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異母様 4
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別館を出て、厩に向かう。
手紙の配達は厩番の臨時収入なのだ。
馬で移動すれば、馬車より早い。今日中の配達はまだ可能の筈だが……。
厩番は居た。丁度良いことに、彼の息子も一緒だ。いつもこの息子が、馬に乗って手紙を届けてくれるのだ。
「すまない。昨日の今日で悪いのだけれど、これをメバックに届けて欲しい。
バート商会と、商業会館。
二件だし、ちょっと時間が厳しくて申し訳ないけれど……良いかな」
俺が来ると思ってなかった様子の厩番が、慌てて周りを見渡す。
あ、異母様たちの目につかないか、気にしてるんだな。
俺も慌てて厩の影になる部分に入り、本館から見えない位置に立った。それでようやく、話ができる状態になる。
「今日も……ですか?しかも今日中?」
「昨日、会議の日程を決める手紙を出したんだ。けど、予定が合わなくなってね。
だから急いでる。頼まれてくれるか?」
「はあ、承りました」
ありがとうとお礼を言って、懐から謝礼を出す。
渡した金貨に慌て、厩番の息子はそれを取り落としそうになる。
「ちょっ、これ……⁉︎」
「ごめん、二件分と、出産祝いだよ。息子が生まれたと聞いたから。
早く帰って会いたいだろ?その時間を減らしてしまうお詫びも含めて。頼んだよ」
本館から見えないよう気をつけながら、別館に戻る。
彼は憶えていないだろう……。昔、俺と遊んだことがあることを。
ここに来たばかりの頃、畑の中で、隠れんぼをしたのを。
お互いまだ幼くて、分別もつかなかったから仕方がない。けれど、彼はきっと、酷く怒られたのだ。それ以後、会わなかった。
ここに帰って、しばらくは気付かなかったのだが、何度か顔を合わすうちに思い出した。
だから、少し気にかけていた。幼い子供が一人でいるのを見て、きっと気に掛けてくれたのだ。なのに、酷い目に合わせてしまった。だから、出産祝いも、渡せずにいたのだが……この際だから丁度良い。
別館に帰って来ると、サヤがお盆を持って立っていた。
え?なんで外に?
「大丈夫です。本館の人は、気付いてないと思います」
「……付いて来てたの?」
「レイシール様を見ておくようにと、ハインさんに言われてました。
たまに突然、行動するからって。
厩番の方、本館を気にしてらっしゃるようだったので、音を聞いておいたんです。
特別不審な音はしませんでした」
その言葉にホッとし、更に、気を使ってくれたサヤに嬉しくなった。
俺を制止するんじゃなくて、補ってくれたことが。
「ありがとう……急に出て、悪かったね。
早馬を出せるギリギリの時間だったから、ハインを待ってられなくて」
「後でハインさんに怒られちゃいますよ?」
「まあいいよ。今日中に出さなきゃいけなかったし。ついでの用事も済ませられたし」
「ついで?」
「ん。いや……中で話すよ」
中に入り、俺の部屋に向かう。サヤはお盆を持って、後をついて来た。
行儀は悪いけど、執務机で食事をしてしまう。
その間に、退室していたサヤが、お茶を用意して、持って来てくれた。
サヤの様子をちらりと見るが、先程の、なんだか思いつめたような顔はしていない……。
また突いて悲しい顔をさせるのも嫌だったので、追求はせず、お茶を受け取った。
「さっきの厩番……あ、息子の方なんだけどね。
幼い頃、一度遊んでくれたことがあるんだよ。
きっと後で怒られたんだろうな……それきりだったんだけど、最近、子供が生まれたって。
手紙を届けてもらうついでに、祝い金を渡したかったんだ。祝い金って言うと、きっと受け取ってくれないからね」
「異母様の目が、あるからですか?」
「俺と繋がりがあると思われるのは得策じゃないんだよ。
手紙の内容も、ざっくりとだけど伝えてある。それを異母様に伝えられても、俺としては困らない。で、厩番も叱責を受けない。ややこしいやり取りだけど、ここでは必要なんだ」
俺の説明に、初めは微笑ましく微笑を浮かべて聞いていたサヤだったが、次第に顔が曇った。世話話にしては、ちょっと重い内容だもんな……。
とはいえ、貴族ではそう珍しくもないことだ。案外普通なんだよと補足を入れようとしたのだが……。
「ずっと……気になってたんですけれど……お父様は、何も仰らないんですか……」
そんな風に返されて、逆にびっくりしてしまった。
父上……?
