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仮面 5
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「……私の知識は…………。
学業で得たものと、家族から得たものが、あります。
クリスタ様の病については、母から。母は……現役を退いてはいましたが、医療に、携わる者でしたから」
腕を振り解かれたことと、サヤが家族について口にしたことに、二重の衝撃を受ける。
今まで全くと言って良い程、口にしてこなかったのに、俺にすら、言わなかったことを、今、ここで口にするのか?
「私の父は、大学の教授をしています。
大学は……私の国での、勉学の最終過程……その、指導者です。
両親ともに忙しく、不在であることが多かったので、久しぶりに会えた時は、面白い話、興味を引くよう な話を、沢山してくれました。
クリスタ様の病についても、そんな話の一つとして、母から教わりました。
私の国では、二万人に一人くらいの割合で生まれるとされていましたから、一生に一度くらい、出会うかもしれないのよと。
とはいえ、私の知識は、専門的に学んだものではありませんから……あまり、深くはないのですが」
ぽつぽつと、小さな声で、家族について語る。
振り返り、サヤの顔を見ることは、もう出来なかった。
拒絶された……また、拒絶されてしまった……。サヤはもう、俺に、触れてすら、欲しくないのだ……。俺の助けなど、求めていない……俺はもう、サヤには、必要ない……。
そう思うと、俯いてしまった顔を、上げられなかった。
俺は多分、今、酷い顔をしている……。
「……そんな両親が居る国を離れて、其方はなぜ一人、ここに居るのだ?」
クリスタ様が、静かにサヤに問うた。
「逸れてしまいました」
「どうして逸れた」
「………」
サヤは口を閉ざすしかない。異世界から、泉を通ってここに来たなど、口に出来ないから。
「マルクス。其方は、食いついたのだろうな。
見たこともない黒髪。どこにどれほど存在するのか、追求しなかったとは思わん」
「ええ。そうですね。調べましたよ。
けれどまぁ、サヤくん以外にはどれだけ探しても、現れませんでしたね。いまだにずっと、探しているのですけど、ね。
そうなると、今段階ではこの結論しかありません。この大陸に、サヤくん以外に、黒髪は居ないのだと。
居たのだとしても、もう、この世にはいらっしゃらない……と、いうことでしょうね」
あ、因みに。サヤくんのご家族も黒髪だという情報は、サヤくんから頂きましたよ。と、付け足す。
「学問の最高峰で指導者をする父と、医療に携わる母を持つか……其方自身も、学業に携わっていたと。……ふぅん…………ならば、其方がここにいる理由は、妥当なところで亡命か?可能性としては、間者であるとも……」
サヤを値踏みする様なクリスタ様の視線に、つい、カッとなった。
「サヤは、その様な者ではありません!
我々より、余程知識を蓄えた国が、我々の何を探るのですか。国力が違いすぎます!」
「国土を広げたいと思うものだぞ。王という生き物は」
どくんと、心臓が大きく跳ねた。
話が飛躍し過ぎだ! サヤは、そういった者じゃない。ただの、異世界の、少女だ!
そして、サヤを値踏みするクリスタ様を、初めて怖いと思った。
この人は……サヤを、使おうとしている……何か良い使い方はないものかと、利用できないものかと。
「……ふぅん、サヤ。其方、僕の元に来ないか? 其方の様に有能な者を欲する場を、僕は知っている」
ルオード様の視線が鋭くなり、クリスタ様を睨め付けた。そして鋭く、言い放つ。
「サヤは、レイシールの従者、そして印持ちです!」
「印? あれは、従者自らが主人にそれを返却するなら、無効となるではないか」
その言葉に、肌が泡立った。
サヤはもう、俺を必要としていない。なら、俺のもとにいる理由など、無い。
だけどそれよりも、クリスタ様が、俺からサヤを奪おうとする素振りを見せたことに、驚いていた。
印のあるものを引き抜くことは出来ない。身分による強制的な引き抜きを拒絶する手段としての、印であった筈なのに、この方は、それを、障害としない。俺に印を返還するようにと、暗に示唆したのだから。
クリスタ様……こんな、方……だったか?
