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リカルド様がお越しになるまでに、なんとか顔の火照りは治まった。
ふやけている場合じゃない。と、気合いを入れ、現れたリカルド様に右手を差し出す。
「今日はよろしくお願いします」
握手を交わす。薬指が動かしにくい為、少々不恰好な握手だ。
それでも一応は、手を握ってもらえた。
「今日は歩きです。現場に向かう途中に、川から土嚢壁の内側が見えますので」
緩やかな坂道を下り、村の中心を突っ切ってから、橋を渡る。
そうすると見えるのが、急角度で蛇行する川縁と、道を挟み、畑の上を長く続く袋の列。
木の杭に板を当てがい、その板を杭に押し付ける形で土嚢が積まれている。釘は一切、使用していない。
サヤによると、板を杭に打ち付けること自体に、意味が無いという。というか、逆効果だそうだ。板にも杭にも傷が入る。それはそれぞれの強度を落とすだけだと言った。
更に、水を吸った木は膨れる。膨張すれば、勝手に強度が増すらしい。
「土嚢が板を押さえるのですから、釘は不要です。
それに、川から畑の方向にしか負荷はかかりません。杭と板は土嚢を守り、土嚢は杭と板を支え、水が補強する様な感じでしょうか……お互いの役割はお互いが補佐しているというか……。だから、これで良い……はずです」
学校での課題研究で、実際に土嚢を利用する職の者……発掘調査員とやらに取材したのだと、そう教えてくれたのだ。
「この壁が、砂入りの袋か」
「ええ、見たまんまでしょう?」
俺たちの身長よりも高い、袋の山。
それが、きっちりと方向、大きさを揃え、延々と続く様は、城壁に等しい。
この袋の山が、若干弓なりの傾斜となり、整然と積み上がっている。そのうちの一部に、段が作られており、これは上部に上がる為の階段だ。
「……これを、どれ程で作り上げただと?」
「半月程です」
見上げるリカルド様は口を半開きにし、目を輝かせている。なんか、思っていた以上の好感触だ。
配下の三名すら、圧倒されてしまい、リカルド様に注意を払うことすら忘れている。
「何故、川から離して作られている?」
「氾濫した川からの圧力を分散させる為ですね。
川幅が広がることで、勢いが弱まります。それにより、土嚢壁に掛かる圧が下がる。あと、根元の地面が抉れて決壊する可能性を下げています。川縁ですと、結構な圧がかかりまして、岩でも削りますから」
渡した資料にも書かれていたことではあるけれど、文字や絵で見るのと、実際に見るのとでは、印象が違うのだろう。
「土嚢壁に使われた麻袋は麦用の規格で統一されています。そうしなければ大きさが揃いませんからね。
同じ大きさの袋に、同じ量の土。規格を揃えることで、どこかに圧が集中するのを防いでいます。形や並べ方自体にも、ちゃんと意味があるんですよ」
雨季が終われば、この土嚢壁の内側にも、土嚢壁の続きが築かれる。傾斜をつけ、川側は表面を石む板で補強する。他は土で舗装し、上部には道を、傾斜の外側部分には、根を張る種類の草を植え、補強するのだという。
雑草まで利用する。これは地滑りを防ぐ良い手段であるらしい。出来ることならば、ハーブも植えたいですね。食べられますから。と、サヤは言っていたが……。
「どうした?」
急に笑い出した俺に、リカルド殿が訝しげに問う。
いや、失礼。川の氾濫をどうこうすることで必死になっているのに、食べられるからという理由で、ハーブを植えたいとか言われたんだなと。
それを思い出したら、生活力あるなぁと、感心する反面、妙に可愛く感じてしまったのだ。
「いえ、当時の大変さを少し、思い出しまして……はじめは全然、揃ってなかったなぁと。
