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初顔合わせ 3
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村の集会場は、外れにある丘の上だ。氾濫が起きた時、村人が避難して来る場所なので、結構な人数が収容できる大きなものとなっている。
大部屋と、それを取り巻く小部屋が六部屋。小部屋のうちの一つは貯蔵庫、一つは調理場になっており、このふた部屋は外からしか入れない。
集会場から少し離れて不浄場があり、その側に井戸もあった。この辺の作りは大体どこも似たようなものか。
大部屋の中には人相の悪い人間が多かった。
なんというか……人生を半分踏み外してしまっているような、強面たちだ。
俺がサヤを伴って入室した途端、場がざわめいて、あまり気持ちよろしくない視線が集まったので、咄嗟にサヤを背中に回す。
その視線をサヤに向けられたらたまらない。
かわりにハインが前に立った。こちらも心得たものである。
いつもの眼力で周りを睨め付けると、いくばくかの視線は外れ、かわりに殺気めいた視線がハインに向かうが、彼は頓着しない。
「さて、お待たせしましたね。
今日の午後から作業を始めて頂くのですが、まずは責任者から、集まって頂けた皆さんに、挨拶をさせて頂きたく、伺いました」
マルがにこやかに話し出す。
彼も大抵のことに動じたりはしないのだ。
そんなマルの口上の最中も周りはざわめき、口笛が吹かれたり、別嬪な姉ちゃんだとか、お近づきになりてぇなだとか、もう少し、卑猥な言葉などが囁かれるので、サヤの体調が崩れやしないかとヒヤヒヤする。あまりにそんな雰囲気が続くので、俺は黙っておくのを止めることにした。
ハインの肩をポンと叩き、下がらせる。一歩前に出て、にっこりと満面の笑顔を作っておいてから口を開いた。
「男だよ。姉ちゃんでなくて申し訳ないな。
領主が二子、レイシール・ハツェン・セイバーン。責任者だ」
あえてはっきり貴族だと主張しておく。
慌てて頭を下げる者が幾人か見受けられた。だが頓着しない者が多い。ふうん、やはり、あまりまともでない素性の者が多いのだろうな。
頭を下げたのは、街人や、貴族と関わることの多い地域出身の者なのだと思う。
旅人の中にも、それを理解している者はいるだろうが、首部を垂れる程の礼儀を示すのは、最低限の教育がある証拠だ。基本、放浪の民にその様なものはない。下町のゴロツキ、孤児なども、その手の礼儀は身についていないだろうな。
態度を改めた者、そうでない者、マルはそれを見渡している。記憶していっているのだろう。
この場の一挙手一投足も、マルにとっては情報なのだ。
「話を聞く気になってもらえたか?
では、総指揮を任せるマルクス、現場を担当してもらう土建組合ルカを、紹介させてもらう。
この二人の指示は私の責任の元出されたものだと肝に命じてほしい。
今回の工事は、自然災害に立ち向かう初の試みだ。民の為にも失敗は許されない。
皆、そのつもりで仕事に励んでくれ。
皆が誇りを持って仕事が出来る様、こちらも配慮する心算だ」
そこまで伝えてから、面を上げて構わないと伝えると、ホッとしたように、首部を垂れていた者たちは姿勢を正す。
だが、若干緩んだ場の雰囲気の中、ひときわ体格が良く、人相の悪い人足が、口を開いたお陰で更に空気が淀んだ。
「配慮ねぇ……。こんな辺鄙な村でこんだけ綺麗なお貴族様がいらっしゃるんだ。さぞ器量好しの女中を連れてんだろ?お裾分けしてもらいてぇなぁ」
舐めるように見られカチンときた。
こういった言動が、サヤを苦しめるのだ……。
「あいにく、気楽に貸し出すような女中は雇っておらぬ。
言っておくが、この村の女性全般においても、無理無体を働くことは許さぬよ。
万が一、そのようなことをしたのなら、それ相応の対処をさせてもらう。
私は、強者が弱者に無理強いする、ありとあらゆる事が、嫌いだ」
「あんたも身分を振りかざしてんじゃないんですかい?」
「極力、そうせずに済むよう、願っているよ」
男を睨みすえて言うと、男は歪んだ顔で笑った。
と、マルが気の抜けたような、いつもの和やかな声で話しに割って入る。
「水髪、紫眼。警告一です。あと二回の警告で解雇しますね。
我々は、極力全員を期間いっぱい雇うつもりでおりますが、特に同僚、村人、組合員等に、無体を働けば、その限りではありません。その場合は警告ではなく、即解雇です」
「へぇ……つまりあんたらは含まれねぇんだな」
「出来るならばどうぞ。
