異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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初顔合わせ 2

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「まあ、神の考えなんて、分かるわけもありませんから、置いときましょう。
 それよりも、質の落ちてしまう人足の有効利用をどうするかですね。
 サヤくんに任せた測量用の器の話も、聞きたいものです」

 そんな風に、話は切り替えられ、俺たちは頭を付き合わせて人足をどう使うかの話し合いを始めた。程なくしてサヤが戻ってくる。
 ギルが指差した通りの従者服は良い出来だった。別段、中が見えもしなければ、恥ずかしがる要素も無い様だ。
 薄い灰色の上下は、裾や縁が白で縁取られていて、地味な色ながら爽やかさがあり、問題の短衣は水色、腰帯は群青色と、涼しそうな色合いだ。髪を高く結わえた飾り紐も、白と群青色を使っていたから、統一感もある。
「よく似合ってるよ」と、声を掛けると、若干頬を赤らめはしたものの「ありがとうございます」と微笑みを浮かべた。うん。可愛い。
    しかし、俺の右隣に来た時、肩の開きから、赤く、くっきりとした筋が見えてドキリとする。例の、刃物傷だ……。

「あ、ちゃんと、くっついてますから、もう大丈夫です。
 鍛錬も再開しているのですけれど、痛みもありませんよ」

 俺の視線に気付いたサヤが、あっけらかんとそう答える。和かなその顔には、なんの翳りもないのだが、それだけに赤い筋が……しっかりと刻まれたそれが、痛々しい。
 俺は先に帰ってしまうので、傷の経過はギルの所の女中に頼んできていたのだが、包帯が取れたことは喜ばしい。けれど、それ故無理をすると思うと、気分が塞ぐ。

「うん……。でも、無理はしないでくれ。……刃物相手の鍛錬も……程々にね」

 視線を逸らしてげんなりしているギルの顔からして、それも多分、行われているのだ。
 俺がそう言うと、サヤはキリリとした表情になる。

「大丈夫です。備えておくための鍛錬ですから。
 無理や無茶はしていません、安心してください」

 女性の身で、刃物を相手に素手で戦う鍛錬が無茶じゃないなら、いったい何が無茶なのか……。
 そう言いたいのは山々だったけれど、最終的にサヤの身を守るための鍛錬なのだと、自分に呪文の様に言い聞かせた。

 俺が剣を持つことができるなら、こんな危険なことはさせずに済むのにな……と、思う。
 自分の身が自分で守れないから、周りに迷惑を掛けてしまうのだ。

「はいはい、じゃあ、サヤくんも戻りましたし、レイ様の身繕いをしつつ、作戦会議といきますか。
 質が低下したとはいえ、やることは変わりません。
 レイ様と僕は基本姫役ですね。ハインとサヤくんに鬼役をお願いしようと思います。
 ハインはもう、素で良いですよ。特に何も考えなくっても鬼にしか見えませんし。サヤくんは鬼役って、何をすることか分かります?」

 首を横に降るサヤ。サヤの国に姫鬼は無いらしい。姫鬼の説明をしたら、私の国では飴と鞭で表現されてますねとのこと。あるにはあるんだね。
 そんな話をしながらでも、俺の髪は梳かれ、綺麗に結い上げられていく。

「警察でよく使う手法だって聞いたことがあります。一人が優しくする役で、一人が厳しくする役。そうすると、優しくする方に気持ちを許しやすくなるんですよね?」
「うん。まあ、大まかにはそんな感じ。細かくは色々あるんだけどね。
 サヤくんには武力行使担当でお願いしたいんだ」

 そう言ったマルに一瞬頭がついていかなかった。

「ちょっ!   武力行使担当ってそれっ」

 急に俺が動いたせいで、髪が引っ張られる。まだ括り終えていなかったらしい。慌てて謝罪し、座り直す。そんな俺に、マルは指でバツを作って苦言を呈す。

「駄目ですよレイ様。危ないとか、却下。これ、サヤくんの男装補強にも重要なんです。
 この世界の不文律として、女性は武術を嗜まないんですよ。
 ちょっと実力を見せるだけで、男だと思い込んでもらえるのなら、安いものでしょう?
 それとね、男装のサヤくんは子供なんです。貴族の従者とはいえ、侮られる可能性は高い。この面々の中では一番危険度が高いんですよ。
 まあ、僕も侮られる可能性高いですけど、僕には立場がありますし、基本土建組合の方達と行動を共にする予定なんで問題無いんですが、サヤくんは単独行動が増えます。賄い担当の女性たちを守ってもらう必要もありますから、強さを強調しておく方が良いんですよ」