土嚢壁を作る前段階として、休憩用の小屋をね、各班ごとに競って作って……そこで規格を揃えることや、積み方の意味を理解してもらいました。
最終的には……歪んでいると気持ち悪く感じるらしくて……何を言わずとも、この様な形になった。短期間で、素晴らしい上達ぶりでしたよ」
土嚢を作る為に、丘一つを半ば切り崩した。そこは今、更地になってしまっている。
山一つを切り崩し、そこに都市を築き上げたサヤの国には遠く及ばないが、更地の活用法として、宿舎を作ろうかと検討している。
この丘は今後の工事で、全て土嚢にされる予定だ。
均一な土嚢をつくるには「研修」が必要不可欠だ。ここで確かな技能を身につけてもらい、その技能に沿って給金に色をつける。そうしてから現場に派遣する……。そんな形を今、検討中だった。
能力に見合った給金。そして、努力次第で更に上が目指せるのだ。
まずはセイバーン周辺から工事が始まる。今まで通り集会場を利用していたのでは不都合だし、収容できる人数も少ない。セイバーンの宿泊施設といえば借家だが、それでは追いつかないし、管理にも困る。
また、急を要した氾濫対策ではぶっ通しの作業となり、結構過酷であったから、時間に追われないこれからは、十日内に一日くらいの配分で、休日を設けるという話も出ていた。
「触れて頂いても構いませんよ。納得出来た様であれば、土嚢作りを体験してみませんか。
今日の雨なら、そうやりにくくもないでしょう」
嫌そうな顔をする配下の方々のうち、騎士である様子の一人だけは、俄然乗り気だ。残り二人を騎士ではないと思った理由は、動作の機敏さにある。
ヴァーリン家の関係者は、体格の良い者が多い。剣ともう一つ、なにがしかの武器を免許皆伝しなければならないらしい。武官、文官、関係なしにだ。
だが皆伝など、そうそう得られるものではない為、文官には日々の鍛錬を日課として続けている者が多い。だから、総じて体格が良い。
つまり、体格ががっしりしていても、職務として剣を行なっている者とは意識が違う。
自身が武官ではないという認識がある為か、周りへの警戒の仕方、動作に無駄が多かった。
……とはいえ、俺は武官って持ったことないからなぁ。
シザーの動きだったり、ディート殿や姫様の武官を見てた印象からの判断なんだけど。
「土嚢作りは二人一組で作るのが基本となります。
片方が袋を持ち、片方が土を入れる。けれどこれでは効率が悪いので、この木枠を袋にはめて、一人作業にしています。擦り切れいっぱいまで。それが土の分量となります。
入れ終わったら、袋の口を紐で縛り、その口を更にもうひと折りして縛ります。これで土嚢は完成。簡単でしょう?
行軍時には木枠が無いでしょうから、初めから袋に線など引いて、土を入れる分量の目安をつけておくのが良いでしょう」
あまりやる気のない二人には木枠無し、
騎士風の一人には木枠ありで、十個程作ってもらう。リカルド様もやりたそうな雰囲気であったけれど、今は堪えるらしい。
やって貰えば分かる……。これが結構重労働であるということは。
円匙(シャベル)を地面に突き刺し、土を掘り起こして持ち上げ、袋に入れる。それだけのことなのだが。
舐めてかかっていたようで、五袋作るまでに息は上がっていた。
「本来は十人で一つの組を作って作業しております。
五人が土の掘り起こし、三人が土嚢作り、二人が荷車に積み込みます。
積み込みは休憩を兼ねておりまして、掘るなり、作るなりで疲れた者と交代しつつ、作業を続けます。
上手い班はその入れ替えがとても上手でしたね。極力全体休憩を作らず、いかに休憩を取り入れるか。誰がどの作業にどれくらい耐えられるかを把握する必要がある。
今回は、土を入れるのではなく、地面を掘りながらですから、辛いでしょう?
