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拠点村 14

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 セイバーンに戻り、しばらくは通夜のような状態だ。
 サヤは落ち込んでしまっていたし、俺も、気分が塞いでいた。
 だけどとりあえず、執務室に戻って一番初めにしたことは、ディート殿への謝罪。

「サヤの性別を偽っていたこと、申し訳ない……。
 姫様方は、ご存知ですが……その…………色々、事情がありまして……」
「気にするな。姫様が伏せておくことを認めたのだろう?    なら俺がとやかく言うことはない。
 いや、無理やり風呂に誘わなくて正解だったな。危ないところだった」

 場の空気を明るくするよう努めてくれているのか、ディート殿がおどけてそんな風に言う。
 そうして、いつも通りの態度でサヤに「茶が欲しい。お願いできるか?」と、言った。
 サヤはコクリと頷いて、調理場へ向かう。
 それを見送ってからディート殿はにこやかに笑いつつ、俺を見た。

「どおりでな……姫様の影が、勤められたわけだ。
 それにしても、俺はてっきり、レイ殿は男色の方かと思っていたぞ。
 サヤに対してあまりに過保護であったし、距離も近いように感じたのでな。
 まあ、友人の好みをとやかく言うつもりはなかったのだが、誤解ならば溶けた方が良い」

 何やら回りくどく言われた。
 聞き捨てならない誤解も含まれていたが、溶けたならとやかくは言うまいと、我慢する。
 そして、最後に一つ咳払いをしてから。

「……で、もう将来は誓ったのか?    耳飾は与えてないように見受けられるが?」

 …………なんでそれを聞く……。

 じっとりとした視線になったのは仕方がないと理解していただきたい。

「……それ、言う必要あることですか……」
「言っておく方が良いぞ?    でないと、俺がまた、色々気を使ってしまうかもしれん。
 サヤは情熱的だったな。其方が大切だから守るのだと大見得切っておっただろう?    女の身で、それほどする覚悟は、一つしかあるまい?
 なのにまさか、貴殿が気持ちを伝えてないなどと、初心なことは言わぬよな?」

 満面の笑顔で物騒なことを言わないでくれ……。
 調理場だと、聞こえてしまっているかも、しれないというのに…………。

 とはいっても、これ以上の秘密があることを、ディート殿に言うのは憚られた。
 とりあえずやらないよりはマシかと、隣の応接室に招く。扉をきっちりと閉めてから、ディート殿に向き直り、小声で伝えた。

「俺たちは、そういった関係は結んでいません」
「…………手を付けていないと言うのか?    ここに住まわせているのに?」

 大抵のことに驚かない様子のディート殿が、何故かこれに限っては、驚いた顔をする。
 そして剣呑な表情になった。

「まさか……あそこまで言わせておいて、あれだけの態度を取っておいて、その気はないと言うのか?
 それではルカがあんまりだぞ⁉︎」
「違います!」

 くそっ、結局、全部言わなきゃ駄目なのか……。

「……サヤには、魂を捧げています。
 けれど、俺は親族と縁が薄い。父上とも、お会いできない状況です……。
 異母様にサヤのことは、言えません。それはサヤの身を危険に晒すことになりますから。
 それに……サヤ自身の問題もあります……」
「サヤ自身の問題とは?」
「…………無体を、働かれたと、言ったでしょう?
 幼き時に、恐ろしい経験をしているようなんです。だから彼女は、そういったことを求められることが、恐怖に直結します。
 異性に、女性として見られるだけでも怯えるんです……。だから、男装でいる方が……、男と思われていた方が、身の安全にもなるし、彼女も落ち着ける」

 俺の言葉に、ディート殿が渋い顔をする。
 これはだいぶんややこしいぞと気付いた様子だ。
 そして、額に手を当てて、少し思案しつつ……。

「それは……多分ルカに、誤解されているぞ?
 サヤは、レイ殿の情婦だと、そう解釈されていると思う。
 だから、あれ程まで、怒りを露わにしたのではないか?」

 …………え?
 そう指摘され、びっくりしてしまった。
 いや、そんな不誠実なこと、許されるわけないじゃないか……。

「そもそもな。共に暮らしていて、手を出していないとはどういうことだ……」
「サヤも俺も成人前ですよ⁉︎    将来が保証してやれないのに、そんな不誠実なこと!」
「いや、そうだが……それは理想としてはそうなんだが……だからこそというか………………レイ殿の胆力はここにも発揮されるのか?」

 何やらとても不可解といった様子だ。
 そして真剣な顔で「興味が無いとか、言わないよな?」と、聞いてくる。

「あのですね……それも、言わなきゃならないことですか……」
「もうこの際だから全部吐け。でないと俺の心が休まらん」
「…………無いわけないでしょう……。俺だって色々……頑張ってるんですよ……」

