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バート商会 5

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 朝食の後、ルーシーが呼ばれた。昨日ぶりだ。送り届けた後、怒られてそれ以来だったが、元気そうだ。
    サヤが女性だと分かってガッカリしていたかもしれないが、今はそんな素振りもない。
    やっぱりキラキラした目で俺やサヤを見ている。ハインは眼中に無いようだが。

「サヤ様……あの……昨日は本当に、ありがとうございます!」
「いえ、無事で良かったです。あとその……様は、要らないですよ?私も使用人ですし、年だって同じくらいですから……サヤと呼んでください」
「じゃあ、サヤさんで!」
「私も、ルーシーさんって呼びますね」

 ハキハキ元気なルーシーに対し、サヤはおっとりと物腰柔らかだ。薄闇で見たルーシーはギルと似ているように思わなかったが、ギルと同じく金髪に青い瞳だった。そしてサヤとは違い、豪奢な感じに美人と言える。身体の凹凸は乏しいようで、そこもサヤと対照的……いやいや、それ考えたらダメだ、変態分類だぞ俺……。

「今日はサヤの採寸をさせてくれ。
 大体の寸法じゃなくて、きっちり測りたい。だからルーシーを呼んだんだ」

 ギルがそう言って、仕事の顔をする。
 昨日も仕事の顔をしてろと言ってたわけだが、本人の本気度が違うのか、キリッと男前だ。
 大抵の女性が溜息つくような美男子ぶりなのだが……今は反応する人間がいない。

「大体じゃ駄目……って言っても、ほぼ正確だろう?ギルの目測……。衰えたのか?」
「ふっざけんなよ⁈    そんな訳あるか!    そうじゃねぇ……お前らが原因なんだよ!」

 バンっ!    と、机を叩いてギロリと睨みつけてきた。そして、低い、怒気をはらんだ声音で言うのだ。

「お前ら……サヤに男物の下着を使わせてるってのは、どういう魂胆だ⁉︎
    男装の一環とか言ったら、殴る!」
「ええっ?    魂胆も何も……ずぶ濡れだったサヤに貸せる下着が、それしか無かったんだよ」
「それならまずそうと言え!    下着は女の命だぞ!」
「……そうなの?」
「サヤに聞くな‼︎」

 ペシンと頭を叩かれる。そんなこと言ったって無いものは無かったし、知らなかったんだ……。あと服のことは覚えてたけど下着のことまで考えてなかった……考えてたらそれはそれで変態だと思うんだけど……。

「下着は服ほど大雑把にできねぇんだよ。合ってなきゃ体型を崩すんだぞ。折角のサヤの美体が……型崩れしたらお前らの所為だからな!」
「……美体って分かってらっしゃるあたりが変態ですね」

 ハインが冷静に棘を突き刺す。
 サヤは真っ赤になってブルブルしている。相当恥ずかしいようだ。

「下着は、加工に時間が掛かるんです。服は大体で合うものを探せますけど…。下着を適当にすると、身体と服に影響します。
 サヤさんは男装されて過ごすって、お聞きしました。それなら、余計服装に制約が出ます。
 体の特徴を隠す服を着るならなおのこと、まずはきっちり補強しないと!」

 ルーシーもそんな風に熱弁を振るう。女性のルーシーが言うのだからそれは大事なことなんだろう。しかし……。

「隠すのに補強?」
「お前は~……!一旦女装して勉強するかこの野郎⁉︎」
「わ、分かんないから聞いてるだけだろ⁉︎」

 席を立って、俺を捕まえようとするギルから必死で距離を取る。こいつ足も長いから一歩がでかいんだ……遠くに逃げるより机の周りを回る方が勝率が高い!

「見る奴が見れば、男の体と女の体は一目瞭然で違うんだよ!
    そこを誤魔化すんだぞ、適当なやり方でボロ出してちゃ世話ねぇんだよ!
 だからきっちり測って、それ専用の下着を用意しようって言ってんだろうがぁ、人に丸投げしてねぇで少しは自分で考えろ!」
「中途半端な俺が考えるよりきっちり詳しい専門家に任せた方が正解だろ⁈
    それこそ中途半端な結果にしかならないだろうが!」
「ギル……レイシール様は、貴方に任せれば問題無いと理解してらっしゃるんですが……自信が無いんですか?」

 ハインが冷たい視線でギルを見る。無理ならそう言えよ、他当たるから……みたいな目つきだ。
 それを見たギルが標的を俺からハインに切り替える。

「減らず口叩くなよをぃ……俺を誰だと思ってんだ……」
「バート商会のギルバート殿。
    それで、補強した上で隠すのは何故なんでしょう?」
「釣り合いを崩さねぇ為だよ。腕一本無くしても人はまっすぐ歩けなくなるんだ。
    サヤは命のやり取りする立場だろ、女ってだけで体格が不利なんだから、今の重心を崩すような服は命取りなんだよ!    しかもそのうえで性別詐称だぞ?    胸やら腰やら気にしながら戦えるか!
    あと、美しい状態を崩すのは俺が許さん!」
「だそうです、レイシール様」

 説明があったのでなんとなく意味は分かった。
 動きを制限するような下着や服装では命取りってことか。性別を隠しつつ戦うなんて風に気を散らしていたら怪我の元だから、きちんと着るもので男に見えるようにする……サヤが動きやすいようにする……。そんな意味かな。

