異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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地位と責任 18

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 また、幾日かが過ぎた。
 異母様方が戻り、若干の緊張を孕んだ日々が続くなか、メバックに行く予定が立てられた。
 手押しポンプの件だ。
 ウーヴェが推薦していた職人が、手押しポンプの図案に惚れ込んで、物凄い熱意でもってあれを早速作り上げたのだという。
 単純な構造でありながらも、水をせき止める弁となる部分にかなり苦労を強いられたとのこと。
 とはいえ、完成までこぎつけたので、まずは検証してほしいということだった。

 朝早くにセイバーンを出発して、昼前には到着。
 事前に言っていた通り、マルは留守番だ。
 昼食を堪能して早々、ジェイドはマルに頼まれたものがあると、買い出しに出て、シザーはいつも通り、寡黙に俺の護衛だ。
 とはいえ、とてもソワソワしている。ギルに会えたからだろう。シザーはギルを、兄のように慕っているのだ。

 昼食が済んだら、サヤはカメリアの装いに着替えることとなった。
 いや、何か予定があるわけでもなく……単にギルの要望だ。潤いが欲しいとかなんとか……。
 今日の彼女は、秋の装い。
 濃紺の短衣は袖口だけ細く絞られた、光沢ある絹の無地。辛子色の袴は、ふんわりと広がりがる意匠だ。生成色に金糸の刺繍が施された腰帯が、細い腰を強調しており、それは面覆いや、髪を一部括る飾り布と同じ薄布が使われていて、その透け感がなんだか大人びた装いだっだ。
 この袴なのだが、少々腰高で、胸のすぐ下で帯を括る。そのため、胸の膨らみまで強調されており……その……視線のやり場にちょっと戸惑う。
 サヤが女性だと知っていたシザーも、女性の装いをしたサヤは初めて見たわけで……その変貌ぶりに、びっくりしていた。カツラで髪色が違うから、はじめ気付かなかったくらいだ。
 今までより若干距離が開いたのは……照れているのかな、多分……。

「思いの外早くてびっくりしました。
 ひと月ふた月、掛かると思っていたのですけど……」

 で、今。バート商会の応接室。
 裏庭の井戸を借りて、手押しポンプ試験運転を行うこととなり、取り付け作業中の、待機時間。

「麗しいサヤを久しぶりに堪能した感想は?」
「…………何を言わせたいんだよ……」

 ニヤニヤ笑って、そんな風に巫山戯たことを口にするのは、久しぶりのギルである。
 サヤに聞こえるように言わないでくれないか……。まぁ、こそこそ言っても大抵聞こえてしまうんだけども……。

 いつもキラキラ美男子のギル。
 が、本日は精彩を欠いている……。こんな姿は、年に一度あるかどうかだ。
 ボサボサの頭に、無精髭。寝不足も甚だしく、くままで眼下に貼り付けている……。俺たちを揶揄いつつも、たまに欠伸を噛み殺しているという……どうした、何があった……と、聞かずにおれない様子なのだ。
 因みに、ルーシーは現在気絶したように眠っているという……。起きておくと言い張っていたのに、撃沈したらしい。

「あの……私のせいですよね……。無理なお願いを……申し訳ありません……」
「気にするな。お前が無理言うなんて貴重なんだから。頼られなかったなら、その方が嫌だったよ。
 まぁ、もし俺たちを労ってくれる気があるなら、ここにいる間は色々要望を聞いてもらえると、嬉しいがな。
 例えば……新しい菓子を提供してくれるとか」
「!    それはもう是非!    ジェイドさんたちにも卵プリンを作る約束をしていますし、卵割り器を試すついでに、たくさん作りますね!」

 拳を握ってサヤが言う。
 他には何かありませんかと、やる気満々だ。

「そうだなぁ……じゃあ……膝を貸してくれるか」
「……膝?」
「そ。ここに座って、膝枕」

 ポンポンと長椅子の横を叩き、満面の笑みを浮かべるギル。
 ちょ……何言い出すんだよ⁉︎

「ポンプの設置が終わるまで。サヤが良いなら」
「わ、分かりました……」
「だ、駄目!」

 とっさに口から思考が漏れた。
 びっくりしたサヤが俺に視線を向け、その顔がみるみる朱に染まる……。
 俺も少々恥ずかしかったけれど、それくらいのことはどうでも良かった。