 溜息交じりに伝えると、そりゃそうだと納得の様子。
 分かってるならあえて聞かないでもらいたかった……。

「……サヤは何も言わぬのか?    貴殿はそれで良いと?」
「サヤは、すごく頑張ってくれてますよ。
 故郷では……恐怖故に、好意を寄せる相手と気持ちが通じてすら、拒絶せざるを得なかったそうですから……。
 だけど俺は、随分受け入れてもらえてます。触れることもできますし、なによりこうして、傍にいることを、承知してくれた……」
「そこから⁉︎」

 驚愕されてしまったが、サヤからしたらこれは、相当な覚悟を伴うことだ。
 ただ俺を受け入れるという話ではない。全てを捨てて俺を選ぶということだ。これからの人生全てを犠牲に。
 知らないディート殿からしたら大したことではないように思うのかもしれないが、俺はその覚悟を知っている。
 だから、そんな風に軽く考えてほしくない。
 キッと睨むと、自分の態度がまずかったと気付いたらしい。
 咳払いをして、すまんと、謝罪してきた。ついでにこれからのことについても注意しておくことにする。

「ディート殿も、サヤを女性だと知りました。だから多分、サヤは貴方が怖くなる。
 貴方を間合いに入れなくなります。今まで通りといかずとも、どうか許してやってください。
 それから、鍛錬以外でサヤの間合いに踏み込んだり、急に触れたりすることは控えてください。
 それすら彼女にとって苦痛なんです。彼女の恐怖は、かなり根深い。
 俺は、サヤを追い詰めたくない。焦らせたくないんです。彼女は天涯孤独の身で、更には十七になったばかりだ。そういったことを急がされるような年齢でもない。
 だから……耳飾は、求めません。お互いが成人するまでと、サヤの気持ちが整うまで。そういうことをするつもりは、無いんです」

 きっぱりと言い切ると、ディート殿は天を仰いで大きな溜息を吐く。
 こんな状況に至った事情に、呆れているのだと思う。

「難儀だな……。まあ、俺にはレイ殿の誠実さが嫌という程伝わったが……ルカに説明するわけにもいかぬか。
 サヤの名誉を汚すだろうし……だが言わないでいることも、サヤにとっては不名誉だな……」

 ルカやディート殿が真っ先にそう考えたように、世間もきっと、そう解釈する。
 それは、囲われていた時、母の陰で囁かれていた言葉が、サヤにも降り注ぐということだ。
 聞こえてしまうサヤにとってそれは、地獄以外のなにものでもないだろう…………。
 だけどルカは、なんでもないと言って、立ち去った。彼はきっと、口を閉ざしてくれると思う。

「ルカは、きっと我慢してくれます。サヤが女性であることを伏せてくれるなら、彼女の名誉はまだ、守られる。
 ルカには…………申し訳ないですが……」

 俺たちと共にいたことが、そんな風に見られる……。
 事情もあったし、そうせざるを得なかったのだけど、結局、拠点村に移ったとしても、彼女の性別を明かすなら、そう解釈されることになるということだ。
 それが分かり、俺の気持ちは更に沈んだ。
 耳飾を与えてやれれば、彼女の名誉は守られる。俺が娶ると、世間に示すことができれば、妾だ、囲者だと、蔑まれなくて済む。
 けれど、父上にお会いできない以上、それは無理だし……お会いできたとして……許可をいただけたとしても、関係を進めるというのは……サヤには難しいだろうと思う。
 なにより、彼女は天涯孤独の身の上だ。庇護者がいないからといって、こちらの一存を強要したくない。そんな理由で彼女に無理を、させたくなかった。

「それはともかくな、実際問題として、あと何年だ?    サヤの成人まで三年待つのか?
 それは、耐えられるものなのか…………」
「俺だけの問題で済むことならどうとでもします。
 耐えれば済む話なら、耐えますよ」

 そう答えると、ディート殿はまるで首を絞められたような顔をし……。

「……レイ殿の偉大さがよく分かった……」

 しかめ面しい顔をして、頑張れ。と、肩を叩かれた。


 ◆


 ハインが戻ったのは夕方、明日のための食材等も色々買い付けて、食事処に届けてきたらしい。

「来るそうです」

 誰がとかは言わなかったが、まあ分かった。
 サヤの気分転換になれば良いのだけどな……。そう思いつつ、今日起こったことをハインに報告したのだが。

「さもありなん。
 今日でなくとも、近くどこかで起こっていたことでしょう」

 なんでもないことのように、そう言われた。

「うん……そうだな……」

 やはり、サヤの性別は、もう晒さなければならないのかもしれない……。
 例えそれが彼女を苦しめるのだとしても、ひた隠しにしていれば、不意に知られた時、余計に色々詮索されるだろう。