 サヤは工事の間、賄い製作をする村の女性陣を指揮してもらう予定だ。
 今回賄いには、サヤの世界の料理を多く取り入れている。まず美味だし、滋養が高い。なによりサンドイッチなど、食器を必要としない食事を多く取り入れる予定なのだ。
 現場で手に持って食べられる食事を利用して、作業効率を上げる計画を立てている。
 初日の昼食は調理に手間の掛からないホットドッグを予定していた。ケチャップの作り方はハインがもう覚えていたので、今日だけハインが賄い製作を担当する予定だったのだ。

「畏まりました。村の女性陣を守るのだと思えば、なんのことはありません」
「今日の賄い作りから、サヤにお願いします。助かりました、レイシール様を執務室に監禁する必要がなくなりますから」

 護衛となるハインがいない時間は、執務室に監禁される予定だった俺もホッとした。
 護衛なしでウロウロさせてもらえないのだ。身を守れないってほんと不便だと思う。
 それにしても……サヤの男装補強の為に、武術を嗜む姿を見せる……か。確かにな。武術を嗜んでいると聞いて、女性だと疑う者はまずいないだろう。そして、サヤを侮って無体なことをされるよりは、サヤの強さを先に鼓舞しておく方が良いのも納得できた。
 今回、初の試みがとても多い。
 土嚢を使うこと自体もそうだが、村の女性を雇い入れたのも初めてなのだ。
 いままでは肉体労働が主だったので、村の男性を雇うことしかなかった。そして、川沿いの畑を数枚潰すため、畑を手放すこととなる村人を優先に、雇うことが決まっていた。
 畑を失う者たちには、新たな畑を別場所に得るか、金銭を受け取るか、選ぶように伝えてある。すぐに決められるものではないだろうから、前半の工事が終わる頃までに、考えてもらうことになっていた。
 あまりに沢山のことが、今から始まる。
 そう思うと胃の腑辺りがキリリとするのだが、それが俺の仕事であるのだから、覚悟を決めるしかない。

「まあ、初めてなんですから、やってみないと分からない事だらけです。
 とりあえず進めちゃいましょう。雨季に入る頃には、何かしら結果が出てますよ。
 少々問題があった所で、修正すれば済む話なんですから」

 軽くそう言うマルに苦笑しつつ、そうだねと答えておく。
 そうしてから、土嚢用の土の量を測る、器についてサヤに聞こうとしていたら、サヤがピリリと緊張したのが分かった。
 ぴたりと、一同が口を閉ざす。
 どうしたのかとサヤを見ると、真剣な顔。そして、次の瞬間サヤが消えた。
 ガチャリと執務室の扉が開かれ、あれ?   この展開さっきも……!

「さ……」
「うわっ⁉︎」

 声を掛けるのが遅すぎた。
 ルカの驚愕した悲鳴。慌てて立ち上がると、部屋の入り口に、ルカを床に叩き付け、腕の関節を固めたサヤがいた。うわわわわ!

「サヤ!   ルカだから!   大丈夫だから手を離してくれ!」
「え…?    はっ⁉︎    も、申し訳ありません!」
「サヤは正しく動きました。何も申し訳なくありません。ルカの自業自得です」

 ハインが淡々とサヤを擁護し、ルカがイテテと唸りながら立ち上がる。
 間近でサヤを見下ろし、ふと動きを止めたものだから、慌てた。
 し、しまった!    ルカは会議の時、サヤに見惚れてたんだ。間近でサヤを見たら、気付いてしまったかも……!

