異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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閑話 家業

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「これはこれで面倒臭いんだね……」

 椅子に座るサヤの頭はがっちりと包帯を巻かれたような状態だ。
 黒髪を頭に巻きつけるようにしてしまい込み、入れてある。

「そりゃあそうですよ。坊主頭でもない限り、この作業は必須です。
 でないと、髪の毛が溢れてしまうし、鬘もきちんと頭に添いません。
 ちなみに、レイシール様くらい長いと、無理です。かつらの中に髪がしまえません」

 ルーシーが、そう言いつつ、櫛で梳いて整え終えた鬘をサヤの頭に被せる。
 サヤの鬘を整えるために呼ばれたのだ。
 なんだかサヤのことで呼び出されてばかりで、申し訳ないのだが、本人はとても嬉しそうにやって来たので、文句は無いのだろう……。
 この子は、こういった着飾るに該当すること全般が得意であるようだ。しかも相当幅広い。
 服飾の仕事とはどこかズレているような気もするが……今はルーシーの存在が有難かった。
 本来なら、それ専用に人を呼ぶ必要がある。そうすれば、サヤを知る人が増えてしまうわけで、サヤが黒髪なことも、それを隠していることも知られてしまう。得策ではないのだ。

「じゃ、後は任せた。俺はちょっと、続きをしてくる。
 ハイン、付き合え。サヤがいれば護衛はいいだろ?
 マル、お前もな。明日の段取り、こっちでも先に詰めとくぞ」
「分かりました。ではレイシール様、暫く外します」
「うん、任せる。マルも、よろしくお願いするね」
「はいはい、行ってきます」

 サヤの身支度に気兼ねしたのか、それとも言葉通り、明日の準備の一環なのか……三人が応接室を退室していく。
 俺も出た方が良かったんじゃないだろうか……?そう思ったけれど、残されたのだから、仕方がない。サヤ一人にするのもなと思うし……。もしくは、朝のことがあるから、俺にも休憩をと、考えたのかもしれない。
 とりあえず、言葉に甘えることにして、サヤの状況を見守るに徹する。

 紫紺の髪となったサヤは、見慣れない所為か違和感があった。
 やっぱり、黒髪なサヤが美しいと思う。内心そんなことを考えるが、口にはしない。
 鬘の位置を確認し終えたルーシーが、前髪はどうしましょうかとサヤに聞く。

「眉をできるだけ隠す長さにしたいです。
 化粧で誤魔化す部分は、少ない方が良いし、誤魔化した上でも隠した方が良いですよね」
「そう思います。じゃあ、目と、眉の間で切りましょうか。
 暫くじっとしてて下さいね」

 櫛で髪を整え、慎重に前髪に鋏を入れる。
 ある程度切ってから、今度は均等かを確認しながら少しずつ調整する。
 サヤの身体に巻かれた白い布に、紫紺の髪片が散らばる。
 程なくして整ったようだ。
 そうしてから、今度は前髪以外の部分の長さを整える。こちらも胸の上辺りできっちりと揃えられた。
 手際がいい。揃えられたその鬘は、鬘だと思わない程綺麗に納まった。
 髪型としては、いつものサヤと大差ない。前髪ができ、後ろ髪が多少短くなり、色が紫紺となった。

「はい、終わりました。
 明日は、念の為髪を下ろしたままにして、髪飾りをつける程度にしましょう。
 それで大丈夫だと思います」
「ありがとうございます。
 いつも手を煩わせて……ごめんなさいね、ルーシーさん」
「煩ってないわ。サヤさんのお手伝いなら、大歓迎だもの」

 サヤに巻いていた布を片付けながら、ルーシーは朗らかにそう答える。
 しかし、そのあと少し、沈んだ顔をした。
 俺とサヤは顔を見合わせる。ルーシーらしくない表情だったのだ。一瞬だったけど、二人がそう気付いたのだから、気の所為じゃない。

「ルーシー?」

 俺が声を掛けると「はい、なんですか?」と、いつもの明るい笑顔が帰ってくる。
 俺は、そのルーシーをじっと見つめた。

「えっ?    な、なんですか?    私、何か粗相をしてしまいましたか?」
「違うよ。何か、気に掛かることがあるのかと思ったんだ。
 ルーシーらしくない感じだったよ」
「え?    ええ?    そ、そうですか?」