二人ひと組の作業で、一日百袋辺りが限界だそうですからね」
そんな説明をしていると、向こうから近衛の方がやって来られた。
ルオード様を含め、五人。
二人体制で二時間交代の土嚢観察を行いつつ、その合間に土嚢作りの訓練、更に一名が俺の護衛役に着く。五人程は休日となっている。
「ああ、ルオード様。よくいらして下さいました」
疲れた顔をしていた面々に、緊張が走る。
ルオード様も思うことはあるだろうに、それを感じさせない爽やかな笑顔で微笑まれた。
「お声がけ頂き光栄です。
リカルド様、本日はよしなに」
「近衛の方々は、ここに来られてからの日数、土嚢作りと積み上げの訓練をされています。
実演を見せて頂きましょう。十日程度でどれ程に変わるか……ね」
やってきた人員の中に、先程交代となったディート殿を見つけた。視線が合うと、にかりと笑う。
何を思ったか、わざわざ二人組の方に歩み寄り、円匙を手からもぎ取って、その場で土を掘り、袋に放り込みだす。
それがまぁ……早い。
ヒィヒィ言いつつトロトロ行われていた土嚢作りが、あっという間に五袋。そして息も切らさず、速度も落とさず、十袋作り終えるまで続いた。
……この人は……本当に、規格外だよな……。
そんな方法で挑発ですか……もう、文句も言えないくらい爽やかだよ。
「はっは、やはり文官殿には少々荷が重いでしょうな。
我々本職でも、まあ結構、腰やら腕やら、疲れますから」
そう言っているが、全くそんな様子は無い。肩に円匙を担いで、カカと笑う。
ディート殿の言葉にリカルド殿の眼光が鋭くなる。
「……その様な、やわな鍛え方はしておらぬわ。
そうだな、お前たち」
「は、はい!」
「今日中に、十袋を作り切れる様になれぬなら、ヴァーリン失格だ。信頼に足らぬわ」
うわぁ、苛烈だ……。
もう結構疲れてきてる人たちにそれを言うんだもんなぁ。
俺が言われるんじゃなくて良かったと思いつつ、顔だけはにこやかに、配下の方々を見守る。
それと同時に、ふるいにかけているのだなと、心の中で考えた。
多分、リカルド様のお供はある程度、定期的に入れ替えられているはずだ。
こうやって何か、叱責されるような失敗を犯すよう仕向けられ、忠誠心を試されていると思う。
リカルド様の行動、言動に対する備えが薄いものな。
ハインは腹黒い発言も多いが、先回りも凄い。多分俺がこう選ぶだろうと推測し……たまに勝手に動いてしまっているのは困りものだが……その行動が、俺の気持ちを裏切っていることはまず無い。
それだけ俺を理解しているということだ。
だがリカルド様のお連れの方々は、そう言った先読みが出来ていない。
こんな挑発をされればどう出るか。その心構えがないから、その一言に酷く消耗する。
「もう一度だ」
容赦なく、リカルド様が宣告する。
二人組の方は、悲壮感を漂わせ、返事の声も極小さい。
だが、騎士の方は奮い立ち、必死の形相で一つ目からを、もう一度始める。
震える手足を気力で動かし、歯を食い縛って、手を休めない。
つまり、それくらいのことには耐えられる。という、信頼があった上での暴言なわけだ。
……この方が当たりの一名だな。
時間は掛かった。
だが手を休めず、作り切る。
作り終えた途端、膝をついてしまった騎士の方を一瞥し「その程度は耐えて当然だぞ」と、言いつつも、続けろとは言わなかった。
「まあ良い。
次を見せろ。行くぞ」
「り、リカルド様っ」
「貴様らは終わっておらぬだろうが。続けろ。手を止めたから、もう一度始めからな」
剣呑な目で睨み付ける。
行くぞと言われた騎士の方は、必死で震える足に鞭打って、立ち上がろうとしていたが、やはりまだ回復は追いついていない様子だ。
「では、観測所に行きましょうか。
ハイン、手を貸して差し上げろ」
「はい」
騎士の方の腕を取り、肩に回す。
俺の護衛が疎かになるから、凄く不機嫌な顔だ。けれど、俺の指示の意味は伝わっている。
