異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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石焼風呂(ドツォ) 1

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「レイ様、大丈夫ですか?   朝食は、こちらにお持ちしましょうか?」

 その日、とうとう熱が出た。
 とはいえ、ほんの微熱だ。気付き、心配するルーシーに、動けば下がるよ。と、笑い掛けて、俺はいつも通り、食堂に向かった。

「レイ殿……また今日は一段と、顔色が悪いな……」

 食堂には、午前中の護衛任務に当たるディート殿が既に到着していて、珍しくマルも俺より先に、食堂に来ていた。
 そしてその二人の傍らにはサヤもいる。

「丁度良かった。レイ様、今日、ちょっとした視察に行きませんか」
「視察?   土嚢壁か?」

 うきうきと上機嫌のマル。この雨の中、遠出はしないだろうから、そう聞いたのだが。

「いえ、ドツォが完成したので、それの視察ですよ」
「……どつぉ?」
「その……石焼風呂と、呼ばれるものなのですが、それを使用する地域では、ドツォと、呼んでいるのです」

 マルの言葉を引き継いだサヤが、その様に説明してくれた。
 俺から視線を逸らし、遠慮気味に。
 ディート殿が、そのサヤの様子を不思議そうに見下ろしていたが、俺はそれを、あえて気にしないことにした。
 ああ、いつぞや言っていた風呂か。まさか、もう完成しただなんて。

「へぇ……凄いな。昼から見に行くの?」
「いえ、朝食を終えたらすぐにでもと思ってます。
 どうせ雨で、日がな一日幽閉されるのですから、日常業務は後回しにして、気分転換優先で」

 そう言うマルに、良いよと返事をして、俺たちは朝食の席に着いた。
 食堂にクリスタ様の姿は無い。彼の方はいつも、朝は部屋で食される。
 少し食欲が湧かなかったのだけど、無理をして全てを平らげた。残すと更に、体調不良を指摘されてしまうからだ。

「あの、馬車で行かれた方が、良いのでは?」

 雨除けの外套を纏い、出かける準備を済ませた俺たちに、ルーシーが心配そうに、そう、声を掛けて来た。

「すぐそこだから、歩いて行くほうが早い。大丈夫」
「で、でも……」
「平気だから。じゃあ、行ってくる」

 余計なことは言わせない様に、頭にぽんと手をやって、視線で口出し無用と伝えると、ルーシーは渋々といった様子ながらも、引き下がったから、また何か言い出す前にと、急いで外に向かった。

 雨は、降り続けているものの、今はあまり強くはない。
 先頭をマルが進み、俺とディート殿が、並ぶ様にして間に挟まり、最後尾はサヤだ。
 脱穀用の水車に向かう道を進むと、その手前に目的地はあった。
 元々は麦藁の保管用として使われていた倉庫だ。水車の側が利用しやすいとのことで、一つ空いていたこの倉庫を利用することが決まったそうなのだが……。

「ああ、いらっしゃい。どうです?   中は綺麗にしたんですよ」

 久しぶりに顔を見たのは、兇手の大工、アーロンと、その弟子のマレクだった。
 飼料用の麦藁保管庫は、何やら中が様変わりしている。本来は、だだっ広い土間敷きの空間なのだが、中に小綺麗な小屋を入れ込んだ様な状態になっていた。
 とはいえ、屋根は付いていない。形状としては、調理場の風呂と同じ様な作りだな。倉庫の中に、小部屋がある状態だ。
 屋根があるので、外套を脱いで、俺たちは人心地つくことが出来た。
 外套は、入り口横の壁にある杭に引っ掛けておく。
 軒を大きく取ってあるこの保管庫、壁の上部、地面から二米より上は木組みだけで壁が無く、屋根へと続く造りだ。雨は振り込まないが、かなり開放的な構造。
 まあ、小部屋があるから、見えはしないのだろうけど……大丈夫かな。貴族の方々には、ちょっと抵抗あるのじゃないだろうか……。
 心配になったのだけれど、ちらりと見たディート殿は興味津々で、とくに気にした様子は無い。……まあ、様子を見るか。と、結論は保留とする。
 俺がそんなことを考えているうちに、やってきたアーロンは、マルと二、三言、言葉を交わし、打ち合わせを済ませたらしい。