「異母様や、兄上様が、レイシール様を快く思われていないのは……立場を考えると、仕方ないのかもしれません……納得は、出来ないですけれど……。
けれど、お父様は……それを叱責されたりしないのですか? レイシール様の味方には、なって下さらないのですか? だって……愛した女性の……ご自身の子供でしょう?」
あー……。
どうなんだろう?
その質問に返せるものがなくて、俺は沈黙してしまった。記憶の奥底にある父上は、優しくて、大らかな方だったと思う。会うときはいつも微笑んでいて、俺を膝に座らせてくれたりもした。頭を撫でてもくれた。手を繋いでくれたこともあるな……。でも……。
「……ごめん、よく、分からないんだ。十二年ほど、会ってないから」
頭を掻きながらそう返すと、サヤは目を見開いて、唖然とした顔になった。
まあ、うん……まさかだよね……。
「まず、三歳までは、母と暮していて、父上がたまに訪ねてくる感じだったみたいだ。
さすがにその頃の記憶は殆ど無い。
あれの後は……ここに呼び戻されたけど……。父上も、母も、仕事で忙しくしておられたから……あまりお会いする機会もなくてね。
で、六歳で学舎に行ってからは、ずっとここに戻らなかったし。母とは手紙でやりとりしてたけど、父上には書かなかったからなぁ……。
ここに戻った時には、もう患っておられて、別邸で療養に入られてたし……」
「一度も?十二年間、一度もなんですか?」
「うん。……ああ、仕方ないんだよ。俺は妾の子だし。数のうちには入ったけれど、それはあれのせいでだし。
それに、そもそも滅多にお会いすることがなかったから、その生活が当たり前だったし」
手紙は、あえて書かなかったのだが……それをサヤに言うのは憚られた。だってきっと、びっくりさせてしまうのだ。俺は自分から父上と接触することを許可されていない。
ここに入る時にした、誓約なのだ。
父上が、来るのは仕方がない。だが、俺から話しかけたり、近付いたりするのは許さない……と。
「そんな!でも……」
「ずっと、伏せってらっしゃると伺っている。
自分で動ける状態ではないのだから、仕方ないんだ。
俺は、別邸に入ることも許可されてないから……仕事もあるしね」
言い訳みたいになってしまった。
俺としてはそれが当たり前の生活だったのだが、サヤにとってはやはり衝撃だったのだろう。暫く俺を見つめていたけれど、みるみる瞳に涙が溢れてきて、ついには零れ出してしまった。
「あの……ごめん……嫌な話を聞かせてしまった……。その、びっくりしないでくれ、これが普通なんだよ。ここでは、そう珍しいことでもないし……あああ、泣かないでくれ、悪かった」
「も、申し訳ありません……」
「違う、責めてるんじゃないんだ!