 パタパタと顔を叩き、笑って誤魔化す。
 しかし、俺とサヤが真剣な顔を崩さなかったので、誤魔化せないと悟ったようだ。口を噤む。
 暫く逡巡してから、えへへと、また笑った。

「えっと、……なんでもないんですよ。私の個人的なことですから」
「個人的なことを零すルーシーじゃないのは知ってるよ。
 それでも俺たちに見えてしまったってことは、それくらい深刻なんじゃないのか?
 相談くらいは、のるよ」
「ええっ、き、貴族のレイシール様が相談役⁉︎」
「俺が駄目ならサヤがするよ」

「いえっ!    レイシール様がダメというわけではっ⁉︎」と、ルーシーが慌てて取り繕うが、俺としては断られさえしなければなんだって良いのだ。
 いつもお世話になりっぱなしのルーシーが、困ったままでいるのは嫌だ。きっとサヤも同じ考えなのだと思う。俺の横でこくこくと首を縦に振っている。
 ルーシーは、暫くの間言い淀んでいたのだが、サヤがずっと見つめるものだから、だんだん顔を俯けた。
 俺は、とりあえずその場を離れ、長椅子に移動する。多分、サヤと二人が良いだろうと思ったのだ。
 暫く黙っていたルーシーだったが、サヤがルーシーの手を取り、両手で包み込むと、観念したようだ。ポツポツと話し出す。

「本当を言うとね、実家ではあまり良い顔をされないの。
 私はバート商会の後継だしね。
 服のことに、もっと一生懸命になれって、お父様に言われて……ここに、半分家出みたいにして、出て来たの。
 服のことは好きよ?家業にも誇りを持ってる。でも……その他のことも、大好きなの。
 だから、ここでヤサさんに、私の特技を必要としてもらえたのは、とっても嬉しい」

 はにかんだ笑顔でそう言うルーシー。
 けれど、また暫くすると表情が曇った。サヤは、ただ黙って、話を聞いている。

「十八歳になったらね……。辞めなきゃいけないの……。叔父様が、お父様と交渉してくれて……十八までは此処に居て良いって。叔父様の言うことをちゃんと聞くならって。
 ……私、もう少ししたら、十七歳になっちゃう。
 叔父様は、無理矢理好きなことを辞めさせようとはしない。俺も好きなことを好きなようにしてきたからって、言ってくれた。でも十八歳になったら……一旦帰って、ちゃんとお父様と話し合えって……。
 分かってるの。家業は大切。沢山の人が、うちの家業で食べていってるし、何代も続いてるのに、私の勝手で辞めるなんてできないし、辞めたくない。
 でも……好きなの。お化粧とか、装飾品とか、全部ひっくるめて好きなの。着飾ることが楽しいの。なのに、服だけにしなきゃいけない……」

 天真爛漫といった風なルーシーにも、大きな悩みがあったんだな……。
 話を耳にしながら、俺は二人の成り行きを見守ることしかできない。
 そして、俺じゃ相談には乗れなかったなと、考えていた。
 俺は、夢を諦めた人間だから……。初めから持たないことを選ぶ人間だから……。
 ルーシーみたいに苦しむのが辛くて、逃げてしまったから。
 サヤは、そんなルーシーの話がひと段落すると、にっこり笑った。

「私の国には、ルーシーさんがしているようなお仕事がありますよ。
 パーソナルスタイリストって、言います。
 服、装飾、髪型、化粧までを総合的に提案するお仕事です。
 その人に似合う綺麗を探す仕事だから、服に詳しいだけじゃいけない……沢山の知識を必要とする、難しい仕事です」
「そうなんだ……。でも……いいなぁ~、とっても楽しそう」

 サヤの話に、ルーシーが目を輝かせる。悲しそうな、眉の下がったままの、苦笑に近い笑顔であったけれど。
 俺はふと思った。ルーシーは、二百年先のフェルドナレンでは、当たり前の夢を描いているのではと。
 もっとこの国が発展していけば、ルーシーの夢は、叶わないものではなくなるのかもしれない。
 俺がそんなことを考えている間も、二人の会話は続く。

