異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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拠点村 7

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 拠点村は、セイバーンより北北西に、馬車で一時間半ほどの場所となった。
 あえて川から少し離れた場所にしたのは、セイバーンの西側を発展させるため、新たに道を繋げることを考えたからだ。
 セイバーンの西への道は、南からの迂回路しか、今まで無かった。川の氾濫ですぐに道が潰れるからだ。
 だからその問題が解決した今、西に繋がる新たな道も必要だろう。
 そんなわけで、メバックに向かう交易路の途中から、枝分かれした仮道の少し先に、拠点村は建設を始めていた。

「拠点村というから、もっと小規模なものかと思っていたのだがな……」
「ふふ。この村自体を、一つの大きな店みたいにする計画なんです。
 これが俯瞰図ですね。今立っているのがここ。あそこの仮小屋は、将来的に厩になります」

 俯瞰図を広げてくれたサヤの手元を覗き込み、ここに何ができて、あそこにこれを作りますと、指差しつつ説明を加えていく。
 ハインは馬車を仮小屋横にある柵まで預けに行っている。

「ほう……これはまた……こんな大規模になるのか……。
 だが、所属する職人はまだ、ほとんどおらぬのだろう?こんな規模で作って、大丈夫なのか?」
「村が完成しないことには、話が始まりませんからね。まあ、焦らないことにしています。
 そもそもが、難しいことなんです。今までの当たり前を、覆そうとしてるんですから……」

 村の建設自体は、メバックの職人が多く携わり、恙なく進めてくれる。
 だが、理解してくれるかどうかは、また別問題だ。
 俺のお膝元扱いのメバックですら、あれだけの反発がある。領地中から募集したとしても、賛同者が現れるかどうか……。
 つい、後ろ向きに考えてしまいそうになるけれど、初めての試みに反対はつきものだ。土嚢壁だって、そうだったろう?    と、自分に言い聞かす。

「レイ様。ご足労いただき有難うございます。
 仮小屋は本日中に完成しますので、人足の人数を明日から増やす予定なんですが……」

 現場指揮に携わっていたウーヴェを発見し声を掛けたら、今からの予定を丁寧に教えてくれた。
 前々からきっちりと計画が立てられており、資材も人員も申し分ない。仮小屋も予定より少し早いくらいの完成らしい。
 また、土建組合と遍歴石工による水路の設置も始まっているとのこと。

「変わった水路の利用法なので、少々手間取るかと思いましたが……作り自体はさほどややこしくないので問題無いかと。
 ただ、水路が村を区切っていく形となりますので、家屋の増築などには不便でしょうか」
「そこはまあ、仕方のないことだしな。だが、水汲み不要となれば、生活は随分と楽だろうし……」
「本当にこんな形、成り立つんでしょうか……なかなかに不思議な提案で、結構不安です……」

 ウーヴェはそう言い、なんとも複雑な表情を見せる。
 言われた通りを作るのだとしても、やはり不安を感じるようだ。
 まぁなぁ……まさかの、家の中を水路が突っ切っている光景だものなぁ……。

「レイ殿……これは、水路の位置がずれていないか?」

 俯瞰図を丁寧に見ていたディート殿にも、今まさにウーヴェの感じている違和感を指摘された。
 うーん……いや、これであってるんだけどね。

「ずれていないんですよ。家の端に、水路を引き込む設計なんです」
「……引き込んでどうする……」

 そう問われ、うーんと、また唸る……。
 俺も実物を見たわけじゃないし……こういうものなんですよと言うしかないんだよなぁ……。
 この街の構想もサヤの案なのだが、そのことは伏せてあるため、彼女に説明をお願いするわけにもいかない。
 ただ、サヤに聞いた話では、とても便利であるように思えたし、水の豊かなセイバーンならば利用可能であると思えたのだ。

「この水路は、カバタ……川端と呼ばれるものなんです。
 家の中に水路を引き込んで、この水を生活用水に利用するんですよ。
 これがあれば、毎日の水汲み作業を省けるんです」

 セイバーンの西側は水害の多発地域としてあまり注目されてこなかったのだが、この地域の地中には、水脈が縦横無尽に張り巡らされている。
 前に遠出した時にもあったが、湧き水が至る所から湧き上がっているのだ。
 つまり、どこを掘っても井戸が作れると言えるのだが、それを知ったサヤが、ならばと提案してきたのがこの、川端。
 調理場に水路を繋げ、生活に利用するという、画期的な提案だった。
 今はまだ設置されていないが、家が建てば、この水路に細い鉄管を埋め込み、更に地下水を引き上げる。
 これは勝手に湧き上がってくるので、そのまま垂れ流しだ。
 地下水は、元池と呼ばれる甕にいったん溜められ、更に水路に流れ落ちるという仕組み。

「元池に湧き出す水を、野菜を洗ったり、煮炊きなど調理に使います。
 元池から溢れて、水路に流れた水で、汚れた食器などを洗う。
 この水路では川魚も飼育しており、その川魚が食器の汚れなどの残飯を食べて衛生面を補ってくれつつ肥え、頃合いになったら捕まえて食すのだそうですよ」
「…………な、なんだその画期的な構想は⁉︎」
「ね。とりあえず作ってみたい気持ちになるの、分かってもらえましたか」

