異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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住処へ 1

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 裏山を下り、ちょっとした原っぱを突っ切ると、無骨な屋敷が見えてくる。
 年代物のゴツゴツした建物。数代前の領主からずっと暮らす、領主の館。
 だが俺の住処はここではない。館から少し離れた、雑木林の中にある。

「ごめん、ちょっと足元悪いから、気をつけて」

 低い石垣を跨いで越えて、サヤさんに手を貸しつつ、その先の建物を指差す。
 別館と言うより……まあ、元は使用人用の共同住宅だ。
 数十人……下手をしたら百人以上が共同生活を営む場所だったようで、木造ながらがっしりとした、大きめの建造物。
 それが木々の合間にチラチラと見える。

「もう使用人は起きています。早く!    見つかると厄介ですから」
「大丈夫だよ。朝は殆ど見かけないんだし。今は異母様方も居ないし」
「そんな時に限って来るんですよ、大抵は!
 そして見つかったら戻られた時に報告が行くんです!」

 ハインに急かされつつも足を進め、なんとか建物の陰に隠れてホッと一息ついた。
 なんで自分の家に帰るのにコソコソしてるんだろうね。ほんと。
 だけど見つかるとややこしい。サヤさんが女性であるということが更に、ややこしくする。何かあってからでは取り返しつかないので、隠せるうちは隠さなきゃいけない。

「とりあえず、どうするかな……ハインや俺の服は大きいよなぁ……」
「そうですね……。レイシール様の、学舎時代の古着はいかがでしょう。丁度あれくらいでは? 」

 玄関から中に入り、俺たちの声量は通常時に戻る。
 ここには俺たち以外が絶対に居ない。使用人もやって来ない。
 全身ずぶ濡れのサヤさんを、とりあえず着替えさせなきゃいけない。
 春の終わりの、肌寒さの中、濡れそぼったサヤさんは、唇を紫色にして、少々震えている。貸した上着も、濡れてしまったしな。寒いと思うが、かといって抱きしめてやるわけにもいかない。それをしたら変態だ。

「お待たせしました。まずこれを。濡れても構わないので、身体に巻きつけてください。
 レイシール様の部屋で構いませんか?」
「ああ、構わない。暖炉も燠火があるはずだ。
 サヤさん、そこの階段上がって、すぐ右側の扉だから。もうちょっとだから」
「…は、はい……」

 ハインが持ってきた毛布でサヤさんを包んでから、玄関広間の壁沿いにある階段を上る。
 上がってすぐに右に折れ、一番手前の扉を開いた。
 この別館の中で一番大きく、一応日当たりも良好な部屋が俺の自室だ。
 元々はこの建物の中で一番偉い人の部屋なのか、小部屋が二つ付き、広い。元は家族で住んでいたような大きな部屋。板張りの床のは、一部石を使ってあり、暖炉が備え付けてある。
 大窓の外には露台もしつらえてある。

 サヤさんを中に促し、暖炉近くの長椅子に彼女を誘導する。
 女物の服は持っていないし、すぐに調達できるわけもなく、仕方がないので、俺のお古で、大きさの合いそうなものをハインに探してもらうこととなった。
 学舎に通っていた頃の俺の服なら妥当だろうと、ハインは物置にしている隣室に向かう。
 俺はもう一回、入念にサヤさんを毛布で包んでから、暖炉を掻き回して、燠火を確認。小枝と薪を足した。仕掛けてあった薬缶を確認すると、充分温かい。
 丁度良いから棚の茶葉を取り出してお茶を入れることにする。温かいものを飲んだ方が、きっと身体も早く温まるだろうから。