が。
「お断りします。レイシール様の従者を辞す気持ちはありません。
私はここに居る限り、レイシール様の従者。そしてそれが終わるのは、ここを去る時だけです」
サヤがすっぱりと、何の躊躇もなくそう口を挟んだお陰で、その場の何とも言えない空気が、一瞬で霧散した。
ぽかんと、あっけにとられた顔をするクリスタ様と、ルオード様。
「……こ、断る?」
「な、何故だ⁉︎ 其方は、自分の能力を、遺憾無く発揮する場を欲しはしないのか⁉︎」
呆然とするルオード様。
そして、クリスタ様はカッとなって、そんな風に口走ったのだが。
「私は、私の能力を使おうと思う方に、使われたくありません」
身分など意に介さぬといった態度で、サヤはクリスタ様に、使われたくないと言い切った。
背中越しだから、サヤの様子を見ることは出来ないが、少し、怒りのようなものを感じた。
「レイシール様は、私を、ただ私だと言って下さるのです。私が強かろうが、特別な知識を持とうが、それを得ようとはしていらっしゃいません。鵜呑みにも、頼りにもなさいません。
だから私は……私らしくあれました」
ルオード様の視線が、サヤから離れ、俺を見る。
だが俺は、その視線より、サヤの言葉に集中していた。
「……クリスタ様。私は、沢山の秘密を抱えております。レイシール様は、そんな私を、そのまま傍に、置いて下さっているのです。
私が何も言わなくても、怪しくても、不可解でも、全部受け止めて下さったのです。
何一つ、聞き出そうとしたりしなかった。いつも私が口を開くのを、待って下さった。今この瞬間だって、そうなのです。
だから、私が仕えるのは、レイシール様だけ。この方だけです」
頭が真っ白だ。
もうサヤに見限られたのだと思っていた。
俺はもう、サヤに必要ないのだと……だから、手を拒んだのだと……。
だけど、違う? サヤは俺を選ぶ、俺だけに仕えるのだと、そう言ってくれるのか……。
サヤの告白に、クリスタ様は、信じられないものを見る様に、瞳を見開いた。
ルオード様も、ただ黙って、サヤを見ていた。
その時、フッと、視界の隅で、ハインが笑う。
サヤの言葉に、満足そうに。そうでしょうとも。と、その表情が、言っていた。
「あはは。一本取られちゃいましたねぇ。
ですって、クリスタ様。サヤくんは、レイ様にぞっこんなんですよ。
分かる気がしますよ、僕もね。レイ様の為にって思っちゃう感じは。どんな風にすれば、この人は笑ってくれるのかって、考えちゃうんですよ。勝手にね。
貴方とは違う形で、レイ様も、結構な器なんだと、僕は思いますよ」
今までの重たい空気などなかったかの様に、それまで黙って見守っていたマルもそんな風に口を開く。
そんな俺たちの様子に、ルオード様も、肩の力を抜いた。
「……サヤ、貴方は権力を、欲しないのだね……。
それで充分だ。貴方の疑いは晴れました。私の気は済んだ。今日まで疑いを持ったことを、謝罪します」
「いえ……自分がどれくらい怪しいかは、自分でよく分かってます。ルオード様の御立場なら、そうならざるを得ないということも……」
まただ。
サヤが何か、含んだような物言いをする。
ルオード様にも、その違和感は伝わった様子だ。 訝しげに、片眉が動く。
そんな和んだ雰囲気の中、何故かクリスタ様だけは、表情を険しくしていた。
いつも心の奥底にしまい込んである苛立ちが、湧き上がっているかの様に、クリスタ様を支配していた。
「器……器だと……? レイシールを選ぶ? 私は、レイシールに劣ると? そう言うのか……」
憤怒に顔を歪めて、クリスタ様が、まるでクリスタ様ではないかの様だ。
何故そんな風に苛立つのか、お怒りになるのかが、分からない。
お怒りのクリスタ様に、唖然としていると、サヤが動いた。俺の横をするりとすり抜けて、クリスタ様に顔を寄せ、何かを告げる。
「……っ⁉︎」
「……」
近い距離で、見つめ合う。
ああ、似ているな。と、思った。
なんとなくそう思ったのだ。並んで立つ、クリスタ様とサヤを見て。
何もかも似ている部分など無いと思う二人なのに、何故か。
「近寄るな」
クリスタ様が、サヤの胸を押し、サヤを拒絶した。
その手の動きに逆らわず、サヤはクリスタ様から身体を遠去ける。
「クリスタ様⁉︎」
慌ててルオード様が、クリスタ様とサヤの間に、身体を割り込ませた。
クリスタ様を背に庇い、サヤに鋭い視線をやる。
その様子は、先程の、クリスタ様から距離を取っていたルオード様ではなく、学舎で見慣れた、ルオード様だった。
「大丈夫ですよ。
レイシール様は、お優しいですから……」
