底知れぬ深い沼の底

春山ひろ

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番外編 果てしなく遠い空の彼方③

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 ※女性に対する態度がひどいですが、龍之介を虐めていた女に「ざまぁ」する回ですので、ご了承ください。



 俺は、持ってるスーツの中で、最高級のスーツを着た。
 生地から選んでオーダーした濃紺のスリーピースは体にフィットし、極上の肌触りと光沢、それにシワになりにくいという優れものだ。
 ちなみに、同じ店で龍之介のスーツもオーダーしてプレゼントした。
 ある意味、このペアルックで、いつか龍之介のご家族に挨拶に行きたい。


 そして、髪よし!手の爪よし!歯磨きよし!

 ティーンエージャーの初デートではない。
 
 今日は、前の事務所で打合せがあるんだ。
 松井先生に泣きつかれる格好で、俺は川端ヤツが受けてる案件に名を連ね、弁護を引き受けた。
 これは、愛する龍之介の受けた傷を100倍返しするために受けたといっていい。
 しかし、仕事は仕事なので、そこは徹底的にやるつもりである。

 内容は名誉毀損による損害賠償請求で、それほど難しい案件ではないものの、原告の主張する名誉毀損の範囲が広く、書面作成に時間がかかると予想できた。
 とはいえ、本来なら一人でも受けられるが、まあ、川端ヤツは無理だな、無能だから。

 なぜ、そんな川端ヤツに松井先生が仕事をふるかって?
 無能だから、中々、依頼人がつかないんだ。前の事務所の弁護士は、概ね優秀な人材が揃っている。だから、仕事をこなしているうちに、自分の顧客ができるもんだ。
 しかし、無能な川端ヤツはそれができず、仕方なく松井先生が自身に来た案件の中から、それほど難しくない案件を、川端ヤツにふっているのだ。

 そもそもなぜ川端ヤツが、日本でも有数の弁護士事務所に入れたのかといえば、これはコネ以外になかった。川端ヤツの父と松井先生が懇意なんだ。
 そして松井先生は、友人に泣きつかれて川端ヤツを雇用したものの、予想外に使えない弁護士だったため、どうしても誰かのヘルプが必要になり、俺と柏木に白羽の矢が立った。
 在籍中は、ほぼほぼ俺か柏木が自分の案件の合間に、川端ヤツの仕事を手伝っていた。


 なぜ、他の弁護士は手伝わなかったのか?


 断られると分かっているから、松井先生ボスは頼めなかったんだ。
俺と柏木は、いわば松井先生ボスの子飼いで、他の弁護士には遠慮して言えないことでも、松井先生ボスは、俺たちには言いやすかったというのがあるだろう。

 そんなわけで川端ヤツは、俺と柏木のヘルプでなんとか仕事をこなしてきたわけだから、俺たちが、立て続けに独立した時の川端ヤツの顔は見ものだった。
 もしかしたら、独立する際には、あわよくば自分にも声を掛けてくれるのではないかという、身の程知らずな妄想を抱いていたのかもしれない。

 川端ヤツと共同事務所にするくらいなら、全く意思の疎通ができないであろう、アンダマン諸島のジャラワ族と組んだ方がマシだ。異文化ゆえのストレスがあるだろうが、人間だしな!(川端は人間ではない)。


「すっごい、かっこいい!」
 一緒に暮らすようになってからの龍之介の可愛さはかいりょくは、1000倍は増した(当社比)。
 龍之介がいれば、常に俺は絶好調で、ドスケベにも歯止めがきかない状態だ。


「龍之介も、すっごい、可愛い!」


 俺は、彼の声色をマネて、朝とは思えない濃厚なキスをする。
 舌と舌がダンスする、龍之介とのディープキスが趣味になり、そのせいで、牛タンが食えなくなった俺である。

「もう、朝から!」
 真っ赤な顔で抗議しても、エロくなるだけで、俺には全く効果がないぞ。それに「モー」だと?やっぱ牛タンは食えんな。一生、仙台に行けなくても後悔しない!

「いってらっしゃい!」


こうして俺は、自宅らくえんから、前職場せんじょうへ向かったのだ。




「お久しぶりです」
 そういって川端ヤツは、俺を会議室へ案内した。
「二人での打合せですけど、一番大きな会議室で宜しかったんでしょうか?メールで、そのようにリクエストされたので、押さえておきましたけど」
「それで結構です。さっさと入りましょう」

 俺は、約40人は座れる広い会議室を希望した。中央に楕円形の大テーブルが置いてある部屋だ。
 当然である。本来であれば、半径100mにすら入れたくない生物なのだ、川端ヤツは。
 そして俺は会議室に入るやいなや、次々に窓を開けた。
 そしてやっと人心地ひとごこちがついて、深呼吸しながら言った。
「ずっと息を止めてたから、苦しかった!えらい悪臭がしませんか?先生の方から匂ってましたけど」

 川端ヤツの顔色が変わる。
 少なくとも同僚だった時は、「ガマン、ガマン」と自分に言い聞かせ、くっさい臭いと厚化粧にも耐えていたが、今は違う。
 さらば、愛想笑い!
 川端ヤツは知らないだろう、俺が嫌いな女には、いくらでも辛辣になれることを!


 「先生は、嗅覚がきかない方ですか?それとも俺が異常なのかな。まあ、いいや。あ、そこにどうぞお座り下さい。俺はこっちで」
 俺はとっとと仕切って、少なくとも川端ヤツとは10脚は離れ、しかも開放した窓を背にした風上の、そのうえ上座に座った。


「臭くて仕事に支障をきたすから、こっちに座らせてもらいますね?」
「え、ええ」
「お互い健康なので、これくらい離れても十分に声は出せるでしょ?じゃ、ちゃっちゃと初めて終わらせましょう」
「え、ええ」

 川端ヤツは、厚化粧でも隠せないくらい、顔色が悪くなる。


 まだまだこれからだ!



※おまけ※
 水野は本来、仕事では自分の感情を完璧にコントロールしてます。が、今回は川端を成敗するため、ある意味で野に放たれた獣のようになってます(笑)。
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