「まずは湯屋の裏側から説明するよ」

 と、言って、俺たちを小部屋の裏手にいざなった。

「えっと、指示通り、水車を改良して、水を汲み上げられる様にした。それが小屋の外側で、一旦、受台に注がれて、そこから自動的に、中に引き込める様になってる」

 セイバーンでの脱穀や粉挽きは、風車ではなく、水車を利用する。川の水を一旦小さな溜池に引き入れて、そこから石で舗装された水路に水を流しているのだ。
 これは、このセイバーンに領主の館が移された時、同時に整備されたらしい。
 何故そんな一手間が加えられているのかというと、全てセイバーンの麦の品質を保つ為だと言われている。
 水車が早すぎたり、遅すぎたりすると、杵の速度が変わる。その変化によっては、杵が熱を持ってしまい、麦の状態を悪くするのだ。
 一旦溜池に水を落ち着けてから、水量を調節して流してある為、川の状態に水質が影響されにくいというのも利点の一つだったりする。だから、川の水量が増えて茶色い水がドウドウと流れる状態であっても、水路の水は濁ったりせず、綺麗だ。また、水車の側以外は、水路の上を通りやすい様、板で上部が舗装されているのも、水質が悪化しにくい理由の一つだろう。
 そんな水路の水を利用して、風呂は水を引き入れる造りになっているらしい。

「受台には蓋を付けてあるから、風呂を使わないときは、湯屋側の蓋を閉めて、排水用の蓋を開いておく。
 で、受台の水は、勝手に管を通って風呂桶に注がれるんで、水汲み不要。
 風呂桶の水は、栓を抜けば、また管を通って水路に戻ると。
 よく考えてあるね、これ。作りもそう難しくなかったから、助かった。
 土建組合の連中も手伝ってくれたから、中もしっかり作り込めたんだんだ。
 じゃあ、次は湯屋の中を案内するよ」

 アーロンがそう言い、湯屋の入り口の扉を大きく開く。土間が続くのかと思いきや、そこには段差が設けられていて、一段上がった所から、木の床が続いていた。

「あ、ここで靴は脱いで」
「素足で床に上がるのか?」

 ディート殿がびっくりした様子でそう言う。それには、サヤが応対してくれた。

「はい。靴は泥水で汚れているでしょうから。
 ここで靴は脱いで、裸足で上がって頂いたら、そこが脱衣場です。衣服を脱いで、壁に作りつけた、棚に置いて頂きます。風呂は、脱衣場の更に奥です」

 そう言ってから、率先して長靴を脱ぎ、床に素足で上がる。長靴はきちんと揃えて、端に寄せられた。俺たちもそれに倣い、同じ様に木の床に素足で上がる。
 サヤの説明にあった通り、そこにはそれなりに開けた空間があり、壁には棚が作りつけられ、ひと区画ごとに分けられていた。取り敢えず、その場をそのまま通り過ぎ、さらに奥に向かう。

「なんでこんなに、広いんだ?」
「洗い場です。
 湯にすぐ浸かると、湯に汚れが入ってしまいますから、まずは洗い場で身体を流し、汚れを一通り落とします。桶に風呂の湯を入れて、この椅子と棚を利用して下さい」

 洗い場の奥、背面の壁にくっつけた形で、湯船は空間の中心にあった。
 湯船を取り囲む様に設けられた、ひらけた場所で、身体の汚れを落とすらしい。このあたりは、調理場の風呂を利用するのと一緒だ。俺たちには慣れた手順なのだが、ディート殿は不思議で仕方がない様子だ。しきりに首を傾げている。

「最後に、湯船に浸かります。あとはじっくり身体を温めてもらって、終了ですね」
「これが湯船……あそこの穴は何だ?」

 湯船は、壁にくっついた部分が一部、格子状になっている。あれでは風呂の水が、あそこから流れ出てしまうと思うのだが……?するとアーロンが、懐から設計図を取り出し、それを広げ、見せてくれた。

「この湯船はね、あの格子の後ろ側にも続いてるんだ。そこが、湯を沸かす場所」
「湯を、沸かす?」
「うん。凄い面白いんだ。焼いた石をね、ここに放り込むんだよ」
『……はぁ⁉︎』
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