「うわっ、ガキじゃん!   何こいつ、べらぼうに強え!   今日まで見たこと無かったぞ?」

 ………気付いて、ないな。
 ホッと胸をなでおろす俺とは対照的に、ギルは懊悩していた。

「…………ルカ……お前、今死んだ自覚、あるか?」
「あ?    生きてんよ。ギルの旦那じゃん。久しぶり。……ああっ、さっきの馬車あんたか!」
「それは今いい!
 お前今日までここで何学んでた⁉︎    貴族の生活圏で訪い無しに扉開くと普通死ぬんだぞ⁉︎」

 場の空気が一気に弛緩した。
 ルカの頭を掴んで激怒するギルだが、ルカは頓着してない。ほんと肝が太いな……。
 煩そうに聞き流し、サヤを見て、おもむろに手を伸ばしたと思ったら、サヤの頭をポンポンと叩いた。

「悪ぃ。仕事さしちまったんだな。つい忘れんだよ、扉叩くの。
 俺はルカってんだ。土建組合のモンだから、怪しくねぇ。宜しくな。にしても黒いなぁ。その髪色も初めて見た。すげぇ!」

 サヤに触れた……ということは、もう、疑うべくもなく男だと思い込んでるな。

「気楽に自己紹介してんなよこの野郎!」
「もうその話聞き飽きたんだよ」

 聞き飽きるほど聞いてるのに扉を叩くことが身につかないルカ……。
 俺は若干、精神面を抉られつつ、サヤを手招きして呼んだ。バレてないみたいだから良いか。サヤを紹介しておこう。

「ルカ、この子はサヤ。俺の従者だよ。今日までメバックで移送手続きをしてくれてたんだ。
 見ての通りまだ幼いのだけど、仕事熱心な良い子なんだよ。
 今日からは顔を合わせる機会も多いと思う。あまり手を、煩わせないでやってくれ」
「申し訳ありませんでした!」
「いや、良いって。俺が悪りぃのは分かってっからよ」
「なら憶えろよ……」

 歯軋りするギルに「忘れちまったもんは今更どうにもならねぇよ」とルカ。
 俺は右隣に戻って来たサヤと、苦笑して顔を見合わせた。
 とにかくルカには、貴族社会と関わっていく練習をしてもらおう。今後の為に。でないとどこかで死ぬ。結構すぐに。
 俺が決意を新たにしていると、ルカはそんなことどこ吹く風で、自分が来た要件を話し出す。

「人足全員到着したぞ。集会場に集めてんだけどよ、……あれ、どうしたんだ?   えらいガラが悪いぞ」
「ああ、やっぱりそっちもありましたかぁ。
 いえね、どうも……誰かによる何がしかの思惑が紛れ込んでしまったみたいなんですよぅ。
 どちらにしても、集まった面々を使っていくしかありません。日にちも余裕がありませんしね」

 答えたマルに、ルカの片眉が上がる。
 腕を組んで、少々人の悪い笑みを浮かべた。

「ふーん。じゃあよぅ、少しくらい手荒にしても問題無ぇか?   舐められたんじゃ仕事にならねぇんだよ。
 ちょっと腹に据えかねる態度の奴がいてよぅ、けどあんたらに聞いてからのさねぇとと思って、確認に来たんだ」
「構いませんよ。やり易いようにやって下さい。現場はあなた方にお願いするんですし」
「いやあ、助かる。了解了解。それだけ確認したかっただけだから、シメに戻るわ」

 ウキウキと機嫌良く帰ろうとするので呼び止める。

「えーと、ルカ。怪我をさせないようにだけ、お願いする。
 あと、もう少ししたら、一度挨拶に行くから。しばらく集会所で待っていてくれ」
「……え?   挨拶……誰が?」
「俺だよね?   当然……。責任者だし……」
「ないないない!   普通、貴族の人来ねぇからな!
 それに、責任者っつったって、あんな連中の前にあんたみたいな顔の奴立たせたら、襲われんぞ!」

 ギルが腹を抱えて笑い出した……。
 本当にこいつ……遠慮しないな……思ったことそのまま口にしてるが如く。

 仏頂面になった俺に、サヤがあわあわと気を使う。レイシール様は、お綺麗ですからと言ってくれる訳だが、それ、何の慰めにもなっていないからね……。

「良いんじゃないですか?挨拶。サヤくんが実力を示す絶好の機会かと思いますよぅ。
 襲ってもらいましょう。で、投げ捨てて頂きましょう。いやぁ、さっき凄かったですからねぇ!   もう一回あのキレの良い投げ技を見たいです、僕」
「そうですね。一度きっちりと死ぬ目にあって、恐怖を身に刻み込んで頂く方が、始終警戒せず済みそうです」

 ハインも真顔でそう言って、腰の剣を確認する。
 挨拶に行くなんて、言わなきゃよかったかなと、ちょっと思ってしまった……。
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