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第二章 影の魔物
16. 目玉
しおりを挟む「おお、ジルですか。閣下のセカンドネームからですね」
「いいなぁ。俺のセカンドネームは一族の男ほぼ全員同じ名前だからな。なかなか他人には呼ばせにくい」
「昔、お前の家族の前でウィルって呼んだら、全員振り向いたもんな」
「ああ、そうだったな」
カイルとジスティが盛り上がっている中、俺は無言で隣りにいるジオルグの横顔を見上げる。
だからか。昨日の朝、父上と呼んだ時のあの微妙な反応の意味がようやくわかる。
──シリルが、いつものようにジルって呼ばなかったから?
あのときは焦っていてわからなかったが、今改めてシリルの記憶を探ってみればその事実がわかる。
驚きすぎて、言葉が出ない。
──ゲームでのシリルは、ほとんど「宰相閣下」としか呼ばなかった。
滅多になかったように思うが、名前で呼ぶときは、「ジオルグ様」だった。二人の関係は、最後までずっと他人行儀で……。
本当のことを言うと、プレイヤーだった頃の俺はジオルグというキャラクターをあまり好きではなかった。
シリルに対して、いつも険しい顔つきで厳しいことばかり言う、俺からしたらかなり取っ付きにくい性格の宰相閣下を、どうしてだか従姉は強力に推していたのだが、攻略対象でもないのに何故そこまで……と思っていた。
──俺自身が、この世界に転生してくるまでは。
ここは、あのゲームの世界と同一の世界ではないのだと、ふいにその事実を突き付けられる。
あの草原での夜から、シリルの身の上には、ゲームシナリオとは違った展開がずっと続いているのだ。
──運命変えたのは、あの夜の俺か、それとも助けに来てくれたこの世界のジオルグか。
その事実が、少し恐ろしいような。
あのときはただ無我夢中で変えようとしていた。無惨な仕打ちで、シリルの幼い体と心が壊されていくのを見過ごすことができなかったから。
あるいは、微塵の容赦もなく振り下ろされようとしていた暴力を、自分の傷みとして受けるのが耐え難かったからか。まあその両方だろうなとは思う。
ゲームにおける基本設定として、シリルは情緒に乏しく、表情の変化もあまりない人物だ。
あの草原で、ジオルグに助けられて王都の孤児院に入れられたときも、のちにジオルグが後見人となって王立学術院に入ってからも、常に彼自身の生まれに関する理由から差別され、過剰に虐げられてきた。
前にも言った通り、第二の人格が陰で加害者たちにやり返していたとはいえ、それらがシリルの主人格に及ぼした影響は決して小さくない。
そんな彼が唯一誇れたもの、それはジオルグでさえ目を見張るほどの膨大な魔力の生成量だった。
……【俺】が眠っていた十年の間に、シリルが何か酷い目に遭ったという事実は、特に無いようだった。目覚めて以来、その点だけはもう徹底的に何度もシリルの記憶を精査して確認したので、大丈夫だろう。
ふと、この十年の間にシリルがジオルグの他に懇意にしていた人物はいるのだろうかと気になった。
ルイーズやヒースゲイルは、俺が目覚めたあとも接しているので、それ以外にだ。例えば、気の置けない友人はいたりするのだろうか。
シリルの記憶は、人物については最低限の事実のみを留めた淡々としたものが多く、何人かの顔は浮かんできても、名前が出てこなかったりする。
(ヒュー。)
──あ、まただ。
俺の頭の中で、誰かが喋っている。
(誰?)
(ヒュー。トモダチ。)
(そうじゃない。お前、誰?)
(ダレ?)
戸惑ったような声が返ってくる。
というか、まさかと思いつつ俺も頭の中で話しかけてみたら、なんと会話が出来てしまった。
一体どういうことなんだこれは……いや、まったく心当たりがないわけではないが。目覚めてから、ひそかに恐れていることはあるが、どうしてもそれを認めたくないというか。
──こいつ、もしもカイファだったらどうしよう。
話し方がいやにあどけないので、違うような気もするが。
(一体、どこにいる?)
もしも俺の中にいるのなら心中を読むのは容易いだろうし、話す内容からも、数日前にいきなり消えてしまったシリルの主人格の可能性も大いにあるなと思いつつ聞いてみる。
(ドコ? ……あ、ココ。)
いきなり、足元の床がモゾモゾと動いた。
ひっ、と悲鳴を上げそうになって堪える。俺の影の上に瑠璃色の丸い小さな目玉が二つ、落ちていた。
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