「リカルド様、観測所にお邪魔させて頂きます」
「ああ、ではここは私が受け持ちましょう。
なに、今からの訓練に二人加えるだけですから、お気になさらず」
リカルド様の意思を尊重し、土嚢作りを徹底的に叩き込むと確約して下さる。
これで、体裁は整った。
一人だけでも引き連れているから、疑われはしないだろう。同じだけの試練を与えられ、切り抜けた結果なのだから。
……実は先程、握手を交わした際に、指に挟んだ紙を手渡していた。
それに、
ちょうはつにのってください
とだけ書いていたのだけれど、意図はちゃんと察して下さっていたな。
ふやけている場合じゃない。と、気合いを入れ、現れたリカルド様に右手を差し出す。
「今日はよろしくお願いします」
握手を交わす。薬指が動かしにくい為、少々不恰好な握手だ。
それでも一応は、手を握ってもらえた。
「今日は歩きです。現場に向かう途中に、川から土嚢壁の内側が見えますので」
緩やかな坂道を下り、村の中心を突っ切ってから、橋を渡る。
そうすると見えるのが、急角度で蛇行する川縁と、道を挟み、畑の上を長く続く袋の列。
木の杭に板を当てがい、その板を杭に押し付ける形で土嚢が積まれている。釘は一切、使用していない。
サヤによると、板を杭に打ち付けること自体に、意味が無いという。というか、逆効果だそうだ。板にも杭にも傷が入る。それはそれぞれの強度を落とすだけだと言った。
更に、水を吸った木は膨れる。膨張すれば、勝手に強度が増すらしい。
「土嚢が板を押さえるのですから、釘は不要です。
それに、川から畑の方向にしか負荷はかかりません。杭と板は土嚢を守り、土嚢は杭と板を支え、水が補強する様な感じでしょうか……お互いの役割はお互いが補佐しているというか……。だから、これで良い……はずです」
学校での課題研究で、実際に土嚢を利用する職の者……発掘調査員とやらに取材したのだと、そう教えてくれたのだ。
「この壁が、砂入りの袋か」
「ええ、見たまんまでしょう?」
俺たちの身長よりも高い、袋の山。
それが、きっちりと方向、大きさを揃え、延々と続く様は、城壁に等しい。
この袋の山が、若干弓なりの傾斜となり、整然と積み上がっている。そのうちの一部に、段が作られており、これは上部に上がる為の階段だ。
「……これを、どれ程で作り上げただと?」
「半月程です」
見上げるリカルド様は口を半開きにし、目を輝かせている。なんか、思っていた以上の好感触だ。
配下の三名すら、圧倒されてしまい、リカルド様に注意を払うことすら忘れている。
「何故、川から離して作られている?」
「氾濫した川からの圧力を分散させる為ですね。
川幅が広がることで、勢いが弱まります。それにより、土嚢壁に掛かる圧が下がる。あと、根元の地面が抉れて決壊する可能性を下げています。川縁ですと、結構な圧がかかりまして、岩でも削りますから」
渡した資料にも書かれていたことではあるけれど、文字や絵で見るのと、実際に見るのとでは、印象が違うのだろう。
「土嚢壁に使われた麻袋は麦用の規格で統一されています。そうしなければ大きさが揃いませんからね。
同じ大きさの袋に、同じ量の土。規格を揃えることで、どこかに圧が集中するのを防いでいます。形や並べ方自体にも、ちゃんと意味があるんですよ」
雨季が終われば、この土嚢壁の内側にも、土嚢壁の続きが築かれる。傾斜をつけ、川側は表面を石む板で補強する。他は土で舗装し、上部には道を、傾斜の外側部分には、根を張る種類の草を植え、補強するのだという。
雑草まで利用する。これは地滑りを防ぐ良い手段であるらしい。出来ることならば、ハーブも植えたいですね。食べられますから。と、サヤは言っていたが……。
「どうした?」
急に笑い出した俺に、リカルド殿が訝しげに問う。
いや、失礼。川の氾濫をどうこうすることで必死になっているのに、食べられるからという理由で、ハーブを植えたいとか言われたんだなと。
