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雨季 3

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「叔父様だけずるい!   私だってサヤさんのお役に立ちたいのに!
 雨季の間、アギー公爵家のクリスタ様がいらっしゃると伺いました。その為に帳をご注文下さったのですよね?
 叔父様ったら、公爵家の方がいらっしゃるのに、女中無しは問題だから、貸し出した方が良いかって、ワドと相談してたのに、私に行って来いって言ってくれないんですよ⁉︎」
「お前は論外だろうが!
 女中の経験無い上に人の世話なんか焼いたことないだろう、付け焼き刃で女中なんかできるか!」
「やってみないと分からないじゃない!」
「やってねぇから分かるんだろうが‼︎」

 ギルがそんなことまで心配してくれているとは思わなかった。
 だが、俺にそれを言っていないってことは、貸出せないという結論に達したということ。
 女中を貸し出すこと自体は簡単だろう。だが、その身の保証が出来ないことが、問題なのだ。
 俺は居ずまいを正し、ルーシー。と、名を呼んだ。

「ギルが駄目だと言ったのは、先程ギルが言った言葉が理由ではない。君の身を案じてだよ。
 私がここに女中を置いていないのにはきちんと理由がある。
 君だって知っているだろう?」

 サヤを女装させている理由だ。知らない筈がない。
 だが、ルーシーはキッと俺を見据え、こう返して来た。

「事情は重々承知しております!   けれど、今ならば大丈夫だと判断しました!
 雨季の間、川の経過観察に、近衛部隊の方々も滞在されるのでしょう?   なら、普段より安全ですよね。
 それに雨の最中に、出歩く貴族の方は、そう多くないと思われますし、この別館にはクリスタ様も滞在されるのです。よほどのことがない限り、何も問題は起こりませんわ!
 それに……私は自ら志願しているのです。何かあったとしても、それは私が選んだこと。
 レイシール様に責任など問いません!」
「こっこらっ」

 下手したら貴族に喧嘩売ってる台詞だと取られかねない。
 ギルが嗜めるが、くっくっと押さえて笑う笑い声に、動きを止めた。
 ディート殿だ。ルーシーを見て、可笑しそうに笑っている。そして、自分に注目が集まっているのに気づくと、笑みを押し殺して謝罪を始めた。

「いやすまん。健気で愛らしい娘だと思ってな。
 お前、一番初めに言ったのが本音か。サヤの役に立ちたいと。
 レイ殿に対してその態度なら、妾を狙っているとかではなさそうだからな」

 そう言ってニヤニヤと笑う。
 ああ、普通はそんな風に考えるのか。ルーシーの性格を知っている身としては、天地がひっくり返っても有り得なそうなことではあるが。

「私はバート商会の後継です。貴族の方との縁は大切に思いますが、妾におさまろうなどとは考えておりません」

 ツンと顔を反らして、物怖じしないルーシーは、ディート殿にもそう言い返す。ギルは頭を抱えてお前はもう喋るなと注意するが、無視だ。
 ディート殿は、ルーシーの言葉に気分を害するどころか、実に楽しそうに笑った。

「気に入った。その娘、使ってやったらどうだ。
 貴族の従者では、会える機会も少なかろう。なのに我儘を言うでもなく、役に立ちたいとは、なんと見上げた心意気。健気で素晴らしい女性だと思うぞ。サヤは果報者だな」

 ……あれ?   何故ここでサヤ……?
 俺の表情に、ディート殿が「なんだ、まだ気付かんのか」と、溜息を吐く。

「ルーシーはサヤに懸想しているのだろう?   サヤだって、満更でもなさそうだったぞ。
 先程だって、サヤが手ずから葡萄を口に運んでいたものな。二人揃って、仲睦まじいではないか」

 ええっ、それ大いに勘違いだよ⁉︎
 そう叫びそうになったが、慌てて口を閉ざす。
 下手なことを言うとボロを出してしまいそうだと思ったのだ。
 ディート殿の発言に、場は凍った。
 この誤解をどうしたものか。いやしかし、誤解より先に、ルーシーに女中見習いを諦めさせるのが先か?   だがディート殿が賛成とか言い出したのに、それを無視して話を進めるのも……。
 そんな葛藤だったわけだが、とりあえず、かろうじて、言葉を見つけた。

「いや……ルーシーは、バート商会の後継だ。サヤも従者を辞す気持ちは無いし……そもそもまだ、十四歳だから……」
「だからなんだ。従者の将来を考えてやるのも主人の務めだろう。早いと思うなら、婚約だけでも結んでやったらどうだ。
 好都合だと思うぞ。サヤが従者を辞する気持ちがなくても問題無い。バート商会の主人には、そのルーシーがなるのだろう?   従者の家庭が商家であるなど、よくあることだ。
 本来なら、婿養子に入る入らんで揉めたり、商家の仕事と従者の職とで揉めたりするのだろうが、二人にはそれもない。
 ほら、反対する理由など無いぞ。女中見習いも、花嫁修行の一環だと思えば良いだろうが」

