異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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マルクス 4

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 サンドイッチの親戚みたいなものが、机の上に準備されていた。
 サンドイッチは麺麭パンを積み上げていくが、これは麺麭を割って、中に具材を詰め込んでいる。

「腸詰めが挟まっているのが、ホットドックです。
 果物と乳脂にゅうしを泡立てたものが入っているのは、フルーツサンド。本来は、サンドイッチにするのですけれど、今回は手に持ちやすいのを優先したので、この形にしました。
 ホットドックの方には、このケチャップをお好みで付けて、手で持って召し上がって下さい。フルーツサンドはそのままで大丈夫です」

 サヤの説明を受けて、それぞれが好みのものに手を伸ばす。
 俺はどれにしようかと考えて、肉類はやめておくことにした。まだそんなに、腹が空いている感じがしなかったのだ。
 麺麭に乳脂と果物ってのも……なんか凄い取り合わせなんだけど……美味いのかな……本当に?
 怖いもの見たさというか、誰も手を伸ばしていないので、俺はそれに手を伸ばす。

「うわぁ……レイ様それなんですか……」
「ん?    だって……誰も取ってないから……」
「乳脂に果物って、合うのか?    美味いのか?」
「いや、俺も食べたことないからさ。とりあえず試してみようかと」

 マルとギルの反応はいまいちな、フルーツサンドというのを手に、俺はまず、それを観察してみた。
 甜瓜てんか(メロン)……だよなこれ……。あとこれは?    甘夏かな。淡い緑色と黄色の取り合わせは綺麗だと思う。
 ただ、それが乳脂と一緒に麺麭に突っ込まれているというのが、なんとも異様なだけで。
 乳脂は、乳を放置しておくと上に浮かんでくる上澄みのようなものだ。牛酪バターなんかになるんだったと思うが……なんでこんな、ふわふわしてるんだろうな。
 あまり力を入れて持つと、はみ出てきそうだったが、サヤが「端から食べてみて下さい」と、とても期待に満ちた顔で言うので、やっぱり止めようかなとも言い出せない。
 俺は意を決して、かぶりついてみた。
 ………………おお⁉︎

「いや、これ……美味いよ。かなり」
「マジか⁉︎」
「うん。サヤ、これは菓子なんだな?」
「うーん……菓子と食事の中間というか……中途半端な食べ物なんですよ」

 乳脂はふんわりと不思議な食感になっていて、さらに甘い。溶けかけているように見えるが、なんとかふんわりを保ってるな。そこに、果物の甘味と酸味が調和しているのだ。なんとも不思議な感じだが、菓子だと思えば抵抗は無い。
 俺の反応に嬉しそうに頬を紅潮させて、サヤもフルーツサンドに手を伸ばした。
 ぱくりと噛み付いて、とろんとした顔をする。……⁉︎
 サヤの表情が見たことないもので、なんというかこう……びっくりしてしまった。
 俺が唖然としてるのに気付いたのか、サヤが慌てて、普段の顔を取り繕う。
 しかし、やっぱりダメだというように、ふにゃりと笑った。

「京都には、これのとても美味しいお店があって……祖母が大好きでした。
 私も好きなんです。だけど……生クリームって、なかなか日持ちしないでしょう?夏場は特に。しかも暑さで溶けてしまうから……。
 だから、ここで、この季節に作れるとは思ってなくて……嬉しいなあって」

 そう言って、また一口ぱくりと食べる。
 俺は咄嗟に、サヤから視線を外した。や、やばい……。ものすっごく、可愛いと思ってしまったのだ、さっきのとろんとした顔を。ふにゃりとした笑顔を。
 今までこんな表情したことなかった。なんで?    なんで今⁉︎

「サヤ、この乳脂はどうやってこうなったんだ?    なんでこんな、ふわふわしてる?」
「乳脂を冷やしながら、ひたすらかき混ぜるんです。コツは、空気を含ませるようにすることですかね。泡立て器があれば早いのですけど、なかったので、肉叉フォークでひたすら頑張りました。
 井戸水がとても冷たかったから、これならって思って…出来て良かったです。
 持ち上げたらとんがるくらいまで泡立てたら、蜜をさっくり混ぜ合わせます。あまり掻き回すとフワフワがつぶれてしまうから、さっと全体に混ざる程度です」

