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地位と責任 7
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「さして難しい構造ではありません。
素材は金属です。棒の先に、帽子状の被せを作り、その棒に貫かれた錘をつけるだけです。この錘は、稼働できるようにします。引っ張り上げて、落とす構造ですね」
図に描いて見せてくれたのは、なんとも不思議な道具だった。
というか、卵の殻を割るのに何故道具が必要なのか……そこらへんに打ち付ければ済む話ではないのか……。このような道具が存在することが、そもそも謎すぎる。サヤの国は何を目的にこれを作った。
「この重しを持ち上げて、落とした衝撃が帽子に伝わり、この帽子の触れた場所だけが、割れます。
つまり、卵の上部が、綺麗に丸く切り取れます。これが重要なんです」
「えっと……卵を綺麗に割って、それをどうするの?」
「目潰しの器に使います!」
えーっと……うーん……どういうことかなぁ?
反応に困っていると、はあぁ、と、溜息を吐いたジェイドが。
「今ある目潰しな、手乗りくらいの、素焼きの壺に入ってンだよ。蓋の上から紐で括って封印してある。
使う場合は、蓋を取って、振り回すか、投げるンだが……。振り回した場合、器を持って帰るのが手間だし、投げた場合、値段的に高くつくし音がでかい。とにかく使いにくいンだよ。
しかも結構重いしかさばるしよ……こちとら壁やら屋根やら上り下りすンのに、邪魔で仕方ねぇし。
だからだいたい、団体での仕事の時に、一人くらいが持っている程度の道具なわけなンだが……こいつが目潰しは必須だって、言いやがるから……」
「卵の殻を器に使えば、値段も手頃ですし、軽いですし、投げて使っても音が煩くありませんっ!
でも、手で割ったのでは、器として使える卵の殻が入手しにくいんです。こう……切ったみたいに、スパッと一部だけ割れるのが理想で、卵割り器は、そうするための道具なんです」
「成る程……」
それが必要であることは分かった。
分かったが……それ、どうやって注文するかって話だよな……。
「うーん…………これは鍛冶屋に特注しなければならない。秘匿件の問題もあるが、それはまぁ、手続きで済むから良いとしてな……。
目潰しを作るために、卵の一部だけを割れる道具を作りたい。だなんて風には、依頼できないだろう?」
どんな理由をつけて、これを注文するかなんだよ、問題は……。
そう言うと、サヤはきょとんとした顔になった。
そこは考えていなかったのかな……。
額を抑えて溜息を吐くと、サヤは「それは問題無いです」と、予想外の返事。
「料理に使うって言えば良いので」
「……卵の殻をどう使うんだ……」
「目潰しと同じです。器として使えますよ。例えば……お持ち帰りの容器としてとか。
私の国では、卵プリンというのがありまして、卵の殻の中にプリンが入れてあるんです。人気商品なんですよ?
他にも例えば……マヨネーズをお土産として小売する場合とかに、使い捨ての器として使うとか。
あっ、サルモネラ菌の問題がありますから、ちゃんと長時間煮沸して殺菌してから使わなきゃいけないですけどね」
若干謎の単語が含まれるが……概ね意味は通じた。
ところでな……。
「卵プリンって?」
「あれ? プリンまだ作ってませんでしたか?」
「食ったことない!」
今まであまり乗り気でない様子だったジェイドが、食い気味に身を乗り出して訴えてきた。サヤが仰け反るくらいに。
「それ、甘いやつ、辛いやつ?」
「……あ、甘いですよ? 甘くない方だと茶碗蒸しになりますね……」
「あ、それは食べたな」
「俺はどっちも、食ったことない!」
心なしか、隣のシザーもソワソワしている……気になる……のか?
期待に満ちた二人の様子に、サヤと二人、呆然と顔を見合わせて、吹き出してしまった。
そんな風に期待されたんじゃ、作らないわけにはいかないよなぁ。
「じゃあ、忙しいところ悪いけど、ダニルに時間を取ってもらわないとな。
彼らからの要望とした方が自然だろうから」
「! あ、ありがとうございます!」
「この帽子部分の大きさで、卵の割れる範囲を調整できるのか?