そんなクリスタ様に、サヤは最後、そう言って、眉の下がった、寂しげな笑顔を見せたのだ。
何を告げたのか、分からない……でも、それは、サヤにとって、苦しみを伴う何かなのだ。
抱きしめたいと思った。
そんな顔を、させたくない。
俺をただ一人の主人だと、そう言ってくれたサヤを、そんな風に一人で立たせたくない。苦しそうに、無理やり微笑むところを、見たくない。
だけどサヤは……俺の方を、見なかった……。
俺の視線に気付いていないはずがない。なのに、こちらには一切、視線をよこさなかった……。
分からない……サヤが何を思っているのかが……。何を考えているのかが。
分からないことが、苦しくて堪らない……。
その日から、クリスタ様の様子が変わった。
それまでの為政者然とした雰囲気は鳴りを潜めてしまい、余裕のない、荒んだ様子をチラつかせる様になった。
何かに急き立てられるかの様に、河川敷の交易路化計画に没頭し、かと思えば、部屋に閉じこもって面会すら拒否する。
たまに酷くイラついて、なんでもない言葉に、食ってかかったり、小さな粗相をした従者を、荒い口調で罵ったり、おおよそ、クリスタ様らしくない態度。
そして俺はと言うと、やはり、サヤに距離を置かれ、日々に消耗していた。
夢にうなされ、起きるとそこにあるのは、サヤの、心を閉ざした、仮面の顔。どうすれば良いのか、分からない……。
俺だけに仕えるのだと、そう言ってくれたのに……サヤの態度がそれを裏切るのだ。
居心地の悪さから、どことなくサヤを避ける様になり、俺の身の回りのことは、ハインか、ルーシーが行うことが増えた。
ルオード様の、サヤへ向けた疑いも晴れた為、もうサヤは、一人で動き回っても問題が無い。
だから、どんどん、サヤとの接点が、無くなっていく……。
俺とサヤの距離は、日に日に、開いていくばかりだった……。
学業で得たものと、家族から得たものが、あります。
クリスタ様の病については、母から。母は……現役を退いてはいましたが、医療に、携わる者でしたから」
腕を振り解かれたことと、サヤが家族について口にしたことに、二重の衝撃を受ける。
今まで全くと言って良い程、口にしてこなかったのに、俺にすら、言わなかったことを、今、ここで口にするのか?
「私の父は、大学の教授をしています。
大学は……私の国での、勉学の最終過程……その、指導者です。
両親ともに忙しく、不在であることが多かったので、久しぶりに会えた時は、面白い話、興味を引くよう な話を、沢山してくれました。
クリスタ様の病についても、そんな話の一つとして、母から教わりました。
私の国では、二万人に一人くらいの割合で生まれるとされていましたから、一生に一度くらい、出会うかもしれないのよと。
とはいえ、私の知識は、専門的に学んだものではありませんから……あまり、深くはないのですが」
ぽつぽつと、小さな声で、家族について語る。
振り返り、サヤの顔を見ることは、もう出来なかった。
拒絶された……また、拒絶されてしまった……。サヤはもう、俺に、触れてすら、欲しくないのだ……。俺の助けなど、求めていない……俺はもう、サヤには、必要ない……。
そう思うと、俯いてしまった顔を、上げられなかった。
俺は多分、今、酷い顔をしている……。
「……そんな両親が居る国を離れて、其方はなぜ一人、ここに居るのだ?」
クリスタ様が、静かにサヤに問うた。
「逸れてしまいました」
「どうして逸れた」
「………」
サヤは口を閉ざすしかない。異世界から、泉を通ってここに来たなど、口に出来ないから。
「マルクス。其方は、食いついたのだろうな。
見たこともない黒髪。どこにどれほど存在するのか、追求しなかったとは思わん」
「ええ。そうですね。調べましたよ。
けれどまぁ、サヤくん以外にはどれだけ探しても、現れませんでしたね。いまだにずっと、探しているのですけど、ね。
そうなると、今段階ではこの結論しかありません。この大陸に、サヤくん以外に、黒髪は居ないのだと。
居たのだとしても、もう、この世にはいらっしゃらない……と、いうことでしょうね」
あ、因みに。サヤくんのご家族も黒髪だという情報は、サヤくんから頂きましたよ。と、付け足す。
「学問の最高峰で指導者をする父と、医療に携わる母を持つか……其方自身も、学業に携わっていたと。……ふぅん…………ならば、其方がここにいる理由は、妥当なところで亡命か?可能性としては、間者であるとも……」
サヤを値踏みする様なクリスタ様の視線に、つい、カッとなった。
「サヤは、その様な者ではありません!
