがした。エレノアは将校として道を悠々と歩きながら、帽子を目深く被り直した。

(殺気、敵意、疑惑に憎悪………覚悟はしていたが、誰も私たちを歓迎していない)

 港からの道は雨が降った後のように泥で汚れていて、舗装されてないので歩くたびビチャビチャと泥を踏むことになる。道は商店を通っているので、辺りからは人の目線が良く目につく。物見遊山をする人々はみんな痩せててみすぼらしく、瞳にはそれぞれの炎を揺らしてる。エレノアはそれが何より居心地が悪かった。

 やがて町を抜けると、今度は焼け野原が目に入ってくる。ここは政治の中心地、であった場所だ。見てわかる通り、ここはすでに焼け落ちた。エレノアたち自軍の手によって。

 この国を叩くための謀略のうち、およそ八割はエレノアによるものだった。未来を知ることは情報を知ること。生まれもった特異を生かしたなれの果てがこれか、とエレノアは胸糞悪くなった。

♯♯

「お待ちしておりました、エレノア少将殿。これより東国の首都、アノンジャードにご案内致します」
「ああ」

案内役の軍曹が、そう言って共に馬車に乗り込んだ。

「………町が随分な有り様だったな」
「ええ。ここも戦場になりましたので。ーーそういえば少将殿は東国にいらっしゃったことがおありで?」
「うん………。私の初めての戦場は、東国の端だったよ。今では故国のものとされている場所だ。あの頃は緑も豊かだった」

 言って、しかし案外その記憶が残っていないことに気づく。どうしてだか、塹壕から見た空のことばかりを思い出す。

「栓の無いことだが………私はあの東国が好きだった」
「小官もであります」

 咎められると思った言葉を肯定されて、エレノアは思わず驚いた。おまえが何を、と言う反応が常でエレノア自身もそう考えていたからだ。
 それでも言ってしまうのはなぜか。おそらく彼女も、勝利と達成に沸いているのだろう。心が高くなると、いつも余計なことばかり考えてしまう。

(あの頃は良かった。)

 戻りたいよ、といいかけて思い直した。おそらくエレノアは何度やり直したとしても、同じ人生を歩むだろう。それなら苦痛を再度味わうだけだ。
 ならば今のまま少しでも、自分がマシになるように生きるしかない。
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