 サヤの国には、この水路を利用する街が、今現在も存在するらしい。100世帯以上の規模で、生活しているという。

「この世界、洗剤とか石鹸とかは滅多に使いませんし、糞尿など汚水も川に流しませんよね?    だから、ものすごくこのシステムに適していると思うんです。
 汚れによる川の汚染が最小限なんですから。
 上流に民家等の生活区域を集めて、下流……または別の流れを区切って、作業場や鍛冶場などを建設すれば、村の中の水は水質を保てると思いますし、冬場の食料として魚も確保できちゃいそうですし、一石二鳥だと思いませんか」

 この提案を聞いた時の、俺とマルの心境を理解していただけるだろうか。
 サヤがもう創造の女神か何かに見えてきてしまう、この心境が⁉︎

 大工や建築技師らにこの構想を伝え、再現を依頼した際も、驚愕のあまり白眼をむかれてしまった。
 この地域の特性があって、はじめて成り立つ形であるため、どの地域でも応用できるというわけにはいかないが、素晴らしい構想だと、提案者を是非紹介してくれと詰め寄られたのだが、千年以上昔に、異国の地で利用されていた方法を応用し、ブンカケンの研究の粋を集めた構想だと大嘘で押し切った。
 村を一から作るからこそ、取り入れられる案だ。水路を村に張り巡らせる必要があるため、途中からでは組み込みにくい。
 無理やりでもごり押しするしかなかったのだ。

「他の地域でも行いたいという者が殺到するのではないか?」
「ここくらい地下水脈が豊富で、その水が飲料に適していれば可能ですよ。好きに取り入れていただいて構いません」
「……秘匿権は良いのか…………」
「特別な技術はどこにも使われません。
 だから、ここの工事に携わる技術者にも口止め等は行っていません」

 特別な技術と言えるものは使用されていない。ただ、今ある技術を、この形にまとめる発想が、特別であっただけだ。

「いや、恐れ入った。
 凄いな……貴殿は本当に……どう言った頭の使い方をしているやら……」
「私の発案ではありませんよ」
「いや、この構想を聞き、それを実現できる形に練り上げ、実行にまで持っていったのはレイ殿ではないか。
 先ほども言ったろう?    聞いたからとて、いったい何人がそれを実行に移そうと思える?
 俺ならば、その提案をされても聞き流す……そんな夢物語をと、真面目に受け取らないだろう……。
 だが……本気、なのだよな。これを、村の形で成すのだよな?    その実行力と、胆力が、凄いと言っている」

 真顔で、面と向かってそのように言われると、なんだか居た堪れない……。
 俺はただ、前例があるものを、ここで形に持っていこうとしているだけだから……。
 だがそれを口にするわけにもいかない……。

「そのような賛辞は、村の完成まで取っておいてください。
 きちんと出来上がれば、嬉しいのですけどね。挑戦してみなければ、結果を得られませんから」

 そう言って誤魔化しておいた。

 そのまま村の予定地をぐるっと一周歩く。
 この村の特徴は、村入り口からまっすぐ中央広場まで伸びる、目抜き通りだろう。
 この通りは小さな店を長屋状に作りつけてあり、職人に間貸しする予定だ。店舗の裏側は通路で繋がり、更に共同作業場や共同調理場へと続いている。因みに二階建てで、上部が住居だ。
 中央広場の周りには、湯屋と食事処を中心とした大きめの店舗がいくつか、そして宿があり、行商団のような大人数の利用する宿は、広場奥の、もう一本裏手の通りにある。
 こちらには貸し倉庫や厩などが隣接しており、料金を払えば馬の世話などもお願いできる。
 そんな村の中心を囲う形で水路が張り巡らされ、民家が建つ。
 村というより、もう小規模な街といえるかもしれない。
 村の西外れには汚水場があり、東外れに鍛冶場。俺たちの研究所兼住居となる館は、北の外れに位置する。

「またなんで村外れだ……」
「俺は配下より影の方が多いので……」

 忍である吠狼たちを囲いやすいよう村外れの配置だ。警備も彼らの日常業務となる。
 賃金も発生するし、見た目の警備は固くないので村人への威圧感も軽減できる。でも守りは万全だ。
 協力してくれる人数が増えたなら、ジェイドのように表に出る役回りの者も、もう少し増やしたい。

 一回りすると結構時間が経った。
 そろそろ戻ろうかということになり、ハインが馬車を取りに向かう。

「どれくらいで完成する予定だ?」
「最低限が備われば開村します。ざっと三ヶ月ほどでしょうか。
 なので、はじめの三ヶ月程はメバックの大工だけでなく、遍歴の職人も大人数雇っていますね。
 雪が降れば作業は中断するでしょうから、来年の今頃には完成といったところでしょうか」
「完成後にも是非伺いたいものだな。活用されている水路を見てみたい」

 ディート殿の言葉に、機会があったら是非と伝えた。
 やって来た馬車に乗り込み、拠点村を後にする段階で、ふと、そういえば、今日は静かだったなと思い至る。

 ルカ……今日はいなかったのかな?

 水路作りが始まれば、必ずいるだろうと思っていたのだが……。
 まあ、初日からいるとは、限らないか。
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