我々より、余程知識を蓄えた国が、我々の何を探るのですか。国力が違いすぎます!」
「国土を広げたいと思うものだぞ。王という生き物は」
どくんと、心臓が大きく跳ねた。
話が飛躍し過ぎだ! サヤは、そういった者じゃない。ただの、異世界の、少女だ!
そして、サヤを値踏みするクリスタ様を、初めて怖いと思った。
この人は……サヤを、使おうとしている……何か良い使い方はないものかと、利用できないものかと。
「……ふぅん、サヤ。其方、僕の元に来ないか? 其方の様に有能な者を欲する場を、僕は知っている」
ルオード様の視線が鋭くなり、クリスタ様を睨め付けた。そして鋭く、言い放つ。
「サヤは、レイシールの従者、そして印持ちです!」
「印? あれは、従者自らが主人にそれを返却するなら、無効となるではないか」
その言葉に、肌が泡立った。
サヤはもう、俺を必要としていない。なら、俺のもとにいる理由など、無い。
だけどそれよりも、クリスタ様が、俺からサヤを奪おうとする素振りを見せたことに、驚いていた。
印のあるものを引き抜くことは出来ない。身分による強制的な引き抜きを拒絶する手段としての、印であった筈なのに、この方は、それを、障害としない。俺に印を返還するようにと、暗に示唆したのだから。
クリスタ様……こんな、方……だったか?
が。
「お断りします。レイシール様の従者を辞す気持ちはありません。
私はここに居る限り、レイシール様の従者。そしてそれが終わるのは、ここを去る時だけです」
サヤがすっぱりと、何の躊躇もなくそう口を挟んだお陰で、その場の何とも言えない空気が、一瞬で霧散した。
ぽかんと、あっけにとられた顔をするクリスタ様と、ルオード様。
「……こ、断る?」
「な、何故だ⁉︎ 其方は、自分の能力を、遺憾無く発揮する場を欲しはしないのか⁉︎」
呆然とするルオード様。
そして、クリスタ様はカッとなって、そんな風に口走ったのだが。
「私は、私の能力を使おうと思う方に、使われたくありません」
身分など意に介さぬといった態度で、サヤはクリスタ様に、使われたくないと言い切った。
背中越しだから、サヤの様子を見ることは出来ないが、少し、怒りのようなものを感じた。
「レイシール様は、私を、ただ私だと言って下さるのです。私が強かろうが、特別な知識を持とうが、それを得ようとはしていらっしゃいません。鵜呑みにも、頼りにもなさいません。
だから私は……私らしくあれました」
ルオード様の視線が、サヤから離れ、俺を見る。
だが俺は、その視線より、サヤの言葉に集中していた。
「……クリスタ様。私は、沢山の秘密を抱えております。レイシール様は、そんな私を、そのまま傍に、置いて下さっているのです。
私が何も言わなくても、怪しくても、不可解でも、全部受け止めて下さったのです。
何一つ、聞き出そうとしたりしなかった。いつも私が口を開くのを、待って下さった。今この瞬間だって、そうなのです。
だから、私が仕えるのは、レイシール様だけ。この方だけです」
頭が真っ白だ。
もうサヤに見限られたのだと思っていた。
俺はもう、サヤに必要ないのだと……だから、手を拒んだのだと……。
だけど、違う? サヤは俺を選ぶ、俺だけに仕えるのだと、そう言ってくれるのか……。
サヤの告白に、クリスタ様は、信じられないものを見る様に、瞳を見開いた。
ルオード様も、ただ黙って、サヤを見ていた。
その時、フッと、視界の隅で、ハインが笑う。
サヤの言葉に、満足そうに。そうでしょうとも。と、その表情が、言っていた。
「あはは。一本取られちゃいましたねぇ。
ですって、クリスタ様。サヤくんは、レイ様にぞっこんなんですよ。
分かる気がしますよ、僕もね。レイ様の為にって思っちゃう感じは。どんな風にすれば、この人は笑ってくれるのかって、考えちゃうんですよ。勝手にね。
貴方とは違う形で、レイ様も、結構な器なんだと、僕は思いますよ」