「ございました。
 まずこちらを。身体を拭うくらいしておいた方が良いでしょう」

 ハインが戻ってきて、俺の古着等と一緒に、大きめの木桶に湯を持ってきた。
 一旦俺の執務机に置き、何故か暖炉横の壁際に、衝立を用意し始めたので、俺は首を傾げる。

「ハイン……それは何に使うんだ?」
「こちらの中で身支度を整えて頂く為に、用意しているのですが?」
「ええっ?    何言ってるんだお前、他の部屋でしてもらうべきだよ、彼女は女性なんだから」

 相変わらず無頓着だなと思いつつそう言ったのだが、ハインはお前は馬鹿かと顔前面にありありと表現し、不機嫌そうな声音で言う。

「申し訳ございませんが、私は、レイシール様ほど、危機感をかなぐり捨てておりません」

 ……それは俺が危機感かなぐり捨ててる前提の発言だな。

「素性の知れない方を一人にして、いつの間にやら逃げ出されていても困ります。
 それだけなら良いですが、他にも多数懸念がございます。
 なので、こちらで身支度をして頂くのが必須条件です」

 目の前で着替えろと言わないだけマシだと思いますが……という、凶悪な独り言が耳に届く……。
 本気だ。
 もしごちゃごちゃ文句言って拗らせたりしたら、最悪、剣突きつけて監視の中の着替えとかに、なりかねない……!
 だけど……だけど女性を男二人と同室で着替えさせるって……それはなんかもう、犯罪の域に達しているのでは⁈
 サヤさんが白い顔してるのも、寒さのせいではなく、血の気が引いているのでは⁉︎
 俺は必死で頭を働かせることとなった。なんかいい方法……もうちょっとマシな手段はないものか……………………っ。

「ごめん、サヤさん……あいつ職務に忠実すぎて……。
 えっとね、一応俺は人に身を守られなきゃいけない立場で……万が一、俺に何かあってはいけないというのが、あいつの見解なんだ。
 サヤさんが俺に危害を加えるかどうかは関係無く、その可能性がゼロでないことが問題となっているということなんだよね。
 それで……ほんっとうに、申し訳ないんだけれど……あの衝立の中で身支度をしてもらって良いだろうか……?
 無論、君の支度が終わるまでは、絶対に近付かない。
 俺たちは露台に退避しておく。
 硝子だから、見えてはしまうけど、部屋は一応一人にできる」

 ごめんなさい……ほんっとうに、申し訳ない!
 歪みがあり、中がぼやけるとはいえ硝子越し。この程度の障壁しか思いつかなかった!
 変態!    と、罵られる覚悟も決めて切り出したのだが、当のサヤさんは「分かりました」と、あっさり了解した。

「え……良いの?」
「懸念は、最もやと、思うたし……。衝立もあって、窓越しやろ?
 それくらいやったら、大丈夫です。
 お湯まで用意してくらはって、感謝したいくらいやから、気ぃ使わんといて」

 多少困り顔の、眉を下げた笑顔だったが、それでも俺はほっとする。
 良かった……。良かったけど……なんか凄く、罪悪感……。

「本当にごめんね。
 じゃあ、俺たちはそっちに行くから。焦ったり急いだりしなくて良いからね」

 慌てて中途半端な身支度をさせたのでは申し訳ないので、俺は充分時間を使うようにと念を押して、ハインを露台に促す。
 俺の交渉中も着替えの支度をしていたハインは、衝立を窓側から見えない様に調節し、衝立の内側に置いた小机に着替えと湯の入った木桶、手拭いや櫛を置いてから、俺が茶葉を放り込んだ薬缶から、湯呑に茶を注いでいた。
 それも同じく、小机に一つ置き、用意してあった小ぶりの盆にも二つ用意する。
 目視確認を終えると、くるりとサヤさんに向き直り、直立の態勢をとった。

「大変申し訳ありませんが、女性用の下着はございません。
 未使用のもので男性用ならございますので、とりあえずはこれでしのいで頂きますが、ご理解下さい。
 机の下に長靴、洗い物用の籠を置いております。汚れ物はこちらにどうぞ。それでは一度退室致します。ごゆっくり」

