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片恋 1

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 サヤは一体幾つ測られているのか……一向に帰ってこなかった……。

「遅いな……ちょっと様子見てくるか?」
「駄目、女の子の部屋を覗くな」
「阿呆、仕事だ」
「万が一服着てなかったらどうするんだよ!」

 心配は心配だったけど、万が一を考えると怖くて確認になんて行けない。
 俺が必死でギルを押しとどめてると、ルンルンのルーシーが帰ってきた。
 なんでルーシーだけ……?そう思ったが違ったようだ。扉の奥に向かって、おいでおいでと手招きをしているから、サヤも帰ってきたようだと分かってホッとした。

「測り終えましたっ。あと、あまりに理想的な体型をなさっているので、飾ってみてたんです!
    もうっ、本当にとても素敵っ。本当に美しいと思うんですけど、サヤさんが全然納得してくれなくって。
    だから皆さんの意見を是非聞きに行こうって、連れてきたんです」

 仕事の合間に遊んでたのか……。ルーシーの言葉にギルが眉間を揉んでいる。手を焼いているらしいな……随分奔放な子だ。

「サヤさん、早くいらっしゃいな」
「だ、駄目です、こんな……こんな格好は……似合いませんから……」
「もうっ!それを確認しに来たんです!早く来ないと、叔父様を連れて行きますよ!」
「ルーシー……叔父って言うな……俺はまだ二十一だ……」

 ギルが溜息を吐いて席を立つ。
 俺もサヤを迎えに行くべく、席を立った。一体何が問題なのか興味もあったのだ。

「サヤ?    どうしたんだ?」
「駄目です!    来ないでくださいっ」
「なんなんだ……まさか素っ裸で連れて来られたんじゃねぇだろ?」
「もうっ、そんな訳ないでしょ!」

 ルーシーがプンプンと怒ったふりをするが、顔がにやけている。
 とっても楽しそうなのだ。飾ったって言ってたけど……サヤを飾ったんだよな?
 何を飾られたんだ?見られたくないようなものって……花とか?

「サヤ、どう…………」

 扉から顔を出すと、壁に張り付いたサヤと目が合った。そして、パックリと開いた背中が……むき出しの肩が…………ええ⁈

「来たらあかんって言うたやないの!」

 顔を出した俺に、訛りまで戻って叫ぶ。そして、肩を抱きしめるようにして座り込んだ。
 全身で見るなと拒絶していた。
 座り込んでしまったサヤの肩は両手で隠れたけど、背中は出ている。腰の近くまで。そう、背中が大きく開いた……女物の礼服を着ているのだ。目の覚めるような、赤い衣装……ど、どういうこと⁈

「ほらサヤさん、それだと背中しか見えないです。立って立って」
「あかんっ、ほんま、堪忍して、私……こんなん、無理やから……」

 一瞬頭が真っ白になっていたのだが、サヤの声が今にも泣き出しそうで、現実に引き戻された。
    慌てて上着を脱ぎ、剥き出しの背中に掛ける。そのまま背を向けて、ルーシーとギルの前に立った。とにかく隠さねばと思ったのだ。ギルの視線から。そして当然、俺の視線からも。
 俺の行動に、ルーシーはキョトンとした顔をしていて、ギルはまだ状況が飲み込めていないらしい。
 どうしよう……なんて言って納得させたらいいかな……。よく考えれば、ルーシーはサヤの事情を知らないはずだし……。とにかく穏便に、やめさせなければ……!

「ルーシー、サヤは……こういうのはちょっと、辛いみたいだから……」
「ええっ⁉︎    レイシール様は褒めてくれると思ったのに!」
「いや……着飾ったサヤを見るのは吝かではないよ?    でも……サヤは、男に見られたくないんだよ。……ルーシーは、好きでもない人に礼服姿を披露したい?」
「誰が見てようが関係なく、着飾りたいです!」
「……そっか、飾るのが好きなんだね……」

 うう……強いなこの子……なんて言えば分かってもらえるんだ……?
 自分がしたことが、今何を引き起こそうとしているのか、全く理解していない風だしな……。
 一瞬ハインに助けを求めようか…なんて脳裏を過ぎったのだが、それをするとルーシーが大泣きするような状況を招きそうだったので、自力でなんとかせねばと考え直す。

「サヤは……遠い異国の子なんだよ。
 サヤの国では、異性に肌を晒す習慣は無いんだ。ルーシーは、自分が絶対したくないと思ってることを、無理矢理させられたら嫌だろう?    例えば……着飾るの禁止とか」
「ええっっ、それは嫌です!」
「だよね?    きっとサヤも、無理矢理は嫌だと思うんだ。だから今回は、許してもらえないだろうか……」