サヤが思うほど、俺はなんとも思ってないしね?……~~っ、サヤ、座ろう。ほらこっち」
泣き止まないサヤの肩を抱いて、長椅子に座らせる。
サヤは両手で顔を覆っていて、でも指の間からは涙が零れ続けていて、腕をつたっていく雫が絶えることは無い。何がそんなに衝撃だったのか……俺のことでこんなに悲しませてしまったのかと思うと、申し訳なさでいっぱいだった。
暫く隣に座っていたのだけれど、泣き止まない……。俺が泣いていた時に、サヤがしてくれたように、背中をさすってみる。
触れてしまうと駄目かな……と、緊張したのだが、サヤはびっくりした風でもなく、抵抗もしなかったので、そのまま続けた。……そもそもさっき肩を触って長椅子まで誘導したんだった。あれも抵抗しなかったな……随分慣れたもんだ。
「サヤは、優しいな。俺のことなんかで泣くことないのに……」
「その言い方、嫌や。俺のことなんかって……なんかって、言わんといて」
あ、いけないことを言ったらしい。
サヤの怒る部分は細かい……。
「レイシールさんは、自己評価が低すぎる……。私も結構言われとったけど、私より酷いんと違うやろか……。そこがなんか、いややっ」
仕事の時間を休憩にするようだ。
サヤが訛り言葉にもどっていて、俺は少し笑ってしまった。
こういってはなんだが、訛り言葉のサヤはなんだか幼く感じて好きだ。年相応な感じがするのだ。そして、若干理不尽なことを言う。これも、なんだか気を許してくれているようで、嬉しい。
「私も、両親と一緒におれた時間は少ない……。仕事やから、仕方ないと思って……。でも、電話が通じるところやったら、話もできた……。手紙も出せる国には出したし、届いたから……まだきっと、繋がりがあった。
なのに、なんで?なんでなん?側におるのに……っ」
「んー……、貴族社会っていうのは、ややこしいんだよ。
父上と触れ合う時間は少なかったけど、記憶の父上は優しい方だったよ。
だから、俺はそれで充分だから、サヤはそんな風に泣かなくていい」
「充分やあらへん!」
「怒らないでよ。泣くと化粧がボロボロだよ。ハインが帰ったら怒られてしまう」
「化粧なんか今はどうでもええねん!」
「ふっ、ええねんって、それ面白い」
「オモロないしっ普通やから!」
なんかだんだん可笑しくなってきた。泣いてるサヤを可愛いと思ってしまう。背中を撫でてるだけじゃなんか、物足りない。慰めるにはどうすればいいんだ?
少し考えてから、引き寄せた。サヤの頭が肩に当たる。
「充分なんだよ……。サヤがそうやって、怒ったり泣いたりしてくれるのを見てると、俺は充分幸せなんだと実感できるよ。
俺の為にそうしてくれる人がいるって、とても有難いことだ。ワドの言葉じゃないけど……恵まれてるなと思う。ありがとうサヤ」
背中をポンポンと叩いて感謝の気持ちを伝えた。
すると何故だ……サヤの涙が倍増した。
嗚咽すら零すようになって、何を間違ってしまったんだと慌ててしまう。
そのまま抱きしめるようにして背中をあやすが泣き止まない。えええぇ⁈これどうすればいいんだ⁇
そうこうしてると、部屋の扉が急に開いた。
「あ、おかえり、はい……ン?」
なに……なんか凄く、怖い顔……ですよ?
今にも抜刀しそうな殺気を感じるのは気の所為では無いはず……。
「レイシール様……っ、サヤに何したんですか‼︎」
ハインの怒りの矛先が分かった。気の所為じゃなく俺だ。サヤを泣かしたのを怒ってるんだ!