それを思い出したら、生活力あるなぁと、感心する反面、妙に可愛く感じてしまったのだ。
「いえ、当時の大変さを少し、思い出しまして……はじめは全然、揃ってなかったなぁと。
土嚢壁を作る前段階として、休憩用の小屋をね、各班ごとに競って作って……そこで規格を揃えることや、積み方の意味を理解してもらいました。
最終的には……歪んでいると気持ち悪く感じるらしくて……何を言わずとも、この様な形になった。短期間で、素晴らしい上達ぶりでしたよ」
土嚢を作る為に、丘一つを半ば切り崩した。そこは今、更地になってしまっている。
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均一な土嚢をつくるには「研修」が必要不可欠だ。ここで確かな技能を身につけてもらい、その技能に沿って給金に色をつける。そうしてから現場に派遣する……。そんな形を今、検討中だった。
能力に見合った給金。そして、努力次第で更に上が目指せるのだ。
まずはセイバーン周辺から工事が始まる。今まで通り集会場を利用していたのでは不都合だし、収容できる人数も少ない。セイバーンの宿泊施設といえば借家だが、それでは追いつかないし、管理にも困る。
また、急を要した氾濫対策ではぶっ通しの作業となり、結構過酷であったから、時間に追われないこれからは、十日内に一日くらいの配分で、休日を設けるという話も出ていた。
「触れて頂いても構いませんよ。納得出来た様であれば、土嚢作りを体験してみませんか。
今日の雨なら、そうやりにくくもないでしょう」
嫌そうな顔をする配下の方々のうち、騎士である様子の一人だけは、俄然乗り気だ。残り二人を騎士ではないと思った理由は、動作の機敏さにある。
ヴァーリン家の関係者は、体格の良い者が多い。剣ともう一つ、なにがしかの武器を免許皆伝しなければならないらしい。武官、文官、関係なしにだ。
だが皆伝など、そうそう得られるものではない為、文官には日々の鍛錬を日課として続けている者が多い。だから、総じて体格が良い。
つまり、体格ががっしりしていても、職務として剣を行なっている者とは意識が違う。
自身が武官ではないという認識がある為か、周りへの警戒の仕方、動作に無駄が多かった。
……とはいえ、俺は武官って持ったことないからなぁ。
シザーの動きだったり、ディート殿や姫様の武官を見てた印象からの判断なんだけど。
「土嚢作りは二人一組で作るのが基本となります。
片方が袋を持ち、片方が土を入れる。けれどこれでは効率が悪いので、この木枠を袋にはめて、一人作業にしています。擦り切れいっぱいまで。それが土の分量となります。
入れ終わったら、袋の口を紐で縛り、その口を更にもうひと折りして縛ります。これで土嚢は完成。簡単でしょう?
行軍時には木枠が無いでしょうから、初めから袋に線など引いて、土を入れる分量の目安をつけておくのが良いでしょう」
あまりやる気のない二人には木枠無し、
騎士風の一人には木枠ありで、十個程作ってもらう。リカルド様もやりたそうな雰囲気であったけれど、今は堪えるらしい。
やって貰えば分かる……。これが結構重労働であるということは。
円匙(シャベル)を地面に突き刺し、土を掘り起こして持ち上げ、袋に入れる。それだけのことなのだが。
舐めてかかっていたようで、五袋作るまでに息は上がっていた。
「本来は十人で一つの組を作って作業しております。
五人が土の掘り起こし、三人が土嚢作り、二人が荷車に積み込みます。
積み込みは休憩を兼ねておりまして、掘るなり、作るなりで疲れた者と交代しつつ、作業を続けます。
上手い班はその入れ替えがとても上手でしたね。極力全体休憩を作らず、いかに休憩を取り入れるか。誰がどの作業にどれくらい耐えられるかを把握する必要がある。
今回は、土を入れるのではなく、地面を掘りながらですから、辛いでしょう?