今までの重たい空気などなかったかの様に、それまで黙って見守っていたマルもそんな風に口を開く。
そんな俺たちの様子に、ルオード様も、肩の力を抜いた。
「……サヤ、貴方は権力を、欲しないのだね……。
それで充分だ。貴方の疑いは晴れました。私の気は済んだ。今日まで疑いを持ったことを、謝罪します」
「いえ……自分がどれくらい怪しいかは、自分でよく分かってます。ルオード様の御立場なら、そうならざるを得ないということも……」
まただ。
サヤが何か、含んだような物言いをする。
ルオード様にも、その違和感は伝わった様子だ。 訝しげに、片眉が動く。
そんな和んだ雰囲気の中、何故かクリスタ様だけは、表情を険しくしていた。
いつも心の奥底にしまい込んである苛立ちが、湧き上がっているかの様に、クリスタ様を支配していた。
「器……器だと……? レイシールを選ぶ? 私は、レイシールに劣ると? そう言うのか……」
憤怒に顔を歪めて、クリスタ様が、まるでクリスタ様ではないかの様だ。
何故そんな風に苛立つのか、お怒りになるのかが、分からない。
お怒りのクリスタ様に、唖然としていると、サヤが動いた。俺の横をするりとすり抜けて、クリスタ様に顔を寄せ、何かを告げる。
「……っ⁉︎」
「……」
近い距離で、見つめ合う。
ああ、似ているな。と、思った。
なんとなくそう思ったのだ。並んで立つ、クリスタ様とサヤを見て。
何もかも似ている部分など無いと思う二人なのに、何故か。
「近寄るな」
クリスタ様が、サヤの胸を押し、サヤを拒絶した。
その手の動きに逆らわず、サヤはクリスタ様から身体を遠去ける。
「クリスタ様⁉︎」
慌ててルオード様が、クリスタ様とサヤの間に、身体を割り込ませた。
クリスタ様を背に庇い、サヤに鋭い視線をやる。
その様子は、先程の、クリスタ様から距離を取っていたルオード様ではなく、学舎で見慣れた、ルオード様だった。
「大丈夫ですよ。
レイシール様は、お優しいですから……」
そんなクリスタ様に、サヤは最後、そう言って、眉の下がった、寂しげな笑顔を見せたのだ。
何を告げたのか、分からない……でも、それは、サヤにとって、苦しみを伴う何かなのだ。
抱きしめたいと思った。
そんな顔を、させたくない。
俺をただ一人の主人だと、そう言ってくれたサヤを、そんな風に一人で立たせたくない。苦しそうに、無理やり微笑むところを、見たくない。
だけどサヤは……俺の方を、見なかった……。
俺の視線に気付いていないはずがない。なのに、こちらには一切、視線をよこさなかった……。
分からない……サヤが何を思っているのかが……。何を考えているのかが。
分からないことが、苦しくて堪らない……。
その日から、クリスタ様の様子が変わった。
それまでの為政者然とした雰囲気は鳴りを潜めてしまい、余裕のない、荒んだ様子をチラつかせる様になった。
何かに急き立てられるかの様に、河川敷の交易路化計画に没頭し、かと思えば、部屋に閉じこもって面会すら拒否する。
たまに酷くイラついて、なんでもない言葉に、食ってかかったり、小さな粗相をした従者を、荒い口調で罵ったり、おおよそ、クリスタ様らしくない態度。
そして俺はと言うと、やはり、サヤに距離を置かれ、日々に消耗していた。
夢にうなされ、起きるとそこにあるのは、サヤの、心を閉ざした、仮面の顔。どうすれば良いのか、分からない……。
俺だけに仕えるのだと、そう言ってくれたのに……サヤの態度がそれを裏切るのだ。
居心地の悪さから、どことなくサヤを避ける様になり、俺の身の回りのことは、ハインか、ルーシーが行うことが増えた。
ルオード様の、サヤへ向けた疑いも晴れた為、もうサヤは、一人で動き回っても問題が無い。
だから、どんどん、サヤとの接点が、無くなっていく……。
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