「いや、誤解だよ⁉︎別にサヤが嫌がることしたとかじゃなく……」
「じゃあその手は!体勢は⁉︎
サヤが男性に触れられたくないのを忘れたとでも仰るのですか⁈」
「えええぇとぉ~、成り行きというか、なんというか……な、泣いちゃったから……」
「だから何して泣かせたんですか‼︎」
泣くサヤを離して逃げるわけにもいかず、かと言ってこのままだとハインへの言い訳も難しく、しばらく地獄絵図だった。
やっとサヤが泣き止み、誤解が解ける頃には俺もハインも相当消耗していた。
む、難しいな……女の子は。どこで涙腺が緩むか想像できない。
手紙の配達は厩番の臨時収入なのだ。
馬で移動すれば、馬車より早い。今日中の配達はまだ可能の筈だが……。
厩番は居た。丁度良いことに、彼の息子も一緒だ。いつもこの息子が、馬に乗って手紙を届けてくれるのだ。
「すまない。昨日の今日で悪いのだけれど、これをメバックに届けて欲しい。
バート商会と、商業会館。
二件だし、ちょっと時間が厳しくて申し訳ないけれど……良いかな」
俺が来ると思ってなかった様子の厩番が、慌てて周りを見渡す。
あ、異母様たちの目につかないか、気にしてるんだな。
俺も慌てて厩の影になる部分に入り、本館から見えない位置に立った。それでようやく、話ができる状態になる。
「今日も……ですか?しかも今日中?」
「昨日、会議の日程を決める手紙を出したんだ。けど、予定が合わなくなってね。
だから急いでる。頼まれてくれるか?」
「はあ、承りました」
ありがとうとお礼を言って、懐から謝礼を出す。
渡した金貨に慌て、厩番の息子はそれを取り落としそうになる。
「ちょっ、これ……⁉︎」
「ごめん、二件分と、出産祝いだよ。息子が生まれたと聞いたから。
早く帰って会いたいだろ?その時間を減らしてしまうお詫びも含めて。頼んだよ」
本館から見えないよう気をつけながら、別館に戻る。
彼は憶えていないだろう……。昔、俺と遊んだことがあることを。
ここに来たばかりの頃、畑の中で、隠れんぼをしたのを。
お互いまだ幼くて、分別もつかなかったから仕方がない。けれど、彼はきっと、酷く怒られたのだ。それ以後、会わなかった。
ここに帰って、しばらくは気付かなかったのだが、何度か顔を合わすうちに思い出した。
だから、少し気にかけていた。幼い子供が一人でいるのを見て、きっと気に掛けてくれたのだ。なのに、酷い目に合わせてしまった。だから、出産祝いも、渡せずにいたのだが……この際だから丁度良い。
別館に帰って来ると、サヤがお盆を持って立っていた。
え?なんで外に?
「大丈夫です。本館の人は、気付いてないと思います」
「……付いて来てたの?」
「レイシール様を見ておくようにと、ハインさんに言われてました。
たまに突然、行動するからって。
厩番の方、本館を気にしてらっしゃるようだったので、音を聞いておいたんです。
特別不審な音はしませんでした」
その言葉にホッとし、更に、気を使ってくれたサヤに嬉しくなった。
俺を制止するんじゃなくて、補ってくれたことが。
「ありがとう……急に出て、悪かったね。
早馬を出せるギリギリの時間だったから、ハインを待ってられなくて」
「後でハインさんに怒られちゃいますよ?」
「まあいいよ。今日中に出さなきゃいけなかったし。ついでの用事も済ませられたし」
「ついで?」
「ん。いや……中で話すよ」
中に入り、俺の部屋に向かう。サヤはお盆を持って、後をついて来た。
行儀は悪いけど、執務机で食事をしてしまう。
その間に、退室していたサヤが、お茶を用意して、持って来てくれた。
サヤの様子をちらりと見るが、先程の、なんだか思いつめたような顔はしていない……。
また突いて悲しい顔をさせるのも嫌だったので、追求はせず、お茶を受け取った。
「さっきの厩番……あ、息子の方なんだけどね。
幼い頃、一度遊んでくれたことがあるんだよ。
きっと後で怒られたんだろうな……それきりだったんだけど、最近、子供が生まれたって。
手紙を届けてもらうついでに、祝い金を渡したかったんだ。祝い金って言うと、きっと受け取ってくれないからね」
「異母様の目が、あるからですか?」
「俺と繋がりがあると思われるのは得策じゃないんだよ。
手紙の内容も、ざっくりとだけど伝えてある。それを異母様に伝えられても、俺としては困らない。で、厩番も叱責を受けない。ややこしいやり取りだけど、ここでは必要なんだ」
俺の説明に、初めは微笑ましく微笑を浮かべて聞いていたサヤだったが、次第に顔が曇った。世話話にしては、ちょっと重い内容だもんな……。
とはいえ、貴族ではそう珍しくもないことだ。案外普通なんだよと補足を入れようとしたのだが……。
「ずっと……気になってたんですけれど……お父様は、何も仰らないんですか……」
そんな風に返されて、逆にびっくりしてしまった。
父上……?
