異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
28 / 1,121

片恋 2

しおりを挟む
 眠ってしまったサヤの指に、髪を絡めたまま、俺は暫くじっとしていた。
 規則正しい寝息だけが繰り返される、静かな時間……。
 頭はずっと、同じことを繰り返し考え続けていた。
 カナくんと、サヤに呼ばれる男のことだ。

 こわいひとから、たすけてくれるおさななじみ…………。

 サヤは、初めて泣いた時、その名前を口にした。
 昨日も聞いた……。そして、今日も……。
 サヤがこの世界にやってきて、まだ三日目。その毎日に、カナくんはいた……。家族でもないのに……。

「だから……なんだっていうんだ?」

 なんでそれが引っかかるんだ?    幼馴染だと言った。サヤの十六年を、一緒に過ごしてきた存在なら、サヤが大切にしててもおかしくない……。サヤの窮地を、救ってくれる存在なら……サヤが……頼れる存在なら……名前が出たって、おかしくないだろ……。

 分かっているのに、何故か納得できない。
 サヤの故郷にいる存在。それが、妙に胸をざわつかせるのだ。
 何が、こんなに重いんだ?なんでこんな……胸が痛いんだ……?

「故郷…………」

 サヤは居なくなるのだな……と、その時強く意識した。
 その途端胸のざわつきが、心臓を握りつぶすような痛みを伴ってきて……っ。

「レイシール様?」
「あ……ハイン……。
 ……サヤは眠ったよ。落ち着いたみたいだ……」

 扉からの呼びかけに、我に帰ってみると、ハインが立っていた。
 そういえば、扉は開けたままだったな……。不自然にならないように、ゆっくりと口に笑みを貼り付ける。
 ハインに悟られたくなかった。この意味不明な感情を。

「どうされたのですか?」
「ん?いや、どうもしないよ。動けないだけ。サヤの指に、俺の髪が絡んでるんだ」
「?…………なんでこんなことになってるんですか……」
「うーん……サヤが眠るまで、話をしてたんだけど……いつの間にかこうなってた」

 ツンツンと、後頭部を引っ張る感触……サヤが、俺の髪を弄んでた感触……。

「外します」
「……サヤを、起こしたくないから……そっとね」

 ハインの方を見ないでいいように、若干顔を俯ける。
 自分の表情に自信が無かったのだ。外すと言われて、嫌だと思ってしまった。笑ってられてる自信がない……。けどハインには、指に絡む髪を、見えやすくしただけに思えるように……。

「……たった三日なのに、サヤはレイシール様を、怖がらなくなりましたね」

 髪を外しながら、ハインがそう言った。

「そうかな……」
「そうでしょう。この距離に座っていて、眠ったのでしょう?指に髪を絡めて……」
「手持ち無沙汰だったんじゃない?」
「サヤの性質からして、手持ち無沙汰だったという理由で男性の髪には触れませんよ」

 ……カナくんみたいだったんじゃない?

 心の中ではそう返事を返したけれど、口には出せなかった。
「顔色はマシになりましたね」という、ハインの呟きに「よかった」と、考えないで良い言葉を返す。

「サヤはこのまま休ませましょう。
  サヤの着ていた服は、ルーシーの部屋にあるようでしたから、持ってくるよう伝えておきましたよ」
「ありがとう。それじゃあ、そっと出よう」

 物音を立てないように扉に向かい、その途中で鏡を確認する。うん、笑えてる……大丈夫だ。
 最後に眠るサヤをもう一度見てから、扉を閉めた。

「……ルーシーはどうしてた?」
「静かになってました」
「はは……サヤが、ルーシーは、励まそうとしてくれたんだと言っていたよ。
 みんなに褒めて貰えば、礼服姿が似合わないなんて、思わなくなるって……」
「……サヤは礼服が似合うかどうかで落ち込んでいたのでは、ないと思いますが……」
「ルーシーなりの、気持ちの持ち上げ方みたいだったよ。悪い子じゃないんだよ」
「傍迷惑です」

 そんな話をしながら、応接室に戻ると、ギルだけが待っていた。どうやらルーシーは、サヤの服を取りに、部屋へ向かった様子だ。
    ギルが、戻った俺に申し訳なかったと平謝りを始めるので、サヤの言っていたことを伝える。
    サヤがルーシーを心配していたから、ひどい叱責はしないでやってくれとお願いすると、ホッとした顔をした。ギルも姪が可愛くないはずがない。
     
