異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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異母様 5

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 その夜のこと。
   母に手を引かれ歩く最中、揺すられて目を開くと、サヤが覗き込んでいた。

「ああ……ありがとう……。おかげで水に沈まず済んだよ」
「大丈夫ですか?」
「うん。歩いてるうちに起こしてくれるから……結構気分的にも助かってる」

 水の中で意識を手放すまでを見てしまうと、さすがに辛いのだ。死の瞬間を追体験させられているみたいで……。
 しかも、最後の最後に考えるのは、いつも自分をいらないのと聞く自分の記憶だ。必要とされないことを、無理矢理認識させられる。

「お水でも飲みますか」

 サヤが、水差しの水を湯飲みに注いでくれたので、礼を言ってそれを受け取る。
 一気に飲み干して、一息ついた。

「はぁ、生き返った。
 なんか文字通りな感じで」
「冗談になってません……」

 眉間にしわを寄せるサヤに、ははっと笑って俺は湯飲みを小机に置いた。
 昼の大泣きをまだ気にしているのか、サヤは敬語をやめてくれない。
 仕方がない。俺から折れるか。

「サヤ、ちょっと話をしよう。
 まだ少し、眠れそうにないんだ」

 嘘だ。サヤが起こしてくれたから、精神的な消耗も少なくそんなに辛くない。けど、サヤと話がしたかったのだ。
 俺の言葉に、サヤは逡巡してから、コクリと頷いた。そして、一旦寝室を出て、椅子を一つ持って帰ってくる。
 それを寝台横に置いたので、俺も寝台から足を下ろし、座ることにして、羽織を纏った。
 小机の蝋燭に灯を灯し、それを戻してから、サヤを見る。
 視線を俺から逸らしていて、なんか若干、頬が赤い。俺が笑うと、もう!   と、怒った。

「ごめん、笑うつもりは無かったんだ。ただなんか……サヤが十六歳らしく見えて……。河川敷の話をしてくれた時の顔より、今の方が良いなと思ったんだよ」

 俺がそう言うと、途端にサヤの顔が強張った。ああ、その顔だよ。何かに責められているような顔。

「なんでそんな、辛そうな顔をするのか……気になったんだ。
 サヤが話してくれたことは、とても素晴らしい内容だった。
 これからの氾濫対策に、きっと役立つ。サヤの言ったままをその通りするとは限らないけど。
 ……サヤは良いことをしたんだよ?誰も責めてない……」
「でも……畑の持ち主の方は……」
「畑はね、言い方は悪いけど、どうとでもなる。
 別の場所に新しい畑を与えても良いし、お金を渡すこともできる。
 代々の畑を手放すのは辛いことだけど、命より尊いものはない。
 でも……サヤが気にしてるのは、そのことだけじゃ、ないんじゃない?」

 言葉を続ける間、サヤの顔から視線は逸らさなかった。
 畑の持ち主にちゃんと報いると言っても、命より価値のあるものはないと言っても、サヤの顔は強張ったままだった。
 だから、きっと気になってるのはそれだけじゃない。

「話せないこと?    俺は、サヤに我慢して欲しくない。ハインも言ったろう?
 今サヤは、我慢してるように見える。俺は、怒るよ?」

 念を押すと、サヤがそれは嫌だと言うようにこちらを見た。
 膝の上で、握られた拳が白くなっている。
 その手に触れると、案の定冷たくなっていて……俺はその手を、自身の手で包んだ。

「なら、話して」
「……嫌です。きっとレイシールさんには……分からないです」
「そうかもね。でも、聞いてみないとやっぱり、分からないから。
 ああ、あとそれだ。そのレイシールさんっていうのも、やめようか。
 仕事以外の時は、レイって呼んで。友人は、みんなそうだから」
「……友人?」
「仕事以外だろ?なら、そうじゃない?」