 ギルの質問に、サヤが丁寧に答えている。ギルの興味は乳脂にいっているようで、サヤの顔に見惚れたりはしていない。マルは、あ、これ美味しい~などと、独り言を言いながら、ケチャップがたっぷりのホットドックを口にしている。
 ドギマギしてるのは俺だけの様で、ハインは我関せずといった様子で、全部を一つずつ食べていくつもりの様だ。フルーツサンドも自身の皿に一つ確保していた。
 俺は胸を押さえ、自分に言い聞かせる。
 落ち着け。どうやら俺の過剰反応だぞ。誰もサヤの表情を気にしてない。
 これはサヤの好物なんだ。そりゃ、あんな表情になるさ。

「サヤ、このケチャップというのは……」
「はい、トマト……赤茄子?を使って作る調味料です。帰ったら教えますね」
「是非」

 ハインがサヤに、新しい調味料の作り方を所望して、サヤはそれににこやかに答えた。
 その辺でやっと、俺は心を落ち着けることに成功する。
 ふう……とにかく食べよう。せっかく美味しいんだし。

「マルさん、集中されている時は、食事を取るのも嫌だと伺ったんですけど、これなら片手で持って食べれます。お仕事の合間でも、食べられるんじゃないでしょうか」
「あ、そういえばそうだね。でも食べるの自体が面倒くさいんだよ。咀嚼音とか邪魔だし」

 若干、眉間にしわを寄せてマルがそう言った。咀嚼音って……そんな細かいことまで気に障ってしまうのか……。本当なら水や塩を取るのも面倒だと思ってそうだな……。
 そんなマルに、サヤは食の大切さを解こうとしているようだ。

「でも、食べたほうが、もっと沢山のことが考えられますよ。
 良かったら、食事が面倒な時は、甘いものを食べるようにして下さい。脳の栄養は糖分なので、甘いものを食べる方が効率良いですし、頭がよく働くんです」
「え。本当に?」

 あ、食いついた。

「ええ。あとこれです。水と塩……に、砂糖を加えた水です。
 糖分が、塩分と水分の吸収を早めてくれるんです。そして頭の栄養になります。
 えっと、塩三に対し、水百くらいの割合で溶かして、糖分はお好みです。飲みやすいと思える味にして下さい。更に柑橘類の果汁を加えるのも良いです」

 ただの水だと思っていたものも違ったらしい。
 口に含んでみると、ほんのり甘い……。特別美味というわけでもないが、飲みやすいとは思う。

「うわぁ、惜しげもなく沢山教えてくれるんだね。いいの?そんな前払いして」
「良いんです。マルさんと私たち、一蓮托生でしょう?
 水害対策では、私の代わりをしてもらうんです。これくらい前払いでもなんでもないです。
 じゃあ、土嚢どのうの話をしましょうか。どんな風にして使うか、説明します」

 そしてサヤは、土嚢の作り方から、使い方についての説明を始めたのだが……これがまた、とんでもなかった。
 麻袋に土を入れるというだけのことだと思っていたのだが、袋はまず、ひっくり返すらしい。
 袋の中に土を八割の割合で詰め、袋の口を縛る。余った袋の端を巻き込むように内側に折り、もう一度紐で巻いて、括る。

「これが土嚢の作り方です。
 ややこしいと思うでしょうけれど、一つ一つ意味がちゃんとあります。
 袋を裏返すことで、縫い目から土がこぼれたり、割けるのを防ぎ、口を二重に縛ることで、袋が開いて土がこぼれることを防ぎます。
 土の量を八割で抑えるのも、大きさを揃えるのも、きちんと意味があるんですよ」

 ギルが用意してくれた紙に、サヤは土嚢の作り方の手順を図で記してくれた。それを隣の俺に渡してくれたので、確認してからまた隣……ハインに回す。

「積み方にもコツがあるんです。袋の口の部分を織り込むようにして置き、次の袋はそれに少し重なるようにして、同じく口の部分は織り込んで置きます。これを繰り返します。
 隣に土嚢を積む場合は、同じ場所に、袋と袋の隙間がこないよう、位置をずらします。
 そうすることで、水が漏れる隙間を作らないようにするんです。
 ある程度積み上げたらスコップ……スコップじゃ通じないんでしょうか……あの、匙の大きなものは、なんと呼べば良いのでしょう?」
「円匙の事でしょうか…?」
「円匙!ありがとうございます。円匙で積んだ土嚢を叩いて、端を平して余計な出っ張りを整えていくと、より強度が上がるそうです」
「……説明は分かったが…やってみた方が良くないか。
 頭で理解してる通りできるか、どんな形にすれば良いか、サヤに見て確認してもらう方がいい」

