異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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自覚 5

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 館に入ると、沢山の視線が一気に俺たちに集中した。
 雨季の前から続く、あのおおごとが注目を集めている証拠だろう。近衛が経過観察するやら、気付けば公爵二家から人が来てるやら、相当騒がせた自覚はあるので、黙って案内の後に続く。
 応接室に通され、そこで待つよう言い渡された。

「……思いの外、大丈夫そうに見えますね」

 部屋に二人きりになった途端、ハインがそう口を開く。

「まだ流石に平気だよ」

 ……サヤが居ないから、落ち着いていられる。

 前回、異母様とお会いした時、サヤは異母様に歯向かった。
 マルや俺を庇って、乱闘沙汰まで起こしている。
 だから、連れて来たくなかった。彼女は何かあれば必ず、俺たちを守ろうと動くだろうから。
 そして多分、サヤが怒るに違いないような、面会になるのだろうから。

「……ハインも、分かっていると思うけど」
「承知しております。極力、善処致します」

 ギロリと睨まれた。何度も念を押すな、しつこい。といった顔。
 異母様にその顔をしないでくれよと、もっと念を押しておきたいくらいなんだけどな。
 内心でそう思いつつ、とりあえず笑って誤魔化しておいた。

 半時間ほど、そのまま待たされる。

 もう洗濯物は、干し終わったろうかと思いながら、静かな時間を立ったまま過ごす。
 さっきハインに、思いの外大丈夫そうに見える……なんて言われたけれど、それは俺も感じていた。
 前ここに来た時は……もっと、心音が煩かったと思うのだ。
 この館に踏み込むだけで、大抵俺は縮み上がって、過去の記憶の残滓に翻弄されていたから。
 色んな記憶が、沢山の場所に刻まれている。その場を目にする度、あの時の光景が脳裏を過ぎり、胸に杭を打たれたような心地になっていたから。
 だけど今日は、何故か落ち着いていた……。
 忘れてしまえたわけじゃない。現にこうして思い出す。けれど、そこまでの圧を、感じていなかった。

 扉の開く音で我にかえり、頭を下げた。
 視界の端を、異母様が通過する気配。
 そのまま異母様が、この部屋唯一の椅子に腰を下ろし、沈黙が続いた。
 暫くは、頭を下げたまま待つ。
 カツン、カツンと、扇で肘掛を叩く音。もうそろそろ頃合いかなと思ったので、頭を上げると、その扇が飛んできた。
 一応身内だ。本来なら、礼などしなくても良いのだけれど、当然俺は身内だと思われていない。だから、体裁は、整えなければならない。そう思って、待つには待ったのだ。たぶん、動かなければ、いつまでだったそのままであったろう。

「誰が、面を上げよと言いました」
「……申し訳ございません。ですが、ご報告に来たのです。このままではお伝えすることもままなりませんので、ご理解下さい」

 扇の当たった左胸辺りにじんわりと痛みが広がる。
 けれど、やはり違う……。俺、異母様を、前程、恐ろしく思っていないみたいだ……。
 自分の心に思いの外、波風が立たない。表情を取り繕う余裕すらあるのだ。
 そのことに、半ば呆然としつつも、ハインから資料を受け取る。
 報告書を、異母様の執事に二部渡す。一つは父上にお渡し頂きたいとお願いする。……まぁ、届かないのは分かっているのだけれど。

「では報告します」

 土嚢壁により無事川の氾濫を防ぐことに成功したこと。
 これより、その土嚢壁を利用した堤、河川敷に作り変えていくこと。
 河川敷は、踏み固め強度を上げていく必要があり、その為に上を道にすること。
 道を、ある程度人の往来を約束された規模にする必要があり、輸送に適した交易路にしていくこと。
 故にセイバーンを縦断し、アギーに繋がる規模の交易路を作る予定であり、アギー公爵家との共同研究を取り付けていることなどを伝えていく。