「異母様にももう、知られてしまっている可能性が高いのです。
 なら、こちらから公表して、先手を打つのも一つの手ですよ」
「…………だが、まだ拠点村に移るのは、無理だ……」
「異母様方は出立されたばかりですから、当面安全です。
 戻られたとしても、サヤを一人にせぬよう気をつければ良いだけです」

 どうせ我々は、大体一緒に行動するのですし。と、ハイン。
 不審な物音なりあれば、サヤ自身気付くだろうし、ジェイドたちだって知らせてくれる。

「あちらが何か握ったのだとしても、こちらはそれ以上の隠し手を有してますよ。
 前とは違います。
 そもそも、こちらが異母様方の探りに気付いていることを、異母様は知らない可能性もあります。
 彼の方自身が動くわけがないですから、人を使ったのでしょうし、それが使用人であれば、多少家探しが雑だったのも頷ける。
 そうであれば、先手を打てるのはあちらではなく、こちらです」

 そんな風に言った。

「寝室の準備が整いました」

 話がひと段落した折に、隣室にいたサヤが、戻ってきた。今日は落ち込んだまま、ずっと元気が無い。
 ロビンが切っ掛けだったということが、サヤをずっと苛んでいるようで、視線を落とした姿が痛々しい。
 サヤのことについて俺たちが色々思い悩んでいること自体が、彼女には、俺たちの手を煩わせているように感じるのだと思う。

「サヤ」

 声を掛けると、こちらにやって来る。

「サヤ、もう気にするな。ハインだって気にしてないよ」
「ええ。たいしたことではありません。どうとでも、対処できますし、それで済む話です」
「はい……」

 返事はあったが、視線はこちらを見ない。だから、サヤの手をとって、引き寄せた。
 両手を握って、俯くサヤを見下ろす。

「……サヤ、ロビンは、俺たちにとって何?」

 急にそう聞かれて、戸惑ったのか、視線が泳ぐ。
 答えを導き出せないサヤをしばらく見つめて待ったけれど、返事はないまま。だから、答えを言葉にした。

「ロビンは、メバックで唯一、俺たちの事業に賛同してくれた、職人だ。俺にとっては、大きな希望。その縁は、今回のことがなかったら、きっと俺に繋がっていない。
 サヤが繋げてくれた縁だ。これは、そんなに悪いことかな?」

 そう聞くと、しばらく沈黙した後、ふるふると、首が横に振られた。

「彼は、頑張ると言ってくれたよ。それに俺が、どれだけ救われたか。
 確かにルカのことは、辛いし心配だよ。だけどね、これから先、どうとだってできる。彼との縁だって、切れたわけじゃないんだ」

 そう言うと、サヤの視線が、やっとこちらを向いた。

「私……ご迷惑ばかり、掛けていませんか……。
 私のことで、色々、嘘を重ねて、レイシール様を……」
「それ以上のことをしていただいてますけどね。
 貴女がいなければ、ここは今頃ただの泥沼でしょうし、人死にも出ていたかもしれない。
 異母様方の脅威は、貴女がいてもいなくても同じでしたし……感謝こそすれ、迷惑などと……」

 ハインにしては珍しく、サヤをまともに慰めた。
 一生懸命頑張って言葉を選んだのだと思う。それはサヤにも通じているようで、ハインがそこまで自分に心を砕いてくれていることに、感謝の視線を送った。

「……ありがとう、ございます」
「もうサヤの抜けた生活は、成り立ちません。我々の歯車は噛み合っている。これが、今までの中では最良です。
 ですから、少々の問題も織り込み済みです。分かりましたね?」
「はい……」

 ハインの言葉の方が説得力ある……。
 俺が何を言っても納得してくれなかったのに……。
 ちょっとハインに嫉妬を覚えてしまったのだが、そこに拘るのも大人気ないと、自分を戒めた。
 とりあえず、サヤの様子からして、ディート殿との話は聞かれていないと思う。
 彼女の態度に不信なものは無かったし、これ以上彼女を振り回したくもないから、ホッとした。

「ルカのことは、また今度、拠点村に赴いた時に、様子を見よう。
 何かあればウーヴェが知らせてくれるだろうし、時間が解決することもある」

 この話はそれで締めくくられた。
 とりあえず、今日は色々あったから、ゆっくり休もうとサヤに伝え、俺たちは明日に備えた。
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