「ルーシーがな……サヤは、レイに迷惑をかけていることに、落ち込んでいたと言っていた。
 拾ってしまったばっかりに、手を煩わせてしまっていると。
 自分のことで、気を使わせてばかりだと、言ったそうだぞ」
「え?そんなこと全然ないのに……。何か迷惑なんて、かけられたっけ?    思い浮かばないよ」

 全く身に覚えがない。そもそもサヤはやたら有能だ。ここはサヤの住む世界と全然異なると思うのだが、それでも自分のことは自分でしてしまうし……教えたことはあっという間にこなしてしまう。
 俺が本気で悩んでいると、ギルはその様子に小さく笑う。

「お前はそういうやつだよな……。
 でもサヤには……まだお前の性格は、きちんと理解されてないんじゃないか?
 お前の言動は……気を遣ってるように見えるからな……」
「そうなの⁈」
「 何でもかんでも良い方に受け取ってるだけだと解るのに俺は数年使った」
「そうですね。レイシール様は、自分のことは後ろ向きなのに、人のことはやたら前向きに捉えますから」

 二人にそう言われて愕然とする。気を遣ってないのに気を遣ってる風に見える……無駄に押し付けがましい感じの印象。最低だ……。

「ほらな。そうやって自分のことは後ろ向きなんだよ」

 俺が落ち込んだのを瞬間的に察知してギルが溜息をつく。
 そして俺の頭をワッシワッシとかき回して「優しすぎるんだよなぁ」と、しみじみ言った。

「お前はなんつーか……人に優しすぎ。んで自分の欲求には無欲すぎるんだよ。周りが笑ってりゃ自分も幸せみたいな感じだろ。
 自分がどうしたいとか、その辺が蚊帳の外になっちまってんだよなぁ」

 そう言って、もう一度俺の顔を覗き込み「サヤのことも、自分が気付くのが遅かったからだとか、思ってんだろ」と付け足した。

「あれはルーシーの暴走。責任を問うなら俺。俺の監督不行き届きってやつだ。お前の責任の部分は小指の先ほどもねぇだろ?」
「そうかな……サヤのことをきちんと説明しておけば……」
「お前、会う人間全員にサヤが無体されかけたって言いふらすのか?それの方が問題だろ。
 ああ……すまん、流石に、ルーシーには教えた。口止めもした。もうサヤに、あんな風なことはしないと約束させたから……」
「うん、ありがとう……」

 サヤの名前が出たことで、頭の隅に追いやっていた名前が、また暴走を始めた。
 カナくんは……どんな風にして、サヤを守ってたんだろうな……。俺みたいな役立たずじゃないことは確かだ。サヤが名を、口にするくらいだから……。
 どんな男なんだろう……。……ただの、幼馴染なんだろうか……。

「おい……どうした?」
「んっ?いや、どうもしないけど?なに?」
「いや……なんかお前今……疲れたのか?」
「ああ……若干精神的に疲れたかもね。サヤのこと、心配だし……」

 一瞬嫌な考えが頭をよぎったのだ。
 だけど、それは全然、俺が介入するようなことじゃなくて……なんで自分がそれに動揺しているのかも意味不明で……。だから取り繕って誤魔化した。

「マルが来るの、昼過ぎだっけ……。それまでサヤについていようかな……って、思ってたんだけど……。
 あのまま一人にしておくのはちょっと不安だし……」

 嘘は言ってない。
 心配は本当だ。カナくんを思い出してしまったサヤは、涙を零していた。泣いていた彼女を、一人にしておきたくない……。

「……そうですね。今ここでサヤが一番慣れていて、怖くないのはレイシール様でしょうし。しばらくお願いします。何かあれば交代しますよ」

 ハインがそう言ってくれたので、ほっと胸をなでおろす。
 主人の手は煩わせませんとか言って、自分が行くか、ギルに使用人を借りるかする可能性があったのだ。そうなれば、言い訳が難しい。だから、何か言い出す前に、さっさと戻っておくことにする

「ああ。じゃあまた後で」
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

処理中です...