異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
239 / 1,121

影 10

しおりを挟む
 御者台で濡れてしまったサヤとハインは、いつもの調理場の風呂に直行だ。残った三人が、先に準備も済まし、風呂に入っている筈だ。

「叔父様、あの大きなお風呂、設計図を写してもらいましょう。あれ、うちにも作ったら良いと思います!中庭の端、調理場の裏なんて丁度良いと思いますけど?」
「あのなぁ……ここは水路があるから出来るんだよ。メバックじゃ無理だ」
「じゃあせめて鍋風呂だけでも!」
「……使用人多いんだから、あんなんじゃ回らねぇだろうが」

 私室に戻ると、帰るのをゴネるのは止めたらしいルーシーが、ギルにそんな話をしていてびっくりした。ここで待機するように言っておいた為だ。俺の部屋はもう、皆の憩いの場と化しているのだ。
 ルーシーの我儘に、ギルがうんざりした顔。彼女がここを離れるのを嫌がっていたの……風呂の所為もあったのか。
 だがやはり水汲みが問題だよなと考える。

「おう、お疲れ。首尾は?」
「予定の範疇には収まっていると思う。風呂の話か?」
「ああ……。けど、井戸水を桶で汲み上げるんじゃ、手間が掛かって仕方ねぇよ」
「でももう湯浴みになんて戻れないもの!   叔父様だって相当気に入ってるくせに!」
「叔父って言うな」

 あー……。よく分かるその気持ち。風呂を知ると、湯浴みでは綺麗になった気がしない。解放感もやめられない。

「井戸水なぁ……リカルド様にも、王都の騎士訓練所にあれを作りたいって言われたんだよな」

 先程の会話を思い出し、そう呟くと、ギルに呆れた顔をされた。
 何……?   俺だって予想していなかった珍事件だぞ。なんで俺がなんかしたみたいな顔をするんだ。

「……お前、敵視されてたよな……?」
「軍特化型の方というのは本当みたいだ。軍事ごとに有益な人間は気に入るらしい。
 焼き石で風呂が沸かせることをとてもお気に召された様子だよ。軍に誘われた」
「……おいおいおい……人たらしも大概にしとけよ……」
「いや、大丈夫だよ。半分以上演技だろう」

 俺を側に呼ぶ為の方便だ。気に入った風を装っているだけ。有益だとは思っているみたいだけど。

 マルが帰るまでの間を、井戸水をどう効率よく汲み上げるかと言う話に終始した。
 水車に取り付けた、水の受台。あれは便利だ。桶の水を風呂場まで運ばずとも、その場で流し込めば良いのだから。
 あれで労力は格段に減るだろうが、それでも大変だよなと、頭を悩ませる。
 そうこうしているうちに、マルが戻った。ルーシーが気を利かせて、俺の寝室の準備に席を外す。王家の関わるごちゃごちゃした話には踏み込まぬのが吉だと、彼女も理解しているのだ。

「如何でしたか?   首尾の方」
「とんでもねぇぞ。人たらし全開だ。軍に誘われるほど気に入られたらしい」
「いやだから、あれは半分以上演技だって言ってるだろ」

 そんな会話から、先程のやりとりをマルに説明していく。
 話すうちにサヤも戻って来た。まだ髪をしっとりと濡らし、より黒く艶やかなになっている。きっと大急ぎで戻ったのだろう。

「風邪を引くから、そんな頭でウロウロしちゃ駄目だ」
「でも……」
「サヤ、こっち来い。ここ座れ」

 話に加われないのが嫌で、大急ぎで戻ったらしい。
 そんなサヤに、ギルが渋面で手招き。長椅子に座った所を、手拭いで丹念に水気を吸い取りだす。サヤに触れられる様になってから、ギルのかいがいしさがたまに、グサリとくるのだが、彼はこれが普段通りなので、口を挟むわけにもいかない。
 サヤは少々恥ずかしいのか、初めはわたわた「自分でします!」と騒いでいたが、話を聞いとけと窘められ、渋々受け入れた様子だ。

 そんなサヤが、俺をちらりと見る。
 何か言いたげだ。

「どうしたの?」
「あ、いえ……な、なんでもないです……」

 また言わないつもりか……。ちょっとムッとしてしまった。

「……サヤがそのなんでもないことを言うまで、話進まないけど?」

 意地悪かなと思いつつ、そうでもしないとサヤは言わないだろうから、引かないことにする。俺が口を噤むと、他二人も無言になった。

「……もう!   本当に、たいしたことじゃないのに……」
「うん。でもそれは聞いてから判断する。言ってごらん?」

 そう促すと、暫く渋ってからポツリと「レイシール様が、なんだか、いつもと違います……」と、言った。

「今までのレイシール様と、なんだか、違います……。何を、どうかって言われると、答えられないですけど……」
「ああ、それは確かにな。ちょっと懐かしい感じだ」
「そうですねぇ。やっとレイ様らしくなってきたって感じですかね」