 口調も態度も丁寧だが、目が怖い……。
 それでもまあ……妥協してるんだろうね、君なりに……。
 俺はもう一度「ごめんね」と謝ってから、ハインとともに露台に出た。
 出て、窓を閉めた途端。

「では、説明して頂きましょう。
 あの女性はどなたですか。なぜずぶ濡れなんですか。貴方はご自分の立場をどのように理解してらっしゃるので?    何故見ず知らずの女性をホイホイ連れ帰るのですか!」

 まあ、お説教だよね……。こうなるのは分かってたけどさ……。

「うん……ごめんって。ハインの言うことがいちいち正しいのは分かってるけど、泣いてる女性を一人でずぶ濡れのまま山に置いておくのもどうかなって話だろ?」

 とにかく、サヤさんが身支度をする間、俺はハインにサヤさんとの出会いを説明することとなった。
 とはいえ、落ち込んでいた部分は省き、夢の話も除外すれば、たまたまあそこで水を飲んで、休憩して、帰ろうかなと思ってたら泉の中から手が伸びていて、引っ張ったら彼女が出てきたという内容になる。
 話を聞きながら、ハインの顔はどんどん眉間にしわを増やし凶悪な形相となってゆき、最後に言ったのは「貴方は、馬鹿でしょう」うん。多分きっとそうだと思う。

「何で湖の中から伸びた手を引っ張るんですか……魔物の類とか思わないんですか!」
「溺れてるのかと思ったんだよ!    あんなのとっさに見たら普通そう思うって‼︎」
「溺れてるという発想がどうですかね⁈    私なら無視して全力で走って下山しますが⁉︎」
「だって、空中をさわさわしてたから、助けを呼んでるって思うだろ?」
「思いません!    せいぜい魔物が罠を張って誘ってるくらいです!」

 激しく舌戦を繰り広げるが、平行線である。
 俺とハインでは、根本的に基準が違うのだ。
 ハインは常に危険回避を優先するので、そもそも変なものは拾わない危険回避型。
 俺は、困ってたら大変だとか、なんか気になるとか、さした理由なしに体が動く条件反射型。
 とっさの時の行動は、真反対だ。

「……でもまあ、泉から出て来た部分は信じるんだな」
「そう言うのですから仕方がないでしょう……。そもそもそこを嘘つく意味も分かりませんし」

 しばし睨み合ってから、最後にはお互い溜息を吐き、湯呑からお茶を飲んだ。休憩だ。
 正直話してる俺も納得させられるとは思っていない。
 俺だって、ハインに同じことを言われたら、頭おかしいんじゃないかと思うだろうし。
 だってなぁ……あんな浅い泉から人が出てくるなんて思わない。しかも、美人が。

「黒髪なんて初めて見たよ。ハインは?」
「貴方とほぼ同じ行動範囲なのですから、貴方と同じものしか見ていないと思いますが」
「それもそうか……。口調も不思議だよな……。どこの地方の訛りだろう……」
「学舎にいた頃にも聞いたことがない訛り方ですね……大抵の地方の方はいらっしゃった筈……となると……異国の者となります」
「ハインは、キュウキュウシャとか、リュウガクセイとか、エンゲキブなんて単語に聞き覚えあるかな?    俺は全く無いんだけど」
「どこの言葉かの検討もつきませんね」
「お前もかぁ……これはもう、本人に聞くしか無いな……」
「正直に話すとも思えませんが。最悪剣で脅せば何か零すかもしれません」
「却下。まず威圧する案は採用しません」

 とりあえず、サヤさんの身支度が終わったら、本人に直接確認するしかない。という結論となった。

「それはそうとさ、お腹すいたな。朝食食べながらにしないか」
「誰の所為で遅くなったと思ってるいるのでしょうね……。ここに居ては準備もできませんよ……」

 お小言しか出てこないんですかね、この従者は。

「ごめんなさい。反省します」
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