異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
203 / 1,121

石焼風呂 2

しおりを挟む
「さっきの水車からの水も、あそこの、格子の後ろ側に注ぎ込まれる。
 焼いた石が入っている場所は熱くて危ないから、隔離してあるんだ」
「だから、石焼風呂という名前なんですよ」

 なんとも斬新だ。釜で直接湯船を温める、調理場の風呂も凄いと思ったのだが、焼いた石を入れるだなんて……。

「まあ、焼くのは鉄でもなんでも良いんですけどね。石なら安価ですし、そこら辺で拾ってこれますから。
 倉庫の中に湯屋を造ったのは、その石焼が必要だからですよ」

 マルの言葉に納得。そうか。屋根があるから、この雨の中でも石を焼けるわけだ。そして、焼いた石を放り込んで湯を沸かす……凄い、なんて面白いんだろう。

「上部に屋根を設けなかったのも、湿気で風呂が痛むのを防ぐ為です。
 洗い場も板間ですからね。使った湯は、板間にそのまま流せば、端の溝から外に排水されるんです。いやぁ、素晴らしい!流石効率化民族ですね。何かにつけて手が打ってあるのだから、もう脱帽するしかありませんって」
「何百年もそうやって暮らして来てますから。こなれもしてますよ」

 別段、特別なことではないのだとサヤは言うが、この国での風呂は、沸かした湯を移す形で何百年とやってきている。その手間と経費が掛かる構造で、上級の貴族にしか浸透していないのだ。
 同じ様な時間を過ごして改良がないこの状況……明らかに違う。

「これも、情報の共有がもたらした結果なのでしょうねえ……。
 上級貴族しか風呂を利用しない我々と、そこいらの庶民すら利用するサヤの国。分母が違います。発展速度の差が、ここにあると思われますね」

 真剣な顔でそう言うマル。
 ディート殿は、その凄さが今更実感できた様子だ。ぱくぱくと無意味に口を動かしていたかと思ったら、グイッ!   と、サヤの両肩を掴んだ。

「サヤ!   こういった特殊な構造を、ほいほい俺たちに見せてどうする!」
「利用して頂けたらと思います」
「違うだろうがっ⁉︎   何故、情報の価値をもっと考えない!   これは、一攫千金どころじゃないものだと、俺の目から見ても、明らかだというのに……っ」
「ああ、それね。その、目先の利益しか追わない我々の価値基準も、変えていかなきゃいけないところですよねぇ。課題はそこです」

 眉間にしわを寄せてそう言うマル。サヤも隣で苦笑し、俺もそれには納得で、頷き返す。
 ディート殿だけが、理解ができない様子で、おろおろしているものだから、俺は、そんなディート殿に、まあ落ち着いてと、声を掛けた。

「ディート殿。そもそも、情報の価値とは、どこで誰が決めるのでしょう」
「……どこで?   誰が?……質問の意味が、よく分からん……」
「我々の考えていた情報の価値は、希少性にありました。
 皆が知らないことに価値を見出していた。知らないものだから欲しい。そういう心理が働いていたから、そこに価値があった。
 サヤの国では、違うのですよ。確かにそういった考えもあるのですが、情報を共有することにも価値がある。真逆のそれが、希少性を求める価値基準と、共存しているんです。
 その考えでいくと、使えない情報は、無いも同然。無価値なのです。
 しかし、それで問題が無い様なのですよね。
 相反するものであるのに、普通に成り立っている……。
 だからこんな風に、特殊な構造を、庶民すら利用している。
 そしてそれが、将来的な税収増にも繋がるというのなら、取り入れるべきでしょう?」
「ま、待て……全く、分からん……」
「ふふ、まあそうですね。俺だって、体感してやっと理解しましたから。
 湯で身体を洗い、清潔を保つ様にすることで、病がある程度退くそうでね。
 そうなると、そこに空いた時間や、余った金が生まれるんですよ」

 サヤは「ゆとり」という言葉で表現していた。
 時間に余裕が出れば、足りないものを補ったり、新しいものを生産したり出来るようになる。

「時間が余れば、別の作業を生活に増やすことが出来る。それが収入に繋がり、その結果、納税額が増える」
「……気長だな……」
「妙に遠回りに聞こえるでしょう?   でも、そうやって底上げをしていくのが、盤石な形で生産性を上げることになるんです」

 民が潤えば、国が潤うのだ。分かりきっていることなのに、それを我々は、案外見ていない。
 あるものから無理やり多くもぎ取ろうと躍起になっている。

「セイバーンは、田舎です。産業と言えるものも、麦くらいしかありませんからね。生産性を上げようとしたら、収穫量を上げるか、農業に掛かる時間と労力を減らすかです。だから、農業以外の何かから、収入を得ることが出来る様にするのも、手だと思ったもので」

 風呂を取り入れれば、村人が健康になる。健康になれば、薬代が浮く、薬代が浮けば、それが生活に回せる。生活が楽になれば、別の何かを得ることを、考えられるようになる。
 その様に動くようになるまでには、相当な時間がかかるが、それが今俺の目指す、領主の在り方だ。そして、サヤの痕跡を残す手段なのだ。

「例えばこの湯屋という新たな産業を立ち上げるというのも、ゆとりの活用法ですよぅ。
 まだ我々に、各家庭ごとに風呂を設ける様な余裕はありませんから、村で運営する湯屋を作るのはありですね。
 河川敷の交易路化計画を進めていく間、この湯屋を試験的に運営していくのはどうでしょう。
 小規模なものから進めていけば、運営方法も規則体系も整っていくでしょうし。
 今回作ったこの湯屋の規模なら、一度に入れる人数は、湯に浸かるものと、身体を清めるものを合わせて十名程度ですか。規則の徹底を図るのにも、妥当な人数だと思いますよぅ」

 そんな風に話をしつつ、一通り見て回ったので、じゃあ実際、風呂を沸かしてみるかということになった。
 少し怠くなって来ていたが、これを見ないで帰るのも馬鹿らしい話だ。
 帰ったら少し休ませてもらおう。
 そんな風に考えながら、また湯屋の裏側へ移動した。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...