 サヤの言に対し、ギルとマルが、そんな風に返す。
 俺は自分の何かが変わったとは感じていなかった為、首を傾げるしかない。

「姫様が来たしか。
 ……彼の方は、なんだかんだでこう……引きずられるっつうかな」
「持ってるものを最大限出すよう、無言の圧力が掛かるといいますか、ねぇ」

 そう言ってこくこくと二人で頷き合う。
 まあ、言わんとすることは俺にも分かる。姫様には風格があるのだ。この方の為に尽くさねばならないといった気持ちにされられる。

「心配すんな。こいつは元からこんななんだよ。
 学舎に居た頃から、腹の探り合いみたいなもんは得意だったんだ。
 サヤが感じてる違和感はな、多分あれだ」

 サヤの頭にぽん。と、ギルが手を乗せた。
 そうして腰を屈めて、長椅子の後ろから、サヤを覗き込む様に、顔を寄せる。
 俺に聞こえない様に、何かを言った。顔が近くて、そのことが妙に胸を掻き乱す。

「あっ、そうかもしれません」
「だろ?」
「じゃあ、姫様方が仰っていた……ギルさんは、ご存知ですか?」
「ん?   何か言ってたのか?」

 そうすると、また俺の方を伺ってから、サヤが手で、己の口元を隠す。
 ギルの耳にそれを当てがって、また何かを囁いた。
 なんだか恋人同士が睦み合っているようにしか見えず、イライラが募る。
 いい加減、俺を前にして内緒話をするのはやめてくれと抗議しようとしたら、ギルがぶはっ!   と、吹き出した。

「そ、それ……サヤは、見てねぇのか?」
「レイシール様の後ろ側にいましたから」
「見りゃ良かったのに!」
「え?   なんです?」

 マルも分からない様子で、首を傾げると、サヤがちょいちょいとマルを手招きする。
 そして同じように何かを囁いた。すると、

「あああぁぁ、それは残念、サヤくんは見るべきでしたね !
 いやぁ、残念っ。色々なことが結構物凄く、勿体無い感じがします!」
「そんなにですか?」
「凄いんですよ。あれは見ると、男でも押し倒………」
「マル!   それは言っちゃ駄目なやつだ!」

 二人して腹を抱えて笑い崩れる。
 サヤはよく分からないといった様子で、ひたすら困惑顔だ。
 そうこうしていると、大笑いしている声に痺れを切らしたのか、ルーシーが寝室の準備を終えて「大事な話じゃないんですか⁉︎   なら混ぜて欲しいんですけど!」と、やって来る。
  
「いや、お前はやめとけ……見るな。少なくとも今は見るな」
「え?   何を?」
「いやいや、こっちの話です。うん。ルーシーは見なくて良いです。ていうか、見るとややこしくなります」
「もおおぉ!   何言ってるのか全然わかんない!」

 憤慨するルーシー。俺も同じ心地だ。なんなんだよ……。サヤは何を聞いたんだ?

「どっかで見せてやりたいんだがなぁ……難しそうだな」
「そうですねぇ、まあでも、出る様になったなら、その機会もあるのじゃないですかね?
 正直ホッとしましたよ。まあ、それはそれで問題ありになるわけですが」
「いやまぁ、な。けど、やっぱり喜ぶべきことだろ。本当に、良かったよ……」

 急にしんみりとし出す二人。
 だから、何⁉︎
 俺が一体何⁉︎

 そこでようやっと、俺が絶好調にイライラしていることが伝わった様子だ。
 ふふん。と、笑われた。ああくそっ、ムカつく‼︎

「なんだよその顔。何話してたか気になってんのか?」
「知らない。俺には関係ないことみたいだし」
「そうだな、関係ねぇな」

 人の悪い笑みを浮かべ、ギルがマルと目配せし合う。
 そうしてからもう一度、サヤの耳に顔を寄せた。

「サヤ、あのな……、……」
「え?」
「……、……。……」
「そう、だったんですか」
「……、……。お前のお陰だ、ありがとうな」
「ま、まだ、終わってませんから……」

 真っ赤になったサヤが、小さくなって顔を俯ける。
 そんな彼女を、ギルが愛おしそうに見つめて、頭をポンポンとするものだから、俺の堪忍袋の緒が切れた。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

処理中です...