なら試作として数種類、大きさを変えて注文してみるか」
というわけで、卵割り器の秘匿権習得が決まり、メバックの鍛冶屋に外注、ブンカケンの所持権利がまた一つ、増えたのだった。……かなり、謎の道具ではあるが。
……うーん……これ使いたいって人、出てくるのかなぁ……。
◆
その日の午後は、久しぶりの見回りだ。サヤとシザーを伴って、馬で村を巡る。
そこら辺に、吠狼も潜んでいるのか、たまにちらりと気配を感じたりするのだが、姿は見えない。一応念のため、護衛は厚めに控えているのだけど、マル曰く、セイバーンと拠点村では狙われないだろうからということで、見回りは許可された。
しばらく馬を歩かせ、出会う村人と挨拶を交わしていると、目的の人物が畑を手伝っているのを発見した。近づくと、声をかける前に気付き、こちらを振り返って……。
「うわっ、なにそのでかい人!色黒っ⁉︎ 異国人? どっからきたんだ⁉︎」
「やぁカミル、彼はシザーだよ。俺の武官になってくれたんだ。異人じゃないなぁ。セイバーンの南の方の街で、衛兵をしてたんだ」
「ギルの兄ちゃんくらいでけぇ! なぁ、この人も強いの⁉︎ ……なんか俺、ビビられてんの?」
「ははは、シザーは人見知りするんだよ。大丈夫、カミルが彼を気に入ってくれるなら、そのうち慣れるよ」
シザーの肌色に対する反応は、大抵否定的なものが多いのだが、カミルは開けっぴろげに、ただ見慣れない色であったことに興味を示した様子。嫌悪感の無い、好奇心のみの視線は、シザーには新鮮だったのだろう。少々ビクついてしまっていたのだ。
カミルはこの通り表裏の無い性格だし、きっとすぐに打ち解けてくれるだろう。
っと……いけない。今日はカミルに用があって来たのだった。
「……カミル、この村を出たいって、聞いたんだけど……」
そう切り出すと、それまでの明るい表情が、途端に陰る。
「……あー……その話?……うん、それなー……」
視線を逸らし、手が所在無げに、首の後ろを無駄に触ってみたり、服を引っ張ってみたりと動いた。横を向いた彼の脚に、大きな傷も見える。サヤと出会った頃には、まだ生傷だったのだけれど、もうしっかり塞がっていた。大きな傷だったが、足の筋を痛めたりするものでなくて、本当に良かったと思う。
そんな風に考えている最中も、カミルは何か言葉を言い澱み、悩んでいる風だった。
あー……やっぱりそういう展開……かなぁ。
「……フロル辺りに、反対された?」
そう問うと、口元を歪める。どこか泣きそうに見えてしまうのは、きっと見間違いじゃない……。
「……そうか。まあな……離れたくないと思うのは当然だろうな」
フロルは、カーリンのところの弟の一人だ。他にも数人、カミルとよくつるんで遊ぶ連中がいて、村の悪ガキは大抵一蓮托生で怒られる羽目になる。
ここ最近は、子供ながらにやることも増え、あまりそんな、悪戯めいた遊び方はしなくなっていて、皆それぞれ、何かしらの仕事をこなしたりしていることが多かった。
氾濫対策の工事辺りから、畑仕事以外の内職とか、増えたしな……。その分収入も増えて、腹一杯食えると喜んでくれているのは救いだが……。
そんな中でも、彼らは交流を繋げてきていたのだと思う。そして……普通は、それが一生、続くのだ。こんな田舎では、それが当たり前。その当たり前を、彼は手放さなくてはならない。
この村は……セイバーン村は、大きく変わろうとしている。
特にカミルの家は、氾濫対策のために、畑を手放すしかなかった。
正直……今から進もうとしている彼の道は、彼が好き好んで選んだわけではない。そうするしか、なかったのだ……。
なのに責められたら……辛い、よなぁ……。
畑仕事ができないほど身体を壊した祖父と、まだ十四歳の姉。そして十歳を過ぎた程度の年齢でしかない、カミル。
その幼い姉が支える三人家族は、もう畑を持っていない。
姉は料理人という職を得たけれど、カミルは……畑を継ぐことができない。
他の家の畑を手伝って、小銭を得る生活では、姉に苦労を掛けてしまうと、考えているのかもしれない……。
「……拠点村に移ってもらう目処が、立ちそうだよ。
当面は、湯屋の管理を、君の家に頼もうと思っているんだけど、大丈夫かな?