 ギルの提案で、一同は一旦裏庭に移動しようとなった。
 ギルがワドに指示を出すと、彼が一礼して先に退室する。
 俺たちは残っていたお茶や食べ物を口に押し込んで、外に向かった。

 裏庭では、ワドの指示で円匙数本と、麻袋が用意されていた。
 庭の端の方に行き、邪魔にならない場所で土嚢作りを体験してみる。
 率先して円匙を手に取るサヤに、俺は慌てた。

「サヤ、今日は力仕事をするな!」
「え…、土を掘って詰めるくらい、大丈夫です」
「お前なぁ……これだけ男の頭数揃ってんだから、大人しく座っとけ。
 それに、明日の会議の為にも、主要参加者の俺たちがしとくべきなの。
 お前は、明日寝てろと言われたくないなら、今日は大人しくしてろ」
「……はい……」

 俺とギルに叱られ、しゅんとなってしまう。
 少し可愛そうな気もしたが、今日は駄目だ。傷が癒合するまでは。
 ギルがサヤの持っていた円匙を手に取り、俺は麻袋を裏向きにひっくり返す。
 ハインは、どういうわけか、表向きのまま土を詰め始めている。

「サヤの言う方法と、こちらとでどう違うのか、検証してみましょう」

 そう言われ、ああ、そうかと納得した。
 そうやって、数個の土嚢をそれぞれが作る。
 出来上がったものを、適当に積むのと、サヤの言う方法で詰む。それを円匙で叩いて整えると、そこには歴然と差が出た。

「……なんというか…………違うものですね……」

 ハインが唸る。
 まず、袋をひっくり返さず土を詰めたものは、案外土を零した。裂けてしまいそうにも見える。どうやら、ひっくり返すことで縫い目が塞がり、そこに土が入って抑えられる様だ。これなら明らかに強度が変わるだろう。
 次に積み方だ。
 口を織り込み下にする形で並べ、それを少しずつ重ねていった……サヤの言う通り作った方は、とても形が整っていた。それを円匙で叩いて平すと、隙間の少ない、壁になった。
 適当に積んだ方は、まっすぐ整えることもままならない。向きもバラバラだからか、やたらとでこぼこしている。すぐに崩れてしまいそうだな。

「こういった、出っ張る場所には、周りより水圧が掛かります。
 その結果破れたり流されたりします。そうすると……」
「うん、ここが無くなったぶん、周りに影響が及ぶのか。大きさと向きを揃える意味はよく分かった。見るからに、サヤの言う様にする方が、強いのは分かる」
「サヤは、土嚢は本物を見たこともなければ、作ったこともないって聞いたんだが……お前、知ってるじゃねぇか。やっとことあるんだろ?」
「いえ、無いですよ。映像で見たし、図解を見た……というか、調べたことがあるんです」
 想像しにくいと思うんですけど……私の世界には、今この瞬間のやりとりを、記録にとるという技術があるんです。
 ……専用の機材が必要ですが」
「…………え……っと……どういうことだ?」
「録画といいます。この瞬間をすごい速さで描いて行き、それを連ねた様なものですね。
 どこかで誰かがやったことを、別の場所で、改めて見る技術があるんですよ。それがあると、同じ状況を、別の場所で、何度だって再現できます。ペラペラ漫画って通じるんでしょうか?少しずつ違う絵をコマ送りでめくると動くんですけど……」

 俺とギルは腕を組んで唸る。ハインは顎に手を当てて、眉間のシワを深くした。
 全然分からないのだ。想像すらできない。だがマルはへー!と、感心している。……分かってるのか?
 そんな俺たちの様子に苦笑しつつ、サヤはふと、遠くを見る目をした。

「私の国では……近年、雨量が大きく変化して、水害が増えました。
 京都でも、川が氾濫することがありまして。その折に、災害時、自分たちでできることは何かを調べるって授業が行われたんです。
 私たちの組は、土嚢について調べました。だから、詳しいんです。
 このやり方は、ネットで……えっと……どう説明したらいいでしょうね……すごく沢山の情報が詰め込まれている、図書館みたいなものが身近にあって、そこで調べたら、自衛隊……日本の軍隊が、行なっている方法っていうので見つけたんです。
 私の国の軍隊は、戦争はしませんって約束をしているので、もっぱら災害時の救助や支援が主な活動内容でして。その辺の経験値は高いと思うのですね。
 他の国からも、出来栄えがすごいって、感心されたそうですよ」

 戦争しないと約束している軍隊……。また何か意味のわからないことを言っているけど、サヤの国だし、な。そんな風に納得できるようになって来た気がする……。
 そして、国が行なっている方法というなら、それが有効とされているということだと思う。

「マル、手紙で聞いてた件……土嚢と、土を盛るのとでどう強度が違うか検証して欲しいってお願いした件だけど……」
「はいはい。でも、僕の検証無駄になりましたよ。それでも聞きます?」

 え?無駄になった?

