異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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地位と責任 17

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「ロゼ。今日は本当にごめんな。
 ロゼは何も、悪いことなんてしてないんだよ?
 俺がちょっと、悲しいことを思い出してしまっただけだから……気にしないで。
 次に来る時は、もっと楽しいものをたくさん見せてあげる。
 サヤにお願いして、お菓子も用意しておこうな」

 侘びを兼ねてそう言うと、ロゼは少々モジモジとした後、俺の首に両腕を回した。

「いーいーよー」

 小声でそう言って、首に頭を擦り付けてくる、いつもの動作。
 くすぐったくて笑うと、やっとロゼも、笑顔を見せてくれた。

「レイ、ロジェはおかし、すきだけどね、おかしよりも、レイがいい。
 つぎは、たくさんおはなし、してくれる?」
「うん」
「たのしいやつがいいよ」
「うん。そうだね」
「カーチャともあそびたい」
「……それは、お願いしておいてみよう」

 ハイン、嫌がるだろうなぁ……。
 そう思うと可笑しくて、微笑ましくて、ギュッとロゼを抱きしめた。
 次が無かった時は、ごめんな。
 そんなに急ぐつもりはないけど、状況次第だから。

 空になった馬車列に、干し野菜の瓶だけ積んだエルランドの一行は、本日中にここを発つ。メバックで一泊して、アギーへ帰還する様子。

「次に拠点村へお越しの時は、ここでの宿泊が可能かもしれない。
 その時は、湯屋と、セイバーンの料理を振舞いますよ」

 ヘルガーにそう声を掛けると、彼はにこやかに笑い……。

「……御子息様。戻りましたら、早急に知らせをやります。ですから、どうか、ご自愛ください」

 急に真顔になって、そんな風に言われた。
 まっすぐ突き刺さるような視線に、つい言葉を返せずにいると、彼はまた、柔らかい微笑みをたたえて、言葉を続けた。

「貴方は、危うくて、心配だ。十二年も前のことを、重く受け止めすぎです。
 我々傭兵は、貴方が思っている以上に、現実的だし、容赦しない。それは自分にもですが、他人にもです。
 だから貴方を守ろうとしたその人はね……貴方にそれだけの価値を、感じたってことなんですよ」

 そう言って、胸に手を当て、頭を下げる。

「貴方は貴族たる人だ。
 身分としてではありません。在り方がです。
 ですがそれが、罪の意識からくる行いなら、その人はきっと喜ばない。
 貴方の幸せがそこに含まれていないなら、その人は、きっと怒ります。
 我々が命を賭けるのは、それに足る価値があるからです。それをどうか、ご理解ください」

 傭兵という生き方をしてきている彼が、口にした言葉。
 それは前、ギルにあの人のことを指摘された時以上に、グサリときた。
 何故こんなに衝撃を受けてしまったのか、自分でもよく、分からないまま、ただヘルガーを見ていると。

「まあ、オブシズならともかく、私みたいな半人前の金星が言っても、あまり説得力、無いんですけど」

 申し訳なさげに苦笑して、どうかもうしばらく、待っていてくださいと、また口にした。

 エルランドらを見送ってから、ひと段落がついた俺たちも、セイバーンに戻ることにする。

「そういえば、今日は良かったんですか?    別館に留守番いなくて……」
「あぁ……うん。もういいかなって」

 秘匿権等の書類など、大切なものはマルにお願いして、安全な場所へと移してもらったし、あそこにはもう、代々の領主が遺した資料や記録があるばかりだ。
 異母様方も別館に行っている期間だし、一応吠狼が、侵入者があるかどうかだけは見ていてくれる。まあ、入られたとしても、困ることは無い。

 ……あぁ、そろそろ、お帰りになる頃合いだな……。

 ふと、二人のことを考えたら、妙な苛立ちというか、拒否感のような……?    今までさして波立ちもしなかった心が、今更騒めく。
 内からふつふつと、沸き立つような、違和感。

 なんだこれ……。

「……今日はお疲れですよね……。戻ったらゆっくり、休みましょう。……レイシール様?」

 サヤが腕に触れて、その感触で我に帰った。
 あぁ……そうかな、疲れているのだろう。身体より、心が。

「良かったら、少し、眠っておきますか?
 顔色も、あまり良くないですし……寄りかかってください。着いたら、起こしますから」
「……うん……。ごめん、そうする……」

 サヤの肩を借りて、目を閉じた。
 しばらくそうすると、馬車の揺れも手伝って、意識が微睡みに沈んでいく……。
 夢と現の境を彷徨っていた時、マルの声がした。

「……レイ様が学舎にいらっしゃったきっかけの人……学舎出の元貴族って、おっしゃいましたっけ。
 サヤくん、その話、詳しく聞かせてもらえます?」

 ……そういえば、マルには話してなかったっけ……。
 あぁ、マルはあの人と、学舎で会っているかもしれないよな……。
 そう思いつつも、意識はそのまま、沈んでしまった……。


 ◆


 夢を見た。
 夢だということは、初めから分かっていた。

 学舎の一角にあった大きな木の下。
 青々とした芝生が茂った、皆の憩いの場所。

 そこには敷布が敷かれていて、ハインがお茶の準備を進めていた。
 シザーがいて、少しオロオロと、所在無げに敷布の周りをうろついていて。

 遅いではないか。来ぬつもりでいたのか?

 木陰に置かれた椅子には姫様が座っていて、白髪を風に揺らしつつ、不機嫌そうな声音でそう言うのだが、隣に立つルオード様が、まあまあとそれを宥めていた。

 ウーヴェは少し、遅れるそうですよぅ。

 いつの間にか隣にいたマルが、そんな風に言いつつ足を進め、敷布の上に腰を下ろし、ジェイドが早く座れよとこちらに手招きをする。
 ルカやルーシー、シェルトやアーシュ、エルランドや……見知った顔がいつの間にか集っていて……。

 なぁ、サヤはまだか?

 ギルが、そう言いつつ俺の横をすり抜け、皆のもとに歩いて行って……俺はポツンと、取り残されていた。

 あそこは……もう俺のいる場所じゃ、ない……。

 皆楽しそうに笑っていて……踏み込めない。
 だって俺は、もうとっくに旅立ってしまっていて、ここにはいない存在なのだ。

 すごい設定……。俺の死の後を、俺が見てるなんて……どういう発想だ。
 そもそも、何故学舎。
 そんなありえない状況に苦笑した。

 なのに……なんだろう、この虚無感……。
 夢だって分かってるのに……酷く苦しい。

 お待たせしました。上手く焼きあがりましたよ。

 そこにサヤがやって来て、持ってきたものを、掲げると、皆が歓声を上げた。

 するりと俺をすり抜けて、皆のもとに足を進める。
 その背に手を伸ばしそうになって……辞めた。
 視線を足元に落とし、その平和な光景を、視界から追い出して……。

 ……本当に、それで良いと、思うてるん?

 怒った声音に、はっと顔を上げたら、サヤが俺を見ていた。
 ぽろりと瞳から、雫を零して……。

 そこで夢は、闇の中に掻き消えた。
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