「異母様や、兄上様が、レイシール様を快く思われていないのは……立場を考えると、仕方ないのかもしれません……納得は、出来ないですけれど……。
けれど、お父様は……それを叱責されたりしないのですか? レイシール様の味方には、なって下さらないのですか? だって……愛した女性の……ご自身の子供でしょう?」
あー……。
どうなんだろう?
その質問に返せるものがなくて、俺は沈黙してしまった。記憶の奥底にある父上は、優しくて、大らかな方だったと思う。会うときはいつも微笑んでいて、俺を膝に座らせてくれたりもした。頭を撫でてもくれた。手を繋いでくれたこともあるな……。でも……。
「……ごめん、よく、分からないんだ。十二年ほど、会ってないから」
頭を掻きながらそう返すと、サヤは目を見開いて、唖然とした顔になった。
まあ、うん……まさかだよね……。
「まず、三歳までは、母と暮していて、父上がたまに訪ねてくる感じだったみたいだ。
さすがにその頃の記憶は殆ど無い。
あれの後は……ここに呼び戻されたけど……。父上も、母も、仕事で忙しくしておられたから……あまりお会いする機会もなくてね。
で、六歳で学舎に行ってからは、ずっとここに戻らなかったし。母とは手紙でやりとりしてたけど、父上には書かなかったからなぁ……。
ここに戻った時には、もう患っておられて、別邸で療養に入られてたし……」
「一度も?十二年間、一度もなんですか?」
「うん。……ああ、仕方ないんだよ。俺は妾の子だし。数のうちには入ったけれど、それはあれのせいでだし。
それに、そもそも滅多にお会いすることがなかったから、その生活が当たり前だったし」
手紙は、あえて書かなかったのだが……それをサヤに言うのは憚られた。だってきっと、びっくりさせてしまうのだ。俺は自分から父上と接触することを許可されていない。
ここに入る時にした、誓約なのだ。
父上が、来るのは仕方がない。だが、俺から話しかけたり、近付いたりするのは許さない……と。
「そんな!でも……」
「ずっと、伏せってらっしゃると伺っている。
自分で動ける状態ではないのだから、仕方ないんだ。
俺は、別邸に入ることも許可されてないから……仕事もあるしね」
言い訳みたいになってしまった。
俺としてはそれが当たり前の生活だったのだが、サヤにとってはやはり衝撃だったのだろう。暫く俺を見つめていたけれど、みるみる瞳に涙が溢れてきて、ついには零れ出してしまった。
「あの……ごめん……嫌な話を聞かせてしまった……。その、びっくりしないでくれ、これが普通なんだよ。ここでは、そう珍しいことでもないし……あああ、泣かないでくれ、悪かった」
「も、申し訳ありません……」
「違う、責めてるんじゃないんだ!
