上 下
372 / 1,121

地位と責任 4

しおりを挟む
 マルとウーヴェからの報告は、暗い内容が多かった俺側の報告に比べ、随分心を救われる内容だった。
 まずはじめに、ウーヴェからの報告が始まったのだが……。

「拠点村に来ていただける職人を三組確保しました。
 ブンカケンに所属する職人は、それとは別口に十二人。
 あと、問題が解決するならば、拠点村に居を構えても良いという職人が別に二組です」
「……………………ええっ⁉︎」

 いきなりもたらされたその内容に、開いた口が塞がらない……。
 え、ちょっと……それどういう…………?    今まで、あれだけ何も、音沙汰無かったのに⁉︎
 夢じゃないのか……?    もしくは幻聴?    そう思い、つい聞き返してしまう。

「今、なんて言った?」

 聞き返してみたけど同じ内容だった…………。嘘でしょ⁉︎

「種明かしをしますと、来ていただけるうちのひと組は、私が何かしたわけでもなく、ただ準備に手間取ってらっしゃっただけでして……。
 もう引退した職人とそのお孫さんです……。秘匿権を所持しているわけでもないですし……。
 もうひと組は、昔縁のあった方で……。賃貸の店というものに興味を持っていただけたので」

 やはり、秘匿権を持つ者はいなかった。
 それはそうだろう。折角特別に得ている権利を手放すなど、普通は考えない。
 こればかりはブンカケンを始動した後だろうな。
 所属を希望してくれた職人らは、まず俺たちの所持する秘匿権に興味を示したものらしい。
 聞くと、ロビンのいる工房からも一名名乗りがあった様子だ。

「あと、ひと組と、所属希望職人の半分は、現場にいる者たちですよ。
 拠点村の規模からして、数年で潰すことは考えていないんだろうしと。それなら、自分たちみたいな職の者が長く必要だろうからとね」

 涙が出そうになった。
 散々現場で嫌な思いもしただろうに……更に俺との縁を繋げようと考えてくれるだなんて、夢みたいな話だ。
 しかも土建や大工といった職の者に与えられる秘匿権を、俺は有していない……。利点なんて無いのに、所属を決めてくれたなんて……。

「あと、問題が解決すればとおっしゃった方々なのですが、家計的に職人である夫だけの収入では苦しいということで、妻や身内に職があるならばと考えてらっしゃる感じですね。
 ただ、その身内が、身重であったり、高齢であったりと……あまり自由のきく身ではない様子なんですよ。
 それで、現在内職のある今の場所を移れない。移れないけれど、ずっとこのままでと望むような環境でもなく、悩んでいるといった状況で」

 拠点村での、内職……かぁ。
 まだ形にもなっていない村での内職を求められても……難しいなぁ……。
 内職というのは、近場であるから成り立つという部分がある。
 メバックから取り寄せるなどしてしまうと、送料で足がつくのだ。
 どんな店が入るか分からない状況で、何を求められているかも見定められない。だから安請け合いで内職があるだなんて、口にはできない。
 折角のことだしなんとかしたいところなのだが…………。

「あの、それなら一つ、思い当たります」

 悩む隙もなく、サヤがそう言い、また挙手。
 ちょっと皆で、呆然としてしまった。
 は、早いな……。
 若干怯みつつ、どうぞと促すと……。

「少々気になっていたのですけど……贈り物って、木箱でいただくことが、多いですよね。
 木箱以外って、何かありますか?」
「布に包まれていたりとかなら……あぁ、でも贈答品は普通、更に木箱に入っているな……」
「基本的に、木箱ですよ。他にどうしろと言うんです……」

 多いというか、基本木箱だよな……。
 サヤの言葉に、一同が顔を見合わせたり、思い浮かべたりといった様子を見せる。

「香水瓶の入っていた木箱……飾り彫などもされていて、とても美しくて……それはそれでとても、良いのですけど……木箱自体にもかなり、費用がかかっていると思うのですよね」
「……そういうものでしょう?」
「うん……そんなものだと思うけど……」

 うん。と、頷く皆に、サヤはやっぱりそんな感覚かといった納得顔。

「そこで、もっと手頃な包装を提案できると思うんです。
 例えばほら、ピンですけど、銅貨三枚のピンを贈答品とした場合、木箱を用意すると、大変に出費が嵩みますよね」

 そう言われて、初めて気付いた。
 そういえばそうだ……と。
 一般庶民に装飾品というのはあまり使われてこなかった。高価な品が多かったから、利用者は自ずと貴族に絞られてしまい、一般が利用できたのは、飾り紐程度なのだと、前にロビンも言っていたのだ。
 今回、安価な髪飾りを多く提案し、一般に市場を広げようと画策しているわけだが……当然贈答品としての利用もされるだろうし、その場合木箱では……箱代の方が嵩みかねない……。

「ギルさんに、屋台に連れて行ってもらった時にも思ったのですけど、手頃な包装品が無いから、上手くディスプレイできないというのもあるのかなって」
「でぃ、でぃすぷれい?」
「えっと、ディスプレイというのは……良い品に見えるように、展示したり、陳列したり、飾ったりすることを言うんです。
 飾り紐のお店で、紐がもつれてしまっていたんですよね……それだって、上手にまとめる手段があれば、きっと喜ばれますし、見た目もぐっと良く見えます。それを作る内職ができるなって」
「……いや、木箱も職人の仕事だぞ?」
「ええ、包装品とはいえ、職人仕事です。内職にするのは、難しいのではないですか?」

 ウーヴェも首を傾げつつ、そんな風に口を挟んだ。
 するとサヤはにこりと微笑み、ちょっと準備をしてきますと席を立つ。

「私が提案しようと思っているのは、紙の加工品なので、誰にでも作れますよ」

 紙の……加工?

