異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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新たな戦い 19

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 帰り支度がほぼ整った、更に翌日。発注していた蓋つきの大瓶が届いた。
 それと同時に、俺の注文していた品も、飾り彫の木箱に入れられ届けられたので、それはいったん部屋にしまっておく。
 そして干し野菜も完成した。

「本当に……しわくちゃのしなびた野菜でしかないんだな」
「ええ、そうですよ。でも、ちゃんと食べられるんです。
 とりあえず、瓶は六つありますから、種類別に分けて、一週間ごとに食してみましょう。
 こちらの世界は私の国ほど湿度が高くありませんから、良い具合に乾燥できていると思いますし、日持ちもすると思いますよ。
 ひと瓶は残しておいて、次にホセさんがいらっしゃった時に、村でお試しとして試食してもらっても良いかと」

 干し野菜を瓶に入れ、綿布の袋に入れた竹炭をその上に置いたサヤが。貯蔵庫で保管して下さいと言いつつ、一つをバート商会の料理人に渡す。
 調理場を借りたお礼と、新しい食材を試してもらうためだ。

「生の野菜より歯ごたえ、風味が良いです。そのまま汁物に入れて利用しても良いですし、水に浸しておけばある程度戻りますから、焼いたりもできます」

 使い方を伝え、長らくお世話になりましたと頭を下げる。本来は彼の城だ。貴族絡みとはいえ、好きに使わせてくれる料理人など、そうそういない。

「こちらこそ、良い経験をたくさん積ませて頂きました。またの機会を、願っております」

 サヤに対し、彼もそう言って頭を下げる。
 それに対しサヤは、はい。またよろしくお願いしますと、言葉を返した。

 残りの瓶は、荷物の中に入れられた。
 割れないよう、布物で保護しつつだ。これがあるから、帰りの荷は少々ゆっくりと持ち帰ることになる。

「小さい瓶も、買っておけば良かったです……。もう一つ、試してみたい保存食を、思い出しました」
「今からでも買いに行く?」
「う……。も、もうちょっと……ほとぼりが覚めてからにします……」

 なんのほとぼりか……は、聞かないでも分かった。本当にごめん……と、小声で謝るしかない。

 扁桃を買って帰ったサヤの様子がおかしかったのも、これのせいであったのだ。
 コソコソと話されるそれが、サヤの耳にはバッチリ届いてしまったらしい。だから慌てて、急ぎ帰ったのだと、しどろもどろ彼女は言った。

「その……男性同士の……あの……誤解をされておりまして……説明のしようもなく……」
「うん……そうだね…………ほんとごめん……」

 女性だとバレてないことを喜ぶべきなのか……誤解に苦悩すべきなのか……。
 謎の従者が謎のままであることが唯一の救いであるのだけど、ヘーゼラーの耳に入れば、俺だと分かってしまう気もしていて……。
 正直もう、バレた時は腹を括るしかないと思ってはいるのだけど、まだ拠点村もできていない。どうかバレないでいてくれと、願うことしかできなかった……。
 状況を聞いたギルにも頭を抱えられた。
 もうちょっと考えて行動しろよと言うべきか、奥手のお前にしてはよくやったと褒めるべきか……そんなことを言われてもう、困るしかなかったのだが、とりあえず謎の従者は知らないで通すということだけが決められた。他にどうにも言いようがないのだから仕方がない。

 そして夜を迎え……ここ数日前からの日課、夜の語り合いの時間に臨む。

「えっ、麺⁉︎    麺があるん⁉︎」
「うん。あるよ」
「見たことない!」
「いや、食べただろ?    二日くらい前の軽食。平べったい……薄い形状の……」
「…………あれ、麺麭パンやろ?」
「いや、麺だって……」

 サヤの世界との齟齬をすり合わせる時間は、思いの外有効に機能している。
 今日もまた新しい事実が発覚だ。サヤの世界にも麺はあり、それは細長くてつるんとしていて、湯がいて食べるものであるらしい。
 サヤのサンドイッチに着想を得たと言って、バート商会の料理人が作ってくれた軽食で、一度サヤも食べているのだが、あの生地が麺であるということを、サヤは知らなかった。サヤの国のものとは形状に差がありすぎて、気付きもしていなかったのだ。

「サヤの世界の麺が想像できない……。麺は湯がいたら変だろ、絶対。揚げることはたまにあるけど」
「あ、揚げることは確かにある。長崎ちゃんぽんとか、揚げてはるわ」
「…………いやもう、なんかほんと、全然形状違うのに?」
「……妙な部分で合うと、違和感しかない……」

 呆然としたのち、くすくすと笑い合う。
 ああどうしよう……すごく和む。そして愛おしい気持ちが高まる。
 こうやって時間を共有することが、幸せでたまらず、そして恐ろしい……。この時間が指の間をすり抜けていくのではと考えると、一瞬で恐怖に支配されそうになる。
 そんな不意に襲ってくる不安をなんとかやり過ごしつつ、俺は忘れないうちにと席を立った。
 下手に考えてたら、襟飾の時みたいに、渡しそびれたまま時間が過ぎてしまう。