 俺はサヤが好きだけれど、サヤはそうじゃないだろう。カナくんがいるし……俺は情けない部分ばかり、サヤに晒しているから。
 ならせめて、友人でありたかった。
 サヤは暫く悩んでから……「レイさん……」と、言ったから「レイ」と、訂正しておく。

「俺はサヤを呼び捨てしてるんだ。サヤだってしろよ。サヤには身分も関係ないだろ?」
「人を呼び捨てにしたことない……」
「なら、俺で慣れてくれれば良いよ。嫌ならくん付けでも良いけど……いや、それはなんか違和感あるな……やっぱり呼び捨てがいい」
「我儘や……」

 そんなやりとりをしてる間に、サヤの顔の強張りは若干取れて、手も少し、温まった。
 そして、溜息を吐いてから「れい」と、呼んでくれた。

「なに?」
「……呼んだだけやのに……。もうええ。レイは、我儘さんやね」
「そうだよ。俺は俺の周りが笑ってないのが嫌だからね」
「……話さんと、手も離してくれへんのん?」
「この前はサヤがそうしたろ。仕返しだよ」

 そこでやっとサヤの顔が少しだけ笑う。
 俺はそのまま待った。サヤが話すのを。

「……怖いなて、思ってん」

 サヤの口が、やっと言葉を紡ぐ。

「私が言うたこと、ちゃんと合うてるやろか……役に立つんやろか……そう思うたら、怖ぁなって……しもうたの。
 私の国にも水害はあって、毎年のように、どこかで氾濫が起こる。せやから、私の言うたものが、絶対ではないやろ?自然災害は……人の手には余る」
「うん。そうだね」
「せやけど、このままよりはマシやて、思った……。土のままより土嚢の方が有効なはずやて。
 けど……私は、自分で作ってみたことがない……実物を、見たことすらない……。人に聞いたり、テレビで見たり、ただ知識として、知っとるだけや……。確信が、持てへんのに……教えてええんやろか……って」

 俺の知らない言葉がいくつか混ざっていたけれど、言いたいことの意味は伝わった。
 だから、握る手に力を込める。言っていい。そのまま続けて良いんだ。

「もし、失敗してもたら?    全然あかんくて、川が溢れてしもたら?    私……どないしたらええんやろ……。
   もしかしたら、誰か死ぬかもしいひんのに……村の人たちはみんな良い人で……助けたい、力になりたいって、思った。せやけど、私の言うたことが、間違うてて、それで失敗してしもたら……っ」
「サヤの所為じゃない」

 サヤの手が、小刻みに震え出したので、俺は言葉を遮って、サヤを引き寄せた。
 背中に手を回し、抱きしめる。
 そんなことだろうと、思っていた。サヤは優しいから、全部自分の肩に乗せるつもりでいたのだ。

「決めるのはサヤじゃない。俺だからね。
 サヤの意見を聞きはした。有効かどうかを判断して、決めるのは俺だよ。
 だから結果は、サヤの所為じゃない」

 力を込めて、サヤを抱きしめる。
 嫌がったら、止める気でいたけれど、サヤは拒まなかった。
 だからそのまま、背中をポンポンと叩く。
 十六歳の女の子に……そんなもの背負わすわけないじゃないか。
   たまたまここに引っ張り込まれてしまっただけの、異界の少女。普通は、自分のあずかり知らない世界のことなんて、気にする必要ないのだ。安全な場所で、ただ帰る日を待っていることもできる……。
   なのに、この子は、自分できちんと立つだけでなく、周りまで、支えようとする。
 なんて素晴らしい子なんだろう。そして、そんな姿にたまらなく惹かれた。
 カナくんが羨ましい……サヤと同じ世界に生まれた彼が……。サヤの気持ちを、持っている彼が……。

「ありがとうサヤ。あとは、俺の仕事だ。サヤの教えてくれたことを、ちゃんと活かすように考えるよ。無駄にしない。だから……サヤもそれを、手伝ってくれると、嬉しい」
「……レイって…………」
「ん?」
「な、何も言うてないっ。
 ……も、もう大丈夫やし……その……」
「ああ、そうか」