 俺が必死でそう懇願すると、ルーシーはすごく考える顔をした。よし、良い感じだ。このまま丸め込もう。そう思ったのだが、ルーシーの頭を、ギルがガシッと掴む。鷲掴みだ。でかい図体が、より大きく見える。……怒りの気配で。

「ルーシー……お前、今回ばかりは許さねぇ……兄貴の所に帰ってこい」
「ええっ、そんなっ」
「意に沿わねぇことが嫌でここに来たんじゃねぇのか……?    なのにお前は、それを人にすんのかよ……?
    しかもサヤは恩人だろうが。恩人に砂をかけるような奴を、置いとく義理はねぇよ」

 怒り顔のギルに、ルーシーが流石に蒼白になる。
 やりすぎたと気付いたようだ。みるみる瞳に涙が溜まっていく。
 うわっ、修羅場になってきた!おおごとにする気は無かったんだ……。慌ててそこまでにしてあげてくれと、口を開きかけたら、背中をガシッと掴まれつんのめる。
 震える手で、サヤだとすぐに分かった。いまだかつてないほどにガクガクしているが、それでもなんとか立ち上がろうとしている。とっさに振り返って支えたら、右腕に縋り付かれた。
 サヤの身体の弾力が直に伝わるせいで、俺も相当狼狽したが、ここで慌てると余計サヤが恐慌をきたす気がしたので、奥歯を噛み締めて堪える。
 けど右は……サヤを長く支えていられない……。

「あのっ、ルーシーさんは…イン私を、元気づけようと……。悪気があった、わけではないんです……。元気を、出したい時は、女の子は、着飾れば、いいんだって……気持ち、前向き、に、なるからって……。
    私の、事情は、ご存知ないので、仕方のない、面も、あると思うんです……。だから……」

 震える唇で必死にルーシーを庇うサヤ。
 しかし、視線が定まっていない。俺の腕を掴む手も、冷え切って冷たくなっているし、顔も蒼白だ。衣装との対比が酷すぎて、青白いサヤの顔がひどく危うげに見えた。俺に縋り付いてる意識も無いのかも……そう思った時にカクンと足が崩れる。慌てて身体を支え……ダメだ……もう右手じゃ支えられない……!

「っハイン!」
「部屋に運びます。サヤ、失礼しますよ」

 咄嗟にハインを呼んだら、すぐ後ろで返事があった。
 いつの間に用意したのか、手には毛布が握られていて、それを広げ、サヤの全身を覆い隠す。
 そのまま背後に回ったかと思うと、掬い上げるようにして、横抱きに抱き抱えてしまった。
 毛布は、サヤの肌を視線から遮るためと、直接触れないようにという配慮なのだろう。気の利かない俺と違い、ハインはきちんと考えて、毛布まで用意したのだ。
 サヤの顔にさっと視線を走らせて、これは良くないとすぐに分かったようだ。ギルたちは完全に無視して、かなりの早足で進み出す。階段の方に。俺はそれを慌てて追った。
 走るような勢いで駆け上がり、部屋に向かう。扉が視界に入ると、ハインが早口で俺に言った。

「レイシール様、扉を開けて下さい!」

 足を早めて、主室の扉を開く。

「俺の寝台で良いから!    とにかく早く下ろしてやってくれ!」

 扉を二枚開ける時間が惜しい。それに、サヤの部屋に踏み込むのも躊躇われたので、俺は自分の寝台を指した。
 ハインは指示に従い、俺の寝台に向かう。俺が上掛けを剥いで、ハインがサヤを下ろすと、すぐに上掛けを掛けた。

 サヤの意識はもう無かった。その白い顔に、俺の血の気も引く。真っ白な唇……真っ白な指……冷たく冷え切っていた手をなんとかしてやりたかった。どうしよう?    温めてやりたいけど、触れたんじゃ逆効果なんだよな…誰ならいい?    どうすれば…⁉︎

「……様……レイシール様!    落ち着いて下さい。サヤを放り出して、貴方を診なければならなくなる!」

 ハインの怒鳴り声で、混乱した頭がギリギリ踏みとどまった。
 サヤを後回しにされたんじゃ困るのだ。ハインは本気でそうし兼ねない……。俺が気力を振り絞ったので、ハインの目がサヤに戻る。サヤの呼吸を確認して、仰向けのサヤを横向きに直す。