湯船は二つに増えてしまうけど、管理の仕方はここと一緒。当番でやっているから、大丈夫だと思うけど……」
「あぁ、大丈夫。爺ちゃんも湯屋は気に入ってるから、喜ぶと思うよ」
「そうか……。
移ってもらう家だけど、賃借式の戸建てになる。
あの村、試験的にカバタというものを設置してるから、井戸の水汲み当番は必要なくなる。
ただ、規則を守って使わないと、使えなくなってしまうものだから、そこはきちんとしてくれよ」
「何、そのカバタって……」
「調理場に水路が流れてる感じだ。湧水も出ていてね。それを利用するから、水汲み不要。食器や野菜を洗うのも、その水路で洗う」
「うおっ、何それかっけーな⁉︎ でも想像できねぇ! うわぁ、都の家なの⁉︎ すげえ!」
興奮した様子で盛り上がるカミルに、少しホッとする。
友と離れるのは、辛いだろう……だから少しでも、楽しみを見つけてほしかった。
少しでも、進む先を、明るくしてやりたい……俺が……いなくなったとしても、この子らの生活が、どうか安定するように……幸せになれるように……。
「……拠点村は、馬車で一時間ほどだ……。いつでも帰ってこれる。拠点村に、遊びにだったこれるさ。
生活が落ち着いたら、フロルたちを呼んでやれ。今の家より広くなるし、数人泊めるくらい大丈夫だぞ、きっと。
それにさ、フロルも多分……将来、家を出なきゃならない……。あそこの兄弟は、お前と同じ悩みを、近いうちに抱えることになるんだ。
だからその時は、相談に乗ってやれ。お前が手を引いてやれ。そのために、力をつけに行くんだ。カミルなら、きっとそれができる」
そう言い肩を抱くと、グッと、口元が引き締められた。
ここを離れなければならない不安と、仲間から離れる哀しみ……。だけど、友の将来のためにも、何かできるようになっておくために、行く。その覚悟が見えた。
泣くまいとしているのが、肩の震えから伝わる……。男前だなカミル。学舎を離れる時の俺は、お前よりもっと大きかったのに、もっと情けなかった。
そんな風に踏ん張れるお前なら、絶対に大丈夫。フロルたちとの縁だって、切れたりなんか、しない、絶対に。
「……遊びに来いって、言ってくる……」
「ああ、そうしろ」
「ありがと、レイ様。……また、なんかあったら、相談しても、いい?」
上目遣いに……恥ずかしそうにそう言うカミルに、俺は微笑んだ。
ぐしゃりと頭を撫でて言葉を探す。
「……あぁ」
俺がここにいられる間は。
だけど、その先は……ごめんな。
素材は金属です。棒の先に、帽子状の被せを作り、その棒に貫かれた錘をつけるだけです。この錘は、稼働できるようにします。引っ張り上げて、落とす構造ですね」
図に描いて見せてくれたのは、なんとも不思議な道具だった。
というか、卵の殻を割るのに何故道具が必要なのか……そこらへんに打ち付ければ済む話ではないのか……。このような道具が存在することが、そもそも謎すぎる。サヤの国は何を目的にこれを作った。
「この重しを持ち上げて、落とした衝撃が帽子に伝わり、この帽子の触れた場所だけが、割れます。
つまり、卵の上部が、綺麗に丸く切り取れます。これが重要なんです」
「えっと……卵を綺麗に割って、それをどうするの?」
「目潰しの器に使います!」
えーっと……うーん……どういうことかなぁ?
反応に困っていると、はあぁ、と、溜息を吐いたジェイドが。
「今ある目潰しな、手乗りくらいの、素焼きの壺に入ってンだよ。蓋の上から紐で括って封印してある。
使う場合は、蓋を取って、振り回すか、投げるンだが……。振り回した場合、器を持って帰るのが手間だし、投げた場合、値段的に高くつくし音がでかい。とにかく使いにくいンだよ。
しかも結構重いしかさばるしよ……こちとら壁やら屋根やら上り下りすンのに、邪魔で仕方ねぇし。
だからだいたい、団体での仕事の時に、一人くらいが持っている程度の道具なわけなンだが……こいつが目潰しは必須だって、言いやがるから……」
「卵の殻を器に使えば、値段も手頃ですし、軽いですし、投げて使っても音が煩くありませんっ!
でも、手で割ったのでは、器として使える卵の殻が入手しにくいんです。こう……切ったみたいに、スパッと一部だけ割れるのが理想で、卵割り器は、そうするための道具なんです」
「成る程……」
それが必要であることは分かった。
分かったが……それ、どうやって注文するかって話だよな……。
「うーん…………これは鍛冶屋に特注しなければならない。秘匿件の問題もあるが、それはまぁ、手続きで済むから良いとしてな……。
目潰しを作るために、卵の一部だけを割れる道具を作りたい。だなんて風には、依頼できないだろう?」
どんな理由をつけて、これを注文するかなんだよ、問題は……。
そう言うと、サヤはきょとんとした顔になった。
そこは考えていなかったのかな……。
額を抑えて溜息を吐くと、サヤは「それは問題無いです」と、予想外の返事。
「料理に使うって言えば良いので」
「……卵の殻をどう使うんだ……」
「目潰しと同じです。器として使えますよ。例えば……お持ち帰りの容器としてとか。
私の国では、卵プリンというのがありまして、卵の殻の中にプリンが入れてあるんです。人気商品なんですよ?