 補強されてしまった!
 慌てる俺に対し、ルーシーは乗り気になった。これは好都合と感じたらしい。

「そうですよね!   花嫁修行の一環だと思えば、よくあることです!
 叔父様、私、ここに残りますから。大丈夫、ちゃんとサヤさんのお役に立ってみせます‼︎」
「いや、ちょっとまて!   流石にそれは……あ、兄貴に相談してから……」
「王都に連絡よこしてる間に雨季が終わります‼︎」
「馬鹿野郎!   お前がヘマすると分かってて出せるか‼︎」
「勝手にヘマするって決めないでよ‼︎」

 またギャンギャンやり合いになってしまった。
 誰か、この状況をなんとかしてくれ!
 助けを求め、ハインに視線をやると、こんなことに巻き込まないで下さいといった表情を返してくる。それでも視線でお願いすると、溜息を吐いて口を開いた。

「ルーシー。貴女に伺います。
 ここは、人手不足も相まって、やらなければならないことが、他の使用人の比ではありません。掃除、洗濯、料理に至るまで、求められるのですよ。貴女にそれがこなせますか」

 ギロリと睨みをきかせ、そう言われたルーシーは、ウッと、詰まる。

「り、料理……は、出来ません……けれど、憶えれば良いのですよね⁉︎   それに、私は針仕事が得意です!   衣装に関することや、繕い物なら、充分戦力に数えて頂けます‼︎」

 ぴくり。
 ハインが反応した。

「繕い物……。レイシール様、試験的な導入なら賛成です。
 まず十日間、様子を見ては如何でしょう」

 うえええぇぇ⁉︎
 急に賛成に回ったハインが加わって、より不利になってしまった。
 どうする……どうしたらいい⁉︎
 ギルと二人、視線だけで混乱を伝え合っていると、サヤが帰ってきた。手に、何かを持っている。

「申し訳ありません。久しぶりだったので、ちょっと手間取って、長引いてしまいました」

 そう言って、そのまま足を進め、ルーシーの所へ向かう。

「ルーシーさん、十七歳、おめでとうございます。
 あの、これ……私からの、お祝いの品です」

 もう作ったのか⁉︎
 今日は品物だけ受け取って、また後日なのだと思っていたのにびっくりだ。
 そして、差し出されたのは、何か不思議な飾りだった。

「……私に、ですか?」
「はい。今作って来ました。これ、飾り結びとか、花結びと呼ばれている手法なんです」

 上部に、金属の平たい板が一枚付いているが、あとは全て紐だ。丸紐を複雑に結い上げてあるのだ。全て紺色で、縦に並んでいる。
 無理矢理言葉にするなら、蝶結び、花結び、こぶ結びときて、房飾りが付いている感じか。
 もしかしなくてもこれ……一本の紐で、結い上げてあるのか?

「私の国には昔からあるものなんです。これ、結び方一つずつに意味があるんですよ。
 一番上が、二重叶。願い事が叶うように。次が、梅。人と人の縁を結ぶ。最後があわじ玉。祝い事に用いるんです。
 ルーシーさんの稼業は人の縁が大切。それと共に、ルーシーさんの夢が、叶いますように。という意味です。
 この板の部分を帯に挟んで垂らします。根付けと言いまして、女性の装いを飾る、装飾品です」

 紺色で作ってあるのは、今日のルーシーの装いに合わせたからなのだろう。
 慌てて席を立ったルーシーに笑いかけ、飾りを両手で差し出すサヤ。

「帯の左側に、挟むんです」
「こ、こうですか?」

 受け取ったルーシーが、それを言われた通り、腰帯の左側に、挟んだ。金属の板は隠れ、紐の飾りだけが帯の前に垂れ下がる。

「とてもよくお似合いですよ」

 位置を少々修正したサヤが、そう言って笑うと、ルーシーは感極まってしまった。

「今までの人生で……一番嬉しい、贈り物です……」

 潤んだ瞳で頬を染めて、サヤを見つめる。
 ……この状況でそんな顔をされると、誤解に拍車がかかってしまう……!
 だがそんな言葉を口にすることは出来ないっ。

「レイ殿……」

 ディート殿が、半眼で俺を見る。
 否と言ったら見損なうからな?   と、言われているのが分かる……。
 うううぅぅ……これは……どうすれば……っ。
 ギル、君がガツンと断ってくれ!   俺はもう口を挟めない‼︎
 そう、ギルに視線で伝えたのだが……。

「分かった……十日。まず十日だ。
 それから、レイが危険だと判断したら、メバックに帰る。それを承知するなら、許す」
「裏切り者ー‼︎」

 ギルの馬鹿!   お前が先に負けてどうする⁉︎   ていうか、前から思ってたけどお前結構ルーシーに甘いよな⁉︎
 仕方がない、ここは俺が……っ。

「こっ、ここは男所帯なんだよ⁉︎   ルーシーは未婚の女性なのに、ここに置くのは……」
「アギー御子息殿は女中も連れてくると思うが。レイ殿も女中を置いている方が、信頼性の問題的にも良いと思う」
「え?   なんのお話ですか?」
「気にするな。みんなでルーシーを応援する話だ」

 何か言う前にディート殿にそう捕捉され、ニッコリと微笑まれてしまったら、もう言い返せなかった……。
 うううぅぅ、はい……。
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