 俺の部屋を出ていったサヤは、さして待たず、数枚の失敗書類と鋏、そして糊を持って帰ってきた。

「レイシール様、筆と墨をお借りしますね。あと、ピンもいくつか、お借りしたいのですけど……」
「あっ、ピンでしたら、ロビンから預かってきたものがございます」

 用意したものが小机に並べられた。
 するとサヤは、一枚の紙をまず手に取る。

「まずはいくつか作りますね」

 そう言って、紙の端に糊をつけ、筒状に丸めてくっつけてしまったのだが……。

「えっ、ちょっ……」
「……なんで織り込むンだ?……え?    えええぇぇ⁉︎」

 あれよあれよという間に、開いた筒状の部分を、片側だけ織り込んで底を作り、糊付け。更に側面で山折り谷折りを繰り返し、一つの袋を作り上げた。

「上部を折り曲げて口を閉じます。私の国ではよく使われている、紙袋と呼ばれるものですね」

 ちゃんと奥行きがあり、少々分厚いものでも入れられるように工夫がされている。
 どこも切り取らず、一枚の紙でもって作り上げてしまった、奥行きのある袋……。その紙の加工品を、半ば呆然と見るしかない俺たち。
 い、いや……封筒のようなものなのは、分かるんだ。けれど、それをこう……立体にして、包装に使うという発想は、無かったなぁと……。
 基本的に紙は高価であるし、そんな簡単に、包装として使うなんてことはしないのだけど……、でもそう……木箱よりは、当然安い…………。確実に。
 一枚の紙と糊だけで……これだけ短時間で作れるなら、段違いに安い、だろう……。

 それでは終わらず、サヤは同じ形状のものをもう一つ作り、今度は上部に切れ込みを入れた、一部だけ繋げられたその穴の部分を内側に織り込むと……。

「こうすると、取っ手ができます。持つ部分の強化にもなるので、穴の部分は切り外さずに織り込んでおく方が良いです。
 私の国では、菓子なども、こういった袋に入れていたりしましたね」

 更にもう一枚同じものを作り、今度は上部を一部切り離したかと思うと、それを使って取っ手を作り、糊で貼り付けた。

「こういう形のものもあります。また、この取っ手を飾り紐で作る場合もありますね。飾り紐を使えば、より見栄えがするかと。また、穴を開けて飾り紐を通して結ぶと、そのまま贈答用として使えますよね」

 今度は、最初に作った袋を手に取り、それに数カ所穴を開けた。少し悩んでから……俺の飾り紐を貸して欲しいと言い出す。
 どうぞと促すと、寝室から飾り紐の入れてある小箱を持ってきた。その中から一つを選び取り、その穴に通していき、蝶結びをすると、とても見栄えが良くなった。これなら確かに、贈答用として使っても良いと思う……。

「袋状のものだけでもかなり種類が作れます。
 それから……このピンをそのまま店に並べるのも良いのですけれど……こんな風にすると、吊り下げて飾ったりできるんです」

 別の紙を手に取った。
 そこから一部を小さく切り離し、その紙に簡単な絵柄を書き込む。
 そしてまた中心上部に切れ込みを入れて、そこにピンを挟んだ。紙の中心に、上手くピンが来るように調節すると、確かに見栄えが良い気がした。雑多に並べられているよりも、特別感があるというか……。

「この紙は薄いのですけど……もう少し厚手の紙を使えば、これだけで見栄えが良いです。
 あと、これも穴を開けて、吊るして飾っても良いです。壁一面に飾ってたりすると、壮観ですよ。
 こういった紙の加工……これなら内職でできると思うのですよね。基本、紙と鋏と糊があれば良いですし、絵柄は絵師に外注しても良いです。印を押すという手段もありますね。
 紙の箱を作ることもできるのですけど、それはこの薄い紙では難しいので、厚紙で……」
「ちょっ、ちょっと待ってください⁉︎……これ色々、秘匿権とか……っ⁉︎」
「これもですか?」
「い、いや、これは製紙組合と交渉して、上手く利用した方が良いですよ!    大口の取引ができそうですよね⁉︎    秘匿権は一応取るとして、すぐ公開にしましょう!
 この包装品自体、手順が簡単ですし、模倣も楽だ……それを守るよりは早々に公開して、恩を高く売りつけて、今後の製紙業の発展に貢献すれば、色々融通を利かせてくれるようになりそうですよ⁉︎」

 マルが目をキラキラさせて食いついてきた。
 何か思いついている様子だ。
 確かに、包装品に紙を利用するとなれば、色々がひっくり返るような騒ぎになりそうだと思えた。
 木箱の需要……には、まず大きな影響は無いだろう。今までに無い、安価な装飾品の包装であるうちは……だがな。当面はそれで良い。
 他に影響が出そうな部分はどこだろうかと思考を巡らせていると。

「では次、今度は布の包装の提案なんですけど……」
『次ぃ⁉︎』

 皆の声が被った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:139

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:449

前世と今世の幸せ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:631pt お気に入り:4,042

聖者のミルクが世界を癒す

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:60

【完結】転生後も愛し愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:858

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:174,895pt お気に入り:7,838

異世界ライフは山あり谷あり

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:681pt お気に入り:1,554

異世界のんびり散歩旅

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,202pt お気に入り:745

魔力を枯らした皇女は眠れる愛され姫

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:3,410

処理中です...