異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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心の傷 2

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 好きで、一緒にいたいと思う相手なのに。
 大切な、幼馴染なのに。
 恐怖から、救い出してくれた人なのに。

 本当なら、幸せになれるはずだった。好きだと思える相手に、同じ気持ちを返してもらえたのだから。
 なのに、彼女の身体が、辛い記憶が、それを拒んだ。
 サヤは、自分が愛を受け入れられないのだと、身をもって知ってしまっているのだ。

「……サヤ」

 好きだと言ってから暫く、サヤは動かなかった。
 まるで感情の揺れもなく、ただ呆然としていた様に見えた。
 その後の急な拒絶。
 俺の方を見ようともせず、今も背中を向けて、小さくなっている。
 恋愛感情じゃない、勘違いだと言った……。

「……サヤ、今から、そっちに行くから、気持ち悪くなったら、すぐ言うんだよ」
「⁉︎   えっ?」
「ゆっくり近付くから」
「え、え?   い、嫌や……!」
「本当に嫌かどうか、確認してみよう?」

 サヤの嫌なことはしないって言った先から、俺ってほんと酷いよなぁ。

 そう思いつつ、だけどこればかりは強行すると、決意した。
 今から行くよ。と、宣言して、寝台の上を這ってゆっくりと、サヤに近付く。
 より一層慌てたサヤは、振り返ることも出来ず、怯え、頭を抱えて丸く、小さく縮こまる。
 嫌悪したくない、怖いなんて思いたくない。居場所を失いたくない!   そんな葛藤が、彼女を混乱させている。
 サヤは怯えていた。自分の感情を、自分で理解できないことに。
 いつも凛々しくて、元気に、明るく振舞っているサヤが、幼い子供の様に、頼りなげに、だだ怯えていた。
 これ以上の負担をかけたくはない。けれど、サヤがこのまま、ずっと一生、この苦しみを抱え続けていくことを、望んでいるとは思えない。

 なら、俺がサヤにできること、今サヤに与えてやれるものは、これしかないと思ったのだ。

「……サヤ、もう……すぐ隣だよ?」

 耳元でそう囁くと、ひっと、息を飲む。けれど…………?

「……?」
「…………」

 返事は無いけれど、拒絶もない。
 少しためらってから、触れるよ。と、前置きして、手を伸ばした。
 丸まったサヤの背に、そっと触れる。

「……どう?」
「…………わ……な、い……」

 手をゆっくり肩に移動させて、力を込めて、サヤを胸に引き寄せた。
 逃げない……大丈夫。だ。
 暫くそうしてゆるく抱き寄せている間に、サヤは少しずつ、身体の強張りを解いていく……。
 その様子を余すことなく見届けてから、俺は、安堵の息を吐いた。

「サヤ、俺の好きは、勘違いじゃないよ。
 妹みたいとか、同情とか、そういうのでもない。
 サヤに触れたいって思う、愛おしいって思う、サヤを知りたいって思う好きだ。
 だからほら、サヤに触れると、こんなに心臓が、ばくばくいってる……」

 正直言って、怖かった。
 サヤの拒絶が。
 サヤに少しずつ近付く間、断頭台に向かう心地だった。
 だけど、今こうして、触れている。

「サヤ、怖い?」
「……なんで……?……怖、ない……」
「そう、良かった」

 もう一方の手も、サヤに伸ばす。
 サヤの頭を胸に導いて、鼓動をきちんと認識できる様、しっかりと全身で抱きしめた。

 柔らかくて、小さい肩。
 だけどその柔らかさの下に、しなやかな筋肉を感じる。鍛えられた、自分を虐めてきた身体だ。恐怖を克服しようと、必死で足掻いてきた、努力で培われた身体。
 腕をさする様に撫でると、従者服の肩にある切れ込み部分に、赤い傷が見えた。
 縦に真っ直ぐ走った、刃の傷。

「なんで、レイは……?」
「……うん、なんでだろうな……俺も、よく分からない」
「どうして、カナくんは……」
「うん……。辛かったよな……。ずっとそれを、カナくんに申し訳ないって、思ってたの?」

 そう聞くと、サヤが、ふるりと小さく震える。

 嫌われてると言っていた……。
 好きだと言ってもらえたカナくんを、拒絶するしかなく、そのことで結局、お互いの距離が開いてしまったのだろう。嫌われるのを、それでも好きなのを、どうしようもなかった。
 それは、本当に、辛いことだったろう……。それでもサヤは、カナくんから教えてもらった言葉だけを信じて、必死に、足掻いてきたのだと思う。いつか怖くなくなる。強くなれば、平気になれる。そうがむしゃらに信じて、頑張ったのだ。

「サヤは、頑張ったんだな。偉かった。
 カナくんの気持ちに応えようと、必死で努力したんだよな……」
「……そんなええもんと、違う……余計、イライラさせただけ……混乱させて、落胆させて……っ。
 普通で、いたかった……せやのに、どんどん、どんどん、あかんように……」
「うん……」
「道場で、練習の時触れるんは、平気やのに、それ以外は怖い、なんでか、怖ぁて……」
「うん……」
「なんでやって……何が駄目なんやって……俺がなんかしたか⁉︎   って……っ、わ、分からへんのんやもん、なんでかが、分からへん!   私にだって、分からへんの!」
「……うん。うん…………辛かったよな……」