 背中に回していた手を離す。
 少し名残惜しい感じがしたけれど、そこはぐっと堪える。変態になっては駄目だ。
 若干乱れた夜着と羽織を、サッと直しつつ、サヤがこちらを気にする素振りを見せたので、俺はあらぬ方向に顔を向けておいた。見られたくないのだと思ったのだ。
 暫くそうしていて、もう大丈夫かなと思ったので、視線を戻す。
 少し、赤くなった顔のサヤが、俯き気味に「おおきに」と言った。

「……前から気になってたんだけど……オオキニって……お礼で合ってる?
 何となくそんな場面で使うなとは思ってたんだけど、確信持てなくてさ」

 俺がそう聞くと、赤くなってた顔がぽかんと、口の空いた間抜けな顔になった。

「知らんまま聞き流しとったん⁈」
「いや……だって聞けないような時にばっかり言うから。
 サヤの訛りは特殊なんだよ。不思議な言葉や呪文が多すぎて、疑問だらけでさ。気にしてる間に他の言葉に移るんだ」
「まだ他にも⁈」
「沢山ありすぎます。デンワとか、テレビとか、カンニンとか、なんかもっと長いのも沢山あるだろ」
「そこは訛りと違う。単語。物の名前。訛りはかんにんだけやで?」
「ええっ」

 もう!    と、サヤが怒った顔になって、それから笑った。
 暫くクスクスと笑ってから、ふんわりと……またアミ神みたいな優しい笑みを浮かべる。

「レイは……気ぃ使いやね」

 そう言うのだ。

「まただ。俺は別に気を使ってるわけじゃ……!」
「ええの。本人には分からへんことや」

 そう言って俺の手を握る。……え?

「寝なさい」

 ……そう来たか…………。

「もう結構、夜更かししてしもたから……。
 おおきに。ありがとう……レイ」

 ふんわり優しい笑顔のままで、サヤがそう言う。囁くように。

「分かったよ……ちゃんと寝れるから。子供みたいに手は握らなくていい」

 恥ずかしくなってしまってそう言って、布団に潜る。
 その俺にサヤは「おやすみ」と声をかけてから蝋燭を吹き消し、寝室を出て行った。その後パタンと、部屋の扉が閉まる音が微かに聞こえる。
 サヤが部屋に帰り着いたであろう時間を待って、それから口を押さえた。

 ううぅ……可愛いなんてもんじゃない……。

 言葉にしてしまうと聞こえてしまいそうなので、頭の中だけで唸る。
 力になりたいと言ってくれて、俺のために泣いてくれて、村の為に一生懸命になってくれる。
    汗まみれ、泥まみれで村人と一緒に作業し、自分のことのように彼らを心配してくれる……。
    時間の問題だった……どう足掻いても、きっと好きになってた……。サヤは美しい娘だと思う。だけど……見た目じゃなくて、気持ちがそうだと思うのだ。
 おかしいな……社交会で、美しく着飾った女性は沢山見てる。踊りだって一緒に踊るのに……惹かれる人はいなかった。まあ、貴族に興味なかったから……でも、そういうならサヤだって、ここの世界の人間じゃない……そもそもはじめから、そんな目で見るつもりなんて無かったはずなのに……。
 駄目だ……考えたらどんどん好きになりそう……いやもう取り返し付かない感じだけど……。
 サヤのことを考えながら、そのうち眠ってしまったのだが……朝方、ひどい悪夢で飛び起きた。

 波紋の広がる鏡の向こうで、サヤが誰かと手を繋いでいるのだ。
 嬉しそうに微笑んで……寄り添うように佇む二人。
 何か楽しそうに話していて、そのうちこちらに気づいて……ひらひらと、手を振った。

「…………もう、無理かも……」

 こんな平和な、幸せそうな夢を悪夢と感じたなんて……。
 俺は末期だ。
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