「ルーシーさんの特技は、服飾のお仕事に、とても役立ちます。だって、服だけ整えたって綺麗じゃないでしょう?
 今は理解してもらえないかもしれないけど、そのままのルーシーさんを、貫いたら良いと思います。
 そのうちきっと、ルーシーさんの特技が必要とされる時が来ます。
 例えば……私がいたみたいに」
「でも……あと一年と少ししか無いわ……」
「違います。まだ、一年以上あるんですよ」

 サヤが、キュッとルーシーの手を握り締めたのが分かった。
 サヤの雰囲気が変わった。そう思った。真剣な表情だ。凛々しい、騎士のようなサヤになる。

「ルーシーさん、ギルさんは、お父様と話し合うようにって仰ったんでしょう?
 それは、好きなことを諦めなさいとは、違うと思います。
 ルーシーさんがどれくらい真剣で、ルーシーさんの特技が、どんな風に服飾に活かせるかを見つけ出して、直談判してこいって意味だと思います」

 サヤの言葉に、ルーシーが呆気にとられた顔をする。
 俺もびっくりした。つい、二人をガン見してしまう。
 そんな俺たちの様子を気にも止めず、凛々しい顔でサヤの話は続く。

「昨日、商業広場に連れて行って下さった時に、分かりました。
 ギルさんは、今の行動が先に与える影響を、考えて動いてらっしゃるんだなって。
 飾り紐のお店で、店員さんに苦言を呈してらっしゃいました。
 はじめは、値切り交渉なのかなって思ったんですけど、きっと違うんです。
 希望する値段で売るために、必要なことがあるって、伝えてらっしゃったんです。
 だから、次に伺った、装飾品のお店では、言い値でそのまま、買い物をされました。
 そのお店は、商品を大切に扱っていたから、言うままの値段の価値があると、認めてらっしゃったんだと、思います」

 サヤの観察眼にも驚く。
 ただ買い物をしたってだけで、そんなことまで考えたの?
 だけど……確かにギルは、そんな所がある。世話好きというか……常に前に進もうとする姿勢をやめない。自分だけじゃなく、周りも引っ張り上げようとするのだ。

「だから、ギルさんがルーシーさんの好きにさせているのは、好きなことを諦めるまでの時間つぶしじゃありません。
 きっと、ルーシーさんが私と関われるようにして下さってるのも、それを考えてのことなんだと、思います。
 ルーシーさんが、家業と、大好きなことを、両立できる道を見つける時間を、与えて下さってるんですよ」

 ルーシーの呆然とした顔が、だんだんと紅潮してきた。瞳が潤む。
 ギルが、どれほど自分のことを大切に思ってくれているか、分かったのだろう。

「ギルさんって、かっこいいですよね。
 そういった心配りを、悟らせないように、影に徹するところなんか、特に。
 ルーシーさんの、自慢の叔父様だけのことはあります」
「ふふっ、褒めすぎだと思う。だらしない所もいっぱいあるのに」

 そう言いつつも、ルーシーは嬉しそうに笑った。
 ギルが何を思って自分をここに置いてくれているか、理解したのだと思う。
 そして、そんなギルの心配りを無駄にするほど、ルーシーは大人しくないと思うのだ。

「うん……。まだ、一年以上あるのよね……。
 サヤさんありがとう。私、好きなことと仕事の両立?考えてみる。
 さしあたって、明日。サヤさんの準備のお手伝いを頑張ることにする」
「はい、よろしくお願いします」

 二人で楽しそうに笑い合う。良かった。ルーシーが元気になれて。
 俺も、見習わなきゃな……と、そう思う。
 諦めることを選んできたけれど……間違っていたかもしれない。
 目の前の道は一つしかないのだと、そう思っていたから。
 でも……もし、違ったなら……他の方法があるのだとしたら……。それを見つけ出していたなら、俺は、もっと違う俺になれていたのかな……。
 サヤと一緒に歩めたなら、そんな道も、見つけられるのかもしれない……そうなれたら、いいのに、な。
 だけど、それは望んではいけないことだ。こればかりは、ダメなんだ。
 それが、ちょっと……辛かった。
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