「資金の方は、支援金と、新規事業の運営でまかないますので、セイバーンの負担とはなりません。新規事業においては、納税も当然義務化しますし、増税となります。
 あと、氾濫を防ぐことに成功しました為、今後氾濫が起こらないと仮定するなら、西側が開拓可能です。
 この事業の規模を考えますと、物資の管理をセイバーン村で行うには少々手狭でありますし、農業にも影響をきたしますので、その西の地に拠点を設置し、そちらで事業の管理を行おうと思っております」

 返答や質問は一切ない。
 異母様には興味も無いのだと思う。
 ただ俺が一人語り続ける時間が続く。
 そして一通りが終わった時、異母様は。

「誰がそのようなことを許可しましたか」

 ……想定されていた言葉を、想定していた通り、口にされた。
 内心で、溜息をかみ殺す。大丈夫だ、今日の俺は、この方に威圧されていない。だからちゃんと、きりかえせる。

「……此度のことで、土嚢が国益に適う有益な技術であると、認めて頂けました。
 国軍にて採用されます。よって、訓練の為にも、土嚢を作り続けることのできる環境が求められております。
 セイバーンの交易路整備は、それを兼ねることとなります故、アギーに繋げるまで、必ず行わなければなりません。
 アギーより先は、各領地の領主に、引き継がれる形となる予定です。
 我々が、先陣を切る。失敗の許されない大役ですが、名誉なことです」

 国軍にて採用される。という言葉に、異母様の瞳が見開かれる。
 土の袋が、何故軍隊に採用されるというのか分からない……いや、そもそも土嚢が何かすら、分からないのかもしれない。
 それを冷静に見つめつつ、俺は言葉を続ける。

「それと……私も、正式に役職を賜ることになりそうです。
 お聞きしたところ、どうも、学舎に居た折より、その予定があったそうで……。
 今回のことで、領地の運営に携わりつつでも、国益に適う働きができうると認めて頂きましたので、特例ですが、近々令書が届くとのことです。
 今まで通り、セイバーンでの役割を担いつつ、兼任させて頂くことになるでしょう」

 ワナワナと、小刻みに異母様の唇が震えている。
 怒り。憤怒に瞳を燃やし、俺を睨みつけていた。
 それを、凪いだ気持ちで視界におさめつつ、淡々と言葉を続ける。

「この事業に関わる全てのものに関してですが。
 私と、アギーのクリスタ様が責任者を務めることに決定致しました。
 国やアギーより派遣されてくる方々も増えると思われます。
 故に急ぎ、西に設置する拠点を、村として機能するよう、建設していく予定です。
 アギーのクリスタ様より、国への許可も申請して頂いておりますので、これはもう、決定事項となります。
 では急ぎ、手配を進めてまいります」

 王となられる姫様直々の許可が出ているのだが、そこはクリスタ様と言っておく。
 異母様の許可は一切必要無いのだと、そう伝え、報告を終える。
 しばらく待ち、質問等が無いことを確認してから、一礼して退室することにした。
 踵を返し、扉の前に立つと、背後から声が、俺の背中に這い上がってくる。

「自分が何者か、忘れてしまったとでもいうのかしら」

 毒々しく澱みのある、重たい声が絡みついてきた。
 ぞわりと、背中が泡立ったけれど、それは、俺自身に対する恐怖故ではない。何を生贄に選ぶつもりであるが、手に取るように、分かってしまったからだ。

「恐ろしい……持ってはいけない、得てはいけないと、あれほど教え諭したというのに……まだ学び足りないのね。とんだ痴れ者だこと。
 また、失わなければ良いのだけれどねぇ。
 なんと言ったかしら、あの失礼な子供……」

 グッとハインの拳が握り込まれた。
 いつもの俺なら、言い返せもせず、怯えていたことだろう。だけど……!
 絡みつく声を引き千切るように、振り返る。異母様を見据えると、驚いたのか、口を噤み、息を飲む。
 サヤに……何かしてみろ。絶対に、許さない。

「サヤは、近衛への推挙が、通りました」

 少し強い語調で、はっきりとはねつける。

「まだ幼い故、成人まではの私の預かりとなります。が、近衛の襟飾りを、ルオード様より正式に賜りましたので、ご報告致します。
 サヤのことは、私が責任を持って、成人まで保護し、指導していく所存です。
 私自身が成人前の未熟者故、ご懸念は多々おありでしょうが、どうか暖かく、見守って頂きたく。
 あの子は将来、立派な国の盾と、なるでしょうから!」

