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第五章 王妃のお茶会
34. 契約
しおりを挟むジオルグが、影形は月精を守る魔物だと言っていたが、今見る限りまだ魔物といわれるほどの本来の魔力は取り戻せていないみたいだ。
──しまった。ヒースゲイルさんに魔獣との契約方法も聞いとくんだった。
だいたい、それもジオルグが教えてくれるはずじゃなかったのか。
つい恨み言が出てしまうが、知らないものは仕方ない。俺はため息を吐き、ごろりと寝返りを打って影形に手を伸ばした。
「……俺が、もっとたくさん魔力をあげられたらいいんだけど。それか、お前とちゃんと契約ができたら、回路が繋がって、お互い負担をかけ合わないで済むと思う」
俺が言うと、黒い獣はすり、と鼻を掌に擦りつけてくる。湿ったような感触。毛並みだけじゃなくて、細部にわたってちゃんと具現化ができている。おお、図体はでかいけど可愛い、なんて思っているとそのままグイグイと頭を押し付けてきて、しまいには寝台にまで乗り上がってこようとする。その重量でギシッと大きく軋んでヒヤリとする。
「こら乗ってくるな、無理だ。自分の重さとデカさを自覚しろ!」
(小サクなると、魔力たくさん使ウ。)
「……なんで? ああ、そのサイズが、今のお前の本当の大きさだからか」
(ウン。)
「じゃあやっぱり、契約したら、今より効率のいい魔力配分でサイズも変えられるようになるのかな……」
これまでみたいに、常時俺の影の中にいるなら、別に気にしなくてもいい問題だったが、魔力量が回復しつつある今、多分こいつはこれからもっと頻繁に外に出て来たがるだろう。
それで人目に触れることもあるのなら、せめてもう二回りほど小さくなってもらいたい。今の大きさでは、ちょっと周りに対して威圧的すぎて連れて歩きにくい。
俺の心を読んだのかどうか、獣は寝台の傍らにおすわりをして、ふっと首を傾げる仕草をした。
(名前が欲シイ。)
「名前?」
(キミの大事ダッタ名前。でも、もう要ラナクなったやつ。)
──え?
「まさか」
俺は半身を起こして獣と目を合わせる。
「知ってるのか? 俺の、もうひとつの名前」
(ウン。)
「……それは、俺にはもう必要ないって?」
(ウン。)
──なるほど、『名前』ね……。
それがきっと、この世界における魔獣との従属関係を結ぶ契約になるのだろう。主人にとって意味のある名前ほど、深く繋がれるのかもしれない。だったら……。
「じゃあ、いいよ。俺の前世の名前は『ハルト』っていったんだけど……」
だけどそのままでは、呼ぶときにいちいちこちらが気恥しいので、少し変えてもいいかと尋ね、承諾を得る。無難なところで『ハル』という名前にしようかと思っていた……、のだが。
(オレの名前、『ルト』)
勝手に決めてしまう。
「……そっち?」
(呼ンデ!)
「え……、ルト!」
ぶわんっと空気が大きく震動したかと思うと、おすわりの位置はそのままに、山猫ぐらいの大きさになった丸い小さな耳をした黒猫が、ちょこんと俺を見上げていた。
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