「あ、あの……」
「部屋に戻って寝たら良いだろ⁉︎    なんでここで、サヤの、膝⁉︎」
「んなん、がっつり眠りたくないからに決まってるだろうが。ちょっと休みたいだけなの。あと癒されたいの。
 俺はここのところ本当に頑張ってたから、潤いが不足してんの。膝ぐらいでなんだ。本人が良いって言ってんのに……」
「ぐらいってなんだ⁉︎    ぐらいじゃない!」
「あ、あの……そんなたいそうなことではないですから……ギルさんなら、膝くらい別に……」
「駄目!    だってそれはっ……そ、そういうのはな……っ」

 み、密着しすぎだろ⁉︎    それに膝に頭があったら、嫌なことされても逃げられないし、お、俺だって膝枕は一回だけ、不可抗力でされただけだし……し、しかも今のサヤだと、胸が、顔の前に、来るじゃないかっ!

 とはいえそれをそのまま口にするわけにもいかず、ギルを睨みつけるしかできずにいたのだが、半眼で俺を見下ろしていたギルが、そのうちフッと、吹き出す。

「ご執心なことで。はいはい、お前の膝ってことだよな」

 と、問題発言。

「そ、そんなことは言ってないよ⁉︎」

 その言い方だと、まるで俺がサヤの膝を独占してるみたいだろ⁉︎

「言ったも同然だろうが」

 慌てる俺に、ギルははいはいと取り合わない。
 適当に長椅子の座褥クッションを整えて横になる。
 瞬間、すぐに寝息が聞こえだした。……本当に、疲れていたんだな……。だ、だけどサヤの膝は流石にどうかと思うんだ!

「やっと静かになりましたね」

 それまで黙っていたハインがそんな風に言い、ワドから上掛けを受け取ったサヤが、ギルにそれを掛ける。
 申し訳なさそうに、心配そうにギルを覗き込むサヤに、一体何を頼んだんだろうなぁ……と、ちょっと思う。
 フロシキについてお願いする手紙を出したのは知っているけれど、まさかそれではないだろうし……。
 ちょっと気にしつつ見ていたら、ふと思い立ったように顔を上げる。

「あの……お湯と、手拭いをお貸し頂けますか?
 目元を温めると、くまが薄くなりますし、疲れも緩和されます」
「ではご用意いたします。少々お待ちください」

 ワドにお願いして、熱湯と手拭いを用意してもらって、熱湯で濡らした手拭いをパタパタと叩いて適温に下げると、眠るギルの目を隠すよう、上に置いた。

「ん…………」

 少々反応したものの、気持ちが良いのか、そのまま起きもせず眠り続けるギル。
 その前髪を払って、微笑むサヤが殊の外眩しくて、つい視線を逸らしてしまった。
 女性の装いで、ギルに触れているサヤを見るのは、なんかちょっと、胸のあたりがモヤモヤとする。

 だけど……サヤを託すなら、やはりギルだと、思うんだ……。

 全ての女性に対し優しいギルだけど、サヤには上辺だけじゃない接し方をしているのを、よく知っている……。
 妹だと思っていると、言っていたけれど……それは多分、俺が女性として見るなと、何度も念を押しているからで。
 …………だけど、二人が寄り添っている姿は、想像したくない……。
 ついそう思ってしまうから、さっきも過剰に反応してしまった。