 では、失礼しますともう一礼し、部屋を後にした。
 館を出てやっと、爪が食い込むまで握り込んでいた拳を、気合いで緩める。
 こんな顔でサヤの前に立つわけにはいかない。落ち着け。大丈夫だ。自分に言い聞かし、大きく息を吸い込み、吐き出した。

「……やればできるじゃないですか」

 そんな俺に、ハインが声を掛けてくる。
 視線をやると、珍しく眉間のシワを伸ばしたハインが、ほんの少しだけ、微笑みを浮かべていた。

「あれ以上言わせていたら、殴りかかるところでしたよ」
「やめろって言っておいたよな⁉︎
 そんな予感がしてたから、必死だったんだぞ俺は!」

 やっぱりかと、怒る俺に、ハインの笑みが深くなる。

 不思議でならない。何故、異母様を恐れずに済んだのか。やはり、アギーやフェルドナレンという、後ろ盾を得たからだろうか。そんな風に思っていたのだが、帰ってきた俺たちに、怒った顔を向けてくるサヤを見て、謎が解けた。

 あ、そうか……。サヤだ。
 異母様は、良くも悪くも、貴族らしい方だ。身分や役職といった、はっきりした上下関係の中で、鉢の中を泳ぐ魚。
 俺たちは皆、色々なものに縛られ、与えられた鉢の中で泳ぐことしかできない。
 しかしサヤは、違う。
 彼女は、鳥なのだ。束縛のない、自由な存在。
 身分など、気にもしない。異母様どころか、姫様にだって平気で否を、自らの意思を、示す者。
 怒った彼女には、異母様とて、ただ怯えるしかなかったのだ。
 彼の方に屈しない姿を、圧倒するところを、示してくれたから……!

「何故、私を連れて行って下さらなかったんですか⁉︎
 異母様のところに行くなら、私だって!」

 凄く怒ったサヤが、拳を握って開口一番、そう叫ぶ。
 だけど瞳が、酷く心配そうにこちらを見ている。サヤの前まで行くと手が伸びてきて、そっと俺の頬に触れた。

「また、酷いことを言われたんですか……」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないです!   レイシール様の大丈夫って本当、信頼度ゼロですからね⁉︎」
「あ、それは同意です」
「大丈夫だっただろ⁉︎」

 混ぜっ返すハインをキッと睨んでそう言い返すが、ツンと視線を逸らされてしまった。
 こいつ……と、ハインを睨み続けても意に介さない。それどころか、無理やり頬の手が、俺の顔の向きを修正してくる。
 ぐぐぐと、またサヤの方を向かされた。

「ちゃんと見せてください!」

 不安そうに揺れる瞳が、俺の表情を、体温を、確認していく。……ていうか、そんなじっくり見られると逆に恥ずかしくて、顔の体温が上がってくるんだけどな……。

「大丈夫だったよ。
 思ってたよりずっと、平常心でいられたし……色々な方が、布石を打ってくれていたから、特別酷い扱いもされていない。
 報告はちゃんと無事済ませたし、これからのことに横槍も入れてはこないだろう。
 それに……何かあれば、サヤが守ってくれると思ったら、そんなに怖くもなかったよ」

 最後はちょっとおどけた風に言ってみた。
 するとサヤは、眉の下がった、不安そうな表情ではあったけれど、笑みを見せてくれる。
 でもそこで、またキッと、視線を鋭くした。

「今回は、無事だった様なので、良いことにします。
 でも次、私を置いていったら、本当に怒りますよ」

 念を押されてしまった……。
 でもまぁ……襟飾りのことも伝えたし、もう簡単には、サヤに手を出してきたりしないだろう。

「サヤを連れていくべきと思ったときは、ちゃんとそうするから」

 必ずは約束できない。状況による。
 そう伝えると、渋々ながらも、頬を挟む手が離れた。

「では、やるべきことは済んだことですし、遠出に行きましょう」
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