二人ひと組の作業で、一日百袋辺りが限界だそうですからね」
そんな説明をしていると、向こうから近衛の方がやって来られた。
ルオード様を含め、五人。
二人体制で二時間交代の土嚢観察を行いつつ、その合間に土嚢作りの訓練、更に一名が俺の護衛役に着く。五人程は休日となっている。
「ああ、ルオード様。よくいらして下さいました」
疲れた顔をしていた面々に、緊張が走る。
ルオード様も思うことはあるだろうに、それを感じさせない爽やかな笑顔で微笑まれた。
「お声がけ頂き光栄です。
リカルド様、本日はよしなに」
「近衛の方々は、ここに来られてからの日数、土嚢作りと積み上げの訓練をされています。
実演を見せて頂きましょう。十日程度でどれ程に変わるか……ね」
やってきた人員の中に、先程交代となったディート殿を見つけた。視線が合うと、にかりと笑う。
何を思ったか、わざわざ二人組の方に歩み寄り、円匙を手からもぎ取って、その場で土を掘り、袋に放り込みだす。
それがまぁ……早い。
ヒィヒィ言いつつトロトロ行われていた土嚢作りが、あっという間に五袋。そして息も切らさず、速度も落とさず、十袋作り終えるまで続いた。
……この人は……本当に、規格外だよな……。
そんな方法で挑発ですか……もう、文句も言えないくらい爽やかだよ。
「はっは、やはり文官殿には少々荷が重いでしょうな。
我々本職でも、まあ結構、腰やら腕やら、疲れますから」
そう言っているが、全くそんな様子は無い。肩に円匙を担いで、カカと笑う。
ディート殿の言葉にリカルド殿の眼光が鋭くなる。
「……その様な、やわな鍛え方はしておらぬわ。
そうだな、お前たち」
「は、はい!」
「今日中に、十袋を作り切れる様になれぬなら、ヴァーリン失格だ。信頼に足らぬわ」
うわぁ、苛烈だ……。
もう結構疲れてきてる人たちにそれを言うんだもんなぁ。
俺が言われるんじゃなくて良かったと思いつつ、顔だけはにこやかに、配下の方々を見守る。
それと同時に、ふるいにかけているのだなと、心の中で考えた。
多分、リカルド様のお供はある程度、定期的に入れ替えられているはずだ。
こうやって何か、叱責されるような失敗を犯すよう仕向けられ、忠誠心を試されていると思う。
リカルド様の行動、言動に対する備えが薄いものな。
ハインは腹黒い発言も多いが、先回りも凄い。多分俺がこう選ぶだろうと推測し……たまに勝手に動いてしまっているのは困りものだが……その行動が、俺の気持ちを裏切っていることはまず無い。
それだけ俺を理解しているということだ。
だがリカルド様のお連れの方々は、そう言った先読みが出来ていない。
こんな挑発をされればどう出るか。その心構えがないから、その一言に酷く消耗する。
「もう一度だ」
容赦なく、リカルド様が宣告する。
二人組の方は、悲壮感を漂わせ、返事の声も極小さい。
だが、騎士の方は奮い立ち、必死の形相で一つ目からを、もう一度始める。
震える手足を気力で動かし、歯を食い縛って、手を休めない。
つまり、それくらいのことには耐えられる。という、信頼があった上での暴言なわけだ。
……この方が当たりの一名だな。
時間は掛かった。
だが手を休めず、作り切る。
作り終えた途端、膝をついてしまった騎士の方を一瞥し「その程度は耐えて当然だぞ」と、言いつつも、続けろとは言わなかった。
「まあ良い。
次を見せろ。行くぞ」
「り、リカルド様っ」
「貴様らは終わっておらぬだろうが。続けろ。手を止めたから、もう一度始めからな」
剣呑な目で睨み付ける。
行くぞと言われた騎士の方は、必死で震える足に鞭打って、立ち上がろうとしていたが、やはりまだ回復は追いついていない様子だ。
「では、観測所に行きましょうか。
ハイン、手を貸して差し上げろ」
「はい」
騎士の方の腕を取り、肩に回す。
俺の護衛が疎かになるから、凄く不機嫌な顔だ。けれど、俺の指示の意味は伝わっている。
「リカルド様、観測所にお邪魔させて頂きます」
「ああ、ではここは私が受け持ちましょう。
なに、今からの訓練に二人加えるだけですから、お気になさらず」
リカルド様の意思を尊重し、土嚢作りを徹底的に叩き込むと確約して下さる。
これで、体裁は整った。
一人だけでも引き連れているから、疑われはしないだろう。同じだけの試練を与えられ、切り抜けた結果なのだから。
……実は先程、握手を交わした際に、指に挟んだ紙を手渡していた。
それに、
ちょうはつにのってください
とだけ書いていたのだけれど、意図はちゃんと察して下さっていたな。
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