「やっぱりギルに任せておくのが一番だろ。俺が下手な口出ししない方がいいよ。サヤのことが大切だから、ギルに任せるんだぞ。着るものに関しては、俺はギルを一番信頼してる」

 とりあえず懐柔策戦に出てみることにした。思ってることを口にするだけでいいので楽だ。

「お前なぁ……」
「補強して隠す意味はよく分かった。
 サヤの為なら依存もない。存分に測ってくれ。
 それと、俺たちの気が回らない部分をそうやって補ってくれるから、本当に助かってる……。ありがとう、ギル」
「~~~~くそっ…………お前ほんっと、いい性格してるよな……」

 若干赤い顔をして悪態を吐く。その隣でルーシーがとても嬉しそうに巻き尺を構えていた。

「じゃあ、サヤさんをお預かりしますっ!
 男性陣の前で数値を明らかにするなんてしませんから安心してくださいっ。
 じゃあ、サヤさんの部屋に行きましょうか。それとも私の部屋?    どちらでも良いですよっ!」

 満面の笑顔でサヤににじり寄る。サヤは、若干引いていた……。

 サヤがルーシーに連れていかれたので、俺たちはしばらく待機だ。
 ワドルが入れてくれたお茶をいただきながら、各々寛ぐ。
    ギルは仕事の時間だと思うのだが……今日は臨時休暇だと言った。いつも馬鹿みたいに働いているのだから、友人の来たときくらい俺も休む。だそうだ。

「ああそうだ……レイ、お前今年もマルに会いに来たんだよな?
 午後、ここに連行する予定だから、出掛けなくていいぞ」
「え?    マル、来れるのか?」
「来れねぇよ。だから連行するんだろ。いい加減陽の光に当てとかねぇとカビが生える」

 俺の結い上げられた髪を観察しながらギルが言う。
 そんなに見てて楽しいもんかな……この髪型……。

「しっかし……お前ら、本気でサヤを俺に預けろよ。サヤは従者や護衛じゃなくて、ここで才能を発揮すべきじゃねぇか?    この髪といい……配色の配分といい……」
「配色?」
「飾り紐。どうせこれしたのお前らじゃないだろ。サヤだよな」

 水色と山吹色の飾り紐を摘んでギルが言う。これの意味がなんなのかさっぱり分かってない俺たちに溜息を吐く。

「裏地……。上着の裏地と合わせてあるんだと思うぞ」
「なんで裏地……」
「お前が動くと、チラッと見えるだろ。その時の釣り合い考えたんじゃねぇの?」
「ええっ?そんな微妙なとこ……あだっ」
「馬鹿野郎。細かい部分をきっちり締めるから美しいんだよ」

 拳骨を落とされて頭をさする。
 ギルを振り返って睨むと、案外真面目な顔があって若干怯んだ。しかも至近距離。

「その髪のツヤも……お前は、灰より銀の方が似合うよ。別人みたいだ。
 髪と一緒に、いっつもなんか燻んだような表情してやがったのに、今はマシだよ。
 ハインもなぁ……お前は絶対、レイ以外の人間を受け入れないと思ってたのに……。
 サヤは一体何をしたんだ?    まさか見た目にいかれた訳じゃないだろ?」
「なにって……何もしてないと思うけど……?
 強いて言うなら……今サヤ以上に大変な状況の子はいないと思うのに、サヤは優しいから……サヤを悲しませたくないから、頑張らなきゃと、思うよ」

 俺の所為じゃない……泣きながらそう言った時のサヤを思い出すと、胸の奥をギュッと掴まれたような心地になる。
 苦しいんじゃないんだ……。だけどよく分からない……やっぱり苦しいのかな?    でも、嫌な気分じゃないんだよな……。
 俺があの時のことを思い出してると、答えを返すとは思ってなかったハインも口を開いた。

「私はレイシール様を刺しましたが、サヤは言葉で責めること一つ、しませんでしたから……。
 レイシール様を大切にしてくださるなら、私はなんだっていいので」

 奇しくも、同じ状況を思い返してたみたいだ……。
 その言葉に、俺の右手の傷に視線を落とすギル。
 中指と、薬指についた小さな傷。そして腹部にも、もう一つ傷がある。
 これはこれで、ハインの状況を考えたら仕方なかったと思うんだけど……ハインは、いまだに引きずってるんだよな……。命を差し出して消せるなら、悪魔にだって差し出す勢いだ。もしそれができても、絶対阻止するけど。

「ふーん……まあ、お前らがそんなに高く買うなら、取らないでおいてやるか……」

 別にサヤを取り上げようなんて思ってもいないだろうに、ギルがそう言って視線を逸らす。
 俺の髪を観察するのをやめて、長椅子の上にだらしない体勢で転がる。
 しばらくそうやって転がっていたのだが、ふと、思い付いたように言った。

「とりあえず、なんかあったら知らせろよ。バレるとか、狙われるとか、やばいと思ったらすぐに言え。匿うなり逃すなり、手を貸すから」
「…………うん、ありがとう……」

 ギルは、本当に俺を甘やかすよな……それで、兄みたいな顔をするんだ。
 出会った頃からずっとそう。男前な外見がどうしても際立つけど、俺はギルの内面こそ、とても男前だと思っている。
    甘やかすけど、立たせてくれる……。未熟な弟じゃなくて、一人前の男扱いして、委ねてくれるのだ。そしてそれを、さりげなく支えてくれる……。
 そんなギルが、俺はたまらなく好きだ。こいつが俺を親友と言ってくれることが、本当に嬉しい。
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