レイシール様はお優しいので、いきなり斬って捨てるような真似はなさいませんからご安心を。
ただ、警告数を稼ぐことにはなりますので、あしからず」
「ほぅ……じゃあ、その減らず口を今すぐ塞ぎな!」
男が動く。だがマルはにこやかな顔を崩さなかった。笑顔のまま直立不動。しかし、マルに男の手がかかる前に、影が割って入る。
そこから先は、早すぎて分からなかった。かろうじて見えたのは、俺の横を掠める様にして前に出たサヤの黒髪が、跳ねるように靡いたことと、体を回す様にして体を捌いたこと。その次には、男の足が天井側に跳ね上がっていた。
ダン‼︎
と、床に叩きつけられる音。
「ぅガッ」
呻き声。
男は床に落とされ、うつ伏せのまま、腕を背中に回されていた。
手を軽く握られているだけであるのに、全く動けない様だ。痛いのか、低く呻きながら脂汗をかいている。
その男の背に片膝をつき、サヤは凪いだ表情ながら、怒気を滲ませていた。
「レイシール様は、お怒りになりませんでしたが……私はそれ程心が広くありません。
レイシール様や、女性を侮辱する様な言動は控えて下さい。
人が、人を勝手にして良い道理など、何処にもありませんよ」
うっ、と、呻いた男の顔が青くなる。
視界の端にサヤが見えるのだろう。彼女は今、敢えて怒気を解放している。
「良いよサヤ。それくらいにしておいてくれ」
俺が声を掛けるのを待っているのだと思ったので、やんわりとそう伝えた。
すると、嘘の様に怒りを霧散させ、男の手を離し立ち上がる。
相当な激痛だった様だが、サヤが腕を話した途端、それは無くなった様だ。固められていた腕をさする男が不思議そうな顔をする。
「仕事に差し支える様な怪我をさせたりはしない。
これで警告二だ。もう一度機会はあるが、出来るならば控えてもらいたい。
君も、この村に来た大切な戦力だ」
出来るだけ、威圧感が無い様、そう声を掛ける。
俺の横にサヤが戻り、ポンとその肩を叩いて労った。
「君は旅人かな。セイバーンの……この氾濫はね、長年続く災厄なのだよ。
昔はそうでなかったそうなのだけどね……いつの頃からか、氾濫が繰り返される様になった。
その度に村人達の財は失われ、時には命も奪われる。
対策は繰り返されて来たよ。今までに、何度も試行錯誤したんだ。だが上手くいかなかった」
座り込む男の前に来て、俺もしゃがみこむ。視線を合わせるために。
たじろぐ男が身を仰け反らせるが、視線はそらさなかった。
「長らく、良い方法が見出せないまま、無いよりはマシなやり方を、繰り返して来たんだ。
だが今回、やっと、それを覆せるかもしれない。
繰り返された災厄を、食い止めるかもしれない英雄の一人が、君だ」
サヤに捻られた腕を取る。
「大切な身体を、しょうもない使い方しないで欲しいな。
何もしないうちから帰るなんて、もったいないだろう?
まずは、仕事をこなしてみてくれ。どういった形で報いるかは、すぐに分かるから」
握手する様に手を握ってから離した。
立ち上がって、サヤの隣に戻る。
心配そうな、不満そうなサヤの顔に苦笑して、頭をポンポンと叩くと、首をすくめて小さく笑った。機嫌は直してくれたらしい。
「私からの話は以上だ。
まず昼までは休憩して、英気を養ってくれれば良い。昼食の後から作業を開始してもらう。
注意事項等は、今からマルクスが説明するから、心して聞いてくれ」
そこで視線をやると、サヤはそっと下がった。賄い作りに向かったのだ。
代わりにハインが、俺の横に移動し、剣の柄に手を掛ける。
お願いだから、鞘から抜かないでくれよと視線で訴えると、不満げな顔をした。
今、作業出来ないような怪我はさせないって言ったの、聞いただろ?そんな顔しないでくれ。
サヤの脅しが効いたのが、それ以後不満を声高に述べる者や、挑発してくるような者は現れなかった。
一通りの話が終わり、五十人を、十人ずつ五班に分けることを伝え、マルの指示のもと、五組に分けられる。
年齢や体格を考慮して、戦力が均等になるよう振り分けられ、班ごとの名簿がその場で作られた。
マルは、名前と顔をすでに全員一致させたようだ。こんな時、本当に頭が良いんだよなぁと、感心する。俺たちにはそんな芸当出来ないので、名簿には名前と年齢、髪色、眼色、身体的特徴が記された。髪色、眼色は個性が出る。結構被らないものなのだ。
部屋の隅に用意された椅子に座って、班ごとの名簿を確認していると、開け放たれていた集会場の扉から、ひょこりとサヤが顔を出す。
そうしてから、こほんと一つ咳払いをし、声を張り上げた。
「昼食の準備が整いました。外へどうぞ」
え?外……?