 恐怖ばかりが降り積もって、ちぐはぐが積み重なって、どんどん、遠い存在になってしまった。
 サヤは、俺なんかじゃなく、カナくんとこうしたかったろうに……。

「なんで……なんでレイは、平気なんやろ……」

 小さな嗚咽が聞こえたから、腕の位置を変えて、サヤの目元を隠した。
 安堵と、落胆。
 俺を恐れずに済んだことに、ホッとして、俺がカナくんじゃないことに、きっと虚しさを感じている。

 なんで……か。
 それは多分、サヤが、俺のことを、男として意識してないからだと、思うけど……。
 言わない。サヤはこの恐怖を、克服したいと願っているのに、そんなことを教える必要は無いだろう。
 それに、誰にも近付けず、ただ怖がっていたサヤは、この世界に来てちゃんと成長した。
 俺だけじゃない、ギルやハイン、マルとだって、触れ合える様になっているのだ。

「サヤの頑張りが、やっと実り出したのかもしれない。
 だから、俺たちには触れられる様に、なったんじゃないかな。
 きっと、帰る頃には、大丈夫って思える様に、なっているんじゃない?」

 ツキンと胸が痛む。
 いつか夢で見た様な、笑ってカナくんと寄り添うサヤを想像した。
 こんといて……か。うん、俺はそれで、納得しなきゃ、駄目なんだ。

「落ち着いた?」

 サヤの涙が乾くのを待って、そっと声を掛けると、恥ずかしげに身動ぎする。
 だから手を離して、距離を取った。
 俺を怖くないと分かったのだから、もう、近付かなくて良いだろう。好きでもない相手に、あまり触られたくもないだろうし。

「じゃあサヤ、約束。
 一人で、黙ってどこかに、行こうとしないでくれ。
 もしそんなことになったら、俺はサヤを探すよ。ずっと。見つかるまで」
「は、はい……」

 その返事に、嘘や偽りが無いか、瞳を覗き込んで確認する。
 恥ずかしそうに視線をそらすけれど、誤魔化そうとしている雰囲気は無い。うん、もう大丈夫かな。

「よし。じゃあ、俺が言ったことは忘れて良いから」
「……え?」
「俺の気持ちは、忘れて良い。誤解さえ解ければ、それで俺は充分。だから今まで通り、な?」
「……え……?   そ、それで、ええの?   だって……その……」

 戸惑うサヤに、笑みを深める。気遣ってくれることが、嬉しかった。
 そんな優しいサヤだから、俺は、覚悟を決められるのだ。
 サヤが好意をどれほど重荷にしているか、今回のことでよく分かった。
 そんな負担を、サヤに強いるつもりはないのだ。
 彼女が、最愛の人をも拒絶するしかない程に、深く傷を負っているのなら、俺がサヤに捧げる愛は、その重荷を与えないことだろう。 
 だから、気にしないでと口にする。

「さっきも言ったけど、俺が勝手に好きなだけだから、今までと何も変わらないよ。
 サヤは普通にしていたら良い。俺も今まで通りにするし、ちゃんと気持ちの折り合いもつける。こっちで勝手にそうするだけだから、サヤは無かったことにしてくれたら良い。
 さっき強行しちゃったから、信用できないかもしれないけど……。
 もう、サヤの嫌なことは、しない。サヤが約束を守って、ここに居てくれるなら、それで俺は、充分だから」

 得られないと思っていたものが、得られないのだと確認できただけだ。何も変わらない。
 サヤを、サヤの世界に帰すこと以外で、失うことがなくなるなら、それで良い。

「……、レイ、あん、な……」
「良いから。気にしなくて良いんだ。そんな顔しないで」

 困った様に眉を寄せるサヤに、もう遅いから、そろそろちゃんと休もうと提案する。
 サヤから、話したくないであろうことを、引きずり出してしまった自覚もあった。俺と顔を付き合わせているのも、気まずいだろう。
 それに……、俺も少々、疲れていたのだ。

 分かっていた。なるべくしてなっただけだ。そして自分で、こうすると決めた。だけど、やっぱり……痛いものは、痛いんだよな……。

 サヤが寝室から去り、隣の夜番用の部屋に姿を消してから、俺は寝台に入り直した。
 天井を見上げ、ふぅ、と、息を吐く。
 涙なんて出ない。隣の部屋にサヤがいるし、そこまで緊張を解くことは出来ない。
 でも良かった。サヤはきっと、もう、勝手にいなくなったりはしないと思うし、想いを伝えても、拒絶されなかった。
 これって結構凄いことじゃないか?
 カナくんすら得られなかったものを、俺は手にできたのだから。
 うん、だから、それで納得する。
 気持ちの整理をつけるまで、暫く時間は掛かると思うけれど、やってやれないことはないだろう。

「おやすみ、サヤ」

 多分聞こえているだろうから、そう呟いてから瞳を閉じた。
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