「ええ。僕は土を詰めた麻袋と、土を固めたものを検証しましたけどね、サヤくんの言う方法で土を詰めたんじゃないんで。
 こっちの方が強度はより上がると思いますけどねぇ」

 そう言って、積んだ土嚢を手で叩く。
 パンパンと、力強く叩いていたが、土嚢はビクともしない。まあそりゃそうか。そんなのでどうにかなるようでは困る。
 マルは、その土嚢の上によいしょと座って、こちらに向き直る。

「これね、強度は列と、幅と、高さで格段に変わってきますよ。
 強くしようと思えば、たくさん積めば良いんですよ。
 ただ、注意点としては、きっちり綺麗に積むこと、台形の形を維持することですか。
 きっちり積む理由は、さっきサヤくんが言ってた通りだし、台形の形を維持するのは、下が細くなると上がぐらつくよねっていう、単純な理由ですよ。高くしようと思えば、より正確に、綺麗に積まなければ、後にいくほど形が保てなくなります。結構技術が必要ですね。
 これで川を補強していくというなら、そこらへんで適当な人足をかき集める。というのは、あまり良くないかもしれないですねぇ。
 袋を裏返す。八割がた土を入れる。口を縛って、余った端を織り込んでもう一度縛る。
 手順が多いでしょう?積み方にもコツがあるわけですしね。それを忠実にやってくれる人間を集めなければ、計画倒れになる可能性もありますよねぇ」

 マルに言われ、俺は口を噤んだ。
 確かに……こうしろと指示するのは簡単だ。だが、それを確実に行なって貰えるか……。
 俺たちは、サヤに袋を裏返す理由を聞けたけれど、現場で全員にそれを周知できるか、分からない。日々人も入れ替わるに違いないしな……。

「日雇いを雇うのは難しいですか……なら、どこなら良いと思うのです?」
「どこっつってもな……今まで土嚢を、誰も扱ったことねぇだろ?」
「適材適所だと思いますよぅ?土を袋に放り込むだけなら、日雇いで充分でしょう。
 一つ、心当たりがあります。交渉してみましょうかねぇ」

 マルがそんな風に言い、にへらと笑った。
 どうやら、何か考えがあるようだ。
 膨大な情報を扱うマルなので、土嚢がどこで必要とされるか、目星がつくのかもしれない。

「僕が発案者、そして責任者でいいんでしょう?
 なら、任せてくれます?後は、サヤくんと情報の共有をさせて下さい。それで、明日までに形を整えますよ。
 いやぁ、楽しそうだなぁ~。水害対策にがぜん興味が湧きましたね。後は、僕が日差しに耐えられるかどうかって部分ですねぇ」

 そう言われ、ハッとする。
 そ、そうだった……。マル、現場に立てるのか?ただでさえ虚弱なのに……下手したら、それこそ干物になってしまいかねないんじゃ……⁉︎

「お、おい……無理じゃねぇか?」
「そうですね……他を当たり直す方が無難な気がします」
「えええぇぇ、僕やる気になってるのに!」

 学舎に居た頃のようなやりとりを始めた三人に、俺は何故か、胸がつまった。
 なんだろう……。おかしいな……。
 もう、ずっと前に手放したと思ってたものが、失ったと思ってたものが、今目の前にあるように見える。
 三人を眺め、佇む俺のところに、サヤが歩いて来た。
 俺の様子を心配したのか、顔を覗き込んでくるので、なんでもないよと答える。
 苦しいんじゃないんだ。少し戸惑っているだけ。

「あの、マルさんが体調を崩さないでいられるよう、私も何か、考えます!
 だから、気を落とさないで下さい。大丈夫、きっとちゃんと、出来ますよ!」

 拳を握ってそう力強く言うサヤに、俺は顔が緩むのを止められなかった。
 サヤが、横にいる……。前と一緒じゃないな、そう思ったのだ。

「うん……。そうだね」
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