想定していなかったことに、ハインと顔を見合わせた。
とりあえず状況を確認しようと、先に外に出る。すると、村人たちが集まる中、そこら中に敷物が敷かれ、大皿や鍋に盛られた食料が並んでいた。
ホットドッグと、ケチャップを入れてあるだろう壺を中心に、唐揚げや、 コロッケ、揚げ芋や肉団子といった、サヤが伝授した品や、その他が並んでいる。こっ……これは⁉︎
「あ、あの……村の女性方が、張り切ってらっしゃいまして……。
その、賄いとは別に、歓迎の意思を示したいと、料理を持参していらっしゃったのです。
なのでその……無駄にするのももったいないですし……全員で、楽しく食事をすれば良いかと、宴会風にしてみました」
「……成る程……」
そ、そうか。道理で多種多様……。手に取って食べられそうなもので統一されているのが救いだな……。
呆然としていると、俺の後に続いて出たルカが、歓声を上げたのでハッとする。
そ、そうだ。見てても仕方がない。食べよう。うん。
「好きな敷物に移動してくれ!
靴を脱いで上がってくれれば、座る順番も場所も自由で構わない!」
サヤに促され、一応護衛しやすい様にと、背後が木立となっている場所に座った。
ルカは一番中心の、積み上げられた食品の側に陣取る。土建組合の面々も、ルカに続いて好きな場所に移動し、村人らも続いた。
呆気にとられて見送っているのみの人足達に、村の女性方が声を掛け、手を引いて敷物に誘導する。
皆がそれぞれ座ったのを見計らって、俺は率先し、行動することにした。
多分、俺が食べないと始まらないんだよな……宴会。
「では、まず腹ごしらえだ!」
サヤが手渡してくれたホットドッグにかぶりつく。
「いただきぃー!」
ルカが唐揚げを摘んで口に放り込み、村の男性がケチャップをたっぷりとかけたホットドックを人足達に手渡していき、宴会が始まった。
初めはガチガチだった人足達だが、食事を口にする度に雰囲気が和む。
この村は横の繋がりが強い。氾濫が起きれば一蓮托生、助け合って来た村だからこそなのだが、お陰で人が優しいのだ。この前の収穫や脱穀で、皆で力を合わせての作業というものに、前向きな気持ちを持てているのだと思う。それがこんな形として表現されたのだろう。
「ありがとう、サヤ。機転を利かせてくれて。
良かったみたいだよ。良い雰囲気だ」
横に控えるサヤにそう、声を掛けると、はにかみ頬を赤らめた。
う……。そういう、可愛い顔は……性別がバレそうだから、控えてほしい……。
周りに視線をやるが、サヤの表情よりも食事に視線が行っていた。よかった……これなら大丈夫か。
「程よい所で離れよう。俺たちが紛れていると、あまり楽しめないだろうから。
この雰囲気なら、村の人達に酷いことをしそうな人も、いなさそうだしな」
こんな形で歓迎されたら、酷いことしにくいよな……。そう思うと笑えた。
さっきの男も、バツの悪そうな顔で、ユミルに手渡されたコロッケを食んでいる。
「ルカ、仕事は食事が終わって、人心地ついてからだ。
明日からが本番だから、今日は下準備だけで良いからね」
「ああ、マルから聞いてんよ、任せとけ。
しっかし、美味いなこの村の食いもん!明日からも頼みてぇよ」
「あれ……君らも賄いがつくと、言っていなかったか。
サヤが戻ったからね。三食用意するから、そのつもりでいてくれ」
歓声を上げた土建組合の面々に手を振って、席を立つ。
食料を詰め込んだ籠を一つ抱えたサヤと、ハインが後に続いた。留守番のギルのぶんと、俺たちの残りの食事だろう。ひらひらと手を振るマルは残る様子だ。
うん。どうしようかと思ってたけど、結構いい雰囲気になって良かった。
別館に戻る道すがら、やっぱりサヤは凄いなぁと、そんな風に考えていた。
後ろ向きな思考はいつの間にか振り払われて、心地よい気分だったのだ。
大部屋と、それを取り巻く小部屋が六部屋。小部屋のうちの一つは貯蔵庫、一つは調理場になっており、このふた部屋は外からしか入れない。
集会場から少し離れて不浄場があり、その側に井戸もあった。この辺の作りは大体どこも似たようなものか。
大部屋の中には人相の悪い人間が多かった。
なんというか……人生を半分踏み外してしまっているような、強面たちだ。