「呼吸はしてますよ。吐いてもいないなら、死ぬ事はありません。
 レイシール様はサヤについていて下さい。私は医者の手配をお願いしてきます」

 そう言って立ち上がる。
 大股で扉に向かおうとしたハインに、しかし、か細い声が制止をかけた。

「必要ないです……ちょっと、眠ってただけ……」

 その声に、ハインの足が止まる。溜息をついて振り返り「あれは気絶してたと言うんです」と、返事を返す。
 視線を向けると、青白い顔のサヤが、うっすらと目を開けていた。まだ辛そうで、唇も震えている……。医者に見てもらった方が良いのではと思うのだが、頑なに首を振った。そんなサヤに根負けして、ハインも医者の手配を諦め、寝台の横に戻ってくる。

「サヤ、ならば、どうすれば良いですか?」
「大丈夫です……暫く休めば、治りますから……」
「暫くとは、どれくらいですか」
「……」
「……とりあえず意識が戻ったことを伝えてきますから、サヤは休みなさい」

 それ以上は譲りませんからと、ハインが言う。そして俺に、サヤについているようにと念を押して、部屋を出た。
 俺が寝台の横に座り込むと、サヤが「すいませんでした……」と、か細い声で謝罪する。この子は……すまないのは、こっちの方だよ……。

「何もすまなくない。……ごめん、もっと早く、気付いてやれた……」
「そんな……レイシール様は、何も……」
「支えてすら、やれなかった……」

 右手が不自由だからと言い訳して、腕の筋肉まで鈍らせてちゃ世話ない……。
 こんな細い女の子一人支えられないなんて……怠惰もいいところだ。
 しかも狼狽えるだけで、サヤに何一つできなかったのだ……。ハインがいないと、ほんと木偶の坊だな、俺。
 そう思うと情けなくて、寝台に背を向ける。会わせる顔がない。でもサヤを見ているようにと言われたのだ。ここに居なきゃいけない……。

「レイシール様は……支えて、下さってましたよ?」

 俯いてただ落ち込むしかない俺に、サヤはそんな風に声をかける。
 どこまでも優しい。こんな状況でも、俺を慰めるために、口を開く。

「上着を掛けて、くれたし……庇ってくれたし……ルーシーさんを、傷付けないように、納得させようとしてくれたでしょう?
 悪い子じゃないんです……私に元気が無いからって、一生懸命励ましてくれました……。さっきのあれも……私を褒めてくれようと、したんだと……。みんなに褒められたら、似合わないなんて、思わなくなるって……」

 話の途中で、つと……髪が引っ張られた。
 ツンツンと、何度か刺激が続く……。サヤが髪をつついているのだと分かったので、好きなようにさせておいた。何もできなかったのだから、髪くらい提供するさ。

「……そうなんだ……」

 相槌をいれる。

「ドレスはとても、素敵でした……。けどやっぱり、私にはちょっと……」
「そうかな。似合っていたと思うけど……。でもサヤは、赤よりも……白が似合う気がするかな」

 会話の間も、髪を引っ張られる感覚は続いた。何をしているのか分からないけれど、一定の間隔で、ツンツンと、引っ張られる。
 そうしてるうちに、だんだんと気分が落ち着いてきた。
 俺が落ち着いてどうするんだってちょっと思ったけど、サヤも話して、気を紛らわせているのかもしれないと思い直す。
 暫く、そんなことを続けていると、会話が途切れ途切れになってきた。眠たくなってきたようで、話が途中ふらふらと彷徨う。そして……。

「さっきは……レイシール様が、ちょっと……カナくんみたいでした……」

 何度か聞いた名前を、口にした。

「……カナくん……?」
「……怖い人から、助けてくれた……。幼馴染……。
 ……少林寺も、カナくんが、教えてくれて……。
 家にこもる私を、カナくんが、引っ張り出すの……」

 サヤの声の調子が気になって振り返る。
 すると、眠たげなサヤが……。

「怖がるだけやあかん……逃げるから怖いんやて……」

 ツン……と、髪が引っ張られる。サヤの指に、俺の髪が絡んでいた。クルクルと、巻き付くように。

「戦こうてみれば、なんぼのもんでもないんやって……強うなれば……怖ないって……嫌われてるけど……………………優しい」

 それだけ言って、そのまま瞳が閉じて……雫がこぼれ落ちた。

 …………なんだろうな……これは。
 なんか、変な気分だ。

 サヤの指に絡まる髪を、解く気になれない……。
 カナくんっていうのは、サヤの家族じゃなかったのか……。お父さん、お母さん、おばあちゃん以外に、サヤが唯一呼んだ名前……。

「幼馴染……」

 男が怖いと言うサヤが、呼んだ、男の名前……。
 それが妙に、頭に残る。
 なんか、急に、空気が薄くなったような気がした。
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