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Episode2

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 キーンコーン カーンコーン

 まだ校庭に桜がのこる季節。高らかに、本日最後の鐘が鳴った。

「なーなー幸也ぁ。お前今日カラオケ来れねー?」

 早速、とばかりに話しかけてきた高濱。しかし生憎、今日の幸也は用事があった。

「あー今日は部活あるから無理」
「おっけー部活ね、じゃあしょうがねーな………って、おい!」

 さっさと帰り支度をする幸也に、高濱は急にガバッと顔を上げて幸也にチョップをした。

「おい、邪魔だぞ」
「いや、邪魔だじゃねーよ! お前帰宅部だろ! 危ねー、今一瞬騙されかけたわ」
「帰宅部だけど部活があんだよ」
「帰宅部に部活はねーよ。家に帰るまでのタイムアタックでもすんのか」
「ああそれ、小学校のときやったな。帰すのが早い先生だと、走れば自分で校門開けられたりして」
「あー、下駄箱までダッシュとかなー………ってそうじゃねー! おい幸也、支度早えーよ!」
「帰りの会の最中に荷物を纏めておくのは常識だ。さようならのとき荷物を背負うのは、許してくれる先生とくれない先生がいる。じゃーな」

「おぉい! 待てー!!」

「帰宅部のやる部活ってなんだよーっ!」と叫ぶ声を遠くに聞きながら、幸也は部室へ足を急いだ。最近、幸也は毎日が訪れるのが楽しくてしょうがなかった。


♯♯

 ガラリ、と部室の扉を開く。
 外向き資料室であるこの部屋は、普通の教室の半分ほどの広さしかない。入り口のポスターは他の人が迷い混んでくるのを防ぐため、既に外した。狭い教室を見渡すが、佑はいない。今日は幸也が先のようだった。

 そう思い、部屋の窓際にあるいつもの机に歩み寄り鞄を置いたその瞬間。



「ばあっ!!」

 後ろから、佑の大声が響いた。

「…………何やってんだ、おまえ?」
「えっ、何って………驚いたでしょ?」
「小学生か、おまえは!」

 でかい図体して悪ガキみたいなことをするな、とドン引きして言うと、「えー、幸也先輩が小さいんでしょー」などとのたまうので、チョップしておいた。
 幸也は別に小さくない。平均身長より五センチほど低いだけだ。そもそも中身が小学生の佑こそ、何で無駄に身長だけ高いんだと問いたい。

「これにも驚かないなんて、幸也先輩、意外と手強いなー」

 幸也はこれでも前世では剣闘士だったので、血や暴力は好きじゃないが怖くもない。だから映画などは一通りいけるし、気配も読めるので、脅かそうと思ってもある程度近付けばわかってしまう。

「おれは生まれつき恐怖や痛みに鈍いんだ。いい加減諦めてくれ」
「えー」

 本当は前世からだったが、それは黙っておいた。

「それより………そろそろ佑も部に馴染んできたことだし、いよいよ文芸部の活動を始めようと思うんだ」
「部活じゃないのに?」
「部活じゃないのに」

 二人で顔を見合わせる。だって、いい加減二人で本ばっか読んでたって飽きるだろう。幸也は少しくらい部活らしいこともやってみたかった。

「今さらだけど、部活の要件ってなんなの? 人数が足りないとは聞いたけど」

 佑に尋ねられ、幸也は頭のなかにある部活の条件を思い返した。

「えーっと。生徒五人と顧問、部室があること。
 それがあれば部活として認められて、生徒会から月の予算が幾ばくか出る」
「部室はもうあるでしょ。おれと、先輩と……」
「実は二年に、幽霊部員がもう一人いるんだ。それから顧問も、去年やってくれてた先生がまだいるから、頼めば引き受けてくれると思う」
「えっ………え、じゃあ、あと二人探せばいいだけ!? おれ、クラスから何人か誘ってこようか?」

「部活まだ決まってないヤツ何人かいるし!」と告げ、そのまま走り出そうとする佑に、幸也は慌てて彼の手をパシリと捕まえた。

「いや、まてまて。別にそこまでしなくてもいいよ。現状、部活じゃなくて困ってることも特にないし」
「まあそっか………」

「でも何かあったらすぐに言ってね!」と胸を張って言う佑に、幸也は苦笑いして答えた。

 佑に言ったことも嘘ではなかった。
 しかし、それ以上にこの二人きりの放課後を惜しく思い、この空間に他人が入ることを苦々しく思ったことを、幸也はひとまずは気の迷いと思って忘れてしまうことにした。
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