俺がサヤを伴って入室した途端、場がざわめいて、あまり気持ちよろしくない視線が集まったので、咄嗟にサヤを背中に回す。
その視線をサヤに向けられたらたまらない。
かわりにハインが前に立った。こちらも心得たものである。
いつもの眼力で周りを睨め付けると、いくばくかの視線は外れ、かわりに殺気めいた視線がハインに向かうが、彼は頓着しない。
「さて、お待たせしましたね。
今日の午後から作業を始めて頂くのですが、まずは責任者から、集まって頂けた皆さんに、挨拶をさせて頂きたく、伺いました」
マルがにこやかに話し出す。
彼も大抵のことに動じたりはしないのだ。
そんなマルの口上の最中も周りはざわめき、口笛が吹かれたり、別嬪な姉ちゃんだとか、お近づきになりてぇなだとか、もう少し、卑猥な言葉などが囁かれるので、サヤの体調が崩れやしないかとヒヤヒヤする。あまりにそんな雰囲気が続くので、俺は黙っておくのを止めることにした。
ハインの肩をポンと叩き、下がらせる。一歩前に出て、にっこりと満面の笑顔を作っておいてから口を開いた。
「男だよ。姉ちゃんでなくて申し訳ないな。
領主が二子、レイシール・ハツェン・セイバーン。責任者だ」
あえてはっきり貴族だと主張しておく。
慌てて頭を下げる者が幾人か見受けられた。だが頓着しない者が多い。ふうん、やはり、あまりまともでない素性の者が多いのだろうな。
頭を下げたのは、街人や、貴族と関わることの多い地域出身の者なのだと思う。
旅人の中にも、それを理解している者はいるだろうが、首部を垂れる程の礼儀を示すのは、最低限の教育がある証拠だ。基本、放浪の民にその様なものはない。下町のゴロツキ、孤児なども、その手の礼儀は身についていないだろうな。
態度を改めた者、そうでない者、マルはそれを見渡している。記憶していっているのだろう。
この場の一挙手一投足も、マルにとっては情報なのだ。
「話を聞く気になってもらえたか?
では、総指揮を任せるマルクス、現場を担当してもらう土建組合ルカを、紹介させてもらう。
この二人の指示は私の責任の元出されたものだと肝に命じてほしい。
今回の工事は、自然災害に立ち向かう初の試みだ。民の為にも失敗は許されない。
皆、そのつもりで仕事に励んでくれ。
皆が誇りを持って仕事が出来る様、こちらも配慮する心算だ」
そこまで伝えてから、面を上げて構わないと伝えると、ホッとしたように、首部を垂れていた者たちは姿勢を正す。
だが、若干緩んだ場の雰囲気の中、ひときわ体格が良く、人相の悪い人足が、口を開いたお陰で更に空気が淀んだ。
「配慮ねぇ……。こんな辺鄙な村でこんだけ綺麗なお貴族様がいらっしゃるんだ。さぞ器量好しの女中を連れてんだろ?お裾分けしてもらいてぇなぁ」
舐めるように見られカチンときた。
こういった言動が、サヤを苦しめるのだ……。
「あいにく、気楽に貸し出すような女中は雇っておらぬ。
言っておくが、この村の女性全般においても、無理無体を働くことは許さぬよ。
万が一、そのようなことをしたのなら、それ相応の対処をさせてもらう。
私は、強者が弱者に無理強いする、ありとあらゆる事が、嫌いだ」
「あんたも身分を振りかざしてんじゃないんですかい?」
「極力、そうせずに済むよう、願っているよ」
男を睨みすえて言うと、男は歪んだ顔で笑った。
と、マルが気の抜けたような、いつもの和やかな声で話しに割って入る。
「水髪、紫眼。警告一です。あと二回の警告で解雇しますね。
我々は、極力全員を期間いっぱい雇うつもりでおりますが、特に同僚、村人、組合員等に、無体を働けば、その限りではありません。その場合は警告ではなく、即解雇です」
「へぇ……つまりあんたらは含まれねぇんだな」
「出来るならばどうぞ。
レイシール様はお優しいので、いきなり斬って捨てるような真似はなさいませんからご安心を。
ただ、警告数を稼ぐことにはなりますので、あしからず」
「ほぅ……じゃあ、その減らず口を今すぐ塞ぎな!」
男が動く。だがマルはにこやかな顔を崩さなかった。笑顔のまま直立不動。しかし、マルに男の手がかかる前に、影が割って入る。
