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4章
第11話 優しさ
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「どうして……………?」
呆然と、アステオが呟く。
ポタリと床に落ちた雫が、少しずつ染み込むみたいな声だった。
「……俺は、」
ゆら、と地面が歪んだ気がした。
俺は、仕事を辞めることができない。
けれど傍で笑って、アステオの幸せを願うこともできない。
だから、俺たちはたぶん一緒にいない方がいい。
それをどう伝えるか考える。なるべく傷付けないほうがいいと思う。なるべく辛くないほうがいい。
笑ってサヨナラを言って、そのまま二度と会うことの無いような別れ方がいい。
「………もともと、平民、だからな俺は。貴族のおまえとずっと一緒にっていうのは、無理があるだろ」
アステオの綺麗な緑の瞳が、鋭さを増す。真意を問うようにシエルを見る。
「そろそろ進路のことも考えないといけないし……おまえも、家を継いだりするんだろ?」
そう言いながら、シエルは足を一歩前に踏み出す。踏み締めると整えられてない道の石がジャリっと音を立てた。
「そろそろ、潮時じゃないか」
子供でいられるのはあと僅か。なら、俺はそろそろ現実に向き合わなくてはならない。
「俺は、おまえとはもう会わない」
ピカ、と一瞬辺りが光に包まれた。遠くで雷の音がする。気付けば空が暗くなっていた。
「………言いたいことはそれだけ?」
ジリ、とアステオが距離をつめた。
彼の目は明らかに、怒りに燃えている。
「そんなことのために、離れようって言うの」
ゆら、と炎が揺れるような気配がした。堪らなくなって、思わずシエルは目をそらす。それでも火の気配はゆらゆら、静かに威力を増していく。
まさか、魔法を使う気だろうか。
「シエル………」
アステオが名前を呼ぶ。それでも、シエルは俯いたままだった。無言が続き、緊張がどんどん高まっていく。
時間が永遠にも感じた。
「………いいよ」
その瞬間、ふっと、緊張が解けた。あんなに燃え盛っているように感じた火が、まるで最初から無かったみたいに。
思わずシエルは、ガバッと顔を上げる。
「えっ……」
「君がそう言うなら」
しょうがない。
そんなふうにアステオは笑った。
急なことに、シエルは困惑した。けれどアステオは構わず続ける。
「もともと、僕が構ってもらってたようなものだから」
恨むようでも、悲しむようでもなく。むしろ大事な思い出を語るみたいに、アステオはそう加える。
「ごめんね」
包み込むみたいな、不器用な優しさ。
思い切り頭を殴られたような衝撃だった。
呆然と、アステオが呟く。
ポタリと床に落ちた雫が、少しずつ染み込むみたいな声だった。
「……俺は、」
ゆら、と地面が歪んだ気がした。
俺は、仕事を辞めることができない。
けれど傍で笑って、アステオの幸せを願うこともできない。
だから、俺たちはたぶん一緒にいない方がいい。
それをどう伝えるか考える。なるべく傷付けないほうがいいと思う。なるべく辛くないほうがいい。
笑ってサヨナラを言って、そのまま二度と会うことの無いような別れ方がいい。
「………もともと、平民、だからな俺は。貴族のおまえとずっと一緒にっていうのは、無理があるだろ」
アステオの綺麗な緑の瞳が、鋭さを増す。真意を問うようにシエルを見る。
「そろそろ進路のことも考えないといけないし……おまえも、家を継いだりするんだろ?」
そう言いながら、シエルは足を一歩前に踏み出す。踏み締めると整えられてない道の石がジャリっと音を立てた。
「そろそろ、潮時じゃないか」
子供でいられるのはあと僅か。なら、俺はそろそろ現実に向き合わなくてはならない。
「俺は、おまえとはもう会わない」
ピカ、と一瞬辺りが光に包まれた。遠くで雷の音がする。気付けば空が暗くなっていた。
「………言いたいことはそれだけ?」
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彼の目は明らかに、怒りに燃えている。
「そんなことのために、離れようって言うの」
ゆら、と炎が揺れるような気配がした。堪らなくなって、思わずシエルは目をそらす。それでも火の気配はゆらゆら、静かに威力を増していく。
まさか、魔法を使う気だろうか。
「シエル………」
アステオが名前を呼ぶ。それでも、シエルは俯いたままだった。無言が続き、緊張がどんどん高まっていく。
時間が永遠にも感じた。
「………いいよ」
その瞬間、ふっと、緊張が解けた。あんなに燃え盛っているように感じた火が、まるで最初から無かったみたいに。
思わずシエルは、ガバッと顔を上げる。
「えっ……」
「君がそう言うなら」
しょうがない。
そんなふうにアステオは笑った。
急なことに、シエルは困惑した。けれどアステオは構わず続ける。
「もともと、僕が構ってもらってたようなものだから」
恨むようでも、悲しむようでもなく。むしろ大事な思い出を語るみたいに、アステオはそう加える。
「ごめんね」
包み込むみたいな、不器用な優しさ。
思い切り頭を殴られたような衝撃だった。
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