 サヤの今後を、考えなきゃいけないのに、頭が考えるのを拒否する……。

 つい、暗い方向に思考が向いてしまうのを、意識して頭から追い払った。

「まだかな……設置って大変なんだな」
「うーん……何か問題が出ているのかも……?    私、ちょっと、様子を見て来ましょうか」
「そうだな……なら俺も行こう」

 ギルは寝たばかりだし、そっとしておくことにした。

 ハインとシザーを加え、連れ立って裏庭に行くと、ウーヴェと、ウーヴェの推薦という、鍛冶屋からの職人である男女がいた。
 何か……焦った様子だな。バタバタしている。

「やっぱり何かあったみたいですね。水が出ないとおっしゃってます。
 どこか緩んでいるんじゃないかって、今確認中みたいですけど……」

 話を聞き取ったらしいサヤがそのように教えてくれた。
 まぁ、そんな簡単にはいかないよな。

「大丈夫か?」

 そう声を掛けると、ウーヴェがこちらを振り返る。少々困り顔だ。

「申し訳ございません……何か、不備があった様子で……」
「す、すんません!    もう少々、お時間を……っ」

 話しかけた俺に、すごく焦った様子で男の職人が必死に頭を下げてくる。
 そうしてから振り返って、女性の方に「おぃ、早くなんとかしろよ!」と、荒げた声をぶつけるものだからこちらが慌ててしまった。

「焦らなくて良い。
 そんな簡単にいくものとは、こちらとて思っていないのだよ。
 そもそもが、いにしえの道具だし、構造だって手探りだ。これで正しいという、確固たる確証があるわけでもない。
 だから、これしきの時間で怒りはしないし、君らに責任を問うようなことにもならないから」

 そう言うと、泣きそうになっていた女の職人まで、きょとんとした顔でこちらを向く。
 これは……俺の言葉の半分も納得できてない感じだな……。
 まあ彼らは鍛治職人……貴族とも多く接してきているだろう。こういった時の相手の反応は……多分、俺みたいなことにはならないもんな……。

「急かしに来たのじゃないんだよ。
 何か問題があったなら、こちらでも原因を考えてみるが……何が問題となっている?」

 極力穏やかに聞こえるよう、声音に注意して問うと、二人は戸惑ったように顔を見合わせた。
 そうしてから、本当に言って良いのだろうかと、恐る恐る視線がこちらを伺う。

「大丈夫ですよ。
 レイシール様はお優しい方なので、言葉通りに受け取れば良いですから」

 ウーヴェにもそう促され、二人は半信半疑といった様子で、口を開く。
 黙っていても、それはそれで不敬として叱責されそうだと考えたのかもしれない。

「そ、その……作業場で、試したぶんには……ちゃんと水が、出たんですが……」
「ここでは出ないということか?」
「はい……。何度やっても、どうしても……。設置に不備がないかだって、何回も確認してるんですけど……」

 言いにくそうに最後を濁す二人。ウーヴェに視線をやると。

「私も作業場では、水が出るのを確認しました」

 とのこと。
 うーん、そうなると……。

「運んでくる途中で、どこか歪んだか……?」
「い、いえそんな!
 そりゃ、台車に乗せてきましたけど、細心の注意を払って、部品一つずつ毛布で包んで、慎重に運んできたんです!」
「……そんな繊細なものではないはずなんですけど……」

 ポソリとサヤが、背後で呟く。
 そうしたかと思うと、ふと、足を前に進め、慌てる二人のもとに、向かってしまった。
 俺も後を追うことにする。

 二人して、設置された手押しポンプを確認した。
 細長い筒状の本体から、一部飛び出した部分があり、そこにはハンドル……と、サヤが言っていた取っ手が付いているのだが、取っ手は筒の上に伸び、そこから細い鉄棒が垂れ下がっている。
 鉄棒の先は三又にわかれて木の栓に打ち付けられており、その栓の中心……三又が被さっている部分に、くり抜かれたような箇所があった。そしてそこには鉄球なのか……丸く磨かれた金属球が入っている。
 それを見た瞬間、サヤは極小さい声で「あ」と、呟いた。

「あの、もう試運転は、してみたのですか?」
「はっはいぃ!    何度も取っ手を上げ下げしました!    何十回と続けても、水が出てきませんでした!」
「作業場の方では、井戸……に、設置して?」
「ちっ、ちがいますっ。…………たっ、樽で……」
「器材の水漏れ等の確認を、挟みつつ?」
「はい!    弁が浮かぶか、木栓が膨張してないかの確認も、ちゃんとしてます!」

 細部に関してはこの女性が担当だったのかな?
 サヤの質問に力一杯返事をしている。
 するとサヤはニコリと笑って「ありがとうございます。では少々、お時間をくださいね」と、俺を視線で促した。
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