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Episode7

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「すっごく、面白かったね。幸也先輩!」

 ニコニコ笑って、子犬みたいに幸也の周りをぐるぐる回る佑に、幸也はつられて笑顔になる。

「そうだな」

 映画館を出て、駅のフードコートでジャンクフードを買った。二人で向かい合い、映画の感想を語り合う。佑は始終楽しげで、どれだけ話しても話尽くせないみたいに喋り倒した。それに、幸也が二、三言の言葉を返す。そうすると、また佑は幸せそうに笑うのだ。

 そんな佑を見て、思う。

 何も変わらないかもしれない。
 佑が前世の「彼」でも、そうじゃなくても。

 こうして話して笑っていることと、前世のことは関わり無い。佑と過ごすのが楽しい。その気持ちが全てだ。

『こいつは、おれの……』

 そうか。

「佑はおれにとって、最高の親友だよ」


 そう告げた幸也に、佑が目を見張る。

「なに、それ………急にさあ」
「ん? こないだ答え損ねたことだ」
「………」

 何やら佑は絶句していた。と、思うと「はああー」と溜め息をついて顔を覆う。

「………幸也先輩ってやっぱり、なんかズレてる。すっごくズレてる。なに、天然なの?」

 バッと顔を上げ、幸也を見つめてくる。

「真面目な顔で何だ。おれは天然じゃない」
「他所でやらないでほしいよ、そういうの……。おれは幸也先輩のそう言うところ、すっごく好きだけどさー……」
「おい、こっちを見ろ」

 何やらブツブツと呟き続ける佑に、幸也は声をかける。が、反応しない。

「……幸也先輩といると、なんかおれまでズレていきそう」

 なんだか失礼なことを小声で言われた。だが、やがて目が合った佑に「でもありがとう」とボソリと言われたので、先程のことは不問にしてやろうと思った。


♯♯


 さて翌日、佑は用があって部活を休むらしい。

 なので幸也は、久しぶりにとある場所へ向かうことにした。


「………と、そんな感じだ。最近の部活は」
「なに? 惚気を聞かされたの、ぼくは?」

 場所はごく普通の男子高校生の私室………とはとても言えないほど、本・本・本がところ狭しと几帳面に並べられた部屋。いつ来てもこの部屋は塵ひとつ落ちて無い。
 本棚にはぎっしりとプログラミングやら資産運用やらの、小難しい内容の言葉が並ぶ。その中心で、机に向かいカチカチとマウスを操作するは憮然とそう呟いた。

 自分から聞いておいてその態度は無いんじゃないか、と幸也は思うが、やがて「チッ。負けた」という独り言を合図に、やっと彼は客人に向き直った。

「相変わらずお前はあいつに甘い、しかも無自覚だ。そんなんだから鈍感だの何だの言われるんだよ、バカ」

 偉そうに足を組み、つまらなそうに吐き捨てる。
 近況を教えろ、と要求されたので手短に話したらこの言い種である。

 まあ、しかしそれよりも。

「やはりお前も、あいつと同一人物だと思うか」

 あいつとは言わずもがな、前世のあの男だ。

「そうなんじゃないの? お前がいちばんそう思ってんじゃないか」
「けれど、それにしては……」

「性格がって? 覚えてないんでしょ、ニックは」

 「を覚えてなきゃ、そんなもんさ」どうでも良さそうに呟き、立ち上がって座布団をこちらに放り投げてきた。座れということらしい。

「やはりそう思うか」
「それしかないだろ」

 ふう、と一息つく。
 そして話のキリがよくなったので、幸也は思いきって聞きにくいことを聞いてみることにした。

「………なあ、ところでお前は、いつまで学校を休むんだ?」


 幸也がそう尋ねた瞬間、彼の眉がピクリと動く。

「いつまでだって? そんなの、ぼくの心が行けと言うまでに決まってるでしょ」

「いや、そんなことを言ってもうかなり経つぞ。そろそろいい加減にしておけ」
「まったく君はむかしから口うるさいな。別に誰に迷惑をかけるわけでもないじゃん」
「おれとしては、わざわざ学校をサボってまで闘いをする零人れいとの気持ちがわからん」
「これはゲームなの、げ・え・む!! 前世の殺し合いとは違うんだよ!」

 失言だったようで、思い切りクッションを投げつけられた。痛くはないが、埃がたつ。そう思って素早くキャッチした幸也に、零人は「チッ」と不満そうに舌打ちした。

「お前のそういう偽善くさいところ、むかしから見ていてイライラするんだよ」

 そう言って「フンッ」とそっぽを向いてしまう。

 彼の名前は永菅ながすが零人。前世からの知り合いで、同じ剣闘士の仲間だったひとりだ。

 そして彼も佑………前世のニックに、殺された男である。
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