そこから先は、早すぎて分からなかった。かろうじて見えたのは、俺の横を掠める様にして前に出たサヤの黒髪が、跳ねるように靡いたことと、体を回す様にして体を捌いたこと。その次には、男の足が天井側に跳ね上がっていた。
ダン‼︎
と、床に叩きつけられる音。
「ぅガッ」
呻き声。
男は床に落とされ、うつ伏せのまま、腕を背中に回されていた。
手を軽く握られているだけであるのに、全く動けない様だ。痛いのか、低く呻きながら脂汗をかいている。
その男の背に片膝をつき、サヤは凪いだ表情ながら、怒気を滲ませていた。
「レイシール様は、お怒りになりませんでしたが……私はそれ程心が広くありません。
レイシール様や、女性を侮辱する様な言動は控えて下さい。
人が、人を勝手にして良い道理など、何処にもありませんよ」
うっ、と、呻いた男の顔が青くなる。
視界の端にサヤが見えるのだろう。彼女は今、敢えて怒気を解放している。
「良いよサヤ。それくらいにしておいてくれ」
俺が声を掛けるのを待っているのだと思ったので、やんわりとそう伝えた。
すると、嘘の様に怒りを霧散させ、男の手を離し立ち上がる。
相当な激痛だった様だが、サヤが腕を話した途端、それは無くなった様だ。固められていた腕をさする男が不思議そうな顔をする。
「仕事に差し支える様な怪我をさせたりはしない。
これで警告二だ。もう一度機会はあるが、出来るならば控えてもらいたい。
君も、この村に来た大切な戦力だ」
出来るだけ、威圧感が無い様、そう声を掛ける。
俺の横にサヤが戻り、ポンとその肩を叩いて労った。
「君は旅人かな。セイバーンの……この氾濫はね、長年続く災厄なのだよ。
昔はそうでなかったそうなのだけどね……いつの頃からか、氾濫が繰り返される様になった。
その度に村人達の財は失われ、時には命も奪われる。
対策は繰り返されて来たよ。今までに、何度も試行錯誤したんだ。だが上手くいかなかった」
座り込む男の前に来て、俺もしゃがみこむ。視線を合わせるために。
たじろぐ男が身を仰け反らせるが、視線はそらさなかった。
「長らく、良い方法が見出せないまま、無いよりはマシなやり方を、繰り返して来たんだ。
だが今回、やっと、それを覆せるかもしれない。
繰り返された災厄を、食い止めるかもしれない英雄の一人が、君だ」
サヤに捻られた腕を取る。
「大切な身体を、しょうもない使い方しないで欲しいな。
何もしないうちから帰るなんて、もったいないだろう?
まずは、仕事をこなしてみてくれ。どういった形で報いるかは、すぐに分かるから」
握手する様に手を握ってから離した。
立ち上がって、サヤの隣に戻る。
心配そうな、不満そうなサヤの顔に苦笑して、頭をポンポンと叩くと、首をすくめて小さく笑った。機嫌は直してくれたらしい。
「私からの話は以上だ。
まず昼までは休憩して、英気を養ってくれれば良い。昼食の後から作業を開始してもらう。
注意事項等は、今からマルクスが説明するから、心して聞いてくれ」
そこで視線をやると、サヤはそっと下がった。賄い作りに向かったのだ。
代わりにハインが、俺の横に移動し、剣の柄に手を掛ける。
お願いだから、鞘から抜かないでくれよと視線で訴えると、不満げな顔をした。
今、作業出来ないような怪我はさせないって言ったの、聞いただろ?そんな顔しないでくれ。
サヤの脅しが効いたのが、それ以後不満を声高に述べる者や、挑発してくるような者は現れなかった。
一通りの話が終わり、五十人を、十人ずつ五班に分けることを伝え、マルの指示のもと、五組に分けられる。
年齢や体格を考慮して、戦力が均等になるよう振り分けられ、班ごとの名簿がその場で作られた。
マルは、名前と顔をすでに全員一致させたようだ。こんな時、本当に頭が良いんだよなぁと、感心する。俺たちにはそんな芸当出来ないので、名簿には名前と年齢、髪色、眼色、身体的特徴が記された。髪色、眼色は個性が出る。結構被らないものなのだ。
部屋の隅に用意された椅子に座って、班ごとの名簿を確認していると、開け放たれていた集会場の扉から、ひょこりとサヤが顔を出す。
そうしてから、こほんと一つ咳払いをし、声を張り上げた。
「昼食の準備が整いました。外へどうぞ」
え?外……?
