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4章
第7話 謝って
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クリクリした緑の目が、恥ずかしそうにチラチラとこちらを見つめてくる。
頬を真っ赤にして、さくらんぼみたいなプルプルした唇を、何か言いたそうに開いては閉じて──
えっ……なにこれかわいー………
…………じゃなくて!!
「えっ、えっ?
あ、アステオ? どどどうしたんだそれ??」
「………うるさい黙って馬鹿シエル」
ひと息で罵られた。なんか悪口言われるのも久しぶりな気がする。どこか冷静な頭でそう思った。
一方のアステオは、こんな場所でシエルに会ってしまったことが甚だ不本意なようだった。気まずげに目を逸らしたかと思うと、そのまま逃げ去ろうとした。
咄嗟にシエルはアステオの手を掴んでいた。掴まれたアステオが振り返る。肩までの地毛に近いクルクルの髪が、ふわりと宙を舞った。
「………放して。僕、急ぐから」
きっぱりとした頑なな態度。下から睨み付ける意志の強い瞳。まるで、軟派を強気に断るご令嬢だ。
それなのに、どうしようもなく「ああアステオだ」と思った。
この時間に歩いてるなら、きっと用事はクラス関係のことだろう。出し物の話題で言い渋ってたのはこういう事情だったんだな。
シエルの思考は至って冷静に答えを出す。
「…………ちょっと?」
「ん…………ああ」
少し怒ったような声に促され、シエルは手を緩める。そして手が離れていくのを冷たい風でも吹いたみたいに寒く思いながら、取り繕って笑った。
「すごい可愛いな。あとで俺ともデートしてくれ」
「………もう、馬鹿!」
アステオがプンスカと怒って走り去っていく。その様子をただ見守った。
呆れさせたかなと思った。自分でも柄にも無いことを言った自覚があった。
♯♯
結局、その日の午後になってやっとシエルはアステオと会うことができた。
そのときには彼はいつもの格好をしていて、シエルは少しホッとした。
「クラスの女の子が、どうしてもやりたいって言い出して」
「へー」
委員長の他にも業の深い人がいるんだな、とシエルは感心した。
「似合ってたけど」
「! ……嬉しくないし」
「まあそうか」
納得し、会話が途切れる。その瞬間、遠くでドンと音が鳴った。
「これは…………花火?」
「そういえば、魔法使い様の余興があるって」
「ああ。なるほど」
自然とそちらに目が向いた。赤、黄、青などの原色の他に、淡いパステルカラーなども表現されていて技術の高さが現れている。
「………綺麗だな」
「………そうだね」
「………」
「………ちょっと、シエルの魔法に似てる?」
「さあ、気のせいじゃないか」
ぼうっ、と光に見とれる。展開の速度、細かさ。自分ならどうするか。
そんなことを考えていたとき、ふと魔法使いの一人とシエルは目が合った。
(──あの人は、また……)
「ねえ、シエル」
アステオの声に、シエルは顔を上げる。そこいた彼は、なんだか不敵な顔をしていた。
「昼間、君、僕に可愛いって言ったでしょ。」
「………え。
………あ、あー」
「あれ、まだ謝ってもらってないけど?」
どこか得意げにそう言うアステオ。対してシエルは目が点になった。
(………えーっと。それって謝ることなのか?)
促されても、いまいちよくわからないシエル。彼からしてみれば、言われて嫌だった言葉をわざわざ掘り返す意味もわからない。
しかし。
「………ご、ごめん」
言われてしまえば、謝らない訳にはいかないだろう。たとえ本心ではピンときてないにしても。
「………許してほしい?」
「う、うん」
「どうしても?」
「どうしても!」
なんだかわからないまま必死に言い募るシエル。それを見るアステオはなんだか楽しそうだ。
「じゃ、僕のこと″カッコいい″って言って御覧」
「………は」
「二度と可愛いって言ったら許さないよ」
ニヤ、とアステオは面白そうに笑ってた。それでやっとシエルは、自分がからかわれてることに気付く。
つられて、一緒に笑ってしまった。
「ふっ………くくく」
「シエル」
「わ、わかったよ………アステオ」
シエルは彼を、ぐいと身体ごと引き寄せた。
女装しててもいつもの格好でも、男でも女でもアステオは最高に可愛くてカッコいい。不器用なところも真面目なところも、優しいところも笑顔も全部好きだ。
この感情に名前をつけようとして、止めどなく言葉が溢れてくる。
「カッコいい。それに美人で、どんな服でも似合うよな」
「………ばか」
「しかも優しくて男前だから、次は誰がおまえに惚れるか俺はハラハラしてるよ」
後ろから抱き込み、冗談混じりの口調でそっと囁く。どれも偽り無い本心だ。
でも、どこまでいってもシエルは、俺は。
『好きだよ』
本当に言いたい最後の一言を口にすることは、できない。
頬を真っ赤にして、さくらんぼみたいなプルプルした唇を、何か言いたそうに開いては閉じて──
えっ……なにこれかわいー………
…………じゃなくて!!