サヤが思うほど、俺はなんとも思ってないしね?……~~っ、サヤ、座ろう。ほらこっち」
泣き止まないサヤの肩を抱いて、長椅子に座らせる。
サヤは両手で顔を覆っていて、でも指の間からは涙が零れ続けていて、腕をつたっていく雫が絶えることは無い。何がそんなに衝撃だったのか……俺のことでこんなに悲しませてしまったのかと思うと、申し訳なさでいっぱいだった。
暫く隣に座っていたのだけれど、泣き止まない……。俺が泣いていた時に、サヤがしてくれたように、背中をさすってみる。
触れてしまうと駄目かな……と、緊張したのだが、サヤはびっくりした風でもなく、抵抗もしなかったので、そのまま続けた。……そもそもさっき肩を触って長椅子まで誘導したんだった。あれも抵抗しなかったな……随分慣れたもんだ。
「サヤは、優しいな。俺のことなんかで泣くことないのに……」
「その言い方、嫌や。俺のことなんかって……なんかって、言わんといて」
あ、いけないことを言ったらしい。
サヤの怒る部分は細かい……。
「レイシールさんは、自己評価が低すぎる……。私も結構言われとったけど、私より酷いんと違うやろか……。そこがなんか、いややっ」
仕事の時間を休憩にするようだ。
サヤが訛り言葉にもどっていて、俺は少し笑ってしまった。
こういってはなんだが、訛り言葉のサヤはなんだか幼く感じて好きだ。年相応な感じがするのだ。そして、若干理不尽なことを言う。これも、なんだか気を許してくれているようで、嬉しい。
「私も、両親と一緒におれた時間は少ない……。仕事やから、仕方ないと思って……。でも、電話が通じるところやったら、話もできた……。手紙も出せる国には出したし、届いたから……まだきっと、繋がりがあった。
なのに、なんで?なんでなん?側におるのに……っ」
「んー……、貴族社会っていうのは、ややこしいんだよ。
父上と触れ合う時間は少なかったけど、記憶の父上は優しい方だったよ。
だから、俺はそれで充分だから、サヤはそんな風に泣かなくていい」
「充分やあらへん!」
「怒らないでよ。泣くと化粧がボロボロだよ。ハインが帰ったら怒られてしまう」
「化粧なんか今はどうでもええねん!」
「ふっ、ええねんって、それ面白い」
「オモロないしっ普通やから!」
なんかだんだん可笑しくなってきた。泣いてるサヤを可愛いと思ってしまう。背中を撫でてるだけじゃなんか、物足りない。慰めるにはどうすればいいんだ?
少し考えてから、引き寄せた。サヤの頭が肩に当たる。
「充分なんだよ……。サヤがそうやって、怒ったり泣いたりしてくれるのを見てると、俺は充分幸せなんだと実感できるよ。
俺の為にそうしてくれる人がいるって、とても有難いことだ。ワドの言葉じゃないけど……恵まれてるなと思う。ありがとうサヤ」
背中をポンポンと叩いて感謝の気持ちを伝えた。
すると何故だ……サヤの涙が倍増した。
嗚咽すら零すようになって、何を間違ってしまったんだと慌ててしまう。
そのまま抱きしめるようにして背中をあやすが泣き止まない。えええぇ⁈これどうすればいいんだ⁇
そうこうしてると、部屋の扉が急に開いた。
「あ、おかえり、はい……ン?」
なに……なんか凄く、怖い顔……ですよ?
今にも抜刀しそうな殺気を感じるのは気の所為では無いはず……。
「レイシール様……っ、サヤに何したんですか‼︎」
ハインの怒りの矛先が分かった。気の所為じゃなく俺だ。サヤを泣かしたのを怒ってるんだ!
「いや、誤解だよ⁉︎別にサヤが嫌がることしたとかじゃなく……」
「じゃあその手は!体勢は⁉︎
サヤが男性に触れられたくないのを忘れたとでも仰るのですか⁈」
「えええぇとぉ~、成り行きというか、なんというか……な、泣いちゃったから……」
「だから何して泣かせたんですか‼︎」
泣くサヤを離して逃げるわけにもいかず、かと言ってこのままだとハインへの言い訳も難しく、しばらく地獄絵図だった。
やっとサヤが泣き止み、誤解が解ける頃には俺もハインも相当消耗していた。
む、難しいな……女の子は。どこで涙腺が緩むか想像できない。
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