他にも例えば……マヨネーズをお土産として小売する場合とかに、使い捨ての器として使うとか。
あっ、サルモネラ菌の問題がありますから、ちゃんと長時間煮沸して殺菌してから使わなきゃいけないですけどね」
若干謎の単語が含まれるが……概ね意味は通じた。
ところでな……。
「卵プリンって?」
「あれ? プリンまだ作ってませんでしたか?」
「食ったことない!」
今まであまり乗り気でない様子だったジェイドが、食い気味に身を乗り出して訴えてきた。サヤが仰け反るくらいに。
「それ、甘いやつ、辛いやつ?」
「……あ、甘いですよ? 甘くない方だと茶碗蒸しになりますね……」
「あ、それは食べたな」
「俺はどっちも、食ったことない!」
心なしか、隣のシザーもソワソワしている……気になる……のか?
期待に満ちた二人の様子に、サヤと二人、呆然と顔を見合わせて、吹き出してしまった。
そんな風に期待されたんじゃ、作らないわけにはいかないよなぁ。
「じゃあ、忙しいところ悪いけど、ダニルに時間を取ってもらわないとな。
彼らからの要望とした方が自然だろうから」
「! あ、ありがとうございます!」
「この帽子部分の大きさで、卵の割れる範囲を調整できるのか?
なら試作として数種類、大きさを変えて注文してみるか」
というわけで、卵割り器の秘匿権習得が決まり、メバックの鍛冶屋に外注、ブンカケンの所持権利がまた一つ、増えたのだった。……かなり、謎の道具ではあるが。
……うーん……これ使いたいって人、出てくるのかなぁ……。
◆
その日の午後は、久しぶりの見回りだ。サヤとシザーを伴って、馬で村を巡る。
そこら辺に、吠狼も潜んでいるのか、たまにちらりと気配を感じたりするのだが、姿は見えない。一応念のため、護衛は厚めに控えているのだけど、マル曰く、セイバーンと拠点村では狙われないだろうからということで、見回りは許可された。
しばらく馬を歩かせ、出会う村人と挨拶を交わしていると、目的の人物が畑を手伝っているのを発見した。近づくと、声をかける前に気付き、こちらを振り返って……。
「うわっ、なにそのでかい人!色黒っ⁉︎ 異国人? どっからきたんだ⁉︎」
「やぁカミル、彼はシザーだよ。俺の武官になってくれたんだ。異人じゃないなぁ。セイバーンの南の方の街で、衛兵をしてたんだ」
「ギルの兄ちゃんくらいでけぇ! なぁ、この人も強いの⁉︎ ……なんか俺、ビビられてんの?」
「ははは、シザーは人見知りするんだよ。大丈夫、カミルが彼を気に入ってくれるなら、そのうち慣れるよ」
シザーの肌色に対する反応は、大抵否定的なものが多いのだが、カミルは開けっぴろげに、ただ見慣れない色であったことに興味を示した様子。嫌悪感の無い、好奇心のみの視線は、シザーには新鮮だったのだろう。少々ビクついてしまっていたのだ。
カミルはこの通り表裏の無い性格だし、きっとすぐに打ち解けてくれるだろう。
っと……いけない。今日はカミルに用があって来たのだった。
「……カミル、この村を出たいって、聞いたんだけど……」
そう切り出すと、それまでの明るい表情が、途端に陰る。
「……あー……その話?……うん、それなー……」
視線を逸らし、手が所在無げに、首の後ろを無駄に触ってみたり、服を引っ張ってみたりと動いた。横を向いた彼の脚に、大きな傷も見える。サヤと出会った頃には、まだ生傷だったのだけれど、もうしっかり塞がっていた。大きな傷だったが、足の筋を痛めたりするものでなくて、本当に良かったと思う。
そんな風に考えている最中も、カミルは何か言葉を言い澱み、悩んでいる風だった。
あー……やっぱりそういう展開……かなぁ。
「……フロル辺りに、反対された?」
そう問うと、口元を歪める。どこか泣きそうに見えてしまうのは、きっと見間違いじゃない……。
「……そうか。まあな……離れたくないと思うのは当然だろうな」
フロルは、カーリンのところの弟の一人だ。他にも数人、カミルとよくつるんで遊ぶ連中がいて、村の悪ガキは大抵一蓮托生で怒られる羽目になる。