「はい」
「……え?    綺麗な木箱……」
「いや、それはただの箱。中身だから」

 箱に気を取られたサヤに笑ってしまった。
 いや、まさか包みの方に感心されるとは思っていなかったのだ。
 不意打ちでツボに入ってしまい、くつくつと笑い続ける俺を、サヤは少々頬を膨らましつつ……けれど、しばらく眺める。

「……何?」
「……反則やなって……。あ、違う。こっちの話や」

 あまり熱心に見つめられるから聞いたのに、頬を染めて反則って言われてしまった……。意味不明だ。そして理由を言う気は無いらしい。

「なんで?……これ……今日、何かあった?」

 訝しげに、箱を眺めつつ言うものだから。

「サヤの国は、恋人への贈り物に、理由が必要なの?」

 何かしら決まり事があったのかもしれないと思い、そう聞いたのだが、その瞬間にサヤは俯いてしまった。

「お、贈り物……?」

 みるみる、耳まで赤くなる。
 いや……まだ中身も見てないのに……そこまで恥ずかしがられても……。

「中に、がっかりされなきゃ、いいんだけど……」

 これでサヤが見ていたものが、俺の勘違いだったりしたら、すごい馬鹿だし……。
 この土壇場で、テレのあまりそんな可能性を考えついてしまい、追い詰められた心地に自らを追いやりつつ、箱を開けるサヤに固唾を飲んだのだけど……。

「あっ、この前の!」

 間違っていなかったようだ……。心底ホッとした。
 木箱の中に収まっていたのは、紺地の絹布に包まれた香水瓶。

「花の名前も聞いてみたのだけど……野山で見かけた草木が題材で、名前は分からないらしい。
 どこで見たのかもいまいち覚えていないって……。
 ただ、セイバーン領内で見たのは確かで、思い出したら知らせてくれるとも、書いてあったから……」

 蓋つき瓶を届けてくれた者に手紙を託し、この瓶の購入と、題材を伺ったのだけど……ツバキであればと、願ったのだけど……そうそう簡単な話ではなかった。
 だから、がっかりさせてしまったのじゃないかと、少し不安になる。

「それで……その……気に入っていたようにも、見えたし……」

 少しでも、慰めになればと……。

 両親の話に、涙をこらえて微笑んだサヤを、なんとか、元気付けたかったのだ。
 だってあの話も、俺のためにしてくれたのだって、分かってる。
 思い出せば、辛くなるのも分かっていて、話してくれた……。

「……おおきに」

 瓶を胸に抱えたサヤが、小声でそう呟いて、俺の肩へ身を預けてきて……腕にかかった重みに狼狽えてしまった。
 腕を肩にまわして良いのかどうか、とっさに悩む。
 あの時のことを思い出していただけに、あの時の会話が頭を支配してきて、二人きりであることを否が応でも意識させられた。

 いつでもはあかんって……いつかは良いってこと?    いつなら良いってこと?    それってどこで判断すれば⁉︎

 だけどあの時は、衝動のままに行動してしまった。怖がるどころじゃなかったと言っていたけれど、それはたまたま運が良かっただけの話。
 そう思うと、腕を伸ばすのは憚られ、けれどサヤが近いせいで、すぐ目の前にあるサヤの額に視線が張り付いて、口づけしたことを思い出してしまうと余計、欲望が……普段、極力頭から追い出すようにしている本能的なものが、刺激されてしまう。
 部屋に戻って眠るだけのサヤは、夜着の上に羽織を纏っただけで、補整着だって身に付けていない。
 瓶を抱える胸元には当然、普段は隠しているものがしっかりと主張していて、あ、こんなことを意識してしまったことがそもそも危険だと分かった時には、もう遅かった。
 ザワリと身体が、劣情に総毛立つ。

「サヤっ!    そろそろ寝ないと、明日に差し支える」

 全力で理性を総動員して、サヤから身を離せた自分を、褒めてやりたい。

「あ、そ、そやった……」

 少し焦った様子の、サヤの声。今、彼女を見ては駄目だと自分に言い聞かせ、視線を窓の外に貼り付けた。
 真っ暗な闇。そこにぼんやりと、硝子に映った人の輪郭が見える。慌てて立ち上がったサヤの輪郭。

「お、おやすみ……」
「うん、おやすみ……」

 拳を握って心よ凪げといつもの呪文を全力で唱えつつ、サヤが部屋を出るまでの時間がひどく長かった。
 窓硝子に映る人影が部屋から消え、パタンと扉が閉まっても、感情の高ぶりは一向に抑えられず、ものすごく焦る。

 やばい……やばい!    サヤには全部聞こえるから、絶対に駄目だ。呼吸一つ、乱しては駄目だ!

 セイバーンに戻ってからのことや、異母様、兄上、そして父上のことをあえて考えて、暴れる欲望を必死で押し殺した。
 嫌な記憶を掘り起こして、あえて直視しようだなんて気になる日が来るとは……そしてそれを有難いとすら思うとは……。
 そんな風にして気持ちを落ち着けたものだから、ズシンと心が重くなってしまったけれど、そのまま寝台に倒れこんで、睡眠欲に逃げることにする。
 疲れたから、丁度良い。
 良かった……なんとかなって……。
 今なら母の夢だって、歓迎できそうだ……。

 意識の最後に考えたのは、そんな自虐的なことだった。
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