想定していなかったことに、ハインと顔を見合わせた。
とりあえず状況を確認しようと、先に外に出る。すると、村人たちが集まる中、そこら中に敷物が敷かれ、大皿や鍋に盛られた食料が並んでいた。
ホットドッグと、ケチャップを入れてあるだろう壺を中心に、唐揚げや、 コロッケ、揚げ芋や肉団子といった、サヤが伝授した品や、その他が並んでいる。こっ……これは⁉︎
「あ、あの……村の女性方が、張り切ってらっしゃいまして……。
その、賄いとは別に、歓迎の意思を示したいと、料理を持参していらっしゃったのです。
なのでその……無駄にするのももったいないですし……全員で、楽しく食事をすれば良いかと、宴会風にしてみました」
「……成る程……」
そ、そうか。道理で多種多様……。手に取って食べられそうなもので統一されているのが救いだな……。
呆然としていると、俺の後に続いて出たルカが、歓声を上げたのでハッとする。
そ、そうだ。見てても仕方がない。食べよう。うん。
「好きな敷物に移動してくれ!
靴を脱いで上がってくれれば、座る順番も場所も自由で構わない!」
サヤに促され、一応護衛しやすい様にと、背後が木立となっている場所に座った。
ルカは一番中心の、積み上げられた食品の側に陣取る。土建組合の面々も、ルカに続いて好きな場所に移動し、村人らも続いた。
呆気にとられて見送っているのみの人足達に、村の女性方が声を掛け、手を引いて敷物に誘導する。
皆がそれぞれ座ったのを見計らって、俺は率先し、行動することにした。
多分、俺が食べないと始まらないんだよな……宴会。
「では、まず腹ごしらえだ!」
サヤが手渡してくれたホットドッグにかぶりつく。
「いただきぃー!」
ルカが唐揚げを摘んで口に放り込み、村の男性がケチャップをたっぷりとかけたホットドックを人足達に手渡していき、宴会が始まった。
初めはガチガチだった人足達だが、食事を口にする度に雰囲気が和む。
この村は横の繋がりが強い。氾濫が起きれば一蓮托生、助け合って来た村だからこそなのだが、お陰で人が優しいのだ。この前の収穫や脱穀で、皆で力を合わせての作業というものに、前向きな気持ちを持てているのだと思う。それがこんな形として表現されたのだろう。
「ありがとう、サヤ。機転を利かせてくれて。
良かったみたいだよ。良い雰囲気だ」
横に控えるサヤにそう、声を掛けると、はにかみ頬を赤らめた。
う……。そういう、可愛い顔は……性別がバレそうだから、控えてほしい……。
周りに視線をやるが、サヤの表情よりも食事に視線が行っていた。よかった……これなら大丈夫か。
「程よい所で離れよう。俺たちが紛れていると、あまり楽しめないだろうから。
この雰囲気なら、村の人達に酷いことをしそうな人も、いなさそうだしな」
こんな形で歓迎されたら、酷いことしにくいよな……。そう思うと笑えた。
さっきの男も、バツの悪そうな顔で、ユミルに手渡されたコロッケを食んでいる。
「ルカ、仕事は食事が終わって、人心地ついてからだ。
明日からが本番だから、今日は下準備だけで良いからね」
「ああ、マルから聞いてんよ、任せとけ。
しっかし、美味いなこの村の食いもん!明日からも頼みてぇよ」
「あれ……君らも賄いがつくと、言っていなかったか。
サヤが戻ったからね。三食用意するから、そのつもりでいてくれ」
歓声を上げた土建組合の面々に手を振って、席を立つ。
食料を詰め込んだ籠を一つ抱えたサヤと、ハインが後に続いた。留守番のギルのぶんと、俺たちの残りの食事だろう。ひらひらと手を振るマルは残る様子だ。
うん。どうしようかと思ってたけど、結構いい雰囲気になって良かった。
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藤谷 要
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サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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