「えっ、えっ?
あ、アステオ? どどどうしたんだそれ??」
「………うるさい黙って馬鹿シエル」
ひと息で罵られた。なんか悪口言われるのも久しぶりな気がする。どこか冷静な頭でそう思った。
一方のアステオは、こんな場所でシエルに会ってしまったことが甚だ不本意なようだった。気まずげに目を逸らしたかと思うと、そのまま逃げ去ろうとした。
咄嗟にシエルはアステオの手を掴んでいた。掴まれたアステオが振り返る。肩までの地毛に近いクルクルの髪が、ふわりと宙を舞った。
「………放して。僕、急ぐから」
きっぱりとした頑なな態度。下から睨み付ける意志の強い瞳。まるで、軟派を強気に断るご令嬢だ。
それなのに、どうしようもなく「ああアステオだ」と思った。
この時間に歩いてるなら、きっと用事はクラス関係のことだろう。出し物の話題で言い渋ってたのはこういう事情だったんだな。
シエルの思考は至って冷静に答えを出す。
「…………ちょっと?」
「ん…………ああ」
少し怒ったような声に促され、シエルは手を緩める。そして手が離れていくのを冷たい風でも吹いたみたいに寒く思いながら、取り繕って笑った。
「すごい可愛いな。あとで俺ともデートしてくれ」
「………もう、馬鹿!」
アステオがプンスカと怒って走り去っていく。その様子をただ見守った。
呆れさせたかなと思った。自分でも柄にも無いことを言った自覚があった。
♯♯
結局、その日の午後になってやっとシエルはアステオと会うことができた。
そのときには彼はいつもの格好をしていて、シエルは少しホッとした。
「クラスの女の子が、どうしてもやりたいって言い出して」
「へー」
委員長の他にも業の深い人がいるんだな、とシエルは感心した。
「似合ってたけど」
「! ……嬉しくないし」
「まあそうか」
納得し、会話が途切れる。その瞬間、遠くでドンと音が鳴った。
「これは…………花火?」
「そういえば、魔法使い様の余興があるって」
「ああ。なるほど」
自然とそちらに目が向いた。赤、黄、青などの原色の他に、淡いパステルカラーなども表現されていて技術の高さが現れている。
「………綺麗だな」
「………そうだね」
「………」
「………ちょっと、シエルの魔法に似てる?」
「さあ、気のせいじゃないか」
ぼうっ、と光に見とれる。展開の速度、細かさ。自分ならどうするか。
そんなことを考えていたとき、ふと魔法使いの一人とシエルは目が合った。
(──あの人は、また……)
「ねえ、シエル」
アステオの声に、シエルは顔を上げる。そこいた彼は、なんだか不敵な顔をしていた。
「昼間、君、僕に可愛いって言ったでしょ。」
「………え。
………あ、あー」
「あれ、まだ謝ってもらってないけど?」
どこか得意げにそう言うアステオ。対してシエルは目が点になった。
(………えーっと。それって謝ることなのか?)
促されても、いまいちよくわからないシエル。彼からしてみれば、言われて嫌だった言葉をわざわざ掘り返す意味もわからない。
しかし。
「………ご、ごめん」
言われてしまえば、謝らない訳にはいかないだろう。たとえ本心ではピンときてないにしても。
「………許してほしい?」
「う、うん」
「どうしても?」
「どうしても!」
なんだかわからないまま必死に言い募るシエル。それを見るアステオはなんだか楽しそうだ。
「じゃ、僕のこと″カッコいい″って言って御覧」
「………は」
「二度と可愛いって言ったら許さないよ」
ニヤ、とアステオは面白そうに笑ってた。それでやっとシエルは、自分がからかわれてることに気付く。
つられて、一緒に笑ってしまった。
「ふっ………くくく」
「シエル」
「わ、わかったよ………アステオ」
シエルは彼を、ぐいと身体ごと引き寄せた。
女装しててもいつもの格好でも、男でも女でもアステオは最高に可愛くてカッコいい。不器用なところも真面目なところも、優しいところも笑顔も全部好きだ。
この感情に名前をつけようとして、止めどなく言葉が溢れてくる。
「カッコいい。それに美人で、どんな服でも似合うよな」
「………ばか」
「しかも優しくて男前だから、次は誰がおまえに惚れるか俺はハラハラしてるよ」
後ろから抱き込み、冗談混じりの口調でそっと囁く。どれも偽り無い本心だ。
でも、どこまでいってもシエルは、俺は。
『好きだよ』
本当に言いたい最後の一言を口にすることは、できない。
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