ここ最近は、子供ながらにやることも増え、あまりそんな、悪戯めいた遊び方はしなくなっていて、皆それぞれ、何かしらの仕事をこなしたりしていることが多かった。
氾濫対策の工事辺りから、畑仕事以外の内職とか、増えたしな……。その分収入も増えて、腹一杯食えると喜んでくれているのは救いだが……。
そんな中でも、彼らは交流を繋げてきていたのだと思う。そして……普通は、それが一生、続くのだ。こんな田舎では、それが当たり前。その当たり前を、彼は手放さなくてはならない。
この村は……セイバーン村は、大きく変わろうとしている。
特にカミルの家は、氾濫対策のために、畑を手放すしかなかった。
正直……今から進もうとしている彼の道は、彼が好き好んで選んだわけではない。そうするしか、なかったのだ……。
なのに責められたら……辛い、よなぁ……。
畑仕事ができないほど身体を壊した祖父と、まだ十四歳の姉。そして十歳を過ぎた程度の年齢でしかない、カミル。
その幼い姉が支える三人家族は、もう畑を持っていない。
姉は料理人という職を得たけれど、カミルは……畑を継ぐことができない。
他の家の畑を手伝って、小銭を得る生活では、姉に苦労を掛けてしまうと、考えているのかもしれない……。
「……拠点村に移ってもらう目処が、立ちそうだよ。
当面は、湯屋の管理を、君の家に頼もうと思っているんだけど、大丈夫かな?
湯船は二つに増えてしまうけど、管理の仕方はここと一緒。当番でやっているから、大丈夫だと思うけど……」
「あぁ、大丈夫。爺ちゃんも湯屋は気に入ってるから、喜ぶと思うよ」
「そうか……。
移ってもらう家だけど、賃借式の戸建てになる。
あの村、試験的にカバタというものを設置してるから、井戸の水汲み当番は必要なくなる。
ただ、規則を守って使わないと、使えなくなってしまうものだから、そこはきちんとしてくれよ」
「何、そのカバタって……」
「調理場に水路が流れてる感じだ。湧水も出ていてね。それを利用するから、水汲み不要。食器や野菜を洗うのも、その水路で洗う」
「うおっ、何それかっけーな⁉︎ でも想像できねぇ! うわぁ、都の家なの⁉︎ すげえ!」
興奮した様子で盛り上がるカミルに、少しホッとする。
友と離れるのは、辛いだろう……だから少しでも、楽しみを見つけてほしかった。
少しでも、進む先を、明るくしてやりたい……俺が……いなくなったとしても、この子らの生活が、どうか安定するように……幸せになれるように……。
「……拠点村は、馬車で一時間ほどだ……。いつでも帰ってこれる。拠点村に、遊びにだったこれるさ。
生活が落ち着いたら、フロルたちを呼んでやれ。今の家より広くなるし、数人泊めるくらい大丈夫だぞ、きっと。
それにさ、フロルも多分……将来、家を出なきゃならない……。あそこの兄弟は、お前と同じ悩みを、近いうちに抱えることになるんだ。
だからその時は、相談に乗ってやれ。お前が手を引いてやれ。そのために、力をつけに行くんだ。カミルなら、きっとそれができる」
そう言い肩を抱くと、グッと、口元が引き締められた。
ここを離れなければならない不安と、仲間から離れる哀しみ……。だけど、友の将来のためにも、何かできるようになっておくために、行く。その覚悟が見えた。
泣くまいとしているのが、肩の震えから伝わる……。男前だなカミル。学舎を離れる時の俺は、お前よりもっと大きかったのに、もっと情けなかった。
そんな風に踏ん張れるお前なら、絶対に大丈夫。フロルたちとの縁だって、切れたりなんか、しない、絶対に。
「……遊びに来いって、言ってくる……」
「ああ、そうしろ」
「ありがと、レイ様。……また、なんかあったら、相談しても、いい?」
上目遣いに……恥ずかしそうにそう言うカミルに、俺は微笑んだ。
ぐしゃりと頭を撫でて言葉を探す。
「……あぁ」
俺がここにいられる間は。
だけど、その先は……ごめんな。
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