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地位と責任 6

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翌日より、表向きの日常が戻った。
 まずは折を見て、異母様への報告があったのだが、道中で賊に襲われたが、交易路計画の絡みかもしれないから調査中だと伝えれば、それで済んだ。
 俺が無事であったことを不満に感じているのか、終始機嫌は悪かったものの、こちらが何かに勘付いているという発想は無い様子だ。
 内心ではホッとしつつ、普段通りにと、自分には言い聞かせた。

 マルとウーヴェは連れ立ってメバックに向かい、サヤは二人に、ギル宛の手紙を託した。
 そしてマルには新しい紙で作り直した包装品を渡し、ウーヴェには、瓶を包む手法から、簡単なものを二種類伝授したらしい。
 交渉に使うということらしいが……どう使うのだろうなぁ……。

 そしてサヤとジェイドは、二人でアーロンの元に向かった。
 吠狼の装備を再検討するために、道具をあらためさせてもらいに行ったのだ。
 アーロンも宿舎建設に忙しくしているのだが、朝方と夜なら比較的空いているということだったので、この早い時間に向かった。
 というのも、食事処はガウリィとエレノラが抜けたため、目の回る忙しさであるらしいのだ。
 賄いの出張は終わったものの、村人と、訪れる旅人への対処でてんやわんやだという。朝や夜も、仕込みなどで働き通しだ。
 旅人……増えているらしい。だから自ずと、食数も増やさざるを得ないのだ。
 わざわざ、食事処の食事を食べに、遠回りして来る者がいるのだそうなのだが、いったい何故そんなことが起こっているのか……。
 今のところは食事を済ませば通り過ぎるしかないのだが、拠点村や、この村の宿舎ができたら、また様子が違ってくることだろう。
 うーん……更にユミルが抜けるのだから……大丈夫かな……?    一応、カーリンの所の妹たちが、手伝いに来ているらしいのだが……。

 で、そのカーリンの兄弟に世話を任せていたコダンだが……。
 畑にかじりついている。そしてひたすら何かを書き殴っている。食事と寝るとき以外はずっとその調子らしい。
 水撒きの様子をいちいち観察し、何故そうするのかを村人に聞いて回っているそうだ。同じ質問を延々と、村人全員から聞き取っていっているという……。
 何をしているんだろう……。正直目が爛々としすぎていて、やっぱり怖い……。そのうち俺の所にも質問に来るのだろうか……。

 あ、本日ハインは、洗濯三昧だ。
 お気に入りの洗濯板を堪能する一日となる様子。
 遠出中の洗濯物が山とあるからご機嫌だろう。俺が吐いて汚した衣服も、再度洗い直すと言っていたし……。
 でもって、現在の俺は、執務室にて……。

「シザー……それもう、良いんじゃないかな……」

 にぎにぎと指を曲げ伸ばしさせられつつ、熱心にそれを繰り返すシザーに、そう声を掛けた。
 右手薬指……。怪我の直後は全く動かせず、筆を握るにも不便だったこの指を、シザーはこうして根気よく訓練して、少しは動くものにしてくれた。
 今では指を縛ったりせずとも筆を握れるようになっており、そもそも学舎にいた頃既に、一定の効果以上を得られなくなっていた。
 つまりまぁ……俺の指が良くなる限界は、もう迎えていると思うのだ。
 怪我から十年近く経過しているし、これ以上は難しいと思うのだけど…………。
 何故かシザーは、思い立ったようにそれを始めた。

「もう、充分使い物になってるよ。
 シザーがこうしてくれてなかったら、俺はここの仕事にも支障をきたしていたと思うから、そこは本当に、感謝してる。
 だけどこれ以上は難しいんじゃないかなぁ。時間も経ってるし……」

 一応言い聞かせるようにそう言うと、ふるふると首が横に振られた。
 喋らない……。

「指の機能回復のためじゃない……ということ?」

 こくり。

「……うーん……じゃあなんだろう……」

 分からない……。
 だけど言葉で説明を求める気は無い。シザーは、本当に無口なのだ。嫌だと思うことを強要したくはないので、なんだろうなぁと、頭を悩ませる。
 すると、彼は俺をジッと見て……いや、瞳は見えてないのだけどな。

「……」

 俺の手を、丁寧に撫でてまた、甲と掌に唇を落とした。
 …………あのなぁ……。

「そんなに何度も忠誠を誓ってもらわなくても大丈夫だよ……。
 シザーの忠義を疑うわけないだろう?」

 苦笑しつつそう伝えると、ふるふると、首が横に振られた。
 忠義を示すためではないらしい……。
 ……………………。
 いや。
 違う違う、愛を示しているわけでも、ない。と思う……そうだったらちょっと、考えものだし……。
 うーん……なんだろうな、これ……。

 表情を読もうにも、彼は瞳が見えないうえ、彼独特の雰囲気でもって意思を伝えてくるものだから、他と勝手が違って案外戸惑う。
 発散しているというか、表情では表現しないのだ。
 俺に尽くそうとしてくれているのは、全身から伝わる。
 主君だと、唯一無二だと、俺以外には仕えないと、ひたすらにそれを、伝えてくる。そこに表情は、あまり伴っていない。
 二年も音沙汰無かった相手であるのに……。何も言わず、去った俺なのに、学舎にいた頃からの、変わらない忠義だけが、雰囲気で前面に押し出されているのだ。

「……ありがとう。
 俺には過ぎた忠義だと思うけど」

 そう言うと、激しくぶんぶんと、首が横に振られた。
 苦笑が溢れる。
 まぁ、もし気になるようなら、ギルに聞こう。正直、シザーに関しては、俺よりギルの方が、感情をよく汲み取るのだ。

「ただ今戻りました。レイシール様、お時間宜しいですか?」

 執務室の扉が叩かれ、サヤの声。
 どうぞと促すと、ジェイドを伴ったサヤが、荷物を手に顔を覗かせた。

「……何をしてらっしゃるんですか?」

 手を握られている俺を見て、サヤが不思議そうにこてんと首を傾げると、シザーが慌てて手を離す。
 あわあわと、必死で空気をかき回し、他意は無いのだと訴えるのだが、言葉は発さない。サヤには全く伝わらないと思うぞ、まだシザーとは日が浅いものな。

「学舎にいた頃には、いつもこうやって訓練をしていたんだけどね、シザーがなんか急に、それをするって言い出してね」
「あぁ、リハビリをされていたんですか」
「りはびり?」
「指の可動範囲を広げる訓練ですよね?    私の国では、それをリハビリテーション……略して、リハビリと呼んでました」

 サヤがそう言い、俺の前に歩いてくる。
 そうして荷物を机に置いて、俺の手を取った。
 シザーがしていたみたいに、指を曲げて、伸ばし。手の表裏を確認して……。

「……前より、可動範囲が狭まってしまっている気が、したのでしょうか……?」

 そう呟くと、パァッと、シザーの纏う雰囲気が明るくなった気がした。それはサヤにも伝わった様子で、シザーの反応に、小さく微笑む。

「え?……特に何も、感じないけど……」
「ご自分では分かりにくいと思います。日々を重ねていると、記憶が上塗りされていきますし、それが当たり前になってしまうから……。
 えっと……シザーさんがレイシール様と過ごされていたのは、二年前まで……なのですよね?    その頃と今を比べてと、いうことなのかなって」

 サヤがそう言ってシザーを見上げると、こくこくと必死に頭を縦に振る。
 尻尾があれば千切れんばかりに振られていたろうなぁ……という、必死さだ。

「あぁ、ならマッサージ……毎日続けた方が、良いのかもしれませんね。
 つい庇って、使わないでいるうちに、筋肉が衰えてしまったりしているのかも……」
「……まっさーじ?」

 また出た。謎の言葉。
 するとサヤは、悩ましげに眉を寄せた。

「あっ……うーん……簡単に説明しますと、人って、寝たきりで過ごすことが長いと、歩けなくなったりするでしょう?
 寝ていることで使わない筋肉が衰えて、弱ってしまうからそうなるんです。
 レイシール様の場合も、日々なんとなく使う以外は、つい庇ってしまっているのかなって。
 そうなると、使用頻度が減って、筋肉が衰えて……もっと使わなくなって、衰えての、悪循環に陥るんです。
 筋力低下以外でも、血流が悪くなったりとか、関節が固まったりとか、問題点は色々はあるのですけど……指が前より、動かなくなっている可能性が、あるということなら、マッサージ……つまり、こうやって人の手で曲げ伸ばしをさせるだけでも、血の巡りは良くなりますし、筋肉は動きますから、状況改善に繋がります。
 これ、日々の日課に、戻した方が良いかもしれませんね。……それが言いたかった……とか?」

 こっくり。
 シザーはとても喜んでいる……。通じた!    という歓喜を全身で表して。
 なんで俺よりサヤの方が理解できたのだろうか……。正直、ものすごい敗北感が……。

「シザーさんの日課だったのですか?」

 そう聞くと、こくこくと頷く。うん、まぁ……出会えばやらされていた……。学年が違ったから、会わない時はハインが一日一回は挟んできていた。
 こちらに戻った当初は続けていたのだけれど、そういえば、いつの間にか忘れがちになって……近頃はほぼ、していなかったなぁ……。

「なら、日課を復活したらいかがでしょう。
 私も、やらないよりやった方が良いと思いますし……」

 なにか言いかけて、口を閉ざした。
 途中で止めるなんて珍しい気がして、顔を覗き込んだのだが、パッと手が離され……。

「わ、忘れてました!
 ごめんなさい、道具の件で、伺ったのでした!」

 急に一歩引いて距離を取り、サヤがそんな風に言う。
 後ろで、ニヤニヤと笑うジェイドが、腕組みをして俺たちを見ていた……。

「いや、気にすンな。続けろ?」
「続けません!」
「なンだよ。シザーだって手くらい握ってたろうが。何か問題あンのかよ?」
「……ジェイド、サヤをからかって遊ぶのは止めような」

 真っ赤になってしまっているサヤが可愛くて、何をそんなに意識してしまったんだろうなぁと思いつつ、ジェイドを嗜めると、チッと舌打ち。

「分かったよ……で、ほら、早く報告しろよ」
「あ、その……はい。
 えっと、一応ひと通りの改善が認められまして……あっ、ジェイドさんだけじゃなくて、アーロンさんにも意見を伺って、概ね、忍道具改良の案が採用になったのですけど……」

 そう言ってから、視線を泳がせるサヤ……。これは何か、言いにくいことがあるのだな。ということはつまり……。

「作りたいものができた?」

 そう聞くと、驚いた顔になった。
 いや……分かりやすいよ。
 きっと、確実にこの世界に無いと思える道具とか、特殊な道具とかなんだろう……。
 どうぞ、言って。と促すと、口元に手をやって、言いにくそうに、視線を逸らしつつ……困った顔をする。

「…………その…………卵割り器を、開発したいんです……」

 ……あー…………なんか久しぶりだ、この、支離滅裂な感じ。

 忍の為の道具を開発するのになんで卵を割る道具を開